◆第20話◆ 『宝石級美少女の噂』
天馬家マッケンジー脱出大作戦を終え、土日の休みを終えた。次に始まるのは憂鬱な週の始まりだ。
現在、庵は四限目の授業である理科を受けていた。今日の授業内容は理科室で実験。庵の耳に周囲の興奮したような騒がしい声が沢山届く。
「ちょっと庵。起きろって」
理科室の机に突っ伏して大胆に寝ているのは庵。昨日、夜遅くまでスマホを弄っていたことが原因で授業中に異常な睡魔に襲われたらしい。見かねた暁が庵の肩を揺さぶる。
「......まだ授業中だろ。なら寝させてくれ」
「はぁ......もう終わってるんだが」
「うぇ?」
体を起こして辺りを確認すれば、ぞろぞろと理科室から退出していくクラスメイト達。どうやら授業時間五十分を全て睡眠に費やしてしまったらしい。たまたま目が合った先生に呆れられた眼差しを向けられてしまう。
「あぁ、もう昼御飯の時間かぁ。行くか、暁」
「庵、そろそろ成績ヤバくない? お前この前のテスト何点だよ」
「ギリギリ赤点回避できなかったくらい」
「それを赤点と言うんだよ。もっと勉強した方がいいぞ。帰宅部なんだから時間は山ほどあるだろ」
「あーあー。耳が痛い」
暁の言葉をガン無視して庵は席から立ち上がる。ついさっきまで寝ていた為、頭が若干ふらふらとするが気にすることなくおぼつかない足取りのまま理科室から出た。後ろから呆れた顔する暁も後をついてくる。
「はぁ......庵は中学の頃から全く変わらないね」
「ふわぁぁ......ん? そうか?」
「そうだよ。いつになったらその怠け癖は治るんだか」
「悪かったな、怠け者で」
庵が授業中に寝ることは別に稀なことではない。最早通常運転といっても過言ではないくらいに、庵の普段の授業態度は不真面目そのものだった。いつもそれとなく暁が注意してくれるが、庵がこの癖を治す気がないのは薄々察していることだろう。
しかし、暁は呆れながらもずっと対等に庵を友達として見てくれている。流石、性格イケメン女子モテモテ男くんと言ったところか。心が寛大だ。
それから暁と雑談をしながら教室へ向かうが、その間にちょっとたハプニングが起きる。
「......あ」
一人の女子生徒に出会った。廊下の先、雪色の髪を靡かせる宝石級の美貌がこちらへ歩いてくる。そう、星宮琥珀だ。
「そんでさ、絶対やられたって思ったらそこで俺のスマッシュ攻撃が相手に......庵、聞いてる?」
「......」
隣で暁が何か言っているが、庵の頭には一切入ってこない。その理由は突然の星宮との遭遇にある。庵と星宮は互いに別クラスであるため、交際関係になってから学校で見かけるのは今日が初めてだった。
星宮も庵たちの存在に気づいたのか、ちょっとだけピクッとした反応を見せる。庵と星宮の視線が合った。
「......」
「......」
しかし合った視線は直ぐに外され、そのまま庵と星宮は何事もなかったかのように通り過ぎていった。ふわりと甘い香りが星宮の髪から匂う。しかしその香りは直ぐに消え去った。
天馬庵と星宮琥珀の交際ルールその三、交際関係は二人だけの秘密。
危うく暁の前でボロを出すところだった。息の詰まるような緊張感から解放される。謎に握りしめていた拳が解けて、染み出た手汗がすーすーとした。
「んっ。今さっきの星宮さんか」
暁が後ろを振り返ってぽつりと呟いた。興味の無さそうな、何気ない呟きだ。
「あの人、なんでいつも一人でいるんだろうなぁ」
「え?」
何気ない暁の独り言。しかしその内容は庵の興味を大きく引いた。あからさまな反応を示した庵に、暁が「ん?」と視線を合わせてくる。
「知らないの庵? 星宮さん、あんなに色んな人から持て囃されてるのに友達がゼロなんだって。これは噂だけど、星宮さんって自らクラスメイトと距離取ってるらしいよ」
「......へぇ、そうなのか。あの星宮が。なんか意外だな」
「だろ? 僕はてっきりお嬢様気分のカースト高めの人、とかいう偏見持ってたけどこの話聞いてビックリしたよ。なんであんだけ恵まれた容姿を持ってるのに友達の一つや二つを作らないんだろうね」
「そう......だよな」
急に暁によって聞かされた星宮の学校での振る舞い。それは庵にとって耳を疑うもの......ではなかった。
以前、二人でカフェに行ったとき星宮は言っていた。『私には友達と言える友達はいませんから』と。この発言と今聞かされた星宮の噂はあからさまに繋がってくる。
半信半疑ではあったがこれで確信に変わる。どうやら本当に星宮は学校で友達を作っていないようだ。
「ま、俺らは星宮さんと接点があるわけじゃないし関係無い話だよ。さっさと昼御飯食べるか」
そうして星宮の話題は終わる。ただ、この話を聞いて庵はすっかり眠気が取れてしまっていた。
第一章はもう数話で終わりです。無論、つまらない終わり方をするつもりはありません。