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◆第67話◆ 『トドメの愛』

明日更新とか宣言しながら2日経ちました。本当にすみません


 ――1月3日、午後8時。天馬青美の葬式は予定通りに執り行われた。


 式場は庵の予想以上に豪華なもので、派手すぎず質素すぎない装飾品が、あらゆる場所に散りばめられている。そして場内の最奥、そこには豪華に飾られた仏壇と青美の眠る棺があった。未だ、あそこに居るのが青美だと実感を沸かすことはできない。しかし、仏壇の上に置かれた遺影が、無理にでもあそこに居るのが青美だと分からせてくる。


 周囲を見渡してみれば、青美と関わりのあった人が沢山参列しているのが分かった。身内を始め、会社の同僚、ママ友、近所に住んでいた人たち。青美の人望の厚さがここまでのものだったとは初耳だ。


 まだまだ、庵の知らない青美というものは沢山あった。


「......行ってきなさい」


「あ」


 ボーッとしていると、隣に座る恭次に肩を叩かれた。焼香の順番が回ってきたらしい。促されるがまま立ち上がり、おぼつかない足取りのまま青美の遺影まで向かう。


「......」


 青美の眠る棺の前に立つ。白い服を着せられ、安らかな顔をして眠る青美の姿がそこにあった。その姿はあまりにも現実味が無さすぎる。


 震える手で棺に手を置き、唇を強く噛んだ。そのまま優しく棺を撫でて、直ぐに手を離す。もう元気な青美の姿を見れることはできないのだと、強く思い知らされた。


「......なんで、こうなったかな」


 母の死に顔を見て、庵は頬を歪めた。目尻から涙が溢れ落ちる。もう涙は枯れきったと思っていたのに、まだ枯れきってはいなかった。


「母さんが死んだせいで、もうめちゃくちゃだよ」


 そう言い、庵は左手に数珠をかけた。今にも破裂しそうな心を抑えて、焼香を行った。



***

 


「まだお子さんも若いのに大変よねぇ~」

「お父さんの方も、きっと辛いでしょうに......」

「本当、見てられないよ......」

「とても良い人だったのになぁ......残念だ」



 ――やめてくれ。もう母さんの話も、何も出さないでほしい。



「お子さん、涙を流していたわ。本当に可哀想」

「何か、俺らに出来る事があればなぁ」

「やめとけ。部外者がどうこう出来る話じゃない」

「いや、そうは言ってもな......」



 ――やめろ。やめろ。もう、誰もこの事を話題に上げてほしくない。



「天馬さん、まだ38歳だったらしいぞ」

「仕事が早くて、とても優秀な人だったんだけどなぁ」

「とっても愛想がいい人だったわ」

「きっと、お子さんも良い子に育ってるんでしょうね」



 ――やめろ。やめろ。もう、無理なんだ。限界だから。限界。限界、



「もうッ、やめろよおおおおお!!!」



 瞬間、空気が凍ったのが一瞬にして分かった。誰もが目を丸くし、急に叫び声を上げた庵を異様な目で見る。


 こうなることは想定済み。でも、もう耐えきれなかったのだ。何も、聞きたくないから。


「はぁ......はぁ......っ」


 葬式は終わった。今は、この葬式に参列した人たちが、一時別室にて待機している状況であった。この大きな部屋に、全ての関係者たちがわんさかと揃っている。その場で庵は今の絶叫を放ったのだ。


「もう、やめろよ......やめろよ......」


 庵は頭を掻きむしりながら、小さな声で、でもハッキリと先ほど放った言葉と同じものを口にする。すると、庵を憐れむような目で見る人たちが増え始め、知らないおばさんがこちらに近づこうとしてきた。


