6迫 オッサンとお嬢さんの結婚問答
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さて、夜子お嬢さんに求婚されたオッサンの返答や、いかに・・・?
────嗚呼、天使のやうな、悪魔の笑顔─────。
思わず古めかしい文章風で、慨嘆してしまった。
『結婚しましょう』ときたもんだ。
十代の童貞青少年ならば、美少女にこんなこと言われたら、
思考停止で『ヨロコンデー!』とうなずいてしまうのだろう。
が、モブ顔のオッサンは、この年齢になるまで、
人の言葉の裏に敏感になってしまっている。
女性の陰湿な言葉の虐めに晒され続けてきた経験は、
ダテじゃない、ゼッ。
ってゆーか、職場の女性社員ズから、現在進行形で
『キモい暗いブサメンオヤジプークスクスッ』とバカにされているからネ。
………チクショウ、泣きたくなってきた。(涙)
それはともかく。
金銭での取り込みが失敗したので、お嬢さんの次なる勧誘の一手が、
結婚云々というわけだ。
そんなわかりやすい釣り針に、誰が釣られるかクマーっ!
美少女の誘惑に、オッサンは動じないのであった。
「はあ。あの、ひょっとしてからかってます?」
と、オッサンはクールに返してみせる。
語彙力がないので、平凡な言葉のチョイスになるのは
ご愛嬌だ。
オッサンの返しに、お嬢さんはこれまた天使のように微笑んでくる。
「いいえ? わたくし、本気です」
本気。
本気ねえ………。
まあ、自分と同じ〈魔法〉を使える人間を絶対に確保しておきたい、
という点では本気なのだろう。
お嬢さんのまなざしは、恋する乙女のそれではなく、
野望燃ゆる覇王の瞳である。
いわゆる、『国を獲るためなら政略結婚も辞さない』って感じの。
まったく、生まれる時代を間違えてらっしゃる。
そうまでして怪物狩りの仲間が欲しいというのか。
しかし、困った。
結婚の申し込みにお断りを入れることで、
お嬢さんのご機嫌はどうなることやら。
………まあ、本気の結婚申し込みでもないのだし、
たいして気にもしなさそうだが、
相手は異次元脱出の鍵を握るお嬢さんである。
なんとか穏便に話を運んで、気分良く出口へ導いてほしいトコロ。
「いや、なんというか、まだ出会って数時間と経っていませんし………」
「あら。付き合う期間を慮ばかるタイプなのですか?
おじ様は、古風な方なのですね。けれど今時は、スピード婚というのも
珍しくありませんよ?」
オッサンは逃げ口上を口にした!
しかし回りこまれた!
そんな感じの即・論破。
まずい流れが続いている。
何を言っても、なにかしらの約束を交わすまで、
お嬢さんは譲歩しない気配があった。
わずかな沈黙が訪れたあと、お嬢さんは悲しげな顔になった。
「────おじ様は、わたくしの気持ちをお疑いなのですね」
こちらの心が痛みそうになる、辛そうな表情であった。
速攻でこちらに精神操作をしてきた事実を知らなければ、
オッサンはきっと心を痛めたことであろう。
お疑いもなにも、こっちとしては、裁判なしで『有罪ーッ!』と
その頭を引っ掴んで地面に叩きつけ、異議なし有罪判決を下したい心境だ。
だが、間違ってもそんな胸の内は吐露できない。
「いやいやいや、疑うというか、常識的にですね。
お嬢さんのような可愛らしい方と、
自分のような冴えない中年が結婚とか、ありえない話ですから。
……そう! 年齢です! 失礼ですが、お嬢さん、ご年齢は?」
ステータス・チェックで確認済みだが、ヌケヌケと質問するオッサンである。
「十七歳です」
しれっ、とお嬢さんはサバを読んだ。
……うん、いいね、そういう背伸び感、そのあたりは初々しくて好きだよ。
でも、十五歳だろうが十七歳だろうが、どっちにしろ我々が
本当に付き合うとなると、世間的にOUTなのだ。
それは聡明なお嬢さんならば、わかっていることであろう。
本音で言えば、こんな美少女と交際して結婚し、
幸せな家庭を築きたい人生だった。(過去形)
「……私は三十五歳ですよ。世代が違うとさえ言っていい。
一時の感情や思いつきで、うかつなことを言ってはいけません」
と、オッサンはそれっぽく諭しに入る。
───あと、世代がどうとかじゃなくて、下手しなくても、
親子の年齢差だものなあ。
どっこい、お嬢さんはそれに対し、またも余裕の微笑である。
「問題ありませんよ。豊臣秀吉が淀君を娶った時、ふたりの年齢差は、
三十二歳差でしたからね。日本では、よくあることです」
ええぇ……。
そんな天下人ムーヴを引き合いに出されましても………。
そう困惑するオッサンに、あ、とお嬢さんは
何か思いついたような表情を浮かべた。
「もしかして。おじ様、すでにご結婚されてたり、
お付き合いされている女性がいらっしゃるのですか?」
「は!? いませんけど!?」
どうせオレにはカノジョはいねえええええぇぇぇぇぇぇぇっっっっっ!!!!!
