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◆第44話◆ 『宝石級美少女とクリスマス(4)』


 ――宝石級美少女とのクリスマスイブは、とても濃いクリスマスイブとなった。とはいっても二人は何か特別なことをこのクリスマスイブにしたわけではない。強いといえばプリクラをとったことくらいだが、それ以外は町をぶらぶらと観光しただけだ。


 だが、そんな何気ない時間は、二人のまだ縮まりきっていない関係をどんどん引き寄せているように思えた。


「――」


 夜道を照らすイルミネーション。モコモコな服を着て走り回る子供の姿。サンタクロースの変装をしてプレゼントを配るボランティアの人。


 色々なものを星宮と見て、楽しんで、笑いあって。色々なことを分かち合った。ちょっと前だったら、こんな壁のない会話なんてできなかったはずなのに、今は一切の壁が取り払われたかのように微笑み合えた。


「――」


 ただ、そんなお楽しみの時間もいつかは終わりがやってくる。親の心配も考えれば、そろそろ解散をしなければならない頃合いになってきた。


 でも、ここで「帰ろうか」と口にすれば、何故かクリスマスイブが終わってしまう気がして、庵はなかなか言い出せなかった。そう。終わるのを惜しんでしまうくらい、このクリスマスイブが庵にとって楽しいものだったのだ。


 ――星宮も、同じようなことを考えているのだろうか。


(......)


 今、隣には星宮の小さな手がある。そんな寒そうな星宮の手を見て、庵は握ってもいいかななんて考えが頭に浮かんだ。しかし、いくら今の庵の気分がクリスマスパワーで高揚しているとはいえ、多少の度胸はいる。


「......寒いなぁ」


「そうですね。手袋持ってくればよかったです」


 なんて前置きの会話をしておいて、庵はわざとらしく星宮の手に自分の手の甲を当てた。

  

「ぁ」


 その感触に気づいた星宮が小さく声を上げた。勇気が一番必要なのは最初のアクションを起こす時。それさえ乗り越えれば後は流れに乗るだけだ。何も言わずに、星宮の手に自分の手を絡める。突然の庵の行動に星宮も驚いただろうが、星宮はそんな庵の行動を拒否することなく、ゆっくりとその手を握り返した。冷たい二人の手が絡み合い、そこに少しずつ確かな熱が生まれる。


「......あー。寒いな。本当寒いわ」


「そう......ですね」


 今の状況を誤魔化すかのようにわざとらしく声を上げる庵。どちらも手を繋いでいることについて触れることなく時が流れていく。


 庵の心臓の鼓動は今、信じられないくらいに早まっているが、隣の星宮はどう感じているのだろうか。


(好きでもない男に手を繋がれて嫌がってたり......しないよな)


 今更そんなマイナスな想像をしたって仕方がない。きっと星宮は庵のこんな不器用な行動を受け入れてくれているはずだ。自分に自信を持て、とは星宮に何度も言われてきた言葉だろう。


「......あの天馬くん」


「ん」


 顔を赤らめて庵の名を呼ぶ星宮。


「ちょっと人の通りが少ない道を通って帰りませんか?」


「え? なんで?」


「その......少し、恥ずかしくて」


 後半の方は声量が小さくなって聞こえなかったが、星宮の言いたいことは分かった。よく周りを観察してみれば、少なからず庵と星宮を見る通行人が居る。高校生カップルなど珍しいものではないのだろうが、やはり星宮の宝石級の容姿が周囲の人間の目を奪うのか。


「嫌なら、手離すけど......?」


「それは大丈夫です。......でも、ちょっとこういうのに私が慣れてなくて......」


「あぁ......」


 庵は思い出す。そういえば星宮はとてもうぶな女の子なのだと。そう考えると、余計いけないことをしている気分になってしまって、庵はつい手を離しかけるが――、


「おわっ」


「こっち行きましょ。天馬くん」


 手を引き抜こうとしたところで星宮の握力がぐっと強まり、庵の手は固定された。そのまま星宮は庵の手を引っ張り、歩道から逸れた草原へと連れていく。雪色の髪を靡かせる後ろ姿に、庵はまた心臓を強くどきりとさせられた。



