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◆第22話◆ 『私はあなたを絶対に許さない』


 昼休憩、とある使われていない教室にて。


「ああああッ! ああッ!うっ。あああッ。北条くんっ。うっ。北条くんっ」


 一人の女子生徒が教室の隅で泣いていた。思わず耳を塞ぎたくなるほどの慟哭が辺りに響き渡る。その慟哭はこの女子の様子を見に現れた女子たちの心を大きく揺さぶった。


 泣く女子の隣に一人のクラスメイトが座り、その頭を優しく撫でる。


美結(みゆ)......」


「ううッ。あああッ。北条、くんっ。ううッ」


 泣き叫ぶ女子――朝比奈美結(あさひなみゆ)は同じクラスメイトである北条康弘に恋をしていた。


 朝比奈の北条への恋の始まりは中学の時からである。彼女は昔から北条の学力面、運動面、全てに尊敬をしていた。いつの日かの席替えで北条と隣の席になったとき、朝比奈は更に北条の魅力に気づかされることになる。消しゴムを落とせばさりげなく拾ってくれる気遣い、たまたま目が合うと逸らさずににこやかに微笑んでくれる優しさ。


 いつの間にか朝比奈の北条への尊敬は、恋愛感情へと変化していった。それからの朝比奈の行動はとても真っ直ぐなものだ。


 北条の部活動を応援しに行ったり、何か重そうな物を運んでいたら持つのを手伝ってあげたり、さりげなくボディータッチをしてみたり。朝比奈は色々と試行錯誤をして、北条の気をこちらに向けようと努力した。


「なんでッ。なんでなのよッ。うぁぁっ。ッ」


 しかし北条の朝比奈に対する態度は一向に変わらなかった。何かを朝比奈がすれば、北条は変わらぬスマイルを朝比奈に向ける。変わらぬ優しい態度を取る。それだけだ。どれだけ朝比奈が努力しても、北条の朝比奈に対する感情はプラスにもマイナスにも変化しなかったのだ。


「ッ。ああッ。星宮ッ。星宮ァッ」 


 北条に変化が起きたのは高校生となったときだった。朝比奈は北条と同じ高校に入れたことを歓喜した。苦手な勉学に励み、ただ北条という存在を支えに合格を果たした。


 高校一年の間に絶対に告白しよう、そう朝比奈はひっそりと決意をしていた。しかし入学して多少時が経った六月の時だ。クラスが段々とそれぞれのグループを作り出し、それぞれの学校生活を送り始めている時。北条の異変に朝比奈は気づいてしまったのだ。


 北条の視線がおかしかった。北条の視線が時折、教室の隅の方へ向く。友達と喋っている時も、時折視線が教室の隅へと向いていた。


 その教室の隅には星宮琥珀が居た。クラスメイトと関わろうとしない、お人形みたいな女子が。


「うあぁッ! あぅッ!」


 星宮もたまに北条の視線に気づく。気づいたとき、たまたま二人の目が合うと、視線を先に逸らすのは決まって北条からだった。視線を逸らした北条の表情にスマイルはない。照れ臭そうにいつも頬をポリポリと掻いていた。朝比奈には絶対に見せない表情を見せていた。


 最初は朝比奈も考えすぎだと思っていた。自分が北条を気にしすぎているせいで、過剰に反応してしまっているんだと自分に思い込ませた。でも朝比奈の心の靄は一向に晴れない。


 北条がずっと星宮を視線で追っている。朝比奈が隣に居るときも、星宮が視界に現れれば視線で追い出す。信じたくないのに、信じざるを得なくなってしまった。


 ――そして、今日だった。


『星宮さんのことずっと好きでした。俺と付き合ってください!』


 北条は星宮に告白をした。普通の告白ではない、公開告白を。


 その光景を見た朝比奈は頭が真っ白になった。手に持っていた弁当を教室に落として、おかずが全て床にぶちまけられた。


 得体の知らない感情が朝比奈の中で溢れかえり、自分が平常を保つことが不可能になる。心臓の鼓動が大きく鳴り、自分の耳にその鼓動の音が聞こえてしまう。目から熱いものが溢れかえりそうになる。


 気づけば朝比奈は教室から飛び出していた。人目も憚らず廊下を無我夢中で走り、使われていない教室に辿り着いて大泣きをした。


 それが朝比奈美結という一人の少女の恋の物語だった。



***



 彼、天馬庵は、残り僅かとなった昼休憩を使い、理科室へと向かうため廊下を走っていた。


(筆箱忘れるとか俺もドジだな)


 四限の授業にて、庵は理科室に筆箱を放置したまま教室に戻ってしまった。寝ぼけ眼のため、気づかず忘れてしまったのは仕方のないことなのかもしれないが。


「えーと......あぁ、あったあった」


 理科室に辿り着いた庵は自身が座っていた席の引き出しを開ける。中からは勿論庵の筆箱が出てきた。


 早く理科室から出ないと次の授業で理科室を使うために先生がやってくる可能性があるので、面倒事を避けるため足早に教室から出ていく。


「っ。これ次の授業間に合うか」


 庵が筆箱が無いことに気づいたのは昼休憩が終わるギリギリのタイミングだった。次の授業の遅刻を防げるかどうか、結構絶妙なタイムリミットかもしれない。


 授業に間に合わせるため、気にすることなく庵は廊下を全力疾走。足を止めることなく真っ直ぐ教室へ帰ろうとする、が。


「――許さないッ。許せないよぉッ。ああッ」


 近くから女子生徒の泣き声が庵の耳に届いた。


(......なんだ?)


 その声は真横にある、今現在使用されていない空き教室から。庵は動かしていた足を止め、その教室の壁に耳を押しつける。


「美結......あたしたち、美結に手伝うよ」

「そうそう。うちら友達だもんねー」

「これは許せんよねぇ。明らかに美結、北条くんにアピールしてたのに。それを知って、こそこそと北条くんに色目使うとかさ」


 この教室に居るのは四人。泣いている女子一人と、それを慰める女子が三人。


(なんかあったのか......まぁ、俺の知ったことじゃないな)


 興味本意で盗み聞きしてしまったが、本来庵はこんなことをしている場合ではない。次の授業に間に合わせるため、全力疾走をしている最中だったのだ。


 興味を失い、庵は壁から耳を離す。再び足を動かそうと前を向いた。



「――私はッ、星宮を許さない」



 突然、知っている名前が空き教室から飛んできた。その名前を聞いて、庵は思わず間抜けな声を漏らす。今この女子は誰のことを言ったのか、直ぐには理解が追いつかなかった。


 動かそうとしていた足を止め、再び壁に耳を寄せる。壁を手で強く叩く音が耳に届いた。


 そして――、


「今日の放課後、あいつを、星宮をぶっ潰す。泣いても、絶対に許さない!」


 その言葉に賛同する声が、空き教室に響き渡っていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] こういうシーン色んな作品で見かけて毎度のことながら思うけど、片思い相手に告白される魅力もなく告白する度胸もない自分が悪いのに八つ当たりするって頭大丈夫なんかね??てか取り巻き連中にはいつどこ…
[一言] 普通に過ごしてて相手が勝手に惚れただけなのに因縁付けてくるって…女って怖…
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