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TS飛行士は空を飛ぶ  作者: そら
開戦
21/96

19.開戦

 11月1日。

 少しずつ雪が降り始める頃の深夜零時。

 ストーブは宿舎を温め、私たち第33航空連隊は静かに寝息を立てていた。


 その時、サイレンが鳴り響いた。

 サイレンが鳴ったら目を覚まして着替えるのは身体に染み付いていて、何がなんだかわからなくても軍服に着替えて共同スペースに行っていた。


「なんですか!?」

「わっかんねえな……ねみい」

「訓練の予定も聞いてないわね。あ、放送よ――」


 基地中に大きな声が鳴り響く。


『今夜零時――フォルクス・ゲルマニカ――我が国――宣戦布告――』


 ついに来た。

 青天の霹靂――ってほどでもない。むしろ、予定調和だ。

 けど、もうすぐ本格的な冬だぞ。アホなのか?


「……ま、薄々予感はしてたが」

「実際にされるなんてねぇ。とりあえず、私は師団司令部に向かうわ。2人は待機しておいてちょうだい。一応、何時でも出撃できるように」

「了解です」


 リーリヤ少佐と一緒にミラーナ少佐を見送って、私たちはストーブの前のソファーに並んで座った。

 夜は冷え込む。布団にくるまるか、熱源のすぐ側に居ないと辛い。特に、連隊宿舎みたいに断熱があまり考えられていない建物は。


「にしても、なんでこの季節なんだろうな」


 手を擦りながら、リーリヤ少佐が呟いた。


「本当ですよ。イゾルゴロド港ももうすぐ凍りますよね?」

「そうだな。西帝連中もまとめて凍りそうだぜ」

「……そういえば、あの人たちも居ましたね。でもそれより雪ですよ、雪」

「ああ、空軍にゃエンジンが問題になるくらいだが、陸軍には死活問題だよなあ。どうすんだろうな、栄光のゲルマン機甲師団は」


 クレプスキュールとズウォタ王国を、どちらも一ヶ月で降伏に追い込んだ大衆防衛軍の機甲師団の高名は、我が国にまで轟いていた。

 だが、戦車というものは雪に弱く、泥濘に弱い。車も同じで、冬だと彼らの長所である機動性を上手く発揮できない。

 大衆ゲルマンもそのくらいは理解しているだろう。それなのに、攻めてきた。


「なんにせよ、アタシらの仕事に当面は変化はないだろうな。イゾルゴロドまで攻められてもみろ? 親愛なる我らが指導者殿も、大衆ゲルマンに平服して許しを請うだろうよ」

「……いいんですかそんなこと言っちゃって」

「あり得ねえからネタにできんだよ。知ってるか? 指導者殿ってすげー魔法使いらしいぜ。たぶん、前線に出たら魔法で一個軍団くらい壊せるんだろうな」


 ……権威付けのための嘘みたいな気もするけど。それに、『本物』の魔法でも、人を操るくらいが限界みたいだし。アンナさんで知った。言えないけど。魔法はずっと掛かってる。

 だから、指導者殿が魔法使いだとしても、戦争をどうにか出来るほどでもないだろう。

 でも、リーリヤ少佐の言ってることの前半は正しい。ちょっと危険が増えるだけで、私たちの仕事は変わらない。


「まあ、我が国が負けるわけないですもんね」

「そういうこと。工業力でも軍事力でも経済力でも勝ってんだ。しかも、一番怖い爆撃は西帝に全部やってくれた。冬が明けるまで守って、春になったら一気に王国もクレプスキュールも西帝も解放、それで戦争はおしまいだ」

「1年あれば終わりそうですね」

「なんとか生き残ろーぜ、少尉。人生まだまだ長えんだから、若くして死ぬなよ?」

「リーリヤ少佐もですよ」


 なんか私、フラグ立てすぎじゃない?

 寝起きでふわふわの頭のせいなのか、なにも考えずに返事をしちゃっている。

 でもしょうがない。リーリヤ少佐の言っていることは全部正しいんだもの。我々が負けるはずない。

 適当にばんばん撃ち合って、冬が明けたら大反攻。それですべて終わる。


 そのあと、ミラーナ少佐が帰ってきた。今夜は任務は無いようなので、ひとまず眠ることになった。

 おやすみなさい。







 今朝はサイレンが鳴らなかった。でも、起きる時間は身体が覚えていて、いつも通りの時間に起きた。

 そういえば、昨日……今日? ミラーナ少佐が言ってたな、緊急時以外にサイレンが鳴ることがなくなるって。

 戦時体制ってやつだ。


「私たちの今日の任務は、飛行機を冬季迷彩に塗ることよ。冬季迷彩なんて言うけれど、ただの白塗りね」

「へえ、機体を塗るのも私たちの仕事なんですね」

「いや、整備士たちの仕事なんだが、今はもっと重要な仕事があるからな。暇なうちにやっとけってことだろ?」

「そういうことよ。リーリャ、エカチェリーナちゃん少尉、暖かくしてから格納庫に行きましょ」


 整備士たちは戦闘機やら爆撃機やらの整備で忙しいみたい。

 偵察機連隊は私たち以外にもあるので、ただでさえ人のいないこの連隊を前線に向かわせるのは後回しになってるのかもしれない。それに、第2航空軍は北方軍管区に所属してる。