***



 手を繋いだまま、人通りの少ない道まで来た二人。ただ、ここはもうイルミネーションなどの装飾品が飾られておらず、クリスマス感が損なわれていた。しかし二人のクリスマスはどう足掻いたところでもう終わろうとしているのだ。


「今日は楽しかったですか? 天馬くん」


 マリンブルー色の瞳を揺らしながら問いかけてきた星宮。その瞳を見つめ返し、庵は強く答える。


「冗談抜きでめちゃくちゃ楽しかった。こんな楽しい経験は生まれて初めてってくらいな」


「そう......ですか......なら、すごく良かったです」


「ん。どれもこれも星宮のおかげだよ。ありがとな」


「いえいえ。そんなお礼を言われることの程でもないですよ」


 空いている手で胸を撫で下ろす星宮に、庵は優しい言葉を投げ掛ける。すると星宮は安心したようにうっすらと微笑んだ。


「......本当に、良かったです」


「そんなに良かったか? 別に俺が楽しんだところで何も星宮には得はないけど」


 繰り返し「良かった」と息を吐く星宮に、庵は少し首を傾げた。


「良かったですよ。だって天馬くん、今日最初会った時はつまらなそうな顔してしましたから」


「え? マジで?」


「あぁでも、つまらなそうはちょっと語弊があります。なんというか、天馬くん、クリスマスの楽しさを分かってなさそうだったんですよ」


 そう聞いて庵は納得した。今日既に星宮に話したことだが、庵は世間が騒ぐイベントを今まで心から楽しもうとしてこなかった。ハロウィンも、クリスマスも、夏休みも、冬休みだっていつだって家に引きこもって一人。


 別に庵はそうした人生を歩んできたことを悔やんではない。いや、悔やめるわけがなかった。


 ――だって、イベントを一人で孤独に過ごすことが庵にとっての当たり前だったのだから。


「でも、今の天馬くんはすごく楽しそうです。クリスマスをとっても楽しんでそうですっ」


「そっか。俺、楽しんでんのか」


 何故、楽しめるのか。そんなの勿論星宮のおかげだ。星宮が今隣に居るから、こうして今庵は満たされている。


「はい。......でも、私も天馬くんと同じなんですよ? クリスマスがこんなに楽しいなんて私も初めて知りました」


 光輝く星々を見上げれば、何やら白く小さなモノがチラチラと降ってくる。手を伸ばして取ってみれば、それは形を保つことなく直ぐに消えてしまった。


「あっ。天馬くん、雪です。ホワイトクリスマスですよ」


「ほんとだな。ホワイトクリスマスか」


 ゆっくりと降り注ぐ雪を、マリンブルー色の瞳いっぱいに映す星宮。その端正な横顔に魅入られた庵は呼吸を詰まらせる。


 なんで、ここまで今日は星宮に対してドキドキしてしまうのか。もう付き合い初めて二ヶ月も経とうとしている。今更、ここまで心臓を痛める理由なんか、とっくの昔になくなっているはずなのに。


(......そうだよな)


 いい加減、自分の気持ちを誤魔化し続けるのは止めた方がいいのかもしれない。ずっと己の心にかけていた『誤魔化し』という名の枷は、もう枷として意味を果たしていない。だって、もうそろそろ気づいているんだろう、天馬庵。


「天馬くん、今日は誘ってくれてありがとうございました。とっても楽しかったですよ」


 ――恋愛感情ゼロから始まったこの物語。


 もう付き合ってるのに、一緒に同じことについて笑い合っているのに、楽しみ合っているのに、悲しみ合っているのに。



 今更、星宮琥珀に対する恋愛感情に気づくなんて、本当に馬鹿げている。



 そして、こんな楽しい時間が幕を閉じれば、次は新たな『困難』という敵が立ち塞がるなんて、誰も想像したくないだろう。


 

もうしばらくほのぼの回(?)のつもり

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