◆第30話・幕間◆ 『北条康弘の独白』
「――バカだよな」
北条康弘は、自身の部屋の椅子に腰を掛けながらポツリと呟いた。
「笑っちゃうくらいバカだ」
誰も聞いてはいない一人言。日射しが閉ざされた薄暗い自室で北条は遠い目をする。北条の脳裏には一人の男の姿が浮かんでいた。
「天馬、庵ねぇ」
天馬庵の名前を呟き、北条は今日の出来事の回想を始める。
――昼休憩、北条は庵にとある音声を送った。
その音声とは、月曜日の放課後の屋上にて録音された音声。そう、星宮と朝比奈たちの一部始終の出来事が記録された音声だ。
この音声を北条はどのようにして入手したか。北条は庵にこう言った。
『許可貰って屋上の監視カメラの音声を貰ってきた』
そう、北条は庵に伝えた。他にも北条は、朝比奈の情報や、放課後に朝比奈を屋上に誘き寄せる作戦内容も庵に伝えている。そしてその情報を全て、庵は信じきった。
一つ、分かりやすい嘘が紛れているというのに。
「――屋上に監視カメラなんかあるわけないだろ。録音機能付きなら、尚更な」
最初から屋上には監視カメラなんて設置されていない。何故設置されていないか。それは全く使われない屋上を、学校側が監視する必要がないと判断しているからだろう。
屋上に監視カメラがあるかないかなんて、少し考えれば分かる話だ。
だがしかし、北条が庵に渡した音声が監視カメラの録音ではないというのなら、この星宮と朝比奈たちの録音は一体何なのか。北条は薄笑いを顔に浮かべ、スマホの電源を入れる。
「......あぁ、やっぱり星宮さんは良い顔するなぁ」
スマホに映し出されるのは『星宮と朝比奈の屋上でのやり取り』。映像も音声も鮮明に映った、一部始終。
「......はは」
星宮が朝比奈に殴られ、泣き出す。その様子を見て北条は薄気味悪く笑った。普段は見ることのできない星宮の怯え顔、泣き顔、絶望の顔。それら全てが北条の好奇心を満たしていく。
繰り返し何度も同じシーンを再生する度に、北条は気持ちを昂らせた。ぞくぞくと北条の中で沸き上がる興奮は、一向に飽きを覚えさせない。
「......星宮さん、可愛いな」
何度、北条はこの動画を再生したのだろうか。
――この、自分で撮影した動画を。一人屋上に赴き、こっそり朝比奈にいじめられる星宮を録画したものを。
「......」
朝比奈が星宮に嫉妬し、屋上に呼び出して星宮を傷つけた。傍から見たらそれだけの話だ。しかし本当は違う。
最初から北条は計算をしていた。星宮に公開告白をすることにより、朝比奈が暴走することを。朝比奈が星宮を傷つけることを。
この一件はまだ何も解決していない。庵が解決させたことは、まだ氷山の一角なのだ。
カチカチ、カチカチ、星宮の歯車は未だに狂い続けている。朝比奈の魔の手から逃れたところで、まだ大きな魔の手は星宮を包み込んでいる。いや、最初から包み込まれているのだ。
「......あいつらがどんな関係かは俺の知ったことじゃないけど」
椅子から立ち上がった北条が大きく伸びをした。骨をぱきぱきと鳴らし、息を吐く。
そしてこう言った。
「――天馬、星宮さんは俺の『物』だぜ?」
まだこの時は誰も知らない。この北条康弘という男が常軌を逸したクズである、ということを。
はい。ということで次回から第二章です。ネタバレ、庵と星宮がデートします