◆第96話◆ 『文化祭編、開幕』
――翌日。学校にて。
「やめてくださいっ。恥ずかしいですっ」
「はいはい可愛い可愛い」
机が片付けられ、広くなった教室。そこの中心で、星宮と秋による微笑ましいやり取りが行われていた。そのやり取りに、ほとんどの男子が釘付けになっている。
「コハ、ウサ耳似合うね。こういうキャラ、前アニメで見た。物語終盤で主人公庇って死んじゃうんだよね」
「そんなの知りませんっ」
何が行われているか端的に言うと、星宮が秋の手によって強引にウサ耳のカチューシャを着けられていた。顔を真っ赤にする星宮と、違う理由で顔を赤くする男子たち。調子に乗った秋が、ダンボール箱からまた何か別の物を取り出す。
「一応、バニースーツもあるよ。コハなら絶対似合うんじゃ」
「だから、ふざけないでくださいっ! いい加減にしないと怒りますよ!」
「草」
秋が持ってきたバニースーツを手で押し返し、ついでにウサ耳カチューシャも秋に返しておく。そもそも、この着せ替えセットは秋の所有物ではなく学校の物――正確には生徒会の物なのだ。そうだというのに、あまりにも雑な扱いである。
「はぁ。変にクラスの注目集めちゃったじゃないですか。まったくもう」
「文句はこんなとこに置いてあるダンボールに言って」
「秋ちゃんに言います! 勝手に使って壊しちゃったら、私たちのせいなんですよ。そこら辺、もうちょっと気を使ってください」
悪びれもしない様子で鼻で笑う秋。星宮が顔を赤らめて更に文句を言おうとするが、その前にクラスの扉が開く。パンパンと、注目を集める手拍子が鳴った。
「みんな静かにしてー。今から文化祭について話をするからさ」
クラスに入ってきた人物は北条康弘。生徒会に所属している、このクラスのリーダー的存在だ。北条は教卓にダンッと手を置き、挑戦的な笑みをクラス全体に向けた。
「......さて」
北条が、クラスに向かって手を伸ばす。
「今日のSHRで話された通り、今日から文化祭までの二週間、クラスのみんなには放課後に毎日、文化祭準備をしてもらう。最優秀賞は、俺たちのモノだ」
学校生活においての一大イベント、文化祭。新たな始まりが幕を開ける。
***
――文化祭。それは、年に一度行われる、生徒総出での一大イベントだ。
星宮の中学校でも文化祭のイベントが行われていたが、この高校のものとは大違い。まず、この高校の文化祭は、完全に『楽しむこと』に特化しているのだ。星宮が今までに経験した体育祭や文化祭は、ほとんど教師たちが仕切り、かなり義務感が強く、自由度が低かった。
しかし、この高校は違う。何せ、文化祭を仕切るのは教師陣ではない。仕切るのは生徒会、そして生徒自身だ。誰にも縛られず、全力で楽しみ、最高のイベントとなる。それが、この文化祭のあるべき姿。
静かにしながらも、心のざわめきを隠せずそわそわとするクラスメイトは多い。それだけ、この文化祭は期待を寄せられているのだ。一年生にとって文化祭は未知の世界なので、より興奮は高まる。星宮も、クラスメイトと同じく文化祭を期待する一人だ。
「うちの文化祭のモットーは『自由』だ。つまり、文化祭が行われている期間なら、何してもオッケー。勿論、常識の範囲内だけどね。一つ例を挙げるとしたら、普段は学校内でのスマホは使用は禁止だけど、文化祭期間内は構い放題。せっかくの機会なんだから、生徒指導部の先生の前でスマホをいじって、度胸試しをするのもアリだ!」
北条の言葉に、クラスがくすくす笑いに包まれる。星宮も流されてクスリと笑うが、隣の秋は真顔だった。秋は北条を嫌っているので、あまり響かないのか。
「さて、まあ基本的には自由にしてもらえばいいんだけど、それだけじゃみんなも何していいか分からないよね。そこで、今年も生徒会が文化祭を盛り上げるために色々なプランを考えました!」
