幕間:デート・ウィズ・リョーヴァ
今日の私はオクチャブリスカヤまで買い物に来ていた。
久しぶりの2連休を使って、ミラーナ少佐におすすめされた香水店に来ていた。首都の繁華街の辺りなので、ちょっと治安が悪いけど、「党の軍隊」に手を出したら極刑だ。
平和に過ごしている。
いくつか試させてもらって、良さげな香りの香水を買ってうきうき気分で通りを歩いていると、見知った顔を見かけた。
ていうか空軍の軍服だから相手も気づいている。リョーヴァだった。
「久しぶり〜!」
「よ、あんとき以来か」
「リョーヴァ、どうしてここに?」
「……お前こそ、なんでこんな繁華街来てんだよ?」
「香水買いに来ただけだけど。ふふっ、何考えてんの?」
ちょっとからかってみると、リョーヴァは顔を真っ赤にして顔を逸らしてしまう。うーん、相変わらずの猫ちゃん仕草。
「ごめんって。で、なにしに来たの?」
「……秘密だ」
あっ、ふーん。
軍隊でそういうのはご法度だからね。
休日に解消しないとだもんね。私だって前世は男だったから我慢の辛さはわかる。
ここは理解のある彼女面して頷いておこう。
「そっかそっか。予約とかあるの?」
「ねえよ。んな高いとこ行けねえしな」
「そ、予定なくて暇ならデートしない?」
「はあ、別に暇じゃねっ……デート!? いいのっ……いや、まあ、お前がしたいなら行くけど……」
素直じゃないなあ。私もリョーヴァももう18歳。脳みそが異性一色の年齢だ。
人生の先達として、こういう子には良い思いをさせてあげたくなっちゃう。
別に好きっていうわけではないんだけどね。弟っていうか、年下の男の子っていうか。お姉さん気分なのだ。
「やったぁ!」
リョーヴァが承諾してくれたので、腕に絡みついた。ぎゅ、っと握って胸も押し当ててやろう。手は握らない。
「お、お、お、お前っ!? リーナ、なに、なにしてんだっ!」
「デートだもん。このくらいしないと、ねっ?」
かわいらしく笑って、かわいらしくウインク。……ちょっと効きすぎちゃってるから、どっかで調整しないと。
まだ友だちでいたいんだから。
「んでさ、どこ行きたい?」
「すー、はー……リーナは行きたいとこあるか?」
深呼吸して落ち着いたリョーヴァは、まだぎこちなく歩いているけど結構元に戻っていた。
流石は第1期生、未来のエースだ。
「うぅん。大劇場とか大聖堂とか行ってみたいけど……」
「軍服じゃ難しいよな。……あ、服買い行くか。普段着なら大聖堂も大丈夫だろ。どうだ?」
「いいね! 選んでくれる?」
「あー、まあ、期待しないでくれ」
「私も選んであげるよ!」
「……あんがとな」
そうして、リョーヴァと腕を組みながら服屋へ向かうことになった。
リョーヴァは周りの視線が気になるのかきょろきょろしてたが、このくらいの年齢ならいちゃついてても誰も気にしないよ。
歩くこと10分くらい。服屋に着いた。カジュアルなお店で、前にアンナさんと行ったみたいな高級店ではない。私たちでも普通に買えるくらいのお値段だ。
「うわあ、普通の服買うのって久しぶりかも」
お店にはそれなりに人がいた。もう初夏だから、今さらになって夏服が少ないことに気が付いた人が買いに来ているんだろう。
お店の中でもリョーヴァから離れない。デートだからね。
「確かにな。軍服で済んじまうからな……。あ、リーナ、これとか似合いそうじゃね」
そう言ってリョーヴァが見せてくれたのはターコイズみたいな色のサマードレス。腰の部分が絞られていて、全体のラインが良く見える。
スタイルが良いと似合う感じだ。夏にぴったりだし、結構良さげ。
軍服はシックな感じだから、ギャップも大きくて二重丸!
「かわいいね! リョーヴァは私にかわいい服着て欲しいの?」
「は、はあっ!? そんなんじゃねー……こともねえ……けど……。似合いそうだと思っただけだよ!」
「ふうん。私もリョーヴァにはかっこいいよりかわいい服着てほしいなあ」
「……俺はいいよ。普通ので……」
リョーヴァには……この時代だと基本男の人はみんなスーツだから、涼し気な開襟シャツを選んであげた。
空軍のパンツはスラックスみたいなデザインだから、よく似合う。
「うん、似合いそう。試着してみよっか」
「そうだな……一緒のところに入る、とか言うなよ?」
「言うわけないじゃん!」
危機感を抱かせるリョーヴァの冗談に、ちょっと刺激しすぎちゃってるかも? という思いが頭をよぎる。
でも18歳なんて脳みそ海綿体だもんなあ。これくらい言うか。
フィッティングルームの中で軍服を脱いで、ドレスを着てみた。ちょっとウエストが余りそうだから、ベルトを買っとかないと。それ以外はいい感じ。
そして、香水をワンプッシュしておく。
着替えて出てみると、リョーヴァも着替えていた。うん、よく似合う!
