◆第3話◆ 『宝石級美少女とお付き合いすることになりました』
自室に星宮を招き入れて庵はすぐに後悔をした。
辺りを見回せば、ゴミ屋敷とまではいかないものの、部屋がきちんと整理整頓がされていないことが一目瞭然であるからだ。しかもさっきまでスマホで流していた動画がそのままだったので急いでスマホの電源を落としておく。
「まあ......好きなところに座ってくれれば」
「はい。ありがとうございます」
星宮がきょろきょろと部屋の様子を見回しているのが心苦しい。
星宮という宝石級美少女を部屋に入れてしまっている時点で死にたいくらいなのだが、こんな部屋の有り様ではもう本当に自爆してしまいたくなってしまう。
ほぼ無意味の行動ではあるが、さりげなく近くの大きなゴミやら道具やらを棚に隠して、気持ち部屋をきれいに見せられるよう努力した。
そして、庵と星宮は小さなテーブルを挟んで改めて向き合う。さっきから何回も感じていることだがやはり信じがたい光景だ。星宮の場違い感をすごく感じる。
「......それで、まず俺から一つ星宮に聞いていいか?」
「遠慮なくどうぞ」
「どうやって俺の家が分かった」
勿論であるが、星宮に住所を教えた覚えはない。今日の朝初めて話したばかりなのに、そんな話をする暇があるわけない。
庵の質問に星宮は「あぁ」と頷く。
「職員室の先生に天馬くんの住所を聞きました。あっさりと教えてくれましたよ」
「あー......なるほど」
そういえば朝、星宮は別れ際に名前を聞いてきた。それを駆使して先生から住所を聞き出したらしいが、なかなかに大胆なことをするものだ。
こんな陰キャのことなんかほっとけばいいものを。
「聞きたいことはそれだけですか?」
「まあ、とりあえずは」
「分かりました。それじゃあ本題に入りますね」
星宮はそう言うと、背筋をしゃんと正し、大きなマリンブルー色の瞳に真剣さが宿る。
真剣そうな雰囲気は出ているが、星宮の印象は『美人系』というよりも『可愛い系』といった感じなので、隠しきれていないあどけなさが強く強調されてしまっている。
それでも星宮の態度は真剣そのものなのでこちらもそれなりには姿勢を整えておいた。
「まずは今日の朝の件は本当にありがとうございました。天馬くんがあのとき助けてくれなかったら、今頃私はここにいなかったと思います。本当に感謝でいっぱいです」
「どういたしまして......なんだけど、そんな感謝されると俺も困るんだよな」
「でも、本当に心の底から天馬くんのことを感謝してるんです。天馬くんは命の恩人なんです」
「お、おう」
宝石級美少女に真面目な顔でそんなことを言われて、庵は若干気圧されてしまう。
庵の中でも結構なことをやってのけたという自覚はあったのだが、ここまで星宮に感謝されるとは思わなかった。もうあれっきり会うことはないと思っていたのだから、正直戸惑いが大きい。
「......私は、あのとき参考書に夢中で、踏み切りに気づけませんでした」
「そのように俺も見えたな」
「言い訳と捉えられるかもしれませんが、近々、中間考査が迫っていたので......いつもはあのようなことはしないんですが、時間が惜しくてついやってしまいました。そのせいで天馬くんに迷惑かけて......本当に申し訳ないです」
「まあ......別に俺はもう気にしてないんだけどな。ともかく、これからはながら歩きは気をつけてくれ。またあんなことがあったら危ないからな」
「はい。気をつけます」
こうして話してみると、庵は星宮のことをとても律儀な人だなと感じた。
学校であれだけ有名な人なのだから、もっと星宮は態度が大きい人なのかと勝手な偏見を持っていた。だがさっきからの数分の会話で、星宮がとてもおとなしそうで、そして律儀な人だという印象に変わった。性格まで宝石級とは本当に完璧な女子のようだ。
「それで......星宮のお礼も聞けたし、これで用件は終わりでいいか?」
星宮との会話も区切りがついたので、微妙な空気が流れる前に話を終わらせようとする。もともと星宮を自室に招き入れた理由は星宮のお礼を聞くこと。ただそれだけだ。
しかし、庵が立ち上がって星宮の元から離れようとすると、星宮はマリンブルー色の瞳を揺らして慌てた様子を見せた。
「ま、待ってください。もう一つ天馬くんに聞きたいことがあるんです」
「聞きたいこと?」
「はい。そうです」
そう言うので一度離れたテーブルにもう一度座り直す。星宮に視線を合わせるのだが、星宮の様子にはどこか落ち着きがなく、そわそわしているように見えた。
「あの......天馬くんは、何か私にしてほしいことはありませんか?」
「星宮に、してほしいこと?」
「はい。言葉だけの感謝だけではなく、ちゃんと形として感謝を伝えたいんです」
「......なるほど」
超絶美少女に尋ねられた『何かしてほしいこと』。
一瞬「そこまでしなくてもいい」と星宮の申し出を深く考えずに突っぱねようかとしたが、その考えは踏みとどまった。
別に庵はこの宝石級美少女、星宮琥珀に一切の恋愛感情も無いし、モラルに欠けた欲望もない。そう、余計な感情は一切ないのだが、星宮に『お願いを聞いてもらえる』というチャンスはこれからの人生にもう二度と訪れることはないだろう。
