◆第93話◆ 『宝石級美少女と小岩井家』
「......」
「――」
「......あの、今のシーンってどういう」
「黙って。キャラの声聞こえなくなる」
「......はい」
「――」
「......」
秋の家にて。
テーブルの上に置かれたタブレット。画面には今話題沸騰中らしいアニメが映し出されている。それを見ているのは、小岩井秋と星宮琥珀の二人。
星宮は頭にクエスチョンマークがくっついていてあまりアニメに集中できていないようだが、隣の秋は違う。星宮のことなど見向きもせず、素晴らしい背筋の伸ばし方でアニメに集中している。
今の状況を要約すれば、星宮は完全に取り残されていた。
「......それにしても、すごい部屋ですね」
早々にアニメに飽きてしまった星宮は、無意識に視線がタブレットから離れてしまっていた。何気なく秋の部屋を見渡せば、丁寧に飾られているフギュアやポスター、人形が見えて――無造作に散らかされているゴミ(食べかけのカップラーメン、アイスの棒、学校のプリント類)が目に映る。
だらしなさが溢れる生活感に満ちた部屋。秋の整った容姿からして、勝手に身の回りの管理ができる女の子だと思い込んでいた星宮は驚きだ。とはいえ、この衝撃は星宮にとって否定的なものとは限らない。
「秋ちゃん......これがギャップ萌えというものですか」
「何か言った?」
「何でもないですよ」
そう言うと、秋は画面の下のバーを弾く。どうやらいつの間にか、アニメは終わっていたようだった。
「――で、コハ、どうだった?」
「えっ」
秋の主語のない質問に、星宮はギクリとする。正直な話、星宮の脳内にアニメの内容は半分も入っていなかった。まさかお互いに無言でアニメ観賞をするとは思ってもいなかったので、逆に集中できなかったのだ。
とはいっても、ここで「よく分かりませんでした」なんて答えてしまえば秋を傷つけてしまう恐れがある。数秒の思考の末、星宮は口を開いた。
「えーっと......作画が、すごい良いですね」
あえてアニメの内容には触れず、作画の方に触れた星宮。下手にうろ覚えの内容を口にするよりも、こっちの方が無難と考えたのだ。
そしてこの一か八かの選択は、八と出る。
「でしょ。ほんとそれなんだよね。コハ見る目あるじゃん」
「......良かったです」
秋の満足そうな反応に星宮は安堵の吐息を吐く。ちょっとしたピンチは回避された。
「......このアニメ、今めちゃくちゃ人気でTwitterもトレンド一位ずっと取ってるの。ヤバくない」
「トレンド一位......へぇ、すごいですね」
スマホを手に取り、Twitterをいじりだす秋。一応適当に相づちを打っておくが、星宮にはその凄さがいまいち分からない。一位と言っているので、とても人気そうということは察せられるのだが。
「......待って」
「秋ちゃんどうしたんですか?」
「アンチコメしてる奴いる。『このアニメが流行るとか草。最近のアニオタ共は目が腐ってる』......だって。何これ」
「あー......たまにそうやって水を差す人居ますよね。作品が人気になればなるほど、批判的な意見も増えていくらしいですよ」
どうやら、今さっき秋たちが見ていたアニメに対して批判的意見を書いたツイートを見つけたようだ。秋はその文章を表情を変えずにじっと見つめ、何も言わずに返信ボタンをタップしてキーボードを呼び出した。
「そういう意見は無視すればいいと」
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね――よし返信」
「秋ちゃん!?」
秋の口から出たとは信じ難い、棒読みの暴言ラッシュが繰り出され、星宮は目を丸くした。あまりにもレベルの低いリプ。それを秋は真顔でやっているのだから更に恐怖だ。
「ふぅ......スッキリ」
「スッキリじゃないですよっ。何でそんな過剰に反応するんですかっ」
「普通にうざかったから。私はこのクソコメ見て不快になったんだから、これを書いた奴も嫌な思いをしてもらわないと許せない。分かる? このロジック」
「あんまり分かりたくないですっ」
言ってることは分からないこともないが、考えがあまりにも幼稚だ。お互いが不快な思いをすることになるなんて、星宮からしたらもっとも避けたいこと。おせっかいかもしれないが、少し秋には考えを改めてもらいたい。
