◆第41話◆ 『宝石級美少女とクリスマス(1)』
窓を覗けば、白い小さな塊がゆらゆらと落ちている。そう、最近ついに雪がチラチラと降り始めるようになってきたのだ。もう本格的に冬になってきているのだろう。
そしてウインター感が満載な季節の中、今日の庵のクラスはいつもに増して周囲が騒がしくなっていた。その理由は今日の日付にあり――、
「今日はイブだけど、庵は星宮さんと何かするの?」
そう。今日はクリスマスの前日である『クリスマスイブ』。男女の関係が大きく進展するといっても過言ではない、それはそれは非リアにとって最悪の日であった。
しかし彼女持ちである男たちにとっては大切な一日。彼女と一緒にイルミネーションを見て回ったり、自然と手を繋いだり、不意にキスをしてしまったりと。クリスマスの賑やかな雰囲気に流されて、いくところまでいってしまうカップルが多数出現するほどクリスマスは人をバカにする。
それは、お互いに恋愛感情の無い庵と星宮も例外ではないかもしれないが――、
「教室で星宮の話題出すなよ......生憎と、星宮と決めたルール上クリスマスは会う予定はない」
「なんだよ。付き合ってんだし、イブくらい一緒に居たらいいのに」
星宮と決めたルールで、二人がデートをするのは水曜日と土曜日だけと決まっている。しかし今日は月曜日。クリスマス当日である明日も火曜日のため、星宮とクリスマスを過ごすことはあり得ないというわけだ。
「そういうわけにはいかないんだよ。俺今日バイトだし、星宮も何か予定があるかもだろ? お互い色々あるんだから別にいいんだよ」
「ああそっか、今日庵バイトか」
庵のコンビニバイトは夜七時くらいに終わる。ルール上の問題だけでなく、バイトというどうしようもない問題があるためどっちみち星宮とのデートは不可能。おとなしくクリボッチとなっておくぺきだ。
「でもせっかくのイブなのになぁ......?」
「暁には関係ない話だろ。もうこの話はやめてくれ」
庵はクリスマスイブだからといって特別なことがしたいとは思わない。昔から催し事にはあまり関心がなく、心からイベントを楽しんだことがなかった。
だから、自分以外の他の人たちがどのようなクリスマスを過ごそうと、庵にとっては関係のない話で――、
「星宮さん、もしかしたら他の男子とクリスマス過ごすかもな」
「は?」
不意な暁の言葉に思わず反応をしてしまった庵。しまったといった顔をする庵に、暁は少しニヤッとした表情を浮かべてこちらを向く。
「庵はイブに彼女と過ごさなくてもいいかもしれないけどさ、星宮さんもそうとは限らないだろ? 一年に一回のイブをもし星宮さんが大切に考えていたら、他の男子とイブを過ごす可能性はゼロじゃない」
「そっ。そ、そんなこと星宮がするわけ......いや、別にしたとしても俺は嫉妬したりとかしないけど? でも、星宮の性格からしてそんな浮気みたいな真似をするわけがないというか、普通に考えて――」
「おぉ。急に饒舌になったな。分かりやすく動揺してくれて助かる」
「っ」
完全に暁に弄ばれた庵。醜く暁の言葉を否定しようとしたが、いくら都合良く考えようとも実際に星宮がどう行動するかなんて分からないので机上の空論にすぎない。
深く溜め息をつき、庵は自身の机に突っ伏した。その庵の肩を暁がポンと叩く。
「ま、友人として良いアドバイス送ってあげるよ。イブくらい、強引にでもデートしろ」
「うっせぇ......無理なものは無理だ」
とはいっても、だいぶ今の庵の心は揺らいでいた。束縛なんて絶対にしないと心に誓っていたのに、別の男と星宮がイブを過ごすことを想像したら、とてつもなくモヤモヤする。それは紛れもなく嫉妬だった。
(俺、なんで嫉妬してんだよ。星宮が何しようと星宮の勝手だろ......)
というより、庵はいつから星宮に対して嫉妬するようになったのか。嫉妬するということは、もしかしたら。
(いや、俺は星宮のことは好きじゃないから。友達としては好きだけどな)
己の考えを否定するように心の中で放たれたその言葉は、あまりにも虚勢を張っているようにしか思えなかった。
***
「お疲れ天馬くん。今日はもう帰っていいよ」
「あ、はい。お疲れ様です」
朗らかな微笑みを浮かべながらバイト終了のお知らせをしてくれる店長。庵はバイトを終えて直ぐに更衣室へと向かい、ひっそりとスマホをポチポチ弄りだした。
「七時か......もう外真っ暗だよな......」
ぶつぶつと呟きながらスマホを操作する。そして庵はスマホをとある画面を開いたところで、手の動きを止めた。開かれた画面は星宮とのトーク画面。
「......っ」
最近、星宮とは普通にメッセージのやり取りをする関係へと変化していた。以前は一つメッセージを送り合うだけでお互い心臓ドッキドキだったが、今はだいぷ慣れたのだろうか。星宮とのメッセージのやり取りを見返してみれば、他愛のないメッセージのやり取りがされていることが見てとれる。
「......俺、何バカなことしようとしてんだよ」
でこに手を当てて溜め息をつく。実は庵は今日のバイトは全くといっていいほど集中ができず、ほぼ上の空といった状態だった。
その理由は勿論星宮にある。星宮をクリスマスデートに誘うか否か、その事でずっと頭を悩ませ続けた。しかし一向に結論を出すことができず、今現在もウンウンと唸っている最中である。
「......クリスマスイブだし、どっか行かない? ......はぁ」
メッセージを書いては消して書いては消してを繰り返す。頭をガシガシと書いて、優柔不断な自分を強く呪った。こんなにモヤモヤしてしまうくらいなら、早くメッセージを送ってしまえぱいいのに。
「俺は、なんでこんな時間に星宮を......」
自分が今していることがよく分からない。デートの日でもないのに、もう真夜中なのに、誰かに見つかってしまうかもしれないのに、庵は星宮をデートに誘おうとしている。面倒事を嫌う庵にとって、こんな面倒なことは絶対にしないはずなのに。
それでも、星宮のことが頭から離れなくて――、
「ふぅ......」
息を大きく吸って吐く。これ以上、何を考えても無駄だと悟り、無心でスマホを操作した。
『今からどっか出かけない?』
そう打って、送った。送ってしまった。クリスマスだからとか、余計な言葉を添えずに送られたその言葉は庵なりの抵抗。クリスマスだから誘った、とは何となく思われたくなかったからだ。
断られたらどうしようとも考えた。こんな真夜中だし、星宮の家庭的な事情でデートできない可能性だってある。でも、そんなことを考えて逃げるのは自分に対する甘えな気がした。
しかし、色々と心配をした庵だが、その心配は杞憂で終わった。何故なら、庵の送ったメッセージは直ぐに既読の表記が付いて――、
『いいですよ』
短く返された星宮からの返信。それを見た瞬間、庵は胸に手を当てて、へなへなと壁に背中を預けて座り込んだ。
「よか......ったぁ......」
安堵の吐息と共に、思わず声も漏れてしまう。未だに鳴り止まない胸のドキドキが、庵の呼吸を荒くする。なんでこんなにも緊張しているのか庵は理解ができなかった。
ここら辺から怒涛の展開......にしたいなーとか思ってるけど、どうなるかさっぱり分からん。プロット通りにしようとしても、キャラが勝手に動くんですよ