 ――しかし、その前に何者かが庵へと走って近づいてくる。


「庵っ、大丈夫か!?」


 一番に庵に近づいてきたのは父である恭次だった。心配そうな表情を張り付け、部屋の端っこで座り込む庵に声をかける。


「......父、さん」


「ああ俺だ。大丈夫か? 庵」


 声を震わせながら、本当に心配している声で庵に話しかける。嘘偽りない、父の本気の心配であった。


「俺、さ。もう限界かも。何もかも、嫌になりそう」


「――っ」


 そう庵が口にした瞬間、恭次は息を飲み、直ぐに大きな腕で庵を抱きしめた。数年ぶりにされるハグが庵の冷えた体を、少しだけ温める。でも、心までは温まらない。


「庵。お前も、辛かったよな。それなのに、お前を追いつめるような事ばっか言って本当に悪かった。ごめん。ごめんな、庵」


「――」


「庵は何も悪くない。みんな、何も悪くない。誰かが悪かったとか、そういう話じゃないんだ。俺は、お前を息子として愛している。だから、大丈夫だ」


「――ぅ」


 恭次の言葉が傷ついた心に染み渡る。怖いくらいに染み渡る。親からかけられる優しい言葉、それが今にも壊れそうな心に染み渡った。



 ――染み渡って、庵の心のヒビは更に拡大していく。



「これからは、二人で助け合って生活していこうな。青美さんが居なくなったとしても、お前は強い男だからきっと大丈夫だ」


「大、丈夫......?」


「ああ、大丈夫だ。これから先、俺たちには良いことが沢山待っているはずだ。それを信じて、ゆっくりと普通の生活を取り戻していこう。俺を信じてくれ」


「普通の、生活......?」


「ああ、そうだ」


 恭次の言葉に、庵の脳は揺さぶられる。心臓の鼓動が早まり、呼吸が乱れだした。吐き気まで催し、大きく深呼吸をする。


 『大丈夫』、一体何でこんなことを恭次は断言できるのだろうか。一体何も見て、何を知って大丈夫なのだと思うのだろうか。全然、分からない。


 『普通の生活』とは何だ。どうやったらそんなものを取り戻せる。青美が居ない生活など、普通の生活とは到底言えない。なのに何故、普通の生活なんて言葉が出る。全然、分からない。


「庵は、俺と青美さんの子だ。俺たちの自慢の子なんだ。庵は、きっとこれから先も幸せな生活を送るぞ。俺が、保証してやる」


 恭次の言葉が耳に入らない。庵は虚ろな瞳を恭次の瞳に合わし、口を開いた。


「ぁ......父さんは」


「うん?」


 聞くのが怖い。でも、聞かないわけにはいかない。


「父さんはもう、立ち直った、のか?」


 昨日はあんなに重い雰囲気を纏っていた恭次。だが今は、悲壮感を漂わせながら必死に絶望に足掻こうとしているように見える。昨日と、今日で何があったのか。なんで、こんなにも恭次は喋れるのか。もし、恭次がこの絶望から立ち直っていたとしたら――、



「ああ、立ち直ったぞ。父さんは、強いからな」



 優しい微笑みを浮かべ、そう答えた。きっとこの答えは、庵を安心させるためだけの言葉だ。きっとまだ完全には立ち直っていなくて、それでも庵を安心させたくて虚勢を張ったのだろう。


 ――その虚勢が、庵の心にトドメを刺すことになるとも知らず。



「あぁ......そっか」


「おっ、おい? 庵?」


 体がふらつく。視界がぶれる。全身の筋肉から力が抜けていき、意識まで持っていかれそうになる。


「俺には、無理だ」


 父が立ち直り、子は未だ絶望の最中(さなか)。唯一のこの絶望の共有者は、庵を置いて立ち直った。置いてきぼりにされた庵は、劣等感を強く味わい、心を大きく傷つけた。そして、ヒビだらけの心はバラバラに砕けた。完全に砕け散った。


 もう、何もしようとは思わない。この絶望に、抗おうとは思わない。


 愛利のことも、暁のことも、恭次のことも、青美のことも、朝比奈のことも、北条のことも、バイト先の店長のことも、星宮のことだって――もう何もかもがどうでもいい。


 みんな勝手に自分の好きな人生を歩めばいい。どこで躓こうが、怪我をしようが、死んでしまおうが、どうでもいい。勝手にしろ。


「ははっ......死にたい......」


 

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 仲間が勝手に立ち直って、支える、なんて言われてもなかなか立ち直れないものですよね…。いおりの傷が少しずつ癒えていけばいいのですが…。
2023/01/22 16:10 退会済み
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