1迫 オッサン・ミーツ・〈神〉ガール
新作投稿開始です~♪
よろしくお願いします!
一月も半ば、防寒具は必須だが、手袋など要らぬ程度の、ハンパな寒さの夜。
電車に揺られながら、私ことオッサン、牛浜手ナオキは、
ぼうっと窓の外を見ていた。
いや、見ていたというか、外の景色に、ただ視線を向けていただけだなのだが。
夜闇に浮かぶ、街灯りの疎らさが、一般家庭の一日は、
とうに終わっているのだと、社畜に訴えかけていた。
その事実が、今日も今日とて、オッサンの冷えた心に、否応なく突き刺さる。
無能上司からのパワハラ命令を、サービス残業でなんとかこなし、
帰宅途中のこの身はもうヘロヘロ。
あのクソ部長め。
死にはしないけれど、苦しさに悶えてのたうち回るくらいの、
絶妙な事故に遭って、入院すればいいのに。
────などと小心者な呪いを発しつつ、携帯端末を確認すれば、
時刻はもう、十一時半過ぎ。
ああ、これはもう、飯食って、シャワー浴びて、
バタンキュー☆なコースである。
今日も、今期アニメをひとつもチェックできないっぽい。
三十五歳独身、一人暮らしのオタク童貞社畜には、趣味のアニメ鑑賞すら
許されないというのか。
そう怨念をつのらせていると、
電車は自宅最寄りの駅にたどり着いていた。
フラフラと電車を降りて、駅をあとにする。
たいした物も入れていないのに、通勤用のショルダーバッグが重たい。
ハンパな寒さとはいえ、吹き付ける風も、冷たいことしきり。
身も心も、冷え冷えだった。
こうなっては、もはや食欲を満たして、あとはただただ眠りたい。
冷蔵庫に残っているレトルト食品はなんだったけか、と、
ぼんやり記憶を思い起こしつつ、ゾンビのように歩いていると。
ボズンッ!
という、重い震動と衝撃音が、ビルとビルの間、
路地裏のほうから伝わってきた。
最初は、地震かと思った。
だが、携帯端末には、地震警報は入っていない。
気のせいだったか、それとも地震と錯覚するほど、自身の脳が疲労しているのか。
ひとり無駄に脳内ダジャレしつつ、あたりを見回すが、そこは平日の日付変更前。
通りには、どうやら自分しかいないようだった。
なにかの異変と異音を感じ取ったのは、自分ひとりだけらしい、という塩梅だ。
すると、また路地裏から響いてくる音を、この耳が聞き取った。
……ゴフュー……ゴフュー…………
なにか動物が発するような、荒い呼吸音だった。
────まさか、飛び降り自殺!?
震動と衝撃音から連想して、背筋を凍りつかせる。
呼吸音がするということは、死にきれなかったとか。
どうしよう。
赤の他人の死に間際、しかもスプラッタ状態とか見たくないんだけど。
とはいえ、ここでなにも聞かなかったことにして立ち去るのは、
臆病者の自分には不可能だった。
あとで、救助可能だったのに見捨てたのでは、とひとり懊悩して、
気に病みまくるのが目に見えている。
いやいやながら、おっかなびっくり、路地裏へと足を踏み入れた。
路地裏は、通りの外灯の光が差しこんでいるものの、奥の方はやはり暗い。
心臓をバクバクと鳴らしながら、一歩、一歩と足を進めて、
音がしたと思しき奥へ向かう。
……ゴフュー……ゴフュー…………
また聞こえた。
しかし、地面には、思い描いたような、要救助者の人体は転がっていなかった。
はて、あの呼吸音は、どこから伝わってきたのだろう。
そう思ってふと、目を上げたところに。
宙に、いくつもの、赤い光点があった。
……ゴフュー……ゴフュー…………
呼吸音は、その赤い光点あたりから聞こえてきていた。
「え───なにこの……なに……?」
そちらに目をこらしたあと、思わずそうつぶいやいてしまっていた。
ビルとビルの間に、巨大な、黒いなにかが挟まっていた。
