◆第79話◆ 『宝石級美少女の過去(中編)』
星宮の過去編 (中学時代) の中編です。本当に胸糞なので閲覧要注意
――私が、飯田くんを奪った?
それは言いがかりにも程があった。私は飯田に告白された側であって、そもそも今まで私は飯田にあまり干渉してこなかった。目が合えば挨拶をする程度の関係性だ。それなのに、神代さんの中では私が飯田くんを奪ったことになっている。
「知らないですっ。確かに私は飯田くんに告白されましたけど、ちゃんとお断りしてるので奪ってなんかいませんっ。何か思い違いをしてるんじゃないですか」
「うるさいわ。飯田くんの気が星宮にある時点で、もうワタシは許せないのよ。本当、目障りな女子よね」
「......なら、飯田くんの気を神代さんが奪えばいいじゃないですかっ」
私がそう言うと、神代かんがギロリと私を睨む。舌打ちされた。
「いいよね星宮はさ。可愛いもんね、お顔が。そんなお顔で産んでもらえてお母さんに感謝だね」
「......は? 何言って......」
私のことを誉めている、という雰囲気では勿論ない。明らかな嫌味だと、そう直ぐに理解できた。
神代さんは私を可愛いと言うけれど、神代さんだって髪色が赤いだけで、別に容姿が優れていないわけではない。もし神代さんが私を妬んでいるというのなら、神代さんが私を越えればいいだけ。不可能なことじゃないのだから、なんでそれをしないのか私には分からない。
でも、一つ分かったことがある。
「要するに、嫉妬で私をこんなところに呼び出したってことですか」
「ちっ」
また舌打ちされた。おそらく図星なのだろう。でも、長々とお話をしている場合でもない状況に私たちは立っている。それを教えてくれるのは、青ざめた顔をする理沙ちゃん。横たわっているあかりちゃんの隣に座り込み、そこから私に視線を飛ばしてきた。
「琥珀っ。何呑気に話し合いしてんのよっ。早くあかりを保健室に連れていかないと!!」
「っ。そう、ですね」
理沙ちゃんの瞳に涙が溜まっている。私は息を飲み、神代さんたちに背を向けた。でも、背を向けたのは間違いだった。
「いや、逃がすわけないじゃん。――やっちゃって、シャンドル」
「任せロ」
一瞬の出来事。私の横を何者かが過ぎ去る。それが遅れてシャンドルくんだと気づいたときにはもう遅い。
「は? ちょっ!? いやっ!」
重く、鈍い音が私の耳に届いた。気づけばシャンドルくんがさっきまで理沙ちゃんが立っていた場所に立っている。
「ふぅ.....また加減を間違えたナ」
シャンドルくんの場違いすぎる呑気な声。受け入れ難い事実を目の前にし、呼吸を詰まらせる。だけど直ぐ私は甲高い声を上げた。
「きゃあ――ッ!!」
理沙ちゃんも、シャンドルくんの手によって意識を刈り飛ばされていた。人間のやることとは思えないほどの躊躇の無さだった。
***
私はへなへなとその場に崩れ、わなわなと体を震わせる。あかりちゃんも、理沙ちゃんもシャンドルくんにやられた。じゃあ次は私の番。怖くて、頭がおかしくなりそうになる。
「え? 理沙ちゃん......あかりちゃん......!」
親友のもとまで這いつくばりながら近づいて、その顔を覗く。でも、何も反応ない。いつの間に溜まっていた涙が、あかりちゃんの顔に落ちてしまう。なんでこんな状況に陥っているのかワケわからなくて、思わず口角が上がった。
「......なんでっ」
その瞬間、太い腕が私の首もとを掴んだ。
「うあっ」
呼吸はかろうじてできるけれど、その掴んでくる腕を引き剥がすことができない。この褐色の肌からして、私の首を掴んでいるのはシャンドルくん。シャンドルくんは、私のことを軽々と持ち上げた。
