◆第38話◆ 『恋のABC』
翌日、学校にて。
庵はいつもと変わらぬ朝を迎え、教室までの廊下の道のりを歩き、目の前の教室の扉に手をかける。扉を横にスライドさせれば、いつも通りの光景が――、
「待ってたぞ庵!」
「は?」
扉を開いたら、目の前に息を荒げる暁の姿があった。突然の出現に庵は困惑するが、直ぐに暁がこうして待ち構えていたことの理由に想像がつく。しかし庵は引き気味に一歩後ずさった。
「ちょっと屋上まで一緒に来いよ。行くぞ」
「いやっ。ちょ、待てよ。荷物を机に置かせろ」
「お前に拒否権はない」
「はぁ?」
有無を言わせぬ雰囲気の暁は、庵の腕を引っ張り、強引に屋上の方まで連れていこうとする。教室に着いたばっかりなのに到着して直ぐに逆走という流れ。少しは人の体を労ってほしいものだ。
「分かった分かった。行くから。行くから引っ張るなっ」
叫んだことでようやく暁の拘束から解放された庵は大きく溜め息をつく。重い腰を上げて、屋上に繋がる階段に目を細めた。どうやら今日は朝から波乱の予感がする。
***
屋上へと辿り着いた二人。別に喧嘩をしたというわけではないが、どこかピリピリとした空気が広がっていた。無論、屋上に来てまで二人が話すことは昨日の夜の一件のことであり。
「なるほどなぁ......命救って、お礼に交際を要求したと?」
「はい。その通りです」
とりあえず暁が質問してきたのは『どういう経緯で庵と星宮が付き合うことになったか』というもの。その質問に対して正直に庵は答えたつもりだが、改めて自分がとんでもない事をしでかしたということを再認識させられてしまった。
「庵お前......そんなガツガツした奴だったっけか? いくらなんでも初対面の相手に交際を要求するのはどうなんだよ?」
呆れ気味にジト目を向けてくる暁。その視線に庵は頭を抱えた。
「いや、違うんだよ。説明するのは難しいんだけど、冗談のつもりで『付き合えるのか?』って聞いたら結構星宮が前向きな反応してくれてさぁ......そしたら心に火がついたっていうかぁ?」
そう。あのとき、庵は星宮と交際しようなんて考えは一切無かった。それが、たった一つの冗談のせいで本当に交際する流れへとなってしまうことに。冗談のつもりで放ったたった一言が庵の人生を大きく変えてしまったのだ。
本当に暁の言う通り、初対面相手に交際を要求するのは我ながらぶっとんでいると思うが。
「はぁ。まあその時の状況を僕は知らないし、どうこう言える立場じゃないんだけどさ。ちょっとは僕に相談してくれてもよかっただろ」
「あぁ......確かに、今思えば暁には相談してもよかったかもなぁ」
といっても、実は庵は少し星宮について相談をしていた。さりげなく『恋愛感情ゼロの相手と付き合うのはどう思う?』と聞いたのだが、あまり芳しくない反応が返ってきた覚えがある。
「......で、とりあえず庵と星宮さんが付き合いだした経緯は分かった」
「ならよかった。それじゃ、ここらで一旦解散という形に」
「いや、まだ待てって。もう一つ聞きたいことがあるんだよ」
「......まだ何かあるのかよ。いい加減椅子に座りたいんだが」
話に一区切りついたので、くるっと暁に背を向けて帰ろうとすると、やはりというべきか後ろから呼び止められてしまった。めんどくさいといった表情を隠さずに振り向くと、そこには少しだけニヤニヤした表情をする暁が居て――、
「どこまで星宮さんと関係が進んでるんだよ」
「は?」
何を聞いてくるかと思えば、それはあまりにも具体性に欠けた質問。どこまでと聞かれても、一体どう答えればいいのだろうか。早く教室に戻りたかった庵は「あーっ」と少し頭を悩ませて、適当に言葉を返すことにする。
「それなりにだよ。それなり」
「恋のABCまで発展してんの?」
「はい?」
適当に言葉を返せば、見知らぬ言葉を返される。意味が分からず庵は疑問符を浮かべると、暁は真面目な顔付きでご丁寧に説明をしてくれた。
「恋のABCっていうのはな、AはキスでBはペッティングでCはエッ」
「よし。お前とは絶交だ」
暁が言葉を言い切る前に、庵はにこやかに微笑みながら絶交の言葉を叩きつけた。そうしたら直ぐに暁がわざとらしく謝罪をしてくる。何気にこんな失礼な暁は初めて見た気がした。
(まだ付き合って数週間だぞ......)
心の中でそう呟いておくが、これは庵の心情の変化の現れだった。このように思うということは、いつか星宮とカップルらしい行為をする関係になることを想定しているのだろうか。
今はまだ分からない。でも、確かに二人の関係はいつの間にか『恋愛感情ゼロ』とは言えなくなっている気がして。
難産すぎたこの回。文章変かもしれないので、後で精査します。今日は寝まーす