◆第6話◆ 『宝石級美少女はやはり高嶺の花です』
「おほん。それで、俺が星宮に望むことって話だよな」
「......はい。そうですね」
わざとらしく咳払いをする庵。
先ほどの星宮の発言により、更に気まずい空気となってしまったので、何か喋っておかなければ庵がこの空気に押し潰されそうになっている。
強引に引きつった笑顔を浮かべてみるも、星宮の居心地の悪そうな顔は解れない。慣れないことを無理にしたところで星宮の心は掴めないようだ。
それはそうと、庵は先の星宮からの質問の答えを考える。星宮がされて嫌なことはエッチなことらしいが、そんなことを要求するつもりがあるはずないので何の参考にもならなかった。
「......そうだな」
真面目に考える庵の姿を星宮が心配そうな瞳で見つめる。
先ほどの言い方的に、星宮は庵が何か無茶なお願いをすることを恐れているのだろうか。だからさっきから星宮の表情や態度が優れないのだろう。
そのことを段々と理解しだした庵は、ますます星宮に返す言葉が見当たらなくなってしまった。それじゃなくても星宮と話すのは勇気がいるというのに、庵が星宮に怖がられているようじゃ何を答えることが適切か分からない。
結果、庵は数十秒悩んだ末、何も思い浮かばなかった。
「......ごめん。俺も恋愛初心者だからさ、俺が彼氏として星宮に望むことはまだ思いつかないな」
「あ、そうですよね。急に変なこと聞いてごめんなさい」
「いやいや謝る必要ないから。むしろ答えられなかった俺の方が悪いし」
「そんな。悪いのは私です天馬くんは悪くありません」
「んなこと......」
とても付き合ってるとは思えない程のぎこちない会話。そして二人の会話が途切れる度に訪れる嫌な沈黙。
こういう場合は男側が彼氏として彼女をリードするべきなのだろうが、ヘタレで女子との会話経験が極小である庵にそんな能力が備わっているわけがない。ましてや宝石級美少女をリードするなどあまりにも恐れ多かった。
それでも、庵は庵なりに星宮との会話を繋げようと頑張っている。
「......普通のカップルってどういうことをするんだろうな」
「かか、カップル」
さりげなくカップルという単語を使った庵に対し、星宮は何故か頬を赤らめる。あまりにもうぶな反応に庵は苦笑してしまった。
「カップルくらいでそんな驚くことでもないだろ」
「お、驚いていません。ちょっとビックリしただけです」
「それを世間一般的に驚いてると言うんだよなぁ」
からかわれた星宮が少しだけムッとした様子を見せてくれる。星宮が初めて見せてくれた表情に、庵は感慨深いものを感じた。
少しだけ和んだ空気に乗じて、テンポ良く会話を続ける。
「それで、星宮的にカップルってどういうことをするイメージがある?」
「そう......ですね」
星宮は庵の質問に対して可愛らしく考え込む姿勢を取る。宝石級美少女はさりげない仕草だけでも絵になってしまうようだ。
そして何か思いついたのか、分かりやすく頬を赤く染めた。
「や、やっぱり、お付き合いしてる方は......その、で、デートをしてるイメージがあります......」
「まあ......それ俺も思ってた」
「はい......」
庵の思っていたことを答えてくれた星宮。どうやらカップルのイメージは庵も星宮も、やっぱりデートをしているものなのだろう。
庵はこの会話の流れに対してごくりと喉を鳴らす。会話の流れからして、庵は今ここで星宮に対して踏み込んだことを質問しても不自然ではないのだろう。
「......」
でもやはり言葉にするには勇気がいる。今、庵が言おうとしていることは、絶対に彼氏側から言うべき発言だ。彼女である星宮に言わせるべきではない。
心が大きく揺さぶられる。学校では怖がっていた星宮との会話も、今だけは感情が昂る。心臓の鼓動の音が大きくなる。早まる気持ちを抑え、ゆっくりと口を開いた。
「......星宮、俺たちもデートするか?」
出来るだけ自然な口調で庵は言い切った。星宮もこう提案されることが予想できていたのか、特に驚いたようなリアクションは取らない。顔は赤いままだが。
「まぁ......天馬くんが望むのなら、私は大丈夫です」
「......嫌か?」
「え、嫌じゃありませんよ。全然大丈夫です」
「......そっか」
一応星宮はデートをすることに許可を下ろした。
(......なんだ、この感じ)
突然、違和感が生まれた。それを具体的に言葉にするとしたら、束縛。
星宮が本当は嫌がっているんじゃないか、そんな疑問が庵の中で芽生える。さっきから浮かれていて深くは考えてこなかったが、どう考えても星宮の庵に対する態度はおかしかった。
いくら星宮がうぶとはいえ、彼氏である庵に対して『エッチなことはしないでください』なんて事を言うだろうか。冷静に考えれば、礼儀正しそうな星宮がそんな失礼なことを言うのはおかしい。
(もしかして俺、今なかなかに最低なことしてるのか......?)
