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◆第29話◆ 『恋愛感情ゼロから始まった物語』


 屋上の階段に続く踊り場にて、緊迫した空気が広がっていた。


「何あんた。今邪魔しないでくれない?」


「一発殴ったことは謝罪無しかよ......そうは言われてもな、今お前星宮に何しようとしてたんだよ」


 冷徹な視線が朝比奈から向けられるが、庵は臆することなく怒気を孕ませて言葉を返す。しかしその言葉に対する返答はあまりにも開き直ったものだ。


「はぁ? このクソ女を殴って分からせようとしただけだけど」


「......正直に答えるのかよ。お前頭のネジ外れてんな」


「何? 煽ってるわけなの?」


 庵がぽろりと本音を漏らすと、朝比奈の眉がつり上がる。再び朝比奈の拳がぷるぷると震え始め、危うい前兆が見え始めた。


 その様子に反応して星宮が目を見開く。か細い声が二人の耳に響いた。


「あ、朝比奈さんっ。天馬くんは巻き込まないで。天馬くんは、何も関係ないからっ」


 震えた声だった。きっと怖くて、今にも心が壊れてしまいそうなのに、それでも星宮は庵を巻き込ませないことを優先した。そんな勇気ある星宮の行動に庵は思わず微笑んでしまう。


「心配するなよ星宮。俺みたいな陰キャが無策で敵に突撃するわけないだろ。頼りないと思うけど、ちょっとは俺を信じてくれ」


「で、でも、私のせいで天馬くんが傷ついたら......っ」


「俺は星宮が苦しんでいることの方が傷つくけどな」


 それを聞いて星宮の瞳が揺れる。朝比奈は理解できないといった様子で眉を寄せた。


「......あんた、星宮とどういう関係なの」


「俺は星宮の彼氏だ」


「は?」


「冗談だよ。俺みたいな陰キャがこんな美少女と釣り合うわけがないだろ」


 実際は本当なのだが、しっかりと否定しておく。だが今の会話で星宮と庵がある程度の関係であるということが朝比奈に伝わったはずだ。するとより一層、朝比奈のまとう殺気が強まっていく。


 しかし、もう『始まって』しまった以上、庵は引くという選択肢は取れないのだ。


「――朝比奈、お前は昨日、星宮を屋上に呼び出した。あってるな?」


「はぁ? 何の話? てか、なんであんたは私の名前知ってるわけなの?」


 苛立つ朝比奈。そんな朝比奈に溜め息をつきながら、庵は呆れた視線を向けた。


「しらばっくれんなよ。もう色々と情報掴んでんだよ、こっちはな」


 そう言い、庵はポケットからスマホを取り出す。手慣れた手付きで北条とのメッセージ画面を開き、つい先ほど北条からもらった動画の再生ボタンを押した。


「――これを聞け」


 その動画は音声のみであり、映像はない。雑音と共に音が流れ始めた。


 

『――いわけないんだよ! 何もしてなかったらアンタみたいな影薄い女を北条くんが好きになるなんて絶対にあり得ない! 嘘つき続けるのもいい加減にしなよ、このクソ女!』

 

『だ、だから私は何もしてないって。本当にしてないんです』


『だから嘘つくなって言ってるでしょ!? あんた、私が北条くんのこと好きって知ってて、影でこそこそ北条くんに色目使ってた、そうなんでしょ? 認めなさいよ!』


『そんなわけないですっ。私は本当に何もしてなくて』


『ウザいウザいウザいっ! じゃあ何? あんたは北条くんが勝手にアンタに惚れたと思ってるわけなの?』



 流れるのは二人の女の声の録音。一人は怒りに震えた声をし、一人は怯えた声をしている。無論、この音声は朝比奈と星宮のものだ。


「は......?」


 朝比奈と星宮を揃ってその音声に目を見開く。朝比奈は言葉を失っていた。しかし音声はまだ流れている最中だ。



『思い上がんなッ!』


『きゃっ!』



 最後に乾いた音が響いて流れた音声は止まった。庵はスマホの電源を切り、ポケットに戻す。狼狽えた様子の朝比奈に鋭い視線を向けた。


「これ、お前と星宮の声だよな?」


「ちょ、ちょっと待って。意味分かんない。なんでそんなものが録音されてるのよ!」


「いいから答えろ朝比奈。これはお前と星宮の声だよな?」


「......っ」


 朝比奈は何も答えない。確定的な証拠を見せつけられて、反論の余地がなくなったのだろう。プライドの高い朝比奈は自身の非を認めようとはしない。重い空気が数秒間流れ続けたあと、庵は今まで生きてきた人生の中で一番冷酷な声を出す。


「――このメンヘラ女が。一方的な片思いのくせして、何お前が北条を得意げに語ってるんだよ。身の程を弁えろ」


「な、何。なんなのよっ!」


 庵の残酷な言葉に朝比奈の顔が青ざめた。しかしこのような女に同情の余地はない。止まることなく、庵は言葉を続けた。


「謝れメンヘラ女。星宮に今すぐ謝れ。謝らないなら、この音声を職員室に今から持っていく。そうしたらお前の学校生活は終わりだな?」


「誰が、メンヘラ女よっ」


「お前以外にいないだろ。反抗してないで早く謝れ。――よくも星宮を傷つけてくれたな」


「......何よ。何よ何よ何よ!!」


 朝比奈は先ほどの様子とはうってかわって瞳を涙で潤ませながら地団駄を踏んだ。溜め込まれた感情が胸の中で溢れかえってしまったのだろう。そんな朝比奈の様子を、庵は無慈悲な視線で見下ろした。


