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宝石級美少女の命を救ったら付き合うことになりました  作者: マムル
最終章・前編

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202/234

◆第191話◆ 『朝比奈美結という女』


「みのりちゃん。朝比奈さんが今どこに居るか分かりますか?」


『ごめんなさい分からないです。私がさっき見たときは二階から三階の階段の踊り場にいたんですけど、今はもう誰もいないんです』


 朝比奈がいじめられている。その情報を知った庵と琥珀は、会話を切り上げ、すぐに校舎へと戻っていった。今は情報提供者のみのりと通話をつなぎ、三人で朝比奈の行方を探している。


「どうりで最近様子がおかしかったわけだ。何があったんだよ、あいつ......!」


 朝比奈の様子が明確におかしくなったのは、新学期初日の昼休憩後からだ。話しかけても返事をしてくれかったり、目が虚ろになったりしていたのが、記憶に残っている。その原因がまさかいじめとは想定外だ。


「なんで、朝比奈さんが......」


 朝比奈がいじめを受ける。それは誰にとっても、なかなか想像のつかない光景。

 そもそも朝比奈は、女子グループの中でもリーダー的ポジションに就く女。それを成しえられるのは、彼女が今まで築いてきた信頼と、相応のカリスマを持ち合わせているからだ。


 朝比奈は、女の中では強い。

 グループの中だったら、彼女の敵に回れるものなんていない。

 だから、にわかには信じがたい話なのだ。


「......今考えたって仕方ないですね」


 どうしていじめる側から、いじめられる側に。

 疑問は絶えないが、無駄に頭を使って注意を散漫させている場合じゃない。

 もっと、目を凝らせ。

 朝比奈を見つけ出せ。


「琥珀! 俺三階見てくるから、琥珀は四階見てきて!」


「分かりましたっ。見つからなかったら、私も三階に向かいます」


『じゃ、じゃあ私は二階行ってきます!』


 効率よく探すため、分散して朝比奈を探すことにする。この校舎は四階建て。一階には居ないことを確認したので、あと三階分だ。


「――待ってろよ、朝比奈」



***




 バチンっと、弾けた音が茜色の空に響き渡った。


「――いい加減、認めろっつってんでしょ。裏切者」


 頬を赤く染めた朝比奈は、しりもちをついて、拳をぎゅっと握りしめた。三人の友達に――否、三人の女に見下ろされ、朝比奈はただうつむいて黙っていることしかできない。そしてそれは、朝比奈にとってあまりにも屈辱だった。


「アタシら美結のこと信じてたのに、陰でこそこそアタシらを晒して、笑いものに仕立て上げてたなんてさ。やってることがマジで陰湿でびっくりしたわ」


「......やってない」


「あ?」


「やってないって、言ってるの」


 朝比奈は何もしていない。

 ここで認めてしまったら、すべておしまい。陰で蠢く何者かの思うつぼだ。

 だから朝比奈は断固として冤罪を認めない。


 どれだけ辛くても、苦しくても、この胸にある無駄に高いプライドはまだ腐っちゃいないから。


「ほんっと、往生際悪すぎだろ!」


「うっ」


 突然スクールバッグを、無防備な朝比奈に投げつけてきた。間一髪で頭を伏せて、顔面直撃は回避する。その代わり、後頭部に重たい衝撃が加わった。そこはつい最近まで怪我をしていた部分なので、ずきんずきんと強く痛む。


 精神的な辛さに加えて、物理的な辛さも追加される。おかげで、泣き叫びたくなるほどの絶望の闇が心を覆った。


(......星宮も、こんな気持ちだったのね。はは、めっちゃつらいじゃん、これ)


 ふと、琥珀をいじめていたときの記憶を思い出した朝比奈。よくよく考えてみれば、今のこの状況はあのときとまるで同じ。琥珀に、冤罪をかけて、理不尽にいじめて、心に沢山傷を負わせて。それが全部そのまま自分に返ってきたのかもしれない。


(......)


 加害者もつらかった。でも、被害者の方が何十倍もつらいって今なら分かる。これはまさしく地獄だ。

 

「――はぁ」


 ため息が出る。

 こんな最低最悪な仕打ちを受けて、本当に吐きそうだ。


(てか、なんで私はこんな......)


 ふと、自分が今、三人からいじめられている惨めさについて、冷静に考えてしまった。

 そして気づく。

 屈辱だとは思うが、歯向かいたいとは思えないことに。

 

 昔の朝比奈は、誰に対しても高圧的で、傲慢で、沢山敵を作り、自分のプライドが傷つけられることを何より嫌う、周りから面倒くさいと思われるような存在だった。


 そんな女が、何故こんなあっさりと絶望に屈してしまっているのか。


(......あぁ)


 答えは簡単だ。

 朝比奈は丸くなってしまったのだ。

 北条に良いように利用され、琥珀、庵への罪悪感を胸に背負い、甘音に諭され――昔の自分を消されてしまった。


(そっか。私、星宮みたいな弱虫になっちゃのね)


 そう。あの頃の琥珀を、今の自分と比べたら――、


(......いや、私は星宮以下ね。てか、今の星宮は別に弱くないし)


 首を振り、朝比奈は思考を改めた。

 琥珀を見下せるほど、今の朝比奈は強くない。

 きっと今の琥珀が朝比奈の立場なら、こんな些細な絶望なんて笑い飛ばす――ことはないだろうけど、きっと余裕で乗り越えていく。

 

