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TS飛行士は空を飛ぶ  作者: そら
開戦
19/96

17.ファル・ゴルド

 金色作戦(ファル・ゴルド)(きんいろさくせん)とは、1891年10月に発生したフォルクス・ゲルマニカによるズウォタ王国への侵攻作戦である。この作戦において、飛行爆弾が初めて実戦に投入された。



 クレプスキュール共和国は降伏したらしい。つい先日、ニュースが流れた。この世界ではヴィシー政権や自由フランスのようなものは作られず、全面的に降伏してしまったという。

 嫌な予感がするなあ……。ド・ゴールはどこに行ったんだ。


 でも私たちには関係ない。今日も今日とてお仕事である。ブラック航空隊第33航空連隊。


「エカチェリーナちゃん少尉は……王国の前線基地にお手紙ですって。そうだ、あそこのお菓子は美味しいのよね。よかったらお土産頼んでいいかしら?」

「おいラーナ……余裕ないだろ、こっから王国って何時間かかると思ってんだ」

「明日お休みでしょう? 観光もしてきていいわよ」

「ラーナ……お前なあ……」


 今日はズウォタ王国の前線基地への連絡任務らしい。最近王国と大衆ゲルマンとの国境がきな臭いから、たぶん、我が国から秘密援助でもするんじゃなかろうか。

 中身を見たら首が飛ぶから見ることはできないけど、わざわざ人の手に任せるくらいなんだから、きっとそう。


 片道半日くらいかかるから、2日かけて行く。休日返上だ。

 正直めんどくさいけど、ミラーナ少佐の言うようにお菓子でも食べて帰ればいいか。その位の時間はあるだろう。


 今日はあいにくの雨だった。けど、飛行機に乗るなら雨の日も悪くない。

 高度をぐんぐん上げて、雨雲に突っ込む。そして何百メートルかさらに高度を上げると雨雲から脱出して、目の前に広がるのは雲海と晴天。

 この瞬間が好きだから、雨の日の飛行機は好きだった。

 ……そういえば、前世のゲームでもこんな場面があったね。ロックンロールだ!


 そうして途中で着陸して給油して、さらに飛んで半日。ズウォタ王国と大衆ゲルマンとの国境にたどり着いた。

 ちらりと見た感じ、前と同じように睨み合っている。

 輸送車がたくさんいたり、砲兵が並んでたりはしないから、当分は平和だろう。一安心。


 無線で話して、着陸許可を得て慎重に着陸。格納庫には入れなくていいらしい。

 第21航空師団の基地を出たのは朝なのに、もう日が暮れかかっている。お腹すいた……。

 でも機密書類を持ったまま食堂に駆け込むほどの勇気は持っていない。衛兵さんと話して、基地司令部まで案内してもらった。


「失礼します。評議会共和国第1航空軍第21航空師団第33航空連隊、エカチェリーナ・ヴォルシノワ・カレーニナ少尉です」

「王立騎兵師団指揮官、ジェルジンスキー大佐だ。待っていたよ少尉、掛けてくれ。まずは連絡書を貰おうか、その間に茶と菓子を用意させるよ」

「はい。どうぞ」


 書類を渡して、進められるがまま椅子に座った。師団の司令部だけあって、高級な椅子だ。

 前線のはずなんだけど、結構余裕はあるらしい。


「……うむ、確認した。我が国の菓子は全世界で評判だからな、折角はるばるやって来たのだ。楽しむと良い」

「ご厚意に甘えさせていただきます」


 大佐が書類を読んでいる間に、お茶とお茶菓子が運ばれてきた。紅茶とマドレーヌ的なの。良い香りがして、よだれが出そうになる。

 ぱくり、と口に運んだ。

 たっぷりとバターを使っているようで、風味が口内に広がる。なるほど確かに、これはお土産にしてもらいたくなる。


「これはどちらのお店のもので? お土産に買って帰りたいです」

「おお、気に入ったか。それは良かった。店は――」


 大佐がお店の名前を言おうとした時、外から変な音が聞こえた。

 ブツブツと、バイブレーションみたいな音……。

 世界に不具合(バグ)が起きたような音だ。サイレンの故障かな?