〈なにか〉としか言いようがなかった。
それは胴体が蜘蛛のようで、体毛の生えた手足が四本以上。
頭部らしきものは、歪なゴリラの形をしていた。
赤い光点は、その頭部らしきものの中央に並んでおり、
どうやらそれらが複数ある眼球であるとうかがえた。
その巨大な生物かなにかは、その巨躯と複数の手足をもつれさせるようにして、
ビルとビルの間の宙空に挟まってしまい、
身動きが取れない状態にあるようだった。
たとえるなら、壁と壁の間に挟まり落ちた、サッカーボール with 大ダコ。
察するに、先ほどの音と震動は、この正体不明の存在が、
上空から落下してきたことが、原因だったのだろう。
疲労した身でそう冷静に分析している自分に気づいてから、今さらながら、
目の前の存在の異常さに恐怖した。
だってこれ、絶対この世のものじゃない。
魔物、化け物、怪物。
それらの単語を思い浮かべた瞬間、腰が抜けて、
地面にペタンと崩れ落ちてしまっていた。
……ゴフュー……ゴフュー…………
再び荒い呼吸音がして、赤い光点、怪物の目が動いた。
こちらの存在に、気づいたらしい。
「あ……あわわ………」
我ながら情けなくも、腰を抜かしたまま、両手を必死に動かして、
怪物から後ずさろうとする。
アニメとかのお約束でいくと、モブキャラのオッサンなど、このあともれなく、
怪物にサックリ殺される流れだ。
テレビで見てるぶんには笑って済ませられるが、
掛かっているのは自分の命である。
まだ、今期のアニメおよび、公開予定の劇場アニメ、
あれやこれやの結末を見届けていない。
こんなところで、わけのわからん化け物に殺されるなんて絶対に嫌だ。
……ゴフュー……ゴフュー…………
変わらぬ呼吸音のあと、怪物はもつれ絡まった手足のうち、
比較的自由に動くものを一本、こちらに向かってのばそうとしてきた。
やばいやばいピンチピンチマジピンチ。
混乱した頭の中ではそんな言葉がぐるぐる回り続けるだけだった。
いよいよ涙目となって、手に力が入らなくなり、身動きが取れなくなった。
一方、怪物の腕は、緩慢な動きで、こちらへと迫りつつあった。
もつれたり挟まったりしてるくせに、意外に長くのびて、近づいてくる。
動きがゆっくりとしているため、その手についている指の形を、
じっくり観察できてしまった。
指の数は四本。
前に三本、後ろに一本といったその指の爪は、
猛禽類のかぎ爪を思わせる形だった。
広げた手の大きさは、2メートル弱はあろうか。
メタボ一歩手前のオッサンの胴体など、余裕で掴み取れるのは間違いなかった。
アカンわ、これ。
もう観念して、走馬燈の再生が開始されるかと思った、その時。
ヒュザンッ
と、暗い路地裏の中で、なお黒い影が、眼前の宙空に疾った、気がした。
遅れて、こちらへとのびてきていた怪物の腕が途中から寸断され、
ボトリと地面に落ちる。
「へ─────」
ピンチから一転、目の前で起こった出来事に、
そんな情けない声をもらしてしまう。
その一瞬のちに、怪物の苦痛にまみれた叫びが路地裏に響き渡った。
なにが起こったのか、怪物も認識できていなかったようだった。
唯一動く頭部で、天を仰ぎ、狂ったように吼え散らかしている。
怪物でも、さすがに腕一本も失うと、堪えるらしい。
─────その頭部に、またもや影が、疾り降りてきた。
今度は、見間違えようがなかった。
影は、人の形をしていた。
ボシュンッ
怪物の頭部あたりで、そんな、なにかが弾けるような音がした。
怪物の複眼から、赤い光が消えていく。
ビルの間に挟まり蠢いていた手足も、動かなくなった。
怪物の頭部にあった影が、地上に降り立った。
それを合図にしたかのように、怪物の体が、オレンジ色の光の粒になって、