「おオ、軽いなお前」
「離して、くださいっ!!」
もがいても、シャンドルくんのがっちりとした腕が私を離さない。無理だと分かっても、私はじたばたと暴れ続けてみた。
「おいおい、あんまり暴れるナ。めんどくさい」
「往生際が悪いわね星宮。シャンドル、ちょっと一発分からせてやってよ」
その声が聞こえた瞬間、私は血の気が引いた感覚に襲われる。でももう襲い。
「ほれ」
「きゃッ」
太い指が、私のおでこをでこぴんしてきた。ただのでこぴんなのに、シャンドルくんのはとてつもない威力。私は意識が揺さぶられる感覚を味わって、遅れて強烈な痛みに顔を歪める。直ぐに手でおでこを押さえて、あまりの痛みにすすり泣いた。
「......これくらいで泣くなヨ。女子は貧弱だな」
「ははっ。シャンドルが強すぎるだけでしょ。あんな太い指と筋肉ででこぴんされちゃ、そりゃ私でも泣くわ」
まだおでこはジンジンとする。でも、こうして泣いてちゃ相手の思うツボ。私は残った勇気を振り絞って、出来る限りの怖い顔と声をした。
「絶対に、許さないですからっ。あかりちゃんと理沙ちゃんに酷いことしたの、絶対に許さないですからっ。それに私にこんなことしてるのもですっ」
「ふーん。許さなくていいよ。そんなの承知の上だから」
私が強気に言葉を放っても、神代さんからしたら、追い詰められたネズミが最後の抵抗を見せているようにしか見えないんだと思う。でも、それでも諦めない。
「先生に、言いますから!! そうしたら絶対に退学か停学ですっ!! それが嫌なら今すぐあかりちゃんと理沙ちゃんと私を」
「逃がせって言うの? ヤだよ」
「っ。なんでっ! 退学ですよっ」
『退学』という火力の高いワードを出したけれど、神代さんは全然怯んだ様子を見せない。それは隣にいるシャンドルくんも同じ。私の最後の賭けは、不発に終わろうとしていた。
「だって、ワタシ退学なんてするつもりないし。だから大丈夫なのー。分かるー? 星宮ー」
「......は?」
「ま、分かんないよねー。別に分からなくていいよ」
退学は、神代さんの意思に関係なく行われるもの。だから生徒である神代さんがどうこうと抗える問題じゃないはず。なのになんで、神代さんはこんなにも余裕そうなのか。私には分からない。
何も手立てがなくなった私は、とうとう口を開けなくなった。
「ん? 負け犬の遠吠えはもう終わり? なら、そろそろ星宮もボコボコになってもらうけど」
「っ。なんでっ、こんな酷いことするんですかっ」
「好きな男奪われてシンプルに腹立ったから。もともとワタシ、星宮のこと嫌いだったんだよね。だから一回分からせてやろうと思った」
それを聞いて唖然とする。私は信じられないといった様子で、神代さんを見つめた。
「......そんな、ことで?」
「あ?」
思わず声が漏れてしまった。その声はしっかりと神代さんに届いてしまい、地雷を踏んでしまったことに今更気づく。
「そんなことでじゃねーよ星宮ッ!!! お前からしたらしょうもないことかもしれないけどさぁ、ワタシからしたら大事なんだよ!!! 好きな男奪われたことのないお前が、ワタシの気持ち分かるわけないでしょうが!!!」
「っ。ご......っ」
神代さんに怒鳴られて、私は思わず謝りかけた。喉元まで声が出かけるも、なんとか我慢する。だって私が神代さんに謝る理由なんて、何一つないから。私は被害者で、神代さんたちが加害者なんだから。
「あーもう、マジ腹立つ。シャンドル、こいつヤっちゃってもいいよ」
「ム。それはレ○プになるんじゃないか。オレは、愛のない行為は嫌いなんだが......」
その瞬間、私の顔はとても青ざめたと思う。シャンドルくんの顔が、とっても私に近づいてくる。得体の知れない恐怖が全身に駆け巡った。