クールな男って感じになった。銀髪猫耳とのギャップがすごいね。
「ね、香水も付けてみたんだけど……わかる?」
へーすごいじゃん、似合ってる、なんて言葉をかけながら、少しずつ近くに寄っていって、香水の香りを嗅がせてあげようとした。
ちょっと難しそうな顔になっていたので、後ろ髪をあげてうなじを露出した。
「ここだよ」
「うーん……わかんね、あ、この匂い……」
「そう、うなじのところ……んっ」
すんすん、と鼻を利かせながらうなじに近づいたせいで、リョーヴァの息がかかる。
くすぐったかった。
「へ、変な声出すなよっ!」
「……息荒いね。くすぐったいんだけど」
「気の所為だろっ! 偶然息が当たっただけだよ! ていうか嗅がせようとしたリーナが悪い!」
その後、私たちはその服に決めて、早速大聖堂へ向かうことにした。
◇
大聖堂は静謐な雰囲気だった。私もリョーヴァも雰囲気にあてられて神妙になる。
救主聖女月誕大聖堂は私と同じ名前の聖女カタリナを祀っている。教主クリスタ(そう、あの人みたいな人!)に生涯寄り添った獣人だ。
私たちの教えのシンボルマークである、根本が折れた十字。それは、磔刑になったクリスタを助けるために、十字架の根本を断ち切ったカタリナの伝承に由来しているらしい。
変なところで似るもんなんだね。私はどっちもそれほど詳しくないからなんとも言えないけど。
その話を聞いた時は、すごい武闘派なんだなーって思った。
「すごい……ね」
神聖な場でいちゃつくのはちょっとモラルに欠けてる気がして、今の私はリョーヴァと触れ合っていなかった。
「……昔、一回来たけど。……改めて来るとすげえな」
大聖堂の天井は高かった。
焚かれたお香の煙が留まっていて、緻密に計算された設計は、入る陽光が一番神秘的に見えるようになっている。
大聖堂に招かれた日光は一直線に、壁一面の大きなモザイク画――聖女カタリナ、その全身を照らしていた。
周りの人が跪いて祈っていて、無意識のうちに私も同じ仕草をした。
隣のおばあさんから聖女カタリナの描かれた小さなイコンを渡されたから、そのイコンに口付けをした。
リョーヴァも同じように祈っていた。
神秘的で荘厳な雰囲気に包まれながらただ祈るのは、想像以上に私の心を落ち着かせた。
大聖堂から出ると、心が清らかになった気がした。ひとっ風呂浴びたような気分だ。さっぱり。
リョーヴァもなんだかそんな感じになっちゃってたから、デートだということを思い出させるために、手を繋いであげた。
「ひょっ!?」
変な声を上げて、リョーヴァは耳をイカにして身体を震わせた。
「んふ、どしたの?」
「いや、え? おい、俺の煩悩が消えたとこなんだけど?」
「煩悩? 友だちに?」
「……なんでもない。けど、急にそういうことすんのはビビるからやめろや」
かわいいなあ、この猫ちゃん。
もっと一緒にいたくなるけど、気が付いたら随分と日も傾いている。あと一時間もしないうちに夕方になる。
残念だけど、私もリョーヴァも忙しい。
偶然出会えたから良かったものの、休日を合わせることなんて不可能に近い。
◇
手を繋いだまま、一緒に路地を歩いていた。
リョーヴァは実家に泊まるらしいけど、私は第33航空連隊に帰らなくちゃいけない。
でもちょっと攻めてもおもしろそう。
もっと強く手を握って、震えた声で話す。
「……私のこと、帰らせちゃうの?」
空は紅く染まっていて、薄暗い路地で日の光は用を成していない。
リョーヴァの銀髪が翻ったと思ったら、私は壁際に追い詰められていた。
リョーヴァの肘が顔の横にきて、もう片方の手で私の顎を掴んでいた。
ぎらついた瞳が、欲を刺激する。
「……思わせぶりな事はやめとけ、リーナ。俺とお前は友人、だろ?」
「……違うよ」
リョーヴァの銀の髪の間から見える同じ色の瞳が、熱っぽい。
猫みたいに瞳孔が開いて、猫みたいに私の隙を目敏く見つける。
ほんの少しの瞳の動きを捉えられて、奥底の感情が露わにされる。
「……じゃあ、なんだよ」
「……親友!」
ぽすん、と押し返してリョーヴァと壁の間から脱出した。
風が涼しいのは、北風だからだろう。
「ばーか、えろリョーヴァ。今度ミールに会ったら言っといてあげるよ!」
「おまっ、それは絶対にやめろよ!? シャレになんねえからな!?」
ばいばい、と手を振ってオクチャブリスカヤ中央駅に走った。
まだ、君と私は友だち。
粉をかけまくる
次の章からようやく戦争です。空軍なのであんまり悲惨にはならない予定です