◆第7話◆ 『母さん恐るべし』
時間帯は夜。庵はバイト先のコンビニにいた。
「えー、お会計360円になります」
庵はいつだって暇人だった。このコンビニのバイトの仕事も、あまりにも自堕落な生活を送る庵を見兼ねた両親が提案したものだ。
飽きっぽい性格の庵ではあるが、高校生で初めてバイトを経験し、簡単な作業をこなすだけで子供にとっての大金が貰えることに庵は驚いた。すると最初は嫌々やってたはずなのに、気づけば飽きを感じなくなっていたのだ。
コンビニバイトは夜の時間帯から始まり、そこから約三時間仕事をこなす。大して難しい仕事はなく、ほとんどはレジの前で接客をしておけばいいだけの仕事。単純な仕事だった。
「ありがとうございました~」
シフトは週二回程しか入れていない。別に三回程度でも庵は苦を感じずに仕事をこなせるのだろうが、元々そこまでお小遣いには困っていなかったので、シフトは多くは入れていない。
「天馬くん。今日はありがとう。もう帰っていいよ」
「分かりました。お疲れ様です」
「はい。お疲れ様」
人懐っこい優しそうな表情をした初老の男、この人がこのコンビニの店長である。どうやら今日のバイトは終わりのようだ。
「そういえば天馬くん、今日はずっと暗い表情をしてたけど何かあったのかい?」
「あぁ......なんでもないですよ。俺は元々こういう顔してますから」
「そうか。まぁ天馬くんがそう言うのなら大丈夫なんだろうね。私みたいなおじさんで良ければ、いつでも悩み事を聞いてあげるよ。学生ってのは悩み事が多い時期だからね」
「はい。ありがとうございます」
「いやいや、感謝されるほどのことでもないよ。それじゃあね」
星宮に振られた (まだ確定したわけではないが) 日の夜だったので、正直店長の言葉にドキリとした。気にしてないとはいえ、やはり表情に出てしまっていたのだろう。
店長はとても人のことをよく見ている。些細な表情の変化でも相手の悩みを見抜く最早メンタリスト。年の功というのか、本当に店長はすごい人だ。
***
家に帰宅したあと庵は何故か、母さんである天馬青美にリビングへ呼び出された。
気だるそうな様子を隠さずに庵がリビングへ向かうと、ニヤニヤとした表情を浮かべる青美がダイニングテーブルの椅子に座っていた。穏やかな表情からして小言ではなさそうだが、嫌な予感しかしない。
「庵、ちょっとここ座りなさい」
「俺なんかしたか? 今日はもう疲れたし、風呂入ってさっさと寝たいんだが」
「すぐに終わる話よ。いいから座りなさい」
「......」
青美の有無を言わせない口振りに、仕方なく庵は椅子に座る。青美は満足そうに頬を歪めた。
「今日庵がバイトしてる間に部屋を掃除させてもらったのよ」
「勝手に俺の部屋を掃除しないでくれって前言ったよな。それくらい自分で出来るし、プライバシーの侵害だ。本当にやめてくれ」
「プライバシーだなんて覚えたての単語を使わないの。それに、全然部屋が整理整頓出来てなかったじゃない。何が自分で出来る、よ。まったくもう」
「俺は部屋が汚くなってきたら、まとめて掃除するタイプなんだ。そろそろ掃除しようと思ってたしタイミングが悪かったんだよ」
「まあまあお口が達者なこと」
言い訳なのは間違いないが、ここまで信用されていない顔をされればさすがの庵も腹が立つ。前置きから頭が痛くなる話を聞かされたので、正直気分は最悪だ。
話の本題を聞かずにこのまま立ち去ろうと考えるも、それよりも早く青美が聞き捨てならない事を話し出す。
「とりあえず部屋が汚かったっていう話は置いておいて。母さん、庵の部屋で面白い物見つけちゃったのよ」
「......なんだよ」
庵の部屋には基本、見られて困るような物は一切置いていない。それだけは胸を張って自慢出来ることなのだが、今回ばかりは嫌な予感がした。
何せ、青美はここ最近の日常の中で、一番といえるほどの満面の笑みを浮かべているのだから。
「単刀直入に聞くわ。庵、彼女出来たの?」
単刀直入すぎる青美の発言に、一瞬庵は言葉を失った。
頭の中に星宮の姿が浮かぶが、星宮は両親がいない間に帰ったはず。部屋に何か落とし物をしていないかは確認したし、特に何も忘れていなかった。だというのに青美は何を言っているのだ。気づかぬ内に星宮の存在がバレたのか。
「......出来るわけないし、何でそうなるんだよ」
「そう。じゃあ、こんなのが落ちてたのはどういうこと?」
そう言うと、青美は何やらキラキラと輝く細い物を取り出した。
「なっ」
それは髪の毛だった。
艶があり、綺麗な色のある雪色をした長い一本の髪の毛。こんな特徴的な色の髪の毛、考えるまでもない。紛れもなく星宮のものだと判断できた。
青美は一体何を見つけてるのか。とんでもないものを発掘してきたことに対し、庵は絶句した。
「これ、どう見ても髪の毛よね。綺麗な雪色をしているわ」
「さあ......母さんの白髪が落ちたんじゃないか?」
「母さんは白髪なんて生えてません。それに、この髪の毛は白髪なんかじゃないわよ。ほら見てみなさい、この艶と輝き。白は白でもちゃんと色のある綺麗な雪色なのよ。絶対女の子の髪だわ」
「お、おう」
青美が興奮しながら星宮の髪の毛を見せつけてくるので、庵は非常に反応しずらい。それに青美が庵にかけている彼女持ち疑惑は当たらずとも遠からずなので、ボロが出る前にさっさと青美の前から撤退するべきなのだろう。
「それで庵、女の子の髪の毛が部屋に落ちてたってことは、やっぱり彼女を家に連れ込んだの?」
「あー眠い。ちょっと今日疲れたわ。おやすみ」
「あぁちょっと。待ちなさいよ庵」
適当言って逃げようとすると、慌てた様子の青美が椅子から立つ。もっと話を聞き出したいのか、庵を逃がしたくないようだ。
「逃げるってことはやっぱり後ろめたいことがあるんじゃないの? 正直に女の子を部屋に連れ込みましたと白状しなさい」
「なんのことか分からんな。髪の毛も多分、学校で誰かしらの物がくっついたんだよ多分」
「むむむ......」
適当に考えた言い訳が思いの外、青美にクリティカルヒットしたらしく返す言葉を失っている。青美はまだ不満そうな様子だったが、これ以上青美と話したくなかったので庵は風呂場へと駆け込んだ。
「はぁ。どんだけ勘が鋭いんだよ」
ようやく一人になったところで溜め息をつく。まさか部屋に落ちてた髪の毛一本でここまで追い詰められるとは思わなかった。まさに青美恐るべしだ。
星宮との関係はもうほぼ白紙みたいなものなのだから、余計な問題は起こしたくないと思う庵であった。
新キャラ2体登場。庵母&店長。店長の名前はいずれ書く......はず。