◆第68話◆ 『宝石級美少女の憂い』
――ずっと、憧れる生活がある。
学校に行くと、いつも仲良くしてくれる女の子が話しかけてくれて「琥珀ちゃん。おはよう」なんて声をかけてくれる。それで朝からその女の子と一緒に他愛ない会話をする。そこに他の女の子も途中から話に混ざってきて、みんなで楽しくお話する。そんな、特別変わったものでもない生活。
学校が終わったら一緒にレストランに行ったり、映画に行ったり、その子の家に行ったり。いっぱい楽しい事をして、いっぱい笑って、外が暗くなり始めたら「琥珀ちゃん。また明日」とか言われて、自宅に戻る。また明日会えるんだって、期待を膨らませながら。それが普通の女子高生なんだと思う。
でも、私にはそんな友達は居ない。居ないんじゃなくて、そもそも友達を作らない。
こんなこと言うと、友達が作れない人の言い訳とか思われそうだけど、私は本当に友達を作ろうとしていない。作るのが怖いから、作らない。
高校に入ってから私は一部の女の子から「変な子」って言われるようになった。きっと、話しかけても私が素っ気ない反応しかしないからなんだと思う。せっかく楽しく話そうとしているのに、こんな反応されちゃ「変な子」って思われるのは当たり前。自分でも勿論自覚はある。
「変な子」なんて、思われたくない。誰だってそうだと思う。でも、私には「変な子」を演じて、クラスのみんなから距離を取らないといけない理由がある。そうしないと、また中学生の時みたいにいじめられちゃうかもしれないから。それが一番、怖い。
でも、とても怖いのに、何故か矛盾した考えを持ってしまう。友達は作りたくないけど、作りたいっていう、言葉にしたらよく分からない考えがある。
私は「変な子」なんかじゃない。みんなと同じ、普通の女子高生なんだよって、知ってもらいたい。だけど知ってもらったらダメで心が辛い。
***
1月4日。
「......私、ここで働いてる天馬くんと......えっと、付き合ってたんです」
「ほぉ。彼と」
翌日、星宮はシフトが入っているわけでもないのにバイト先のコンビニへ向かった。理由はここの店長にお悩み相談をするためだ。昨日、店長に今悩んでいる事を当てられてしまった星宮は、乗りかかった船ということで藁にもすがる思いで悩みを聞いて欲しいとお願いしたのだ。
そうして今に至る。関係者のみが入れる部屋で、店長の休憩時間を借りて星宮はお悩み相談を行っていた。星宮と庵の交際関係を知った店長は、反応は薄くとも少し嬉しそうだった。
「でも、最近振られちゃって」
「そうか。彼に縁を切られた、その理由は分かるのかい?」
「......それはっ」
理由は勿論分かる。庵は理由もなく女を振るような雑な男ではないので、そこについては安心できた。だが、その肝心な理由は話しにくい。何故なら、庵の母の死という、庵にとってとてもプライベートな話が関係してくるからだ。そんなプライベートな話を易々と他人に口外するわけにはいかない。
しかし店長はしばらくの沈黙のあと、「あぁ」と何か思い出したかのように相槌を打った。
「もしかすると、彼の身内の話かな?」
「っ。そっ、そうです。店長さん、知ってるんですか?」
「ああ勿論。彼の親御さんから電話で話を伺ったよ。天馬くんがバイトに来ないから、私が気になって聞いておいたんだ」
「そう......だったんですね」
そうとなると話は早い。星宮は勇気を振り絞って、店長と目を合わせた。ここからがお悩み相談の本題だ。
「天馬くんが私を振った理由は多分......愛想が尽きたとかそんなのじゃなくて、私に暴力を振ったのが理由だと思うんです。その罪悪感で......みたいな感じかと。そのあと、私も天馬くんにキツい言葉をかけちゃって....」
「......彼が、暴力か」
星宮の言葉に店長は腕を組み、何やら深刻そうな表情で顔を俯かせた。もしかしたら変な誤解を生ませたかもと思い、星宮は慌てて手を横に振る。
「て、天馬くんはとても優しい人で、普段は暴力とかそういうのは全くしない人なんです。今回はたまたま天馬くんに大変な事情があっただけで......それを知らずにズカズカと天馬くんの部屋にまで入った私にも非はあるんだと思います。えっと、だから何が言いたいかと言うと、天馬くんは悪い人じゃないってことで......」