「......秋ちゃん。こういうのはこれから無視しましょ。秋ちゃんがそんな乱暴な言葉使ってるのあんまり見たくないです。さすがにギャップ萌えじゃないです」
「ギャップ萌え? いや、そんなこと言われても無理。レスバ楽しいし」
「楽しまないでください......」
秋の隠された内側を知り、星宮はちょっとだけ溜め息をつく。こんな姿を見ても大切な友達なのだから好感度は下がったりしない。それでも、ちょっとはショックだ。
「......あ」
ふと、秋が声を漏らす。何か、足音のようなものが聞こえた。何の音ですかと星宮が聞く前に、次の瞬間、勢い良くドアが開く音が響く。
「――お姉ちゃんマジうるさいんだけど!? 二階まで声が聞こえて......え?」
突然、勢い良く二人の空間に現れた闖入者。背丈からして中学生くらいだろうか。秋と同じ藍色のショートヘアに若干ウェーブがかかった女の子。その子は、秋の隣にいる星宮を見て心底驚いた顔をしていて――、
「え、誰」
ぽつりと、女の子から声が溢れた。
***
「うっそ。お姉ちゃん友達居たの!? 絶対学校で浮いててぼっちだと思ってた! マジでビックリ」
「当たり前。お姉ちゃんは友達いっぱいなんだから」
しれっとでた秋の嘘は置いておいて、問題はこの女の子についてだ。髪色に、瞳の色。匂いなど、すべてが秋と一致している。性格などは対極の位置にありそうだが、これは紛れもなく秋の妹だ。
「えっと......秋ちゃんの妹さん、ですか?」
一応、確認は取っておく。
「あ、はいっ。小岩井みのりですっ。いつもうちのバカお姉ちゃんがお世話になってます!」
「みのりちゃん......可愛い名前ですねっ。私は星宮琥珀って言います」
「星宮さん......っ。めっちゃ、可愛い」
「あ、ありがとうございます」
自己紹介を終え、星宮は改めて女の子の――みのりの容姿を確認する。性格は天真爛漫と言ったところだが、よくよく見れば本当に秋とそっくりだ。無論、可愛いところも。みのりはどこか小動物のような印象を見受けられる。
「そうだ星宮さんっ。家のお姉ちゃん学校とかでウザくないですかっ」
「え? ウザいって?」
「いや、お姉ちゃん、ヤバいくらいにオタクなんですよっ。部屋とかフィギュアだらけでマジで気持ち悪いんですっ。この前なんか、アニメグッズ買いすぎてお金無くなったーとか言って、妹である私にお金を借りようとしてきたんですよっ。マジでぶち殺そうかと思いました! 話題の引き出しがほとんどアニメ関連だし......絶対迷惑かけてますよね!」
マシンガンのように秋を批判するみのり。姉妹揃って口が悪く、星宮も反応に困ってしまう。とはいってもみのりのハキハキとした口調には驚きで、余程姉である秋に不満が溜まっているのだと察せられた。
「秋ちゃんは......とっても良い友達ですよ。話しやすいですし」
「気遣わなくて大丈夫ですっ。あとで然るべき制裁を加えておきますっ」
「えぇ......」
星宮の言葉をガン無視したみのりは、振り返って姉の秋に視線を向ける。腰に手を当て、怒っている風なポーズ。対する秋は、いつも通りの真顔。
「お姉ちゃん!」
「何」
「友達が居るのは別に良いんだけどさ......自分の趣味を人に押しつけたりとかしないでよ! 妹として私が申し訳なくなっちゃうからっ。こんなに可愛い子、お姉ちゃんにはもったいない!」
「みのりは受験生でしょ。無駄話してないで、勉強しなよ」
「話逸らしたキッモ! マジで留年してしまえ! ったく......」
イライラとした様子を隠さず、軽く頭を掻くみのり。ただ、姉妹の荒々しい喧嘩とは別に、一つ分かったことがある。
(みのりちゃん、受験生ってことは、中学3年生なんですね。秋ちゃんとは一歳差ですか......)
体格の違いからしてそこまで年の差は離れていないと思っていたが、まさか一歳差だったとは。年の差の少ない兄弟姉妹は、実は星宮の憧れだったりする。秋とみのりの関係は仲睦まじいとは言い難いが、このような姉妹も案外ありだ。
「星宮さんっ」
「えっ」
いつの間にか、みのりの顔が星宮の間近に迫っていた。
「お姉ちゃんがウザかったら、全然ぶっ飛ばしていいですよっ。私、いつもそうしてますのでっ」
「......はは」
星宮から乾いた声が漏れる。どうやら秋もみのりも、強めの個性で溢れているようだ。