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◆第85話◆ 『宝石級美少女と初詣』


 翌日、朝。


 雲一つ無い青空が広がり、目映い太陽が辺りを照らす、外出するにはもってこいの天気。まだまだ寒くはあるが、今日くらいの天気の良さであれば、然程気にすることはないだろう。


 昼の時間帯に外に出るのは久しぶりで、庵は目を眩ませていた。何に目を眩ませているかというと、実は太陽ではない。太陽のような存在に、目を眩ませていた。


「どうですか、天馬くん」


 目の前に宝石級美少女が――星宮が居た。星宮は存在するだけで既に眩しい存在なのだが、今日は一味違う。何せ、着物を着ているのだ。


 ピンク色をベースとした花柄の着物。それは、星宮が普段着る服装とは系統が違い、ギャップがあった。しかも恐ろしいくらいに似合っている。思えば、もともとの素材が極上なので似合わないわけがない。


 そしてもう一つ、今日の星宮は(かんざし)で髪を結っていた。星宮のヘアスタイルはいつも髪を下ろした状態。そんな星宮がヘアスタイルを変えているのを見るのは、初めてだった。新鮮さが溢れ、素晴らしい。無論、似合っている。


 そんな太陽のように眩しい存在に見つめられて、返す答えとは――、


「あぁ......いいんじゃないか」


 正直になれなかった庵は、曖昧にしか感想を言えなかった。しかも視線が星宮からずれている。


 そんなダメダメな庵であるが、感想をもらえた星宮はにこりと微笑む。細かい感想を言われなくとも、庵の照れくさそうな表情を見れれば十分だ。


「そう言ってもらえて嬉しいです。頑張って着替えたんですからね、天馬くん」


「お、おう」


 袖を揺らしながらゆっくりと一回転してみせて、全体を見せてくれた。素人目から見ても分かる、完璧さ。一人で自力で着物に着替えたのだから、本当に尊敬に値する。


「あー、それじゃ、父さんは後から来るらしいから、先に神社に行くか」


「そうですね。行きましょうか」


 そうして、二人は足並みを揃えて歩き出した。正確には、庵が星宮の足並みに揃えている。釣り合わない存在なのだから、細かい気遣いくらいはできるようになろうという魂胆だ。



***

 


 そうして二人は目的の神社に辿り着いた。新年を迎えてから、もう一週間ちょっと経っているため、参拝にくる人の数はだいぶ少ない。新年の賑やかさも初詣の魅力の一つだが、静かなのも案外悪くないだろう。


「ふぅ......じゃあ、父さん来るまで待っとくか」


 後どれくらいかは分からないが、恭次が来るまでそこまで時間はかからないはず。あれだけ心配かけていた息子と星宮からの誘いなので、きっと今、急いでいるに違いない。


 その間、ゆっくりとしておこうと庵は近くの段差に腰を下ろす。しかし視線をふと逸らすと、星宮の姿が消えていて。


「天馬くん、手水舍ですよっ。これだけ先にやりませんか?」


「え?」


 気づけば、星宮は近くの小さな屋根がある場所に足を運んでいた。庵も腰を上げて星宮の横に立つが、星宮の前にある物が何か分からない。何か、桶のようなものと柄杓が置かれているが。


「わぁ......初めて見ました。本当にあるんですね」


 そういえば、星宮は初詣に行くのは生まれて初めてらしい。神社にさえも行ったことがなかったらしいが、一体どういう家庭で育っているのやら。


 それはともかく、隣の庵は疑問符を浮かべていた。星宮は目を輝かせているが、庵は目を細めている。


 手水舎。こういう物が神社に設置されていること自体は何となく知っていたが、これが何か意味のある物なのかは知らない。ただの置物だと思っていた庵は、申し訳なさそうに星宮に視線を向ける。


「ごめん星宮......何これ」


「え? 手水舍ですよ?」


「あぁ、そういうことじゃなくて、その手水舍っていうのがどういう物なのか分からん」


 そう言うと、星宮がマリンブルー色の瞳を丸くさせた。


「天馬くん、手水(ちょうず)を知らないんですか?」


「チョウズ? なんだそれ」


「......」


 更に知らない単語を出されて、庵の頭の中のハテナマークは更に増えてしまった。星宮の悪意の無い視線の圧に申し訳なくなってしまう。


「じゃあ、そうですね......説明するより、私が天馬くんにやって見せます。私も初めてなので、上手くできるか分からないですけどね」


「なんかごめん......頼みます」


「気にしなくて大丈夫ですよ。知らない事は、これから学べば大丈夫ですっ」


 星宮は意気込む姿勢を見せてから、手水舍に体を向ける。迷いのない手つきで、右手で柄杓を手に取った。


「――まずはですね、右手で柄杓を持って左手を清めていきます」


 柄杓に水を満杯になるまで汲んで、その水を少量左手にかける。その次、星宮は柄杓を持つ手を左手に移し変えた。


「次は右手ですね」


 反対も同じ要領で清めていく。色白な肌に再び水がかけられ、柄杓の中の水は残り半分くらいとなった。


「両方の手を清めたら、最後に口を清めます」


 再び右手に柄杓を持ち変えて、左手に水を注ぐ。左手に注いだ水を運び、口をすすいだ。初めてとは思えないほどの、迷いのない手慣れた手つき。庵が圧巻されている間に、これで手と口の清めは終わりだ。