消滅していく。
さながらその様は、昔見た、キャンプファイヤーの火の粉が、
空めがけて昇っていく感じ。
と、その光の粒子の舞う中から、なにか大きなものがゴトン、と地上に落ちた。
なにやら淡い青色の光を放つ、人間の子供くらいの大きさの岩、のようであった。
間髪入れず、その岩に、漆黒の帯状のなにかが、幾筋も突き刺さった。
淡い光を放つ岩は、粉々に砕かれ、怪物の体同様、消滅していった。
矢継ぎ早に起こった出来事を、呆然と見届けたあと、
視線を地上に降り立った影のほうに向ける。
どうやら、人のようであった。
とは言っても、こちらの味方であるのかどうか。
頭の輪郭からすると、ロングヘアの女性。
ただ、マントを羽織っている模様。
状況からして、普通の人間じゃないのは、明らかである。
しかし、こちらは絶賛、腰が抜けた状態。
逃げることはおろか、立ち上がることすらできない。
正体不明の人影は、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。
そして、その姿が、表通りから差しこんでくる灯りに照らされた。
────ずばり、美少女であった。
年齢は、十代中頃であろう。
暗がりにあって浮き立つような、雪肌の美貌。
“可愛い天使”というより、“美しい魔女”という形容が正しそうな、
玲瓏な顔立ちだった。
やや切れ長の目は、怜悧な印象。
それでいて、その表情は幼げで、柔和さも感じられた。
長い黒髪は背まであり、その前髪は綺麗に切り揃えられている。
いわゆる前髪パッツン、姫カットというやつだ。
黒のセーラー服に、スカート、その下のお召し物は黒ストッキングという
出で立ち。
セーラー服の、その上に、黒マントを羽織っている。
一目見て思いついた単語は〈JK魔女〉。
少女の黒マント姿は、それほどサマになっていた。
それはさておき、はて、ハロウィンってば十一月じゃなかったっけ、と、
心の片隅で思い返したりする。
「─────ごきげんよう」
イロイロな感情がごちゃまぜになっているオッサンに向かって、
少女は、クールにそう声を掛けてきた。
マジかよ。
掛けられたこちらは、ちょっと感動。
美少女が開口一番、『ごきげんよう』ときたものだ。
今日びそんな挨拶、百合系漫画でも、そうそうない気がする。
「あ、どうも。こんばんわ」
謎の感動で黙っているわけにもいかず、凡人のオッサンは、
そんなありきたりの挨拶を返すしかなかった。
「お怪我はないですか? おじ様」
─────マジかよ。
本日、二度目の感動であった。
リアルで『おじ様』呼びとか、課金でもしないかぎり、
あるわけがない我が身である。
しかも相手は美少女だ。
童貞のオッサンは、浮き足だった。
「あ、はい、ないです、怪我は、はい」
どうしようもないテンパりで返す返答は、
いかにもコミュ力不足の童貞っぽかった。
でもまあ、いまさらなんの格好のつけようもない。
なにせこちらは、みっともなく腰を抜かしての、地面にお尻ペッタンスタイル。
漏らしてないことだけが、せめてもの救いである。
「それはよかったです。────立てますか?」
ス、と差し出される少女の右手。
「あ、あ、すいません、ありがとうございます」
オッサンは、奮起して少女の手を取り、足腰に気合いを入れて立ち上がった。
自分でも、怪物の時にそれをやれ、と思わんばかり。
「………」
どうにかこうにか立ったあと、少女がじっと、
握った手を見つめていることに気づく。
「あ、す、すいません、どうも」
慌てて、少女の手を放した。
傍から見たら、絶対にポリス案件である。
悲鳴をあげられなくて良かった。
こうして立ってから少女を改めて見ると、少女の背丈は私より少し低いくらい。