 王国との国境線――西部戦線とか南西戦線とは管轄が違うから、あんまりお仕事もないのだろう。


 戦線っていうのはこの国における軍集団とか方面軍みたいなものだ。軍管区が戦闘状態になりそうになったら、戦線に再編される。戦闘フォームみたいなものだね。末端のパイロットだからあんまり詳しくないけど。


 暖かくして、いろいろ着込んで私たち連隊は格納庫にやって来た。確かに、整備士の人たちは少ない。

 ちらりと他の格納庫を見てみると、戦闘機やら爆撃機やらがフルで出動しているようだった。一応海沿いだから、そっちの警戒かもしれない。


 ちなみに、バルト三国みたいな場所にはリヴォニアって国がある。この国も革命の際に解放された――言ってしまえば緩衝国家だ。

 今のところ攻められていないみたいだし、国土の殆どが森だから大衆ゲルマンが攻めてきても時間はかかると見積もられている。……アルデンヌの森(ベネルクス)みたいだね!

 そこから攻められたら私たちが前線へ向かうことになる。やめてほしいなあ。


 考え事をしながら、白いペンキ入りのバケツを機体の側に何個か持ってきた。正しくはペンキではないらしいけど、みんなペンキって呼んでる。素手で触ったからかぶれるから、手袋をしっかりと付ける。


「いよし、やろうか。ラーナ、一人一つか?」

「そうね。早く終わったら他の人を手伝いましょう。エカチェリーナちゃん少尉は初めてよね?」

「はい。ちょっとはやっているところを見たことはありますけど」

「怪我しやすいから、気をつけてちょうだいね。それじゃ開始!」


 バケツの中にデカい刷毛をどぷんと浸けて、早速ひと塗りしてみた。

 ……途方もなさそうだぞ。エアブラシとかはないらしい。







 結局、私一人では機体を綺麗に塗ることは出来なかった。少佐たちに手伝って貰って、コツを教えてもらって、ようやく。


「カレーニナ少尉、どうだ? 大変だったろ?」

「そう、ですね。……最近走ったりもしていなかったので、結構疲れました……」

「そうよねぇ。普段使わない筋肉も使うし、疲れるわよね」


 リーリヤ少佐もミラーナ少佐も、軍服に白い点々が着いていた。私はもっと、どばっと着いている。……洗ったら落ちるのかな。


「整備士の苦労を経験すると、毎日頑張るアイツらに感謝、って気分になるよな」

「はい。裏方さんっていうのは失礼かもしれませんが……普段はあんまり関わりませんから、他人事みたいに考えてました」

「私たちが激務なように、あの人たちも結構激務なのよね。戦争になっちゃったから、なおさら。仕事を増やさないように今まで以上に機体は大事に使いましょ」

「ま、仕方ねえトラブルも多発するのが機械だ。いくら嫌な顔されても、報告はしっかりしとくんだぞ。それで死ぬのはアタシらな訳だしな」

「わかりました」


 今日は丸一日を塗装に費やすことになった。日も暮れてきて、寒さも増してきたので宿舎に帰ることにした。

 シャワーを浴びて、ラジオをつけて寝転がった。戦況が知りたい。


『防衛に成功――しかし――押されている地点も――』


 国営放送のことだから、あんまり信頼はできないけど、とりあえず防衛には成功しているみたいだった。

 王国みたいに基地を飛行爆弾で破壊されることはなかったらしい。よかったよかった。


 大衆ゲルマンの継戦能力はあまりない。内戦の余剰分を放出しているのが現状らしい。新聞に書いてあった。

 この調子で耐えて、あとは冬将軍に任せれば大勝利だろう。運が良ければ――いやこれはフラグになるからやめとこ。


「リーリャ! エカチェリーナちゃん少尉! ご飯できたわよ!」


 部屋の外から、ミラーナ少佐の声が聞こえた。

 戦時中でも、日常は続きそうだ。

このまま行けば、クリスマスには終わりそうです

次章から戦争です

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