表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/215

◆第81話◆ 『ヒーロー』


 星宮の過去を聞き終えた庵は、難しい顔をして眉を寄せていた。


「長々と話しちゃいましたけど、こんな経験を私はしているんです」


 因みにだが、今の星宮の話を作り話と疑う理由はどこにもない。星宮の学校での様子をよくよく思い出してみれば、話の辻褄が合ってくる。


「......だからいつも、学校でぼっちだったのか」


「ぼっちっていう言い方はちょっと傷つきますね。でも、そういうことです」


 過去に経験した『告白』と『裏切り』と『イジメ』という大きく分けた三つが、今の星宮を作り上げた。今までの星宮のどこか不自然な振る舞いは、これに起因するものだったわけ。


 庵も、星宮には何か隠された闇があるとは薄々気づいていた。しかしそれが想像以上のものだと分かり、星宮を見る目が変わる。


 ――星宮も、壮絶な経験をしている一人なのだと。


「本当に、中学校生活は大変でしたよ。だんだんとイジメもエスカレートしていきますし、誰も助けてくれないんです。学校を休みたくても、勉強も大切ですからね......」


 星宮が遠い目をして、過去を振り返る。その様子に庵は息を飲み、星宮に視線は釘付けになった。


 星宮が、ゆっくりと庵に視線を向ける。


「天馬くん」


「......なんだよ」


 冷静を保っているつもりでも、庵の声はどこか震えていた。対する星宮は、笑顔を浮かべているようにも見える。



「――天馬くんの辛い気持ち、私なら理解できると思います。経験したものは違っても、私も同じような絶望を経験した身ですからね」


「......」


「私だけが、今のあなたを助けられます」


 

 星宮の言葉には妙な重みがあった。さっきまでなら反論できただろうに、今は反論することができない。それは、庵が星宮の言葉を一理あると認めているからなのだろうか。


 庵には、星宮の言葉をどう捉えればいいか分からない。でも、星宮の言葉は軽いものではない。気づけば庵は、星宮の言葉に聞き入っていた。


「――やっと、私の言葉に聞く耳を持ってくれましたね」


 その言葉に、心臓がドキリと跳ねる。呼吸が詰まった。よく分からない感情が全身を伝い、庵は余計な考えを振り払おうと首を振る。


 ギロリと、再び星宮を睨んだ。


「......うるさい。やめろよ」


「やめませんよ。今の天馬くんを助けるためなら、ちょっとくらいのイジワルもしちゃいます」


 星宮が一歩踏み出し、庵に近づく。そんな星宮の度胸ある行動に庵は舌打ちし、大きく目を見開いた。


「......なんで」


 どこか凛々しい顔をする星宮に向けて、苛立った様子を隠さずに口を開く。


「なんでそんなに俺に構うんだよ。もう、ほっといてくれよ。俺、疲れたんだよぉ!」


「ほっときませんよ」


「俺はもう無理だ。立ち直れない。そうなんだよ。絶対にもう、立ち直れないんだよ。何もかも嫌なんだよ」


「――」


 一気に呼吸が荒くなる。胸が締め付けられて、行き場の無くなった思いを吐き出していく。それが苦しくて苦しくて、仕方なかった。


 もう庵のなかでは『終わった』のに、星宮だけが諦めない。それを鬱陶しいと思うと同時に、別の事を思ってしまう自分が居る気がして怖い。


 本当に諦めているのか。立ち直ることを。



「なのになんでお前はっ。ここまでして、こんなクズの俺を助けようとするんだよ!」



 その叫びに、星宮の肩がピクリと跳ねる。その答えは星宮の中でとっくの昔に出ているのだ。だからこそ顔を赤らめさせて、庵に視線を向けた。


「天馬くんが好きだからですよ。さっきからずっと、言ってますよね」


 それを聞き、庵はまた舌打ちをする。今の星宮の答えは、根本的に理解できない。本来ならば喜ぶべき言葉なのだろうが、今そんなことを言われても気持ち悪いだけだ。だって庵は大きな罪を犯したのだから。



「俺は、星宮を殴った!」


「はい」



 あのときの星宮の表情を、未だに覚えている。恐怖に満ちた表情だった。



「それに振ったし、泣かせたっ」


「はい」



 あのときの星宮の表情も、鮮明に覚えている。あんな激情を宿した星宮を見るのは初めてだった。



「俺はクズだ! どうしようもない人間になったんだ!」


「はい」



 星宮に暴力を振るい、交際関係を身勝手に終わらせ、そして泣かせた。それは覆りようのない事実。


 その上で、星宮は庵に好意を伝えている。それが意味分からなくて、どうしても理解のしようがなかった。


 一体星宮は何を考え、何を見て庵に『好き』と伝えているのか。何故。



「――なんで、俺なんかが好きなんだよ!!! こんなクズを!!!」



 静かな静寂を切り裂き、庵が叫ぶ。もう意味が分からなくて、ただ思いのまま叫んだ。星宮は庵のその叫びに対し、少しだけ微笑む。


「クズは、私もですよ天馬くん」


「あぁ?」


 急な言葉に、庵が眉を寄せる。遠い目をする星宮が、空を見上げた。

 

