◆第46話◆ 『後輩がウザイです』
「ねーねー庵先輩」
「――」
「無視しないでよー。冷たいなぁ」
「――」
隣でぺちゃくちゃと話しかけてくる愛利。今店内に客が居ないとはいえ、この女の緊張感の無さはどうなっているのやら。庵はおでこに手を当てて深く溜め息をつく。
「マジでうるさいから喋りかけないでくれ。それに、この時間帯は客少ないからお前がレジにいる必要はない。奥の部屋でスマホでもいじっとけよ」
「ふぇー。アタシレベルの美少女に対してめちゃくちゃ言うねー。美少女と二人きりで庵先輩興奮しないの?」
「しない。てか、自分で自分のこと美少女っていうな」
「いや、だってそれは事実じゃん」
確かに愛利は美少女であるが、庵の趣味嗜好には全くといっていいほどにそぐわない。庵が好きなのは、清楚でおとなしくて宝石のような可愛さを持つ美少女である。
「もしかして庵先輩って、彼女持ち?」
「......何故そうなる」
唐突な愛利の質問に庵は首を傾げる。
「なーんか妙に女慣れしてるっていうかさぁ......? 普通アタシみたいな美少女がこんなに距離詰めて話しかけてきたら、ほとんどのオスはもっと興奮するんだよ?」
「男をオスっていうな。てかお前、いろんな男誘惑して遊んでんの?」
「当たり前じゃーん。男なんか、ちょっと耳に息を吹きかけてあげればみーんな顔真っ赤にするんだよ。マジたのしー」
「クソビッチ」
「なんか言った?」
「いやなんでも」
闇が深そうな愛利の人生。とはいっても庵は愛利の事など別に興味はないので、愛利の言葉を冷たくあしらって会話を断ち切ろうとする。しかし、愛利の口はいつまで経っても塞がらない。
「んでんで、庵先輩は彼女いんの?」
「そんなこと愛利に言って何になるんだよ。想像に任せる」
「そういうのダルいからさぁ、はっきり答えてよ」
「無理」
考える素振りも見せずに即答で断ると、愛利は不満そうな表情を向けてくる。ジーット視線を向け続けた後、プイッと視線を逸らして――、
「この陰キャ童貞野郎」
「あ?」
***
そしてバイトを終えた庵。外に出てみれば真っ暗な夜空が広がっている。視線を下に向ければ、うっすらと雪が積もっているので少し驚いた。もしかしたら本格的に冬が始まるのはここからかもしれないな、なんてことを庵は思う。
「――さて」
庵はコンビニを背に体を震わせる。こんな日には温かい物が食べたい。というわけでさっき買ったおでんを取りだし、割りばしを割る。紙パック越しに伝わる温かさに庵は頬を緩めた。
今日はいつもに比べて特段疲れてしまった。その理由はどれもこれも愛利なのだが、愛利はこれからもここでバイトを続ける予定らしいので、いつかは愛利という存在を慣れないといけない。
とはいっても今くらいは後先の話など忘れよう。
「はぁ......うま」
おでんの大根を食べながら、満足げに白い息を吐く。すっかり冷えてしまった体に、濃厚なおでんの温かさが体全体に染み渡る。まさに至福の一時だ。
しかし、そんな至福の一時も束の間のこと。不意に庵の鼻腔を、おでんではない甘い香水の香りがくすぐる。
「あ、庵先輩おでん食べてるー。一口ちょーだいよ」
「......またお前かよ」
声が聞こえた方へ視線を向ければ、いたずらっぽく笑う愛利の姿がある。制服姿をやめた彼女は、カーディガンを腰に巻きつけて、更にギャルっぽくなっていた。こんなに外は寒いのに、何故愛利は着ずにカーディガンを腰に巻いているのか。ギャルは本当によく分からない。
「アタシ、その大根がいいなー。てことであーんして庵先輩」
「勝手に話進めんな。このおでんは俺が自腹で買ったものだし、愛利にあげれるものは一つもない。欲しけりゃ自分で買え」