 北条という存在を乗り越えた琥珀は、もう弱虫でもなんでもないから。


「――」


 じゃあ、朝比奈はこのままでいいのか。

 未だ北条の呪縛に支配されて、罪悪感に怯えて、過去の自分を恐れて。そんなのが、朝比奈美結でいいのか。もっと、自由に、自分らしく、生きたくないのか。琥珀にまで見下されてもいいのか。

 

 答えは決まってる。



「――いちいちうっさいのよ。あんたらはさぁ」


「は?」



 朝比奈は腰を上げ、声を荒げながら、二本の足で堂々と立ち上がった。吹き荒れる春風が、彼女らのスカートを揺らす。朝比奈は藍色のツインテールを揺らしながら、二ッと作り笑いを浮かべた。


「三人寄ってたかって私一人をいじめんな。ほんと、腹立つ」


「何? 開き直り? がちきしょいんですけど」


「はい開き直りですけど。てか、きしょいのはあんたら三人ってことに早く気づいた方がいいわよ」


 朝比奈の挑発的な物言いに、空気が一変する。

 三人のうち二人はおでこに青筋が浮き出ていて、今にも殴りかかられそうだ。ちなみに朝比奈は喧嘩は一切得意ではないので、三人のうち誰が襲ってきても負けてしまう。

 

 でも、それでも朝比奈は今興奮していた。

 物怖じせず、誰にも屈しず、自分の言いたいことを全部言って、歯向かっている。

 恐怖よりも、圧倒的に興奮が勝る。


 そう、これだ。

 これが本来の朝比奈美結。

 宇宙一プライドが高くて、傲慢で、どうしようもないほどにバカな女が、私なのだ。


「このばーか。あんな分かり切った嘘を見抜けないほど、あんたたちは情弱なのね。私は、あんたたちの悪口を掲示板に書き込むほど暇じゃないのよ。てか、あんたらに言いたいことがあるなら面と向かって言うっての」


「ねぇ、いきなり何。急に元気になったと思えば、今度はあたしらの悪口? マジで殺すよ?」


「あんたらが私に裏切者だのクズだのゴミだの言ってきたから、私も言い返してるのよ。さっきまであんたたちがしてたことなのに逆ギレですか?」


「は――」


 もう朝比奈は止まらない。止められない。

 北条の呪縛が解け、どんどんと過去の自分が剝き出しになる。

 きっと今なら何をされても、この心は最後の最後まで朝比奈らしく光り輝き続けるだろう。もう誰にも屈したりしないと。私が一番なのだと、そういう新しい野心も秘めながら。


「てかあんたら私に謝りなさいよ。私に沢山暴言吐いてすみませんでした。もう一生しませんって、土下座して? そうしたら――」


「一回口塞げや!」


 突然距離を詰められて、首根っこを掴まれてしまった朝比奈。とりあえず、呼吸ができなくなってピンチになった。せっかく上機嫌に喋っていたのに、それも中断されてしまう。


「マジで、殺そうか? もうほんと、このまま殺したい気分なんだけど」


「っ......やっ.......て、み......さい、よ」


「ッ!」


 絶対絶命のピンチなのに、朝比奈は首を絞められながら小さく鼻で笑った。その態度が、相手の怒りを最高潮にぶち上げる。


 握力が強まり、さすがに朝比奈の表情が歪みかけた瞬間だった――、



「――朝比奈さん!? そこで何してんだ!」


 

 風が吹き荒れる屋上でもよく通る、爽やかな男の声が背後から飛んできた。その瞬間、朝比奈の首は解放され、衝撃でそのまま尻もちをつく。今日はよくおしりを痛める日だ。


「......かほっ。けほっ」


 咳をして、一度呼吸を整える。それから涙で滲んだ目を制服の袖で拭い、背後から駆け寄ってくる男の正体を確かめた。


「っ。あ、あんたって......」


「大丈夫? 朝比奈さん」


 そこに居たのは、先生でも、庵でも、琥珀でもない、誰にとっても想定外な人物だった。朝比奈はこの前の祝勝会で一度会っているが、それっきりの、ほとんど面識のない男。でも、初めて会った時から、優しくて、頼りがいがあると思っていた好印象の同級生だ。


「君たち、なんで朝比奈さんにこんなことしてるの」


「なんでって.....!」

「てかあんた誰よ。美結の知り合い?」


 彼は、朝比奈の前に立ちふさがり、三人に圧をかける。放たれる言葉には確かな重みがあり、絶対に朝比奈を守るという意思を感じられた。そんな彼の大きな背中を見て、朝比奈は呆然とする。


「黒羽、くん」


 黒羽暁。

 名前は、確かそう。

 庵と琥珀の友達で、北条と同じテニス部。


 朝比奈はそれくらいのことしか暁のことを知らないし、暁にとっての朝比奈も、知り合いにちょっと毛が生えた程度の存在なのだろう。

 だが、それでもこの場に一番に駆けつけて来てくれたのは暁だった。そしてその事実は、朝比奈の胸を強く打っていた。


「朝比奈さんもう大丈夫だから。安心して」


「う、うん」


 暁は朝比奈を安心させてから、女子三人を強く睨みつける。

 普段は温厚な彼が、今は拳を握りしめ、明らかに怒りを滲ませていた。


◇宝石級美少女tips◇


庵に会いたいとき、庵と暁が二人でいると割り込めず困ってしまう。



今回の話もずっとやりたかった展開です。

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