 結構大きな音だ。あんまり気持ちよくない音でもある。

 大佐は上に顔を向けてきょろきょろと見渡していた。


「……おや?」

「大佐にも聞こえますか?」

「うむ。サイレンの故障か……。技術者に連絡する、少し待っていてくれ」


 机の後ろにある大きめの無線機に向かうと、ダイヤルを合わせて大佐は話し始めた。けど、どうにも繋がらないみたいだ。

 経年劣化かな?


「……おかしい。無線が通じない」

「そっちも故障ですかね? お茶のお返しです、私が行ってきますよ」


 偶然が重なるのはよくある事だ。仕方ないから私が伝令をしてあげよう。

 この場でいちばん下っ端だしね。

 大佐に「行ってきます」と声をかけてから扉に手をかけると――地響き? 音と共に地面が揺れる。


 ずずん。


 それは何回も続いて、次第に近く、強くなっていって――


「カレーニナ少尉ッ! 外に出るな!」

「え?」

「伏せろ――!!」


 その瞬間、司令部のすぐ外で爆発が起きた。大佐のすぐ後ろの壁は弾けて、熟れた果物みたいに身体が崩れた。

 私は衝撃波で壁にぶつかって、そのまま意識を手放した。







 ここで死んだら、小説の最後にこの一節が書かれて終わる。

 『――報告すべき件なし。』


 前世の嫌なフレーズを思い出して、意識を取り戻した。……大佐の肉片が身体に纏わりついていた。

 このまま死んで、敵軍に『異状なし』なんて報告されたら最悪だ。外国との連絡に向かった先で死ぬ軍人なんて、今回の攻勢のウィキペディアに1行書かれるだけだろう。

 未来の歴オタの雑学のネタにはなりたくない。第2の人生でそれは、あんまりな結末すぎる。


 十中八九、相手は大衆ゲルマンだ。奴らに理性があれば私の戦闘機は……まだ無事だろう。評議会共和国所属ということが分かるエンブレムは機体に描かれている。

 恐らく、奴らの軍隊は基地を包囲している……戦車や車の音が聞こえないから、たぶん、まだ入って来てはいない。

 つまり、私がするべきことは、「偶然の事故」として殺される前に、愛機に乗り込んで私の国籍を奴らに大々的にアピールすることだ。


 それで堕とされたら?


 我らが栄光の党の軍隊が報復してくれるだろう、きっと。

 今のうちに祈っておこう。


 祖国万歳! 革命万歳! 党の指導に敬礼!