「何が、いけないのよ! 私はっ。私は! 北条くんを、こいつが奪ったから!」


「......その証拠はあるのかよ」


「っ。こいつが、北条くんに色目を使った。そうよ。そうに違いないのよ」


 叫ぶ朝比奈。庵は視線を星宮に向ける。


「そうなのか? 星宮」


「.....わ、私は、そんなことしてません」


 否定の言葉を返す星宮。その言葉に、朝比奈は目を血走らせながら噛み付く。


「嘘付くなよこのクソ女! 私が北条くんのこと好きって知ってて北条くんに色目使ってたんでしょ!? ちょっと容姿が優れてるからっていやらしい女! 気持ち悪いんだよ!」


 ペラペラと勝手なことを並べ立てる朝比奈に、庵は呆れを通り越してドン引きする。一つ咳払いして、軽蔑の視線を送った。


「どういう思考回路でそういう話になってんのか知らんけど、あんまり勝手なことほざくと、今の話も全て北条に俺から伝えるぞ。意味分からんこと言ってないでさっさと謝れ」


 そう言って、庵は制服のポケットから自身のスマホを取り出す。この会話も最初から録音していたのだ。


「はぁ?」


「顔が引きつったな」


 無慈悲な視線だけが朝比奈を貫く。すると、みるみると朝比奈の顔は赤く染まり、ついに耐えきれなくなったようだ。


「ッ。一生恨んでやる!」


 朝比奈は最後に罵声を上げ、庵たちの前から涙を溢しながら逃走した。大きな足音を響かせて視界から消えていく。庵はその負け犬の様子を目を細めて見送った。


「......逃げたか」


 謝らせることはできなかったが、庵はもう朝比奈を追うつもりはない。これ以上朝比奈を追いつめるのは時間の無駄であるし、そのようなことをしている暇があるのなら今は少しでも星宮のメンタルをケアすべきだ。


 庵は苦笑しながら星宮に視線を合わせた。作り笑いを浮かべて、少しでも星宮を安心させたいと思う。


「星宮、大丈夫だったか?」


「は、はい。天馬くんのおかげで、大丈夫......でした」


「そっか。ならよかった」


 星宮は顔を赤らめてもじもじとする。星宮も怒涛の展開にまだ理解が追いついていないのかもしれない。でも、一つ確かなことはある。


 それは、天馬庵が星宮琥珀を救った、ということだ。

 

「天馬くん......」


「どうした?」


 さっきからずっともじもじした様子の星宮。よく見てみれば、未だに星宮の瞳は潤んでいる。それは、切なく儚く揺らめいていた。その瞳は庵だけを映している。


「......ちょっと、ごめん、なさい」


「え?」


 そう言いながら星宮は庵に向かって歩き出した。ゆっくりと、おぼつかない足取りで。そしてもう、星宮は歩けなくなっていた。


 ――甘い香りがふわっと香ったと思えば、星宮は庵に抱きついていたのだ。



「......あの......星宮、さん?」


「......」


 星宮の香りが庵の鼻腔をくすぐる。庵の腰辺りに抱きついた星宮。耳をすませば、すすり泣きをする声が聞こえてくる。


「......怖かったです。すごく、怖かったです」


 震えた星宮の声色は、庵の鼓膜を強く震わせた。初めて庵に自分の弱い部分をさらけ出してくれた星宮。嘘偽りのない己の感情を、庵だけにぶつけていた。

 

「本当、どうしたらいいか、私、分からなくなって......怖くてっ。何回も家で、泣いてしまって。それでっ。本当に、怖くてっ」


「......」


「とっても、怖かったんです。もう、本当に、怖かったんですっ。怖くて怖くて、怖くてっ」


 そうして星宮は泣き始めた。弱々しく嗚咽を溢し、力強く庵を掴む。


 きっと星宮は庵にも想像がつかないほどの『苦』を味わったのだろう。その『苦』を吐き出す捌け口はなく、ずっと『苦』を自分の中に溜め込み続けた。それがどれだけ辛いことだったか。そしてその『苦』から解放された今、星宮は感情を抑えられなくなったのだ。


 庵はそんな星宮の様子を見て躊躇うことはしなかった。むせび泣く星宮の背中に、何も言わずにそっと手を回した。


「......俺は、星宮の彼氏だからな」



 窓から夕日の光が射し込んで、二人を幻想的に照らす。


 天馬庵と星宮琥珀の交際ルール【その一】は静かに破られたのであった。




              -第一章・完-


ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました! 『宝石級美少女の命を救ったら付き合うことになりました』第一章終了です(と、いいたいところですけど次話はまだ第一章のままです)。この第29話の背景は次話に描くのでよろしくお願いしますm(__)m


では区切りもいいので普段はしないお願いを。強要はしませんが、私の作品を読んでみて少しでも面白いなと感じてくださったら星の評価を付けてくださると嬉しいです。勿論、評価に値しないと思われたなら星は付けなくても結構です。非常に差し出がましいお願いですが、ご検討の程よろしくお願いします。


ではでは、これからもこの作品をよろしくお願いします。日間ランキング31位もありがとう~!!

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― 新着の感想 ―
[一言] ルール、破っちゃいましたね。でも、ルールは破らないといけない時って、ありますからね! ただこれ、秘密を破ったことで大変なことになってしまいそうですね…!
2022/12/30 18:15 退会済み
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