自身の身長が171センチなので、彼女は165センチあたりだろうか。
……おっと、あまりJKをジロジロ見ると犯罪臭が発生してしまう。
自重しなければ。
「────ところで、おじ様は、どうやってこの路地裏へ?」
少女は、オッサンの視線も気にした風もなく、そう質問してきた。
……どうやって、と言われましても。
「えっと、あのですね、なんか大きな音がしたなあ、って確認しようとしたら、
あの怪物を見つけまして」
見つけまして、というか、見つかりましてという成り行きではあったけれど。
「ということは、普通に歩いて、この路地裏に?」
「? ええ、そうなりますが……」
こちらの返答に、なにやら考える素振りの少女。
「………あ、あのう───あの怪物って、なんだったんでしょう?」
どうやら目の前の少女が怪物を倒したと思われるので、説明を求めてみる。
少女の口調が丁寧なので、問うこちらも、つられて敬語になっていた。
「あれは、〈禍津怪〉です」
「〈まがつか〉……?」
「はい。もっとも、わたくしが勝手にそう呼んでいるだけですけれど」
まともな返答は期待していなかったけれども、やはり、
反応に困るレスポンスだった。
勝手に呼んでいる、とはどういうことなのだろう。
それはそれとして、少女の一人称が〈わたくし〉であることに
またまた感動するオッサンだ。
まるで、絵に描いたようなお嬢様少女ではないか。
黒マントを羽織っているところ以外。
「────おじ様。わたくしたちが今いる場所は、
いわゆる異次元空間になります」
「えっ」
いきなり凄い情報をブッこんできた。
「ここは、普通の人間は、入りこめない空間なのです」
「そ、そうなんですか?」
言われて思い出していたのは、ネットなどでよく目にする都市伝説。
いわゆる『異次元に迷いこんだ』系のお話だ。
よくあるパターンだと、異次元の迷いこんだ先には、
なにやら〈力〉を持った何者かがおり、
その人に説教されるかしたあと強制的に元の世界に帰らされる、というもの。
とすると、この美少女が、元の世界に戻してくれる流れなのかしらん。
「わたくしに付いてきてください。元の世界にお連れします」
おお、やっぱり。
都市伝説をこの身で体験してることに、今また、再び感動である。
そこで一応、都市伝説のお約束をやっておくことにする。
少女が何者か、たずねるのだ。
お話だとたいがい、ノイズがかかったように聞き取れなかったり、
聞いたけど何故か思い出せなくなる、というオチがつく。
「あのう、助けていただいておいてアレなんですけども、お嬢さんは、
いったい………?」
『おじ様』と呼ばれたので、丁寧さを返すように『お嬢さん』と呼びかけてみた。
「────わたくしは、〈神〉パワーを持つ者です」
「えっ」
「わたくしは、〈神〉パワーを持つ者です」
二回言った。
若干、話が飛んだような気がする。
〈神〉パワーて。
実際に怪物を倒したところを見ていなかったら、
『おまえはなにを言っているんだ』と真顔で問うところだ。
こちらの微妙な心持ちを察したのか、コホン、と、お嬢さんは、
照れを隠すように、小さく咳き払いをした。
それから、なにやら精神統一でもするかのように、目を瞑る。
するとどうだろう、フワリ、とお嬢さんの体が、宙に浮いた。
「お、おぉ………」
知らずオッサンの口からもれ出る、感嘆の声。
お嬢さんはこちらの反応を見て、満足げに微笑んだ。
「どうもわたくし、〈神〉そのものの〈力〉を持っているようなのです」
クールな表情から一転、お嬢さんの微笑みは、若干ドヤ顔風味であった。
………正直、すっごいかわいい。
黒セーラー服ときたら、黒髪姫カット美少女。
クリ●ゾン先生も、そう言っている。(※言ってません)