クラスがざわっとどよめく。北条の言い方からして、毎年生徒会が文化祭の大まかな内容を決めているのだろう。自由とはいえ、ある程度方針がなければ生徒も動きにくい。それを見越してのことだ。
「今回の文化祭でやることは二つ! 一つはクラス内で二人ペアを作り、作品を作って全生徒の中から最優秀賞を決める『創作物コンテスト』。もう一つは、毎年恒例クラス内での出し物だ!」
クラス内での出し物は、文化祭といえば、とも言えるほどに定番。どこかのクラスが必ずメイド喫茶をやるのは最早決定事項まである。お化け屋敷も多分ありそうだ。
そして、あまり聞かないのが――、
「秋ちゃん、創作物コンテストって何作ればいいんですか?」
「私が知るわけないでしょ。あの男の説明でも聞いときなよ」
素っ気ない秋の反応。だが確かに、わざわざ秋に聞く必要はない。今丁度、北条が説明の書かれた紙を黒板に張りつけてくれた。
「クラス内での出し物は多分説明しなくてもみんな分かるだろうから、一旦後回し。まずは『創作物コンテスト』から」
手に持つ指し棒が、ポップな字体の説明文を指す。
「『創作物コンテスト』ってのは、今年初めての試みでね、俺たち生徒会の一年生団が発案したんだ。まあ、これがどういうものかって軽く説明すると......」
言葉が途絶え、北条は「うーん」と唸りだす。言葉のチョイスに悩んでいるのか、考えがまだうまくまとまっていないのか。しかし、そのどちらでもない。
別に、何も悩んでいなかった。
「二人ペアで、何か作るだけ。ただ、それだけだね」
あざとくウインクをする北条に、一部の女子がキャーと騒ぎ出す。その騒ぎように、星宮は苦笑いして、秋は引いていた。嫌そうに、北条を睨んでいる。
「二人ペアなら、秋ちゃんとやりたいですけど......」
「私もそうしたいとこだけど、そうもいかないっぽい」
クラス内での二人ペアなら、星宮は絶対に秋と組みたい。だが、そう都合良くはいかないようだ。張り出されている説明文に、何やらいろいろと書かれていて、その一部に――、
「二人ペアについてだけど、ペア分けはもう既に生徒会の方で決めてある。せっかくならみんなに自由に決めてもらいたかったけど、一人ぼっちを無くすためにこうさせてもらったんだ。不満はあるだろうけど、くじ引きで、平等に組み合わせは作ったから」
その言葉を聞いて、星宮はギクリとする。今まで距離を取っていたクラスメイトに心を開き、交友関係をオープンにしつつある星宮だが、さすがにまだ秋以外のクラスメイトととはコミュニケーションを取りづらい。
それならば考え方を変えて、今回の『創作物コンテスト』をきっかけに新たな友達を作りにいくと意気込むのも良いかもしれないが、どうもそれは気が進まなかった。気が進まない理由は、星宮自身にも分からない。
「じゃあ早速だけど『創作物コンテスト』のペアを今から発表するよ。文化祭までの運命共同体のペアだから、心の準備をよろしく」
そう言いつつ、心の準備の隙を一切与えないまま即座に新たな張り紙を持ち出す北条。クラスが一気にざわつきだすが、それも一瞬のうち。
運命のペアの書かれた紙が、黒板に張り出される。ずらりと組み合わせが書かれた列の中に、勿論星宮の名前もあって――、
『星宮琥珀・朝比奈美結』
新しい友達を作る作らない以前の最悪の組み合わせに、星宮は呼吸を詰まらせた。同じく、朝比奈も盛大に表情を歪ませている。
どうやら、文化祭は始まる前から不穏な空気が流れ出しているようだった。
第一話の後書きにも同じようなことを書きましたが、今一度。
この作品は普通のラブコメではありません。壮絶な、ラブコメです。これからもいろいろとラブコメらしからぬ展開が行われると思いますが、この作品はこういうものだと割り切ってもらえると嬉しいです。
さて、プロローグは終わって、ついに第三章本編へ´`*