◆第2話◆ 『宝石級美少女は改めてお礼が言いたいそうです』
星宮の命を救った日、庵はいつも通りに学校を終えて自宅(一軒家)に帰宅していた。
まったく自慢にならないが庵は中学のころから帰宅部所属であり、クラスでの立ち位置は万年陰キャ。友達がいないかと聞かれれば嘘になるが、自信を持って友達と言える人間はたったの一人しかいない。
でも今の状態に庵は不満を持っていない。最低限の話し相手と、出来るだけ多くの自分の時間が確保できればそれでいいと思っていた。
そして今庵が何をしているかと聞かれれば、帰宅部の部活動を精一杯頑張ったあとのブレイクタイムを楽しんでいると答えるだろう。具体的に言ってしまうと、スマホで動画を流しながら漫画を読むという駄目人間の極みみたいなことをしていた。
今日は自宅に親がいないので、普段通りのだらしなさに拍車がかかっている。
「......んぁ」
寝転びながら漫画を読んでいる最中、ピンポンと軽快な音――家のインターホンが鳴った。あいにくと今家に親が居ないので仕方なく居留守を使うことにする。
「......」
だが、そとあと何回もインターホンが鳴るのでさすがの庵も居留守を使い続けることに罪悪感を感じ出した。今日誰かが家にやってくる予定も配達が届く予定も何も聞いていなかったのだが、一体誰が家に用があるのだと言うのだろう。
憂鬱ではあるが、重たい腰を上げて玄関まで向かっていく。
「......はい。すみませんけど、今家には親がいないのでまたの機会に」
扉越しに庵はとんでもなく失礼なことを言ってのけた。
まず最初に相手の用件を聞けばいいのに、相手の声一つも聞かずに勝手に話を終わらせようとしてしまう。早く漫画の続きを読みたい気持ちがつい早まってしまったのだ。
でも、扉の奥にいた『女子』は帰らなかった。
「あ、天馬くんですか?」
「え?」
不意に聞こえた声はとても聞き覚えのあるもの。
「もしかして星宮?」
「はい。そうです。もしよかったらこの扉を開けてもらえませんか?」
「あ、ああ。分かった」
言われるがまま玄関の扉に手を伸ばし、鍵を外して扉を開く。
扉の先には今日の朝会ったばかりの宝石級美少女――星宮琥珀が立っていた。突然の再会に庵は目を丸くするも、星宮の表情は至って平坦なもの。
「えーと......星宮? なんか俺に用か?」
「今日の朝、私を助けてくれたことについて改めてお礼が言いたくて来ました」
「ああ、なるほど」
手短に用件を伝えてくる星宮に、どう言葉を返すべきか頭を悩ませる。
陰キャの家に現れた宝石級美少女の星宮。傍から見たらとんでもなくカオスな光景だ。こんな様子を誰かに見られようものなら瞬く間に学校に噂が広まって、一躍時の人となってしまう。もちろん庵はそんなことを求めてなんかいない。
なので、申し訳なさはあるが星宮には帰ってもらうことにする。
「礼なら朝も聞いたしもういいよ。わざわざありがとな」
若干強引に話を終わらせようとすると、星宮が「待ってください」と庵の腕を強く掴んだ。服越しとはいえ、美少女に素手で触れられて庵の心臓は大きく鼓動を打つ。
あまりにも大胆な星宮の行動に、庵は完全に動きが停止してしまった。
「今日の朝は私も気が動転していて上手くお礼が言えなかったんです。だから、改めてお礼を言わせてください。私、本当に天馬くんに感謝してるんです」
「あー、分かったからとりあえず腕離してもらっていい?」
「あ、はい。急に触ってごめんなさい」
「いやいや、別に気にしてないから」
どこかぎこちない会話をして、掴まれた腕を離してもらった。
しかも星宮は庵と比べて頭一つ分くらい背が低いので、さっきから星宮の視線はずっと上目遣い。星宮が狙ってやっていることではないと思うが、どうしても心臓がばくばくと音を立ててしまう。
これ以上星宮と話していたら心臓が爆発してしまいそうなので、余計な意地を張らずに早く礼を言わせて帰らせるべきだろう。
「まあ、そんなに俺にお礼が言いたいなら別に聞くけど......」
「はい。では長くなると思うので、家に入れてもらっていいですか?」
「はい?」
なんの悪意も含まれていない瞳をしながらナチュラルに「家に入れてもらっていいですか」と、そう言った星宮。
こんなありとあらゆる欲求が活発な時期である高校生男子に、宝石級美少女は何を仰っているのだろうか。もちろん庵は星宮に対して何かするつもりは一切ないが、家に入れるのはモラル的に良くない。良くなさすぎる。
「あー、俺の家はさすがにまずくないか? 今家に親いないし、何が起きるか分からないというか......」
「天馬くんは私に何かするつもりなんですか?」
「いや、そんなつもりはまったくないけど」
「なら問題ありません。大丈夫です」
問題あります。大丈夫じゃありません。
ずっと悩むような仕草を見せていると、星宮が整った眉を寄せる。庵の反応が芳しくなく、不安にさせてしまったのか。
「あの、急にこんなこと言って迷惑でしたか? 迷惑だったのなら謝ります」
「いや、星宮は何も迷惑じゃないよ。ただ急すぎて驚いたっていうかなんというか」
すごく儚い表情でこちらを見てくるので、とてつもない罪悪感に襲われてしまう。
こんな悲しそうな瞳に見つめられてしまえば、もう追い返そうなんて考えは完全に消え失せてしまった。これだから宝石級美少女は困る。
「......星宮が大丈夫なら家に来てもいいけど、用が終わったらすぐに帰れよ?」
「本当ですか? 私のためにありがとうございます」
「どういたしまして」
ぺこりと腰を折る星宮。結局、用が終わったらすぐに帰ってもらうという条件付きで家に招き入れることになってしまった。
幸い、オッケーを出したら少し暗くなっていた星宮の表情が若干明るくなったので安心する。どうやら宝石級美少女は微笑むだけでも絵になるらしい。
「じゃあどうぞ」
「失礼します」
学校の人気者である宝石級美少女――星宮琥珀を庵の家に入れてしまった。ふわっと香る星宮の甘い匂いが鼻腔をくすぐって妙な罪悪感を抱いてしまう。
とりあえず今は、出来るだけ冷静を保って星宮と対話ができるように頑張ろうと意気込んだ。
誰もが認める美少女が家にやってくる......そんな夢みたいなシチュエーションです