年齢イコール彼女いない歴のバキバキ真性童貞だ!
文句あるかっっっっっっっっっっ!?
─────はっ、いかん!
『もしかして』というフレーズに過剰反応してしまった……!
『プッフ、そのブサメンで彼女とか結婚相手いンの?
いるわけないよね! プゲラッチョ!』
というニュアンスを含んでるものと受け取りすぎて、
素で逆ギレ気味に声を荒げてしまった。
「そ、そうですか。……申し訳ありません、不躾な質問でした」
『あっ(察し)』とばかりに、そっと目を伏せるお嬢さん。
くっ、なにげないお嬢さんの気遣いが、童貞オッサンのココロを傷つけた。
本気で泣きたい。
……さておき、お嬢さんの『絶対に仲間ゲットだぜ!』という決意は固い。
今、この時点でどれほど言葉を尽くしても、どうやら諦めてはくれなさそうだ。
なにせ、話がループしている。
『結婚しましょう』→『いえいえ○○ですよね?』→
『××だから大丈夫です』→『ふりだしに戻る』
現状は、そんな膠着状態だ。
そこで社畜のオッサンは、無能上司や他社の営業らと接することで
鍛えられた交渉技術を使うことにする。
「………わかりました。結婚のことはさておき、今後のことは、
この異次元から現実世界に戻ったあと、ゆっくりと話をしませんか?
───私もそんなに体力あるほうではないので、普通に働いたあと、
日付をまたいで動き続けるのは心身に影響が出ますから………」
この場ですぐ結論を出さないで、のちほどまた時間を設けて話しましょう。
で、その『次』の時間の都合を具体的に決めずに、
延ばし伸ばしにして、ウヤムヤにしてしまう作戦だ。
───まあ、交渉というか、単なる時間稼ぎだけども。
中年男性と十代女子が一緒になって動くのは、体力的に無理がありますよ、
というのもさりげにアピールである。
「そうですね。わたくしの父に紹介する日取りも、
おじ様のご予定を見て考えないといけませんし」
……………話がすでに、何段階か飛んでいる。
じんわりと恐怖。
「それでは、連絡先を交換しましょう、おじ様」
スイ、とお嬢さんは携帯端末を取り出した。
うわあ、美少女との電話番号交換なのに、全っ然、心が躍らないぞう。
けれども、ここで電話番号交換するのを渋るのは、得策ではない。
なに、形だけでよいのだ。
現実世界に戻って無事明日を迎えることができたら、
仕事を休んででも電話会社へ直行し、契約変更すれば万事解決。
オッサンは、バックれる気満々である。
大人は汚いものなんだよ!
悲しいけどコレ、現実なのよねェ~。
「わかりました。それでは……」
などと粛々と自分の携帯端末を取りだし、仕事以外では
滅多に使わない機能で、互いの電話番号を交換。
そのあと、ふふっ、とお嬢さんは嬉しそうに笑った。
「……わたくし、家族以外の人間で、男性の電話番号を
登録したのは、おじ様が初めてです」
───────あああああああああああああああああ!
あざとカワイイいいいいいぃぃぃぃ~~~~~っっっっっ!
腹黒美少女謀略系であることを知らなければ、
素直に萌え転げられていたのに!
おかげでオッサンは人間不信になりそうだ。
「は・は・は………それは、光栄ですね─────」
乾いた笑いと声を絞り出して、端末を仕舞った。
せっかく貰った電話番号だが、現実世界に戻ったら
即・着信拒否設定を心に誓う。
その時、お嬢さんの目が、鋭い光を放った(ような気がした)。
「ですから。もしも、お電話しておじ様と連絡が取れなかったら。
────わたくし、きっと悲しくなってしまいます」
そして、お嬢さんは、微笑を浮かべ、
こちらの魂胆を見透かしたようなことを言うのだった。
「そんなことには、絶対になりませんよね? おじ様?」
またも素敵な笑顔に、笑っていない目であった。
怖い。(端的)
どこのヤンデレか。
「モチロンデストモ。可愛いお嬢さんからの電話、出ないはずがアリマセンヨ」
「ふふっ、そうですか。わたくし、今から楽しみです」
若干、声をうわずらせながらのオッサンの返事に、
お嬢さんは、満足そうに微笑む。
やべ~よ……やべ~、厄み満載の微笑だ。
電話番号どころか、住所まで聞き出されそうな、そんな予感。
っていうか、この流れだと、絶対聞かれる。
……………引っ越しも視野に入れないとイケナイかもだ。
雀の涙ほどの貯金を崩してでも、このお嬢さんから逃れなくては。(使命感)
「────では、おじ様もお疲れでしょうから、今夜はこのあたりで
〈波紋境〉を出るといたしましょう」
おっ、ようやくか。
その言葉を待っていた……!