「えぇー。庵先輩のいじわるー。お腹が減って今にも凍え死にそうな美少女の目の前で、美味しそうにおでんを食べるとか......もしかしてそういうプレイ?」
「あー、うっさいうっさい」
愛利の言葉にちょっとだけ庵の良心がくすぐられてしまい、変な気を起こす前に庵は残りのおでんを一気に胃の中へ流し込む。そうすると、愛利は「あぁー」と残念そうな声を上げた。
「庵先輩最低。そんなんだとモテないよ」
「知らん。それに関してはもう間に合ってる」
「え、やっぱり彼女いるってこと?」
「さあな」
「ねぇもうウザイぃ」
キャンキャンと隣で愛利が騒ぐので、庵はその様子を鼻で笑う。手に持つ紙パックを近くのゴミ箱に放り込み、庵はその足で帰路へと向かっていった。無論、愛利は無視だ。
「あっ。待ってよ庵先輩」
後ろからあたふたと追いかけてくる愛利。どこまでも付いてこようとするので、そろそろいい加減にしてもらいところだ。庵は溜め息を吐いてから愛利に視線を向ける。
「ねーねー庵先輩ってば」
「愛利、大体察せると思うけど、俺今から家に帰るんだよ。頼むからこれ以上俺に絡んでくんな」
「うわぁ。アタシにここまで冷たく接してきた男、庵先輩が初めて。ちょっと悲しいんですけど」
「そりゃめでたいな」
「アタシの初めて奪えてめでたいねー」
意味深な発言をしてくるが、最早ツッコミをする気力すら残っていない。後ろから追いかけてくる愛利は気にせず、変わらぬ歩幅で帰路を歩く。しかし先回りしてきた愛利が庵の進行方向を塞いだ。
「庵先輩ー。もっと話そうよ」
「はぁ......またいつかな。今日はもう俺疲れてんだよ」
「庵先輩はどこの高校通ってんの? ちなアタシは通信制」
「人の話を聞けよ。話すのはまた今度だ」
愛利は強引にでも会話を続けようとするが、庵は足を止めずに愛利を追い越していく。だが追い越したところで、再び後ろからこちらへと近づいてくる足音が聞こえてくる。
いい加減、はっきりと拒絶の言葉をかけようかと思った瞬間、思わぬ柔らかい感触が庵を襲った。
「おわぁっ!?」
「あは。庵先輩驚いたー」
庵が驚く理由。それは、愛利が自分の腕を庵の腕にいきなり絡めてきたからだ。しかも体はだいぶ密着していて、なにやら柔らかいものも当たっている気がする。
「おまっ。アホなのお前!? 俺から離れろ!」
「あれれー。庵先輩顔真っ赤。やっぱり庵先輩もオスだったんだ」
咄嗟に愛利を引き剥がそうとするも、案外しがみつく力が強くてなかなか剥がせない。庵は大慌てで声を荒げる。
「いいから離れろ! マジで変な誤解されるからぁ!」
「されちゃうねー」
「されちゃうねーじゃねーよ!」
そのまま数十秒と愛利と格闘が展開される。こんな周囲の視線が沢山ある場所で、男女がこんなに体を押し付けあうとは。周囲の人間からしたら目の毒でしかない。息を荒げながら、庵は何度も何度も愛利を引き剥がそうと苦心する。
「離れろ!」
「やーだー」
ついには庵の背中を掴んできた愛利。なんとかして愛利を掴んで剥がそうとするも、伸ばした手は空気を掴む。ちょこまかと体をうねらせる愛利に庵はなかなか対処ができなかった。
そして、更に庵に不幸は襲いかかる。愛利との取っ組みあいで気づかなかったが、小さな足音が庵と愛利の二人の元に近づいてきていたのだ。
「......あっ」
ようやく庵の耳にも届いた足音。その足音が聞こえた方向へ視線を向ける。そして庵は思わず間抜けな声を漏らした。
「――天馬、くん?」
そこに居たのは星宮。
星宮の儚く揺れるマリンブルー色の瞳に映るのは、自分の彼氏が知らない女とじゃれあっている姿だった。
まだほのぼの回(?)ですよー!
第二章も少しずつクライマックスに近づいてます。結構エグい.....予定ではある