 よし。

 ともかく、今この場でなにもしないのは犬死ルート一直線。僅かな生存の可能性に賭けるため、愛機に戻らねば。


 アドレナリンが過剰に分泌されて、脳みそが異常に興奮している。感覚が鋭敏になっていて、視界の端まで焦点を合わせているようだ。

 悲惨な状況なのに、口元には笑みが作られた。

 闘争か逃走か――私は闘争を選ぶタイプらしい。


 心臓が激しく動き続ける。うるさい。


 煙と血の匂い、焼肉を思い出す匂いを感じながら、私は滑走路に駆けていった。どこもかしこもクレーターだらけで、上手く離陸できるかは不明。

 果たして、愛機はギリギリのところで被害を免れていた。格納庫に入れていなかったのが幸いで、格納庫は完全に崩壊していた。けど、滑走路にはあまり着弾しなかったようだ。


 来る途中でクレーターに不発の兵器が刺さっていた。敵軍が行ったのは砲撃だと思っていたけれど、違った。

 V1ミサイルみたいなやつだった。巡航ミサイルの先祖みたいな、あの無人兵器。

 つまり、私と愛機が生き残ったのはただの偶然。聖女カタリナに感謝だね。


 コックピットに入って、エンジンを始動。燃料は半分。

 ここからだと確か……ヴォルシノフに辿り着けるくらいだ。最悪な里帰りになるけれど、行くしか無い。

 滑走路を見た感じ、離陸する分には問題なさそうだった。所々に大きな穴はあるから、そこだけ避けるように初めのうちに進路を調整しておこう。


 緊急時だから、スロットルは最初から全開。トルクが酷くて愛機が暴れるけれど、ラダーを踏みしめて誰が主なのかよく教える。

 これは持論だけど、機械にも愛情を持って躾れば私の言うことをよく聞いてくれて、危ない時には力を貸してくれる。


 空に浮かぶと、地平線の先に大衆ゲルマンの機甲部隊を確認した。――見事に機械化されている。いったいどこに隠していたのか。

 高度を上げると対空兵器に簡単に見つかるだろう。それに、国籍エンブレムが見えにくいから、「不幸な事故」の可能性もぐんと高くなる。

 今この段階で我が国が介入したら、大衆ゲルマンは大きな損害を受ける。……それを忌避する程度の理性を持ち合わせてくれているといいけど。


 木の上ギリギリを飛んでいく。地上部隊にはエンジン音がよく聞こえるだろうし、戦闘機が派遣されるのも時間の問題だろう。

 私の機体は、速度のために兵装は取り払われている。空戦はできない。だけど、速度だけはある。

 命をかけた鬼ごっこが、直に始まる。


 音がした。

 上空だ。

 直感で横に避けると、私がいた場所に機関砲弾が降り注いだ。


《なぁんだ王国にもいいセンスのパイロットいるじゃない――まあアンタはここで死ぬんだけどねっ!》


 無線を割り込んで煽ってくるのは敵のパイロット。

 上を見ると、もう一度攻撃アプローチに入るようだ。高度を稼いで、私の方へと降下している。


《ほら何逃げてんのぉ? 戦わないとさぁ、アンタの国滅びちゃうわよ!》


 真っ黒な塗装の機体には夥しい数の赤い撃墜マークが描かれていた。

 ……ていうかこの声もしかして。


 後ろを見ると、上空から私の進路に向けて機関砲が放たれていた。


 もう一度攻撃を避ける。着弾したところでは小さな爆発が起きていた。

 榴弾だ、喰らったらひとたまりもない。


 脱出方向へと進路を修正した。けど相手の方が有利な位置に居るから、正直、逃げきれない。


《ああもうちょこまかと!! 私は『黒騎士シュヴァルツ・リッター』! アンタ、名乗りなさいよ正々堂々戦いなさいよ!》


 だけど、今回は別。

 彼女じゃなかったら逃げきれなかった。


《お久しぶりです、エリカ。エカチェリーナです》

《えかちぇ……? あっ! アンタ泥棒猫!? ていうか評共の軍人じゃないどうしてここに!?》


 私が名乗ると、エリカの攻撃は止んだ。

 交戦していない外国軍に攻撃するのはマズイ、という認識は持っているようでよかった。


《えっと、私の機体の国章は見えますか?》

《……げ! 評共所属じゃない。アンタなんでこんなタイミングで王国に来たのよ! お父様に叱られる……》

《巻き込まれたんですよ、運悪く》

《あーもう、わかったから早くあっち行って頂戴。評共の機体を見つけたって報告だけはしといてあげる。クレプスキュールの撃墜数(スコア)でハンナに負けたから、今回は負けらんないのよ! せいぜい気をつけて帰んなさい!》


 エリカは私に言葉の嵐をぶつけると、別の方向へと離脱していった。報告が行くなら、一先ずは安心だろう。


 ……偶然の出会いだったけど、九死に一生を得た。

 こうして、大衆ゲルマンとの初の交戦は運に助けられてどうにか切り抜けることが出来た。

 こんな奇跡、次はないだろう。

 次があるとしたら、我が国との戦争だ。

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