◆第77話◆ 『当たり前の話』
「俺のことが、好き?」
告白を受け、庵は大きく目を見開き、星宮の言葉を頭の中で反芻する。そうすると、星宮が恥ずかしそうにこくりと首を縦に振った。そのもじもじとした様子から、今の告白が冗談の類いではないことが明らかとなり、庵は絶句する。
しかし、数秒の沈黙後、庵は表情を崩した。ぷくすと、乾いた音が聞こえる。
「......ははっ」
出たのは疑問の言葉でも、怒りの言葉でもなく、笑み。庵は不気味に笑いだし、目の前に居る星宮に視線を向けた。
「星宮、頭おかしくなったんじゃねーの? 俺が好きとか、狂ってるだろ」
庵の口から、告白の返事とは思えない、辛辣な言葉が飛び出す。
ここでついに星宮が表情を崩した。マリンブルー色の瞳が儚く揺れ、呼吸を詰まらせる。しかし、直ぐに力強い光をその瞳に宿し、口を開いた。庵がそう簡単に告白を受け入れるはずがないことは、想定済みだ。
「本気で言ってます。私は、天馬くんが異性として好きです......恥ずかしいので、あんまり言わせないでください」
頬を赤らめながら、再び乙女の心を打ち明けた星宮。そうすると、今度は庵は強く唇を噛む。先ほどの笑みは消え飛び、再び鬼の形相を顔に張りつけていた。
「意味が、分かんねぇよ」
「どういうところが分からないんですか?」
不思議そうに首を傾げる星宮に対し、庵は舌打ちをする。鋭く目を細め、星宮を睨み付けた。
「まず俺は星宮に見合うような人間じゃないって、ずっと前々から言ってたよな」
「――」
星宮は黙り、静かに庵の言葉に耳を傾ける。
「それに加えて俺は星宮を殴ったし、泣かせたんだよ。あと歯も折れたんだろ!! こんなゴミ人間、世界中を探してもなかなかレアだぞ? こんなクズを好きになれるわけがないだろ」
庵の掠れた叫びが、夜空の下に響く。もっとも、今の庵の言葉は正論である。
あなたが女の子側になったとして、想像してみてほしい。ある日、暗い印象の男の子に殴られ、泣かされた状況を。そんな最低な行為をしてきた男の子を、あなたは好きになることができるだろうか。多少の思い入れのある人間だったとしても、ある程度は冷めるのが普通ではないだろうか。
多分、誰も好きになることはできないだろう。唯一例外が居るとしたら、それは星宮だけだ。
「――まず、天馬くん。一つ言っておくことがあります」
「あぁ?」
「私の歯が折れた事をどうやって知ったのか気になるんですけど......折れた歯は親知らずだったんですよ」
突如、星宮の口から明かされた新事実。庵は眉を下げ、不快そうに顔をしかめる。
「......親知らず?」
「はい。親知らずです。いつか歯医者さんに行って取ってもらう予定だったので、そのことについてはもうあまり気にする必要は無いですよ」
「......」
どうやら歯を折ってしまったことは、奇跡的に星宮にとって問題の無いことだったらしい。だが、それで安心してしまうほど庵は能天気ではない。庵が歯を折ったという事実は変わらないし、耐え難い苦痛と痛みを味合わせたのは大罪だ。
いや、いくらここで庵の犯した罪を思い出したとしても意味がないだろう。今庵の心が壊れているのを、忘れてはいないだろうか。
「そうかよ。で、だからなんだよ。折れた歯が親知らずでよかったな」
「はい」
「......俺、もう帰っていいか?」
「待ってください、そんな簡単に帰しませんよ」
背を向けて帰ろうとする庵の裾を、星宮が掴む。せっかくの告白の時間を雑に終わらせようとする庵に、星宮はムッと頬をふくらませた。
「好きですっ。天馬くんっ」
「だから気持ち悪いことばっか言ってんじゃねーよ!!! 女に手を上げるような男に惚れるやつが、居るわけないだろ!!!」
「ここに居るじゃないですか!」
二人の声が、夜空の下にぶつかり合う。どちらも負けず劣らずの声量。だが、思いの強さだけは星宮の方が上回っている。
「私は、天馬くんに殴られたところで、どうも思っていません!」
「どうも思わないわけねーだろ! 男に殴られたら、怖いって思うのが当たり前だろ!」
「っ。怖い?」
そう庵が口にした瞬間、星宮の目が細まった。星宮のものとは思えない鋭い視線が、庵を貫く。そんな星宮の変化に、庵は軽く目を見張る。
「......怖い思いなんて、何度も味わってきましたよ」
「あぁ?」
重苦しい声が、星宮の口から吐き出される。庵が理解不能といった様子で首を傾げるが、星宮は構わず口を開き続けた。
「きっと私は天馬くんよりも、痛い思いも、辛い思いも味わってきています。だからもう、怖いことには慣れっこなんですよ」
「は......?」
「何回も絶望してきました。表には出さないだけで、病んだことも何度もあります。死にたいって思ったことも、数回ありました」
「......何言ってるのか意味分からねーよ」
星宮が何の話をしているのか分からない。しかし、星宮の言葉には妙な重みがあった。そこに、星宮の重大な何かが隠されているようで――、
「確かに私は天馬くんに暴力を振るわれました。こんなことをされたら、普通の女の子ならきっと冷めちゃうでしょうね。天馬くんの言う通り、とっても怖がると思います」
「っ。回りくどいぞ。何が言いたいんだよ」
「うん......話すと長くなるんですけど、いいですか」
結論を急かす庵に対し、星宮は冷静に言葉を放つ。庵はそんな星宮の様子に押し黙り、訝しむように目を細めた。
「私の昔話を聞いてください、天馬くん」
宝石級美少女の過去が、明かされる。
次回、超絶胸糞回。