◆第47話◆ 『宝石級美少女に信じてもらいたいです』
感情の読み取れない顔をしながら、庵たちの目の前に立つのは星宮。対する庵は、口を大きく開けて言葉を失っていた。
「――天馬、くん?」
微かに震えた声が星宮から絞り出る。名前を呼ばれ、庵は返す言葉を探すが何も思いつかなかった。何せ、今現在進行形で庵の背中には愛利が居る。この状況で何を言っても説得力は皆無だろう。
「ほ、星宮......え、えーと、これはだなぁ......!?」
星宮の知らない女子高生に抱きつかれているこの状況。傍から見たらどこをどう見ても浮気現場だ。一体どう説明すればいいのだろうか。こんなに密着してる時点で最早説明もクソもないかもしれないが。
「......あー。そういう感じね。庵センパーイ、やっぱり彼女いたんだぁ」
何かを察した様子の愛利が後ろから声をかけてくる。その能天気な声に庵は顔を赤くした。
「お前、とりあえず俺から離れろっ」
「それはちょっと無理かもー。だってアタシ庵先輩の彼女だしー!」
「はあ? 勝手なこと言うなこのビッチ!」
「やーん。彼女にはもっと優しくしないといけないんだよー? 庵セーンパイ」
あえて声を大きくして、この一触即発の空気に最悪の油をさしてくる愛利。そして案の定、今の庵と愛利の会話を聞いた星宮は目を丸くした。端正な顔が困惑した表情を作り、マリンブルー色の瞳は儚く揺れている。
「天馬、くん。その人は誰なんですか?」
心配と不安が混じった声。『その人』というのは間違いなく愛利のことを指している。
「え、えーとな。こいつは、その、今日俺と同じバイト先に入ってきた後輩でさ......とにかく、別に特に何もこいつとは変な関係とかないんだよ。し、信じてくれ!」
「で、でも、すごく仲良さそうに見えたんですけど......? それより彼女って、なんですか?」
「いや、それはこいつが......っ。とにかく誤解なんだよ! なんなら俺、こいつのこと大嫌いだから! こんなんが彼女なわけがないから!」
「......」
大慌てでしどろもどろに口を動かす庵。必死に弁明するも、やはり星宮はあまり納得していない様子。それもそのはず、未だに愛利は庵の背中にしがみついている。
「愛利。お願いだから本当に離れてくれ。やっていいことと悪いことにも限度があるだろ」
「ふふーん。庵先輩困ってるねー」
「誰のせいだと思ってんだ!」
もう一度大声を出すと、ようやく愛利は庵の背中から手を離した。愛利は乱れた髪を軽く整えてから、不安気な様子の星宮へと視線を向ける。
「へぇ。めっちゃ可愛いじゃん庵先輩の彼女。よくこんな子捕まえたねー」
顎に手を当てて、じろじろと星宮を観察する愛利。初対面でその無遠慮さには本当に尊敬を示したいところ。しかし、何事にも時と場合がある。何がトリガーとなって修羅場となりかねないこの状況。庵は一番の問題である愛利の対処に頭を抱えた。
「あの、あなたは――」
「前島愛利でーす。庵先輩と同じバイトで仲良くやってまーす」
星宮が言い切る前に勝手に自己紹介を終え、にやけ面をする愛利。対する星宮は愛利の圧倒的な能天気さに息を飲む。
「じゃあ......前島さん。天馬くんとはどういう関係なの?」
単刀直入。星宮から愛利にバトンが渡される。この質問に対する愛利の答え次第で、本当に庵と星宮の関係が壊れかねない。
この質問をどう答えるか。愛利の考えが全く読めない庵は、思わず愛利の名前を呼ぼうとする。しかしそれよりも早く、愛利が後ろに居る庵に顔だけ向けてきた。
「ほら。庵先輩の彼女が心配そうになんか聞いてるよ。答えてあげなよ」
「......えっ?」
意外にも、愛利は何故か庵に回答権を譲った。更に場が混乱するような発言をするのではと危惧していた庵だが、まさかの愛利の行動に目を丸くする。
「何ボーッとしてんの。ちゃっちゃと答えなよ」
「あ、ああ」
愛利に背中を叩かれ、庵は一歩前に出る。そして再び、庵は星宮と目を合わせた。凍えるような寒さと空気だが、今は何も感じていられない。庵は唇を湿らせて、慎重に言葉を選ぶ。
「......さっきも言ったけど、こいつとはただのバイト仲間。それ以上でも以下でもないんだ。さっきのはこいつがいきなり俺に冗談で襲ってきたせいで、星宮に誤解を生ませてしまったんだと思う。本当、ごめん」
「......本当、ですか?」
不安そうに問われる。庵は精一杯言葉に思いをこめて、肯定した。
「本当に本当だよ。俺は星宮一筋だから」
「えっ。あ......そうなんですね」
少し言葉を滑らせて、なかなかに大胆な発言をした庵。星宮はまだお互いに恋愛感情が無い関係だと思っているはずなので、今のは変な誤解を生みかねない発言だ。
とはいえ、その庵の発言に星宮は少し顔を赤くしていた。羞恥心からか嬉しさからか、どっちからなのだろうか。
「というわけだから、庵先輩の彼女さん。庵先輩とアタシはただのバイト仲間だって」
「はい......とりあえずは信じます......でも、あんまり天馬くんに変なことしないでください」
「それはわかんないかもねー。でも、アタシと庵先輩が付き合うことはないから、そこは安心していーよ。こんな陰キャ童貞野郎、アタシからお断りー」
「......」
言葉遣いはどうあれ、意外にも愛利は、この場を荒らすような言動はしなかった。アタシは庵先輩の彼女ー、などと星宮の前で騒ぐことも一つの可能性と考えていた庵からしたら、案外拍子抜けな展開。しかし、この場が穏便に解決するならそれ以上のことはないだろう。
「......天馬くん、詳しい話は明日聞かせてくださいね。私は今日はこれから予定があるので」
「あ、ああ。分かった」
明日は土曜日。土曜日は星宮とのデートの日だ。
今回の一件。誤解は解けたとはいえ、星宮的には面白い展開ではなかっただろう。明日、改めて星宮には謝罪すべきだ。
更新遅くなってしまって申し訳ない...