◆第31話◆ 『宝石級美少女は立ち直る』
翌日、水曜日。天馬家に軽快なチャイムの音が鳴り響いた。
「あ、こんにちは。天馬くん」
「あぁ、こんにちは」
玄関の扉を開けば制服姿の星宮がそこに立っている。何度見ても感嘆の息を漏らしてしまうほどの宝石級の美貌、可愛さを兼ね備えているようだ。今日は庵が出迎えると、珍しく星宮がにこりと微笑んでくれた。
「んじゃ俺の部屋どうぞ」
「はい。お邪魔します」
すんなりとした流れで庵の自室に向かう二人。そう、今日はデートの日だ。
***
「それで、だいぶ落ち着いたか?」
「そうですね......一日休んで、だいぶ気が楽になった気がします」
「そっか......」
思い返すのは昨日の一件。あのときはだいぶ星宮の心は不安定だったが、立ち憚る問題が消え、多少は冷静さを取り戻したようだ。だが、まだ完全に心の傷は癒えていないだろう。
しかし、星宮は虚勢を張っているのかいつも通りの笑顔を浮かべる。しかし虚勢を張れるくらいの余裕はできたとも捉えられるだろう。
「あっ、昨日は本当に格好よかったですよ、天馬くん」
「っ。そういうの心臓に悪いからやめてくれ」
「いやでも、本当のことですから」
そうは言われても、庵には庵なりの感じ方がある。昨日の夜、庵は自分の行いを思い返していて思ったのだ。星宮を助けることに必死になりすぎて、イタイことばっか喋ってたかもしれないと。
「うわ、フラッシュバックしてきた。この黒歴史封印したい」
「......どうしました?」
「なんでもない」
首を傾げる星宮に庵は苦笑いを浮かべる。ここは話題を逸らすべきだろう。
「そういえば、本当に朝比奈のこと先生に言わなくていいのか? 俺は言っといた方が思うぞ。あいつヤバいやつだったし」
問いかけるのは今回の一件の重大人物、朝比奈について。これについては昨日、星宮と話しているのだが、星宮は何もしなくていいと答えたのだ。
「大丈夫ですよ。多分もう、あの人は私に絡んでくることはないと思います」
「いや、万が一があるかもだろ? そういうときのために――」
「大丈夫です」
「......そうかよ」
きっぱりと断られ、庵は不満そうに星宮の意見を尊重した。正直、星宮を傷つけた朝比奈には未だ殺意が沸くが、星宮が気にしないというのなら仕方ない。
ふと星宮を見ると、星宮はどこか遠くを見るような視線をしていて――、
「――それにしても、驚きました」
「何が?」
「てっきり、私の高校生活終わったものかと思ってましたから。諦めてたんですよね」
「......何言ってんだよ」
庵はまだ、星宮の過去を何も知らない。
***
「......???」
「どうしましたか天馬くん?」
テーブルを挟んで座る庵と星宮。そんな状況の中、庵は頭の中をハテナマークで埋めていた。星宮が不思議そうな顔をして庵を見つめる。
「いや、なんでデートなのに勉強会してんのかなーっていう疑問と、全く教科書の問題が理解できないという二つの問題が重なって、俺の頭は混乱を極めてる」
そう。二人は只今勉強会を行っていた。これは星宮発案のデート内容で、来週の数学の授業で行われる小テストの対策らしい。
「勉強会ってデートに含まれないんですか?」
「いや、含まれるんだろうけどさ......なんか、なぁ......? 勉強するのめんどくさくない?」
勉強会もデートの枠には含まれるのだろうが、庵が思うデートとはもっとキャッキャウフフとできるもの。今の状況はシャー芯の音がカリカリと鳴り響くだけの空しいものだった。
これはこれでありなのだろうが、勉強が苦手な庵にとってはこのデート内容は苦痛といえるだろう。そもそも、庵はテスト対策なんて生まれてこの方一度もしたことがないので勉強のやり方が分からないという問題もある。
「自信があるなら別にしなくていいと思いますけど......天馬くんは前回の中間テスト何点だったんですか?」
「前回? 確かオール赤点」
「......え?」
何食わぬ顔で正直に答えた庵。星宮は庵の言葉を理解するのに時間がかかったのか、少し遅れて反応をした。
