◆第26話◆ 『宝石級美少女は答えない』
「――星宮!!」
保健室の扉が開いたと同時に、一人の女子の名を呼ぶ叫びが鼓膜を震わせた。
「て、天馬。なんでここに」
目を見開く北条。庵からしたらこの場に星宮と北条が一緒に居ることの方が違和感でしかないが、今はそんな北条を気にかけている場合ではない。
真っ直ぐに、ずぶ濡れの星宮の元へ足を運ぶ。
「っ。ほ、星宮! 何された? 何があったんだよ!」
「......天馬くん」
庵の叫びに少しだけ視線を上げた星宮。ほんの少しだけ口角を上げて、こう答えた。
「大丈夫。私は何もされてないですよ」
抑揚の無い声で『何もされてない』と言われた。ずぶ濡れで、頬が赤く腫れてて、感情の無い瞳で『何もされてない』と。それを聞いて庵の何かが吹っ切れた。
「ふっざけんな! そんなぼろぼろなってて何もされてないわけがないだろ! しょうもない嘘ついてないで誰に何されたか教えろ。俺が、なんとかするから!」
庵のものすごい剣幕に星宮が言葉を詰まらせる。いつものらりくらりとしている庵の豹変ぶりに驚いたのか、星宮は硬直してしまった。息を荒げる庵の肩を、北条が優しく掴む。
「落ち着いて天馬、星宮さんが困ってる。そもそも君は、星宮さんとどういう関係なんだよ」
「っ。んなこと今どうでもいいだろ! てかお前なんで星宮と一緒に居んだよ。お前が星宮に何かしたのか!?」
「いや待ってくれ。早とちりすんなよ。俺は星宮さんを助けてここに居るんだ」
「ふっざっ......星宮を、助けて?」
声を荒くする庵に、北条は引き気味に弁明をする。その弁明を聞いて流石の庵も冷静になり、一度深呼吸をしてから北条と視線を合わせ直した。
ある程度落ち着いた様子の庵を見て、北条が深く息をつく。
「はぁ......とりあえず、天馬は星宮さんと何か繋がりがあるんだな?」
「まぁ、そう......だな」
「なら俺が知っていることを今から一から説明するからさ。天馬、ちょっと静かに聞いてくれよな」
「あ、あぁ。ごめん、ちょっと取り乱した」
北条に改めて言われ、庵は素直に謝罪をする。だが、自分の彼女がずぶ濡れな上、傷まで負っていたら気が気じゃなくなるのは仕方ないことかもしれないだろう。
庵は北条の話を聞く前に、一度星宮の方へ振り返る。自身の学ランのポケットの中に手を突っ込んで、とある物を星宮に握らした。
「これ俺のカイロ。無いよりはましだと思うから、冷えたところにでも当てておいて」
「あ、ありがとう、ございます」
そんなやり取りをして再び庵と北条は向き合った。二人は約一時間半ぶりの再開だ。どちらも、また同じ日に出会うことになるとは思いもしなかっただろう。
「よし。それで本題だけど、さっきの俺の発言はちょっと語弊があったかもしれない」
「語弊?」
「そう。さっき俺は星宮さんを助けたって言ったけど、正確には『全て終わっていた』あとに俺は星宮さんを見つけたんだ」
「......どういうことだ?」
そうして北条は語り出す。北条の見た光景を。
「俺もまだ気が動転していて上手く話せないかもしれないけど、とりあえず全部天馬に教えるよ」
***
そうして北条は、自身が知りうることを全て庵に話した。だが北条が何を話したか簡単にまとめると――、
・星宮は屋上に居て、雨に打たれていた
・周りには誰も居なかった
ぐらいのものしか情報はなかった。だがそれを聞いて庵は目を細める。
「......屋上? 北条、お前俺に一階って教えたよな」
「それは俺の記憶が曖昧だったから、あまり当てにならないものだったかもしれない。その事についてはごめんなんだけど、まだ朝比奈さんが星宮さんに何かしたって決まったわけじゃないだろ? 朝比奈さんと一階へ行ったあとに、他の誰かに屋上で何かされた可能性だってある」
そう言われて納得する。確かに、あのとき北条は朝比奈たちがどこに行ったかあまり覚えていない様子だったし、まだ朝比奈が何かしたと決めつけられる証拠も何もない。ここで北条を責めるのは筋が通らないのだ。
「あ。それもそうか......だけど、その他の誰かってのは本当にいるのか?」
「そればっかりはな......」
言葉を濁らせて、北条は星宮の方に向いた。続いて、庵も星宮の方を向く。
「星宮さん、さっきも聞いたけど朝比奈さんに何かされた? それだけでも教えてほしいんだよ」
「......」
「星宮、教えてくれ。誰に何をされたんだよ」
「......」
星宮からの答えは何もなかった。空しい数秒間が流れていき、北条も庵も揃って溜め息をつく。この様子からして、もしかしたら何か口止めをされているのでは、という思考に二人は至った。仮に脅されているのなら、簡単には答えようとしないのは納得だ。
「くそっ......大変なことになったなぁ」
何も進展のない会話。状況が状況なだけに、庵は強く歯ぎしりした。そうして無駄に時間が流れていくと、再び保健室の扉ががらりと開く。
「――君たち、もうすぐ玄関を閉めるぞ。もうだいぶ暗いし雨も降ってるから気をつけて帰りなさい」
保健室に入ってきたのは先生。先生の言葉を聞いて時計を見てみると時刻は午後六時になろうとしていた。日が沈むのがだいぶ早くなってきたため、最近、完全下校の時刻が午後六時に変更されたのだ。
先生はそれだけを伝えて保健室から立ち去っていく。北条と庵は目を見合わした。
「今日のところはこれまで、か」
「星宮......」
悔しいが、これ以上は学校には居残れない。北条が椅子から立ち上がった。
「とりあえず、今日は俺と星宮さんと天馬の三人で一緒に帰ろう。時間も時間だし、こんな状態の星宮さんを一人で帰らせるわけにはいかないからな」
北条の提案により、三人は一緒に帰ることになった。保健室を出れば真っ暗な廊下が出迎えてくれる。