どうせこれからも色のない庵の人生なのに、せっかくのチャンスを逃していいのだろうか。
「ちなみに、どれくらいことまでならしてくれるんだ?」
「私にできることなら、なんでも......いいですよ」
「え、なんでもいいの?」
「ま、まあ」
『なんでも』という部分を確認すると、星宮は頬を赤く染めながら首を縦に振る。
その様子を見ていると、どうしても邪な考えが浮かんでしまう。すぐに頭の中に浮かんだ汚い妄想は振り払うが、こちらまで顔が赤くなってしまった。こればっかりは庵も男なので仕方がない。
一度自分の頭を拳で軽く殴って思考をリセットし、星宮に何をお願いするか考える。庵はこのチャンスをできるかぎり有効活用することに決めたのだ。
「じゃ、じゃあさ、例えばの話、俺と付き合うってのはいけるのか?」
ダメ元というか、庵は冗談のつもりで星宮にそう尋ねてみた。
この質問は星宮がどこまでのお願いを聞いてくれるのかという判定ラインを見極めるためでもあったが、星宮は思った以上にこのお願いを重く受け止めてしまっていた。
庵の言葉の意味を深く理解した星宮はみるみる顔を赤く染めていき、自分のスカートを華奢な手でぎゅっと握りしめる。明らかな沈黙が部屋の中を包み込んだ。
「......」
「ほ、ほしみや?」
「......」
マリンブルー色の瞳を儚く揺らして黙り込んでしまった星宮。星宮を困らせてしまったという罪悪感に包み込まれて、庵はすぐに自分の発言を撤回しようとした。
「あ、星宮、今のはじょうだ――」
「本当に......」
「え?」
庵の言葉を遮って星宮が拙く言葉を絞り出す。視線は下を向いていて、とても恥ずかしがっているようだが、でも言葉には力が籠っているように思えた。
「本当に、私と付き合うことでいいんですか?」
そして庵は絶句した。
星宮はこの庵の要求を拒むことなく、前向きな姿勢を見せてきたのだ。最初から冗談のつもりで言っていたので、どう言葉を返せばいいか分からずに庵はぽかんと口を開けた。
「失礼な話ですけど、私は天馬くんにすごく感謝はしていますが、恋愛感情はありません。......それでもいいというならそのお願いを受け入れます」
ついには受け入れる姿勢まで見せてきた星宮。
恋愛感情は無いとは言っていたが、その上で交際を許可するとは一体どういう考えをしているのか。これは明らかに無茶なお願いのはずだ。
慌てて庵は星宮の判断に待ったをかける。
「ちょ、ちょっと待て。本当にいいのか? 普通に考えて好きでもない男と付き合うなんてありえないぞ。星宮だって嫌だろ」
「嫌かと聞かれればどうでしょう。ちょっと複雑な心境です。......でも、そういうことを言ってきたのは天馬くんですよ」
「それはそうだが......」
星宮に冷静に返されてしまい、庵は言葉を詰まらした。もしかしたら一番冷静じゃないのは自分の方かもしれないと庵は考える。
そこで一度深く深呼吸をして、改めて星宮と向き合った。星宮琥珀という女子はクラスの垣根を越えての人気者であり、ありとあらゆる箇所が完璧な宝石級美少女。
そんな彼女が、学校を休んだところで誰も気づかないくらいの陰キャと付き合うことに許可を下ろした。あとは庵が「じゃあそれで頼む」と言えば見事、宝石級美少女とお付き合い成立だ。
「......」
庵も同じく、星宮に対して恋愛感情は無い。
もちろん異性として可愛いなと思うことはあるが、それはまた別の感情である。今までは決して手の届くことのない高嶺の花としか星宮のことを見ていなかったのだから。
そんな高嶺の花が今、天から釣り針が落とされたかのように庵の目の前に吊るされていた。
(これマジでいけるやつ......か? ここで、日和ってしまっていいのか、俺)
どうせ色のない庵の人生。このまませっかくのチャンスを無駄にして、これから先つまらなく過ごしていいのだろうか。
ずっと枯れ続けていた心の中の欲望に、再び火が付いた気がした。
「無理なら無理って言ってくれていいんだぞ?」
「無理では、ないと思います」
「......本当に、いいのか?」
「天馬くんが私とのお付き合いを望むのなら、私はそれで大丈夫です」
最終確認として星宮に確認を取るが、星宮は頬を赤らめたままオッケーを出す。その様子を見て庵の心は決まった。これが人生のターニングポイントなのかもなと心を震わせる。
「っ。それじゃあ......」
「......はい」
直前まで出かけていた言葉が詰まってしまう。途中で言葉を切った庵だが、星宮は気にしない素振りで返事を返した。
永遠とも感じ取れてしまう数秒間。舌を湿らせ、もう一度勇気を振り絞り、目の前の少女に向けて言葉を放つ。
「それじゃあ......俺と付き合ってくれるか? 星宮」
人生初めての告白。
その相手は今日初めて会ったばかりの、しかも宝石級美少女だ。お互いに恋愛感情が無いのに一体何をしているのだろうとあとで冷静になりそうだが、今はどこからか湧き上がる興奮で頭の中がいっぱいだった。
告白を受けた星宮は一瞬体をビクンと震わせたが、ゆっくりと息を吐いて、視線を合わせてくる。
「......はい」
こうして、同級生である宝石級美少女の命を救った庵は、お礼としてその宝石級美少女と付き合うことになったのだ。
さてさて、ここからメインストーリーです