そもそも星宮が庵に対して怯えること自体がおかしいのだ。交際関係であるのに、こんな重い空気はあってはならない。
「......」
告白したときも、デートをするかを聞いたときも、星宮は『私は大丈夫です』や『天馬くんが望むなら』などと明らかに庵に気を遣った発言をしていた。こう考えてみれば、もしかしたら星宮は自分の感情を圧し殺してまで庵の言うことに従っているのかもしれないと思えてくる。
(俺は、一人で浮かれているのか......?)
考えすぎなのかもしれない。でも、考えれば考えるほど庵は星宮に対する申し訳なさと、自分に対するみっともなさを感じて押し潰されそうになった。
星宮と視線が合う。照れでも困惑でもない、『変な』感情が溢れてくる。
その結果――、
「......あのさ星宮、俺はお前が少しでも俺のことを嫌だと思っているのなら、この交際関係を無しにしてもらっても構わない」
「え? 私、そんなこと一つも思ってないですよ」
単刀直入に放たれた言葉に、星宮は目を丸くする。急に重い雰囲気を纏いだした庵に困惑したのだろう。でも、今言ってることは庵が本心から思う、星宮に対して精一杯気遣った言葉だ。
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、この交際関係は元々俺が無茶言ったことから始まった関係だからな。あのときは俺もちょっと興奮し過ぎて星宮の気持ちとか考えられていなかったと思う」
「......」
星宮が驚いたように目を見張った。
庵は星宮を傷付けてまで付き合いたいなんて思わない。それよりも、恋愛感情無いのに星宮と付き合ってる時点でもう失礼なのだ。
星宮を大切にしたい。だからこそ、星宮に選択肢を渡す。
「俺は星宮の気持ちを優先したいよ。だからさ、もし俺に直接言いにくいのなら、この先俺に一切の連絡を送ってこなくても構わない。それで俺たちの関係は白紙になる。その選択を星宮が取ったところで、俺は星宮のことを何も悪くは思わないよ。何せ最初に無茶言ったのは俺なんだからな」
「きゅ、急に何言ってるんですか。そんなことするわけっ」
「星宮は優しそうなやつだしな。相手に対して強く言えないような性格してそうだし。それに、もし俺と星宮の関係が学校の誰かにバレたら大変なことになるはずだ。星宮だってそれは嫌だろう」
「っ」
行って罪悪感の少ない選択肢を与え、更にそこから逃げやすい言い訳を用意してあげる。これならばさすがの星宮も、本当に庵のことを好ましく思っていなかったらこの逃げ道を使うだろう。
「急に変なこと言い出してごめん。ちょっと、いきなり冷静になってさ」
笑顔を浮かべたところでこの重い雰囲気は変わらない。さっき一瞬だけ和んだ空気も、すぐに重々しいものになってしまっていた。
「......ごめんなさい。私、今日はもう帰ります」
不意に立ち上がった星宮はそう言った。
その星宮の表情は、怒ってるわけでもなく、悲しんでいるわけでもなく、とても複雑そうな表情だった。でも庵は星宮が突然立ち上がったことについて驚かない。
こうなってしまう予感はあったのだから。
「......そっか。あぁ、分かった。気をつけてな」
「は、はい。それでは」
またな、とは言わなかった。だってもう、庵は星宮と会うことはないと思い込んでしまったのだから。
玄関先まで星宮を見送って、がちゃりと扉が閉まったところで庵は深い溜め息をつく。最近溜め息をつく機会が増えてきたなと思う。もともと癖なのだから仕方ないのかもしれないが。
「これは完全に嫌われてたよな」
遠い目をして庵は思う。
何が俺たちもデートをするか、だ。口には出してなくても明らかに仕方なくという表情をしていた。勝手に浮かれて、踏み込んだことも言ってみようとして、庵は自分のことが嫌いになりそうだ。
「星宮と俺は、やっぱり釣り合ってないよ」
星宮はやはり高嶺の花なのだ。こんなにも簡単に高嶺の花が手に入るわけがない。
早い内に星宮の気持ちを察せられたのが不幸中の幸いだ。あのままこの関係を続けていたら、きっといつか大変なことになっていたはずだ。具体的に言えば、庵が星宮を傷つけ兼ねないのだ。
(もう忘れよう)
あっけない終わり方だったが、もうおそらく星宮から連絡がくることはない。少し悲しいとは思いつつも、安心はできていた。
これでまた庵の色の無い人生が再開されるわけだが、少しの間だけでも宝石級美少女である星宮琥珀と交際関係になれたのだ。今は、それを少しは誇りに思っておくべきだろう。
壮絶なラブコメを目指していますよ、このラブコメは。どういう風に壮絶かって? 恋敵が現れる......みたいな展開はまだ温いかな。この物語が壮絶な展開になったとき、それが本編スタートの合図かも