「知ってるよ。彼とはもう半年以上もこのコンビニで一緒に働いているんだ。彼がどんな人間なのか、それは私もよく知っている」
「っ......よかった、です」
誤解を生むどころか、店長と庵の関係の長さは星宮以上のものであり、それを知らずに庵の優しさを店長に説こうとした自分を恥ずかしく思う。でも、店長も庵の優しさを知っているということに少し星宮は嬉しくなった。
「彼はあまり口数は少ないけれど、バイトではとっても真面目な子だ。当たり前の事だけれども、お客さんに何か質問されても嫌な顔一つしないし、接客の愛想の良さもそれなりに良い。私は彼をとても高く評価しているよ」
店長の庵に対する評価は高いらしく、少し誇らしそうに語っていた。すると何故か星宮はそれが自分のことを誉められたかのように嬉しくなってしまう。つい、体が前のめりになった。
「天馬くん、真面目なんですねっ。やっぱり天馬くん......やればできる人なんですよ」
嬉しくて、思わず安堵の息が漏れる。でも安堵できるのは一瞬だけだ。気づけば、店長の顔はとても難しいものに変わっている。
「――とはいっても、暴力はいけないことだ」
「っ......それは、そうですね」
「いくら普段の彼が優しいからといって、それが許されるわけじゃない。それとこれとは話は別だからね」
店長の厳しい言葉に、星宮は現実に引き戻される。店長の言う通りであり、いくら庵が優しいからといって、暴力を振るったという事実が無くなるわけではない。だからこそ星宮は今とても悩んでいるのだ。これから、どうすればいいかを。
「ざっと、天馬くんが精神的に不安定になって君に暴力を振るってしまい、その罪悪感から天馬くんは君との関係を断つことにした、というわけかい」
「本人に聞いたわけじゃないので確かな事は分かりませんけど、そうじゃないかって思います」
「それで今、星宮さんは彼との関係をこれからどうしたらいいのか悩んでいるんだね?」
「......はい」
星宮の悩みを店長は簡単に纏め、それに星宮は頷く。これからどうすればいいか、客観的な意見を知りたい。店長は続けて、星宮に問いかけた。
「彼とは、復縁したいかい?」
「......はい。したいです」
ぶっちゃけた話、結局星宮の願いはそうなってしまう。復縁したいけど、それが正しいことなのか分からない。でも、復縁したい気持ちがかなり強いのは星宮の中では確かだった。
「暴力を振って、天馬くんも君にかなりの罪悪感を感じているはずだ。そんな状態の彼と復縁すれば、彼はまたどこかで傷つくかもしれないよ。それでもやっぱり、彼と復縁したいかい?」
「......天馬くんが傷つくのはとても嫌です。でも、天馬くんと元の関係に戻れないのも、それと同じくらい嫌です。でもそれは私のエゴだって分かってて......だからもう、私はどうしたらいいか分かんなくて......っ」
行き場のない思いに身を縛られ、拳を握りしめる。最近の頭の中はもう『天馬庵』のことでいっぱいだった。庵が居ない生活はもう、星宮にとってあり得ないものになっている。だから、庵の気持ちを蔑ろにせずに、復縁できる方法をずっと模索していた。
どうすれば最善の選択になるのか知りたい。どうすれば、星宮と庵にとってのハッピーエンドを迎えられるのか、その答えを知りたいのだ。
「星宮さん」
「え?」
嗄れた店長の声に名を呼ばれ、我に返った星宮は握りしめていた拳を解く。改めて店長と目を合わせてみれば、店長の表情はより一層深刻なものになっていた。変な事を言ったつもりはないのだが、どうやら店長の様子は芳しくない。顎に手を当てた店長は、ゆっくりと口を開く。
「君、この事とは別に、他にも悩みがあるんじゃないかい?」
「っ」
図星を突かれ、星宮は表情を崩す。店長の全てを見透かすような視線に、息を飲んだ。
「なんでそんなに君は、天馬くんに依存しているんだ」
星宮の過去の話の深掘りは近いうちにします
あと明日も更新します約束´`*