「終わったら、柄杓を柄を残りの水で清めて元の場所に戻します」


 そうして、星宮の手水は終わった。星宮は庵の方を振り向くと、照れくさそうにもじもじとする。


「えっと......これで分かりました? 私も初めての事だったので、ちょっと上手くはできなかったかもですけど......作法さえ分かってもらえれば......」


「あぁうん。めちゃくちゃ分かりやすかった。本当に初めてかどうか疑うくらいには」


 率直な感想を伝えると、星宮はパアッと顔を明るくさせた。初めてやってこのレベルなら、素人目から見ても本当に上出来だ。一つ一つの動作がとても清廉されているようにすら思えたのだから。


 神社初めての人間に知識で負けるとは思いもしなかった。


「ならよかったですっ。じゃあ天馬くんもやってみましょ!」


「え、俺も?」


「はいっ。簡単ですよっ」


「じゃあまぁ、やってみようかな」


 そんな純粋な瞳で言われたら、断れるわけがない。それに先ほど星宮の手本を見た感じ、大して難しいものでもなさそうだ。


 庵も柄杓を手に持ち、手水を始めていく。まずは、どの手を清めるのか。


「えっと右手から清めるから、左手を」


「違います左手からですね」


「あっ」


 その後、口を清めるときに柄杓ごと口に運んでしまい、軽く星宮に怒られたのであった。

 


***



 そうして手水を終えた二人。時間を潰すことはできたが、未だ恭次がやってくる気配がない。不思議に思った庵がおもむろにスマホの電源を入れると、恭次からのLINEが届いていた。


「あー......マジか」


「どうしたんですか?」


「父さん来るまでもう少しかかるらしい。仕事がまだ終わらないって言ってる」


「あぁ......それは大変ですね」


 想定外の事態であるが、まだ恭次が来れなくなったわけではない。しかしこのままボーッとし続けるのも退屈だし、星宮にも申し訳ない。恭次には悪いが、先に星宮と二人で何かしておくべきだろう。一応、その事について恭次に確認は取っておくが。


「......よし」


「どうしました?」


「先に俺たち二人で何かしとこう。今父さんにLINEしたら、是非そうしてくれだってさ」


 そう言うと、星宮は分かりやすく顔を明るくする。瞳をキラキラとさせて、庵の裾を軽く引っ張った。体を寄せられた庵は、だいぶ心臓の鼓動を早まらせる。


「なら私、くじ引きしたいですっ。一回やってみたかったんですよね」


「あ、あぁ。別にいいけど」


「なら早速行きましょうっ」


 軽い足取りで、星宮が前へと進む。その微笑ましい後ろ姿に庵も少しだけ顔を綻ばせ、その後ろ姿を追いかけた。


 横に立てば、星宮が笑顔で話しかけてくれる。話題を振るのは全て星宮だけど、その話題に出来るだけ楽しそうに乗れるように庵は頑張った。


「....」


 繰り返すようだが、庵の傷は癒えているわけではない。今は、ツギハギだらけの状態で、必死に星宮のために楽しんでいるのだ。


 本当は、星宮と一緒に居るという行為さえも、胸が抉れてしまいそうになる程に心苦しい。しかし星宮にとって、庵は必要不可欠な存在なのだ。それを昨日、庵は強く思い知らされた。だから庵は必死に『楽しそうな様子』を演じる。


 これ以上、星宮を傷つけてはダメだというプレッシャーが、庵をじわじわと苦しめていく。


「楽しいな」


「っ。はいっ。そうですね」


 本当は全然楽しめてなんかない。申し訳なさで、胸の中はいっぱいだ。


 だがそれでも、星宮が喜んでくれるのなら、星宮が望むのなら、明るい自分を演じてみせる。じわじわと痛む傷に目を瞑り、偽りの笑顔を向けるのだ。



「――」



 そんな様子を、影から見つめる姿があることに二人は気づいていない。

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― 新着の感想 ―
[一言] いおり、壊れなければいいのですが…彼、何かの拍子に壊れてしまいそうで…でも、彼自身を作り笑いと星宮さんが支えているのならば、いいのかもしれませんね。そして誰がのぞいているのでしょう…変な人じ…
2023/03/25 09:12 退会済み
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