「あっ、なんでしたっけ、〈はきょくてん〉? それが、近くにあるんですか?」
「たぶん、あると思います。今の〈鳥鬼〉……改め、〈夜鬼〉の群れが
いたでしょう? 〈禍津怪〉がたくさんいるところに、
〈波曲点〉が発生していることが多いのです」
お嬢さんは、えっへん、とばかりにそうオッサンにレクチャーしてくる。
そういうものなのか。
「本当は、もうちょっと、あと二体くらい、別の〈禍津怪〉の名前を
確認したかったのですけれど」
そんなことを言って、お嬢さんはチラリとこちらを見てきた。
「いやいや、勘弁してください。デカい怪物を見て、
〈夜鬼〉の群れに囲まれて……神経が保ちませんよ」
みっともないビビリな大人を匂わせつつ、泣き言を入れるオッサンである。
なにがなんでも、お嬢さんにオッサンへのマイナス感情を
抱かせておこうという魂胆だ。
徹底的に嫌われるなら、どストレートにお嬢さんにセクハラを
敢行するほうが早いかもしれない。
けれど、それをやると、嫌われるより先にお嬢さんの影魔法で
斬り払われるだろう。
思い出すのはつい先刻、あっさりと首を刎ねられた〈夜鬼〉のことだった。
……異次元ならば、オッサンの死体のひとつやふたつ放置したとしても、
事件化することはない。
通常運転のお嬢さんでも十分おっかないのに、
その逆鱗に触れた時どうなるかは、推して知るべしである。
いのちをだいじに。
目下の目標は、生きて現実世界に戻ることだ。
オトナとしての節度を守りつつ、お嬢さんから適度に嫌われる。
両方やらなきゃいけないのが、オッサンのツラいところだ。
でもまあ、『嫌われる』という点では悲しいかな、自信がある。
職場の女性社員ズからは、普通に働いてるだけで侮蔑と嘲笑を
送られる毎日であるからして。
……………あっ、ダメ、また泣きそうになっちゃう。
涙が出そうになるのを堪えるオッサンは、目の前のお嬢さんを見つめた。
……この美少女も、あと数年も経てば、『イケメンではない』という理由だけで
異性を平気でコキオロす女性になるのだろうなあ。
しみじみと、時の流れの残酷さを嘆いてしまうオッサンであった。
いや、腹黒美少女謀略系のお嬢さんなら、
現時点でもそういう性根かもしれない。
『プッ。まさか結婚とか真に受けてんのオッサン?
冗談は顔だけにしてほしいんですけど(笑)』
みたいな。
────あーヤダわ~、アタシったら、
こんなに人間不信だったかしら。(おネエ調)
「もう。仕方ありませんね。本日は、初日ですから」
お嬢さんは、ひとり勝手に懊悩するオッサンをよそに、そう返してきた。
「でも、大丈夫です。わたくしと同じ〈力〉を持っているのですから。
すぐにどんな〈禍津怪〉も倒せるようになりますよ」
……いや、別に倒せるようになりたいとか、一言も言ってないんですが………。
そうツッコミたいのをこらえて、ハハハ、と乾いた笑いを出すしかなかった。
ふと、お嬢さんがオッサンの背後へと目線を向ける。
「……あっ。ありましたよ、おじ様。あれが現世に通じる〈門〉、
〈波曲点〉です」
そう言ってお嬢さんが指で差し示す。
その先にあったのは、なんと言うか、なんだろう、『波紋』だった。
なんてことない歩道の上で、ゆらゆらと揺らめいている。
空間に水たまりがあって、常に波紋が波打っているような、そんな感じだ。
なるほど、お嬢さんがこの異次元を〈波紋境〉と名付けたのも、
わかるような気がした。
大きさは、高さ2メートル、幅3メートルくらいか。
その『波紋』は地面すれすれに浮かぶようにして、ゆらゆらと、空間そのものを揺らめかせていた。
………うーん、気づかぬうちに、自分はこんなトコロを通っていたのか?
疲れていたとはいえ、視界に違和感くらい感じそうなものだが────。
「今のように、わかりやすく見える時ばかりではありませんからね。
凪いで、波打っていない時もあります」
お嬢さんが、こちらの思考を読んだかのように解説してきた。
怖い!
エスパーか。
いや、〈神〉パワー少女だった。
「あちらとこちらを行き来するには、あの揺らめく空間をただ通り抜けるだけです」
つかつかと、お嬢さんは『波紋』のほうへと歩み寄った。
『波紋』間近でくるりとオッサンを振り返る。
「それではおじ様、帰りましょうか」
〈神〉お嬢さんはそう言って、ニッコリと笑った。
………悔しいけれど、夢中になってしまいそうな笑顔であった。
これでオッサンの不思議体験は終わり、お嬢さんとの複雑なお付き合いはじまる……
かどうかは、次回の楽しみ!(古典的予告)