「それ、本気で言ってますか?」
「勿論。オール赤点」
「......???」
すると今度は星宮が頭の中にハテナマークを浮かべ始めた。「え、えーと?」とあわあわしているので庵は少し苦笑する。
「そんな驚くことか? 別にいつものことだから気にしなくていいよ」
「い、いつものこと!?」
落ち着かせるつもりに放った発言が、より星宮の混乱を招く結果になってしまった。しかしこればっかりは事実であるので庵は否定のしようがないのだが。
「天馬くん天馬くん天馬くん。そんなのだと将来大変なことになりますよ? 本当にまずいですよ?」
「お、おう。確かにそうかもな」
まるで自分のことかのように心配する星宮。心配そうに揺らめく星宮の瞳を見て、少し庵も居たたまれない気持ちになってしまった。とはいっても勉強する気にはならないが。
「......まあ俺の人生なんだし、星宮が心配する必要ないよ」
「そうはいっても心配になっちゃいます」
「はは。ご心配ありがとう」
こんなダメ人間な彼氏なのに、親身に接してくれる星宮。そんな星宮を見て、庵は思う。本当に星宮は自分にはもったいないくらいに優しい存在だな、と。
「星宮は俺みたいな怠け者じゃないから、きっと楽しい人生送るんだろうな」
「......? 急にどうしましたか?」
「いや、なんでもないよ。――星宮は星宮なりに人生満喫して、俺なんかよりももっと良い男に出会って幸せになるのがお似合いだな」
星宮琥珀は心優しく、気遣いもできて勉強もできる素晴らしい美少女だ。きっと輝かしい将来が約束された人間なのだろう。庵は未来の星宮を想像して、少し複雑な気持ちになってしまった。
「......天馬くん」
「ん?」
名前を呼ばれたので星宮の方を向くと、星宮は整った眉を寄せて少し怒っている様子だった。そんな様子の星宮を見て庵は困惑する。庵的には星宮を怒らせるような発言はしていないのだから。
星宮は何も言わずに立ち上がって、庵のすぐ隣に腰を下ろした。
「え、えーと? 星宮?」
「私が天馬くんに勉強を教えます」
「はい?」
隣に来て、唐突にそんなことを言い出した星宮。その有無を言わさぬ星宮の語気に庵は言葉を失う。その横で星宮はちらりと庵の白紙のノートと教科書を見た。
「まずどこが分からないのか教えてください」
「いやいや、俺なんかに勉強教えてる暇があっ」
「教えてください」
庵の言葉を遮ってまで勉強を教えようとする星宮。庵は渋々と自身が今開いている教科書のページを見た。
「......最早、どこが分からないのかさえ分からない。分かりやすく言うと何もかも分からない」
「......そうですか。それは困りましたね」
なかなかの爆弾発言をした庵だが、星宮は大した反応を見せずに真面目に何かを考え出す。こんなことで星宮に迷惑をかけることになってしまい、本当に申し訳なさでいっぱいだ。
「なら中学の勉強の内容は分かりますか?」
「まあ......基礎くらいならできる、と思う」
「基礎はできるんですね?」
「え? あ、あぁ。多分」
基礎はできると伝えると、星宮は「分かりました」と意気込んだ。庵の教科書を手に取り、ページをパラパラと捲って色々な問題を読み漁る。庵に解かせる問題を探しているのだろう。
「では天馬くん。ここの問1から問3まで解いてみてください。できたら私が丸つけします」
「あ、あぁ。分かった。けど、そしたら星宮の勉強時間が......」
星宮の気遣いはありがたいのだが、自分のせいで星宮の勉強時間が削れるのは心苦しい。遠慮するような視線を送ると、星宮は何故か得意げな顔をした。
「私のことは心配しなくても大丈夫ですよ。普段から勉強は欠かさず毎日しているので、来週のテスト範囲ももうすでにバッチリです」
「あぁ......なるほど。さすがだな星宮は」
「それほどですよ」
そう言ったあと、星宮は少しだけ顔を赤らめてこんなことも言ってきた。
「......天馬くんは私の彼氏さんなんですから、勉強のお手伝いくらいお安い御用です」
第二章スタートです。前半ラブコメ要素強め、後半シリアス要素強めでよろしくお願いします。