「天馬くんは、私に交際を求めたときのことを覚えていますか?」


 思い返されるのは、約3ヶ月前の話。庵が星宮の命を救い、そのお礼として交際関係を求めた。それが庵と星宮の恋愛感情ゼロの物語の全ての始まりだった。


 勿論、あのときのことは今でも鮮明に覚えている。あのときのドキドキは、今でも忘れずに胸に刻みついていた。


「少し考えたら、不思議に思いませんか?」


「......何が」


「私は、男の子が怖いんです。私と交際関係を持とうとしてくる人が、怖いんですよ。なのに私は、天馬くんと交際関係になったんです」


「......」


 確かに言われてみれば不思議だ。高校生活を穏便に過ごすために、星宮は無愛想を演じて男子の心を奪わないように努力している。なのに庵と交際関係になってしまうのは本末転倒だ。


「なんでそんなことをしたかというとですね......私は天馬くんを利用しようとしたんです」


「利用?」


「はい。私そのときだいぶ精神不安定というかですね......いろいろと吹っ切れてて、もういっそのこと彼氏を作っちゃえば高校生活を気兼ねなく楽しめるんじゃないかって思ってたんですよ。そしたら、もう告白を受けることもなくなりますし」


「.....」


「天馬くんの第一印象はパッと見でおとなしそうというか女性経験が少なそうに見えたんです。だから、この人なら彼氏にしちゃっても大丈夫かなって思って、天馬くんの告白にオッケーを出しました」


 明かされる理由。その真実は耳を疑うもの――というほどでもない。元から庵は、星宮が交際関係でいてくれていることに不信感を抱いていたのだから。こうして真実を知り、納得できる部分は大きい。


「まあでも、結局天馬くんを利用することはできませんでした。天馬くんが思ったよりも紳士な人だったので、罪悪感が沸いたんですよね」


 ここで言う利用とは、星宮が庵との交際関係を学校で公言して、他の男子を寄ってこないようにするという作戦のこと。だがそれは結局、星宮の良心により行われなかった。


「だから、私だってクズなんです。何も知らない天馬くんを、私は利用しようとしたんですから」


「結局俺のこと利用しなかったんだろ。なら未遂だし、そんなこと俺のしたことに比べたら大したことねーよ」


「いいえ。私からしたら、人を騙すような行為は最低な事なんです。これは価値観の違いかもしれないですけどね」


 ここで星宮は一呼吸おく。小さく伸びをして、庵に視線を合わせなおした。少し照れくさそうにしながら、再び口を開く。


「......それで天馬くん、私にもう一つ質問してましたよね。えっと、なんで私が天馬くんのことを好きか、でしたっけ」


「......」


 星宮が庵を好きな理由。それは友達としてではなく、異性しての話。勿論であるが星宮が一目惚れした、なんて事はない。そこにはちゃんと、背景がある。


「最初付き合いだしたばかりの頃は、本当に恋愛感情ゼロでした。というより天馬くんのことを怖いとすら思ってましたね。まあ当たり前といえば当たり前です。お互いのこと、まだ何も分からないんですから」


 ゆっくりと語られていく、真実。余計な口を挟まず、放たれる言葉をしっかりと受け止めていく。


「でも、だんだんと天馬くんと一緒に居ることを楽しいって思うようになりました。天馬くんが私にとっての唯一の話し相手だったので、それが理由かもしれませんね。だけどそのときはまだ友達としては好きでも、恋愛対象としては見ていなかったです」


 ここで星宮が少し咳払いする。見れば、星宮の顔は今日一で真っ赤になっていた。好意を持ち始めた経緯を真面目に話すのは、やはりとても恥ずかしいものなのだろう。それでも星宮は言葉を続けていく。


「......本格的に、天馬くんを恋愛対象として見るようになったのは、あのときです」


「あのとき?」


 月光が星宮を照らす。何を言われるのか分からず、庵は生唾を飲みこんだ。



「私が朝比奈さんたちにイジメらていたとき、もうダメかもってタイミングで天馬くんが助けに来てくれた、あのときです」


「......あ」



 朝比奈という久しぶりに聞く名前に、庵は少し肩を跳ねさせた。


 星宮が北条に公開告白を受けて、それに嫉妬した朝比奈が星宮をイジメだしたという騒動。結局あの騒動は、庵が間一髪のところで星宮の窮地を救い、なんとか救うことができた。


 その話題が今ここで出され、庵は困惑する。対する星宮のマリンブルー色の瞳は本気。胸に手を当て、力強く言葉を放つ。



「あのとき私は、どうせ誰も助けてくれないって諦めてました。だって中学生のときもそうでしたから。また同じようにイジメられるんだなぁって、諦めてましたよ」


「――」


「でも、そんなときに天馬くんは来てくれたんです。それで私を助けてくれたんです。あんな風に助けられるのは初めてで、とても嬉しかったっ」


 

 星宮の視線の圧が強くなる。耳まで真っ赤にさせて、叫ばれた。



「あんなの、卑怯ですっ。あんなヒーローみたいな格好良い助け方されたら、好きになっちゃうにきまってるじゃないですかっ!」


 

 過去の友達には裏切られたけど、庵だけは助けてくれた。遅れてやってくるファンタジーの世界のヒーローみたいに。


 最初で最後の宝石級美少女の恋。その強い思いが、壊れたはずの庵の心を揺さぶる。

 

朝比奈?ってなった方々、詳しくは第一章第29話です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 少しずついおりの気持ちが揺れつつありますね…!星宮さんが利用しようとしていたのもなんとなくは客観視できる読者からはわかりますが、でも、今ではただの恋人。その関係に星宮さんがなれたことは、彼女…
2023/03/07 12:17 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