「いや、それはやめておこう。星宮は顔は良いが、体が少し貧相だナ。オレはもっとボインな女が好きだ。それにこの女子の体じゃ、オレを受け止めきれないだろうヨ。ハッハッハ」
シャンドルくんの顔が遠ざかり、私は少しだけ緊張から解放される。よく分からないけど、最悪の事態は避けられたらしい。
「好みとかどうでもいいじゃん......まぁ、別いいけど」
「あア、無理やりはよくないゾ」
「それシャンドルが言う?」
「ハッハッハッ」
私の首は、未だシャンドルくんに掴まれたまま。もうもがくことはしない。もがけばもがくほど体力を失い、私が不利になる。どうしようとも、私が不利なことには変わりはないのだけれど。
「......誰か、助けて」
ぽそりと声が漏れる。でも、その声は誰にも届いてくれない。そもそも、こんな人気の少ない校舎裏で助けを願ったところで、可能性は極薄だ。私は目尻に涙を溜めて、目を瞑った。視界がとてもぶれる。
「じゃあシャンドル、話した通り、星宮はゆっくりいたぶってやってよ。こいつにはたっぷり分からせてやらないとね」
「あア、任せロ」
ああ、終わった。心が空っぽになって、私はがくりと肩を落とす。こういうとき、ファンタジーの世界なら格好良いヒーローが颯爽と助けにきてくれるのかな。
でも、ここはファンタジーの世界じゃないの。残酷な現実。ただただ理不尽な目に、何も悪くないのに私は合う。意味が分からない。
これって、実は私が悪いのかな。私が可愛いらしいから、男の子の心を奪っちゃって......だから、私が悪いのかな。
「......なんで、私が悪いの」
――強烈な拳が、私の頬に直撃した。骨が折れたのかと思う程の衝撃。だけど意識までは飛ばしてくれない。ただ痛かった。
――お腹にも一発、殴られた。一気に吐き気が込み上げるけど、気合いでなんとか耐える。でもその場にうずくまった。
――休憩する暇なく首を掴まれ、近くの壁に全身を叩きつけられた。鼻血が溢れ、口内がズタズタに切れる。着けていたシュシュが弾け、髪が解けてポニーテールからストレートになる。
――コンクリートの床に投げ飛ばされた。視界はぶれてるけど、体のどこかが切れて血が流れている。赤い。
――横腹を蹴られた。我慢なんて考えをする暇なく、その場に少し吐いた。どんどん遠くなる耳から、神代さんの笑い声が聞こえる。
――また頬を殴られた。意識が飛びそうになる。でも何故か耐えてしまう。シャンドルくんは威力を調整しているんだと思う。こんな地獄、早く終わってほしい。
――首を絞められた。あまりの握力に、私は呼吸ができなくなった。辛い。苦しい。でも私が意識を飛ばしそうになると、シャンドルくんは直ぐにその手を離す。
「あはは。マジグロいんだけどー」
――殴り飛ばされて、コンクリートの床を何回転もする。立ち上がろうとしても、立ち上がる前にシャンドルくんが私の首根っこを掴んだ。
――背中を蹴られた。さっき強く打ちつけられたばかりの箇所だから、とても痛かった。そのせいで飛びかけていた意識が覚醒してしまう。
――また大きな拳が飛んでくる。すると、遅れて強烈な痛みが私を支配する。気が狂いそうになる。
――痛い。助けて。怖い。痛い。助けて。怖い。痛い。助けて。怖い。終わらない地獄。頭は空っぽになって、もうどうすればいいか分からない。
「これは一生のトラウマになっちゃうねー、星宮」
遅れてやってくるヒーローなんて、ファンタジーの世界だけ。現実はもっと醜くて残酷だ。人間の所業とは思えない暴力に襲われて、そう悟った。
私はこのとき確かに、心に大きな傷痕を――トラウマを負った。