◆第4話◆ 『恋愛感情無いのに交際って成立するんですか?』
「うぅぁぁぁ」
翌日、庵は学校の机に突っ伏しながら、新たな黒歴史を作ってしまったことについて呻き声を上げていた。
星宮と付き合うこととなった昨日、告白した後は連絡先だけ交換して解散した。だが星宮が帰ってしまったあと、とんでもないことをしてしまったということに段々と自覚し始め、どんどん冷静になっていってしまったのだ。
普通に考えて、好きでもない女子に交際を求めるなんてありえない。しかも相手はクラス一 (庵とは別のクラスだが)の宝石級美少女ときた。
そんな大物と、その場の勢いで交際関係になってしまったのがこのクソ陰キャ、庵だ。
あのとき、星宮に冗談のつもりでお付き合いを求めたが故に、このような事態に陥ってしまった。冷静に考えてみれば庵と星宮が釣り合うわけなんかない。星宮という高嶺の花は、庵とは住む世界が違いすぎるのだ。
それなのに昨日は勢いでお互いの恋愛感情も無いままに交際を成立させてしまった。まさにバカだ。
「どうした庵。そんな変な声出しちゃってさ」
「どうしたもこうしたもねぇよぉ。最悪だぁ」
苦笑いしながら庵の呻き声を聞いているのは、庵の唯一の友達、黒羽暁だ。
この暁という男は、女子百人にイケメンかどうかのアンケートを取れば満場一致でイケメンだという回答を受けるほどの超イケメン君である。
明らかに地味な顔つきである庵とは釣り合っていないのだが、暁とは中学の頃からの付き合いなのでそれなりに仲良くできていた。暁は庵にとって、学校生活に欠かせない貴重な友人である。
「まぁ何があったかは知らんけど元気出しなよ。今度ラーメンでも奢るさ」
「暁ぁ......お前は本当に良いやつだな」
「それはお互い様。僕も庵にはいつも助けられているしね」
「暁を助けるようなことをした覚えは一度もないけどそう言ってもらえると気が楽だ」
この暁は性格までイケメンで、自分の才能を他人にひけらかしたり、他人を見下したりなどの行為は一切しない。あまりにも謙虚で良いやつすぎることから、一部の生徒からは『聖人』なんてあだ名まで付けられていた。
そんな男の隣にいつもいる庵は肩身狭いわけだが、最近はだいぶ慣れてきたところである。
「......暁、急に変なこと聞いて悪いんだけどさ、お互いに恋愛感情が無い相手と交際するのってどう思う? あり? なし?」
「本当急だね。お互いに恋愛感情が無い相手ね......」
庵と星宮の関係についての話題だが、勿論詳細の方は伏せておく。急に出された質問に暁は目を丸くするも、すぐに顎に手を当てて真面目に考え出した。
「......まぁ、僕的にはなしだと思うな。お付き合いってものは、僕の中ではお互いの恋愛感情があってこそするものだと思ってるしさ。......というか、恋愛感情無しに交際って成立するもんなのか?」
「ぐは」
きょとんとした顔つきで正論をぶつけられた庵は深く心にダメージを負った。
分かっていたことではあるが、改めて唯一の友人に面と向かって言われると悲しくなる。庵はまさか星宮琥珀と恋愛感情無しに付き合うことになったとはとてもじゃないけど打ち明けられなかった。
「まあ恋の形は色々とあるから。どういうものを恋愛と定義するかはその人次第みたいなとこもあるし、あんまり僕の意見は参考にならないと思う」
「そう言われるとちょっと救われた気がする」
「なんで救われるの? 庵、誰かと付き合ってんの?」
「なわけないだろ」
本当はなわけあるんだけどなと心の中でツッコミを入れておいて、庵は再び溜め息をつく。これから星宮とどういう関係になるのだろうという、気の重い溜め息だ。
星宮には了承を得て付き合うことにはなったが、付き合って何が変わるかと聞かれればよく分からない。何せ星宮とはクラスが違うし、そして星宮は男たちの人気者だ。
連絡先を交換したとはいえ、そこから何か交際関係に進展は起きるのだろうか。もしかしたらこのまま何も起きずにいつの間にか星宮との関係が断たれてしまうかもしれない。庵から何か星宮に連絡をするつもりはないので、星宮側から何か連絡が来ない限りは本当に形だけの交際関係になってしまう。
もう、このまま星宮とは関わらずに時間の流れを待って、この交際関係を有耶無耶な感じにして終わらせるのも得策かと考えている庵。そっちの方が庵としても気楽だし、星宮も気楽だろう。
「おーい庵。スマホ鳴ってるぞ」
「え? ああ」
つい考え事に夢中だったので、ポケットの中のスマホが振動していること気づかなかった。庵は手慣れた手つきでスマホを取り出して何の通知かを確認する。そして確認してすぐに天を仰いだ。
『今日の放課後会えませんか? もしよければ天馬くんの家に向かいます』
それは星宮からのメッセージだった。今星宮についての考え事をしていた真っ最中であったのに、すごくタイムリーだ。
「どうした庵。画面見て固まってるけど」
「......いや、気にしないでくれ。問題はおそらくない」
「すごく問題ありそうだな。でもまあお前がそう言うなら僕は気にしないけど」
最初は不審そうに庵のことを見ていた暁だったが、庵が答えることを拒めばすぐに興味を無くしてくれる。必要以上のことには踏み込まないこの友人は、庵にとってとてもありがたい存在だった。
「本当は喜ぶべきなんだろうけどさぁ......」
ヘタレな庵は何回も星宮からのメッセージを見直して溜め息をつく。
宝石級美少女と交際関係になれて、その翌日に会うお誘いまでされた。普通の男子生徒なら飛び跳ねて喜ぶであろう事態だが、庵の気はとても重い。
強引に星宮と交際関係になってしまった節があることも関係するが、それ以前に庵は女子との会話は得意じゃない。昨日つい調子に乗ってしまった自分が庵は本当に恨めしかった。
(......いっそのこと、別れようと言ってしまおうか)
もしかしたらそっちの方が気が楽かもしれない。でも、それはそれで惜しいと思ってしまい、庵の中で明らかな矛盾が生じていた。
(まあでも今日はバイトもないし暇だしいっか)
傍から見たらクソ発言というツッコミはさておき。
ここでくよくよしているのは流石に彼氏として情けないので、気が向かないながらも星宮に『分かった。家で待ってる』と送った。そうしたらすぐに『ありがとうございます』と返信がくる。
(というかなんで俺の家なんだ)
親は仕事で帰ってくるのが遅いため、両親が家に居るのは基本的に夜のみだ。だから星宮が庵の両親と遭遇してしまうというアクシデントはまずないだろう。
それ以前に宝石級美少女が、庵という『男』の家に来ること自体が問題なのだが。
(というか、もう星宮と付き合ってるってことはこれ、所謂お家デートってことになるんじゃ)
そんなことをずっと頭の中で考えていたら、午後の授業は全くと言っていいほどに集中できなかった。ウンウンと唸り続けていれば、暁に「もう学校終わったぞ」と肩を叩かれる始末である。
あっという間に訪れてしまった放課後、お互いに恋愛感情の無い二人は初めてのお家デートを行うのだ。
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