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◆第19話◆ 『天馬家マッケンジー脱出大作戦』


 もうすぐ時は正午になろうとしていた。庵も星宮も昼御飯の時間が近づいてきたので、そろそろ解散しようという空気になる。


「天馬くん。もしよかったらこれをどうぞ」


「ん?」


「クッキーです」


 トートバッグから袋のような物を取り出して、それを星宮は庵に手渡した。手渡された物はラッピングされた袋に包まれたクッキー。まさかと思い、庵は目を見開く。


「えっ。ありがとう......て、手作りでしょうか?」


「いえ、お店で買ってきました」


「あ、なるほど」


 勝手な期待を抱いたが、現実はそう甘くはない。よく見れば値札のシールが剥がされた痕が微かに残っている。見てはいけないものを見てしまった気分だ。


「ありがとな星宮、後で食べるよ」


「はい。天馬くんのお口に合えば幸いです」


 普段から安い菓子を寝ながらボリボリと食べてる庵なので、このようなちょっと高そうなクッキーが口に合わないわけがない。このクッキーもおそらく今日の庵の漫画のお供となるだろう。


「それじゃあ帰ろうと思うんですけど......どう帰ればいいでしょう」


「あー。そうだな」


 今から星宮は天馬家から出るわけだが、出るにあたって一つの問題がある。無論、青美の存在だ。星宮を家に入れた時は何故か見つからなかったが、出るときに見つかる可能性は十二分にある。


 どうやって星宮の存在を悟らさせずに青美の目から逃げられるか、庵は顎に手を当て頭を悩ませた。


(おそらく母さんはリビングでテレビを見ているはず。リビングの位置から玄関の様子を見るのは不可能だよな。万が一が起きない限りは何の問題もなく星宮を帰すことができる......のか?)


 青美がRPGの敵のように家を徘徊していない限り、天馬家の構造上、無事に星宮を帰すことが可能のはずだ。しかし万が一という可能性もある。その万が一が庵の決断を鈍らせた。


「......ま、多分大丈夫だろ」


 決断を鈍らせた結果、放った言葉はフラグ発言。ゲーム内であれば大丈夫ではないことが約束された発言だった。しかし流石に庵も無策で玄関まで星宮を連れていくわけではない。



***



 ――『天馬家マッケンジー脱出大作戦』。それが、星宮を天馬家から脱出させるために考えた作戦名だ。


「これより天馬家マッケンジー脱出大作戦を始めるぞ。星宮、ついてこい」


「急に変なこと言いますね」


「ぐはっ」


 ノリが悪い星宮に庵は少し傷つく。変なこと言ってる自覚はあったのでそこまでダメージは大きくないが。


「おほん。それじゃあ、行くぞ」


「はい」


 気を取り直し、庵は星宮の前に立つ。その光景はまるでヒロインを背に庇う勇者。ぎしぃと足元の床が不快な音を立てた。


 一歩、階段の段差に足を踏み出す。青美の姿は視界には映っていない。


「......」


 安全を確認した上、庵は星宮に手で合図を送った。すると後ろからちょこちょこと星宮がついてくる。そう、これが天馬家マッケンジー脱出大作戦。念に念を入れた、庵発案の作戦内容だ。


(......よし、母さんは居ない)


 青美の存在の有無を確認し、再び星宮に合図を送る。これを何度も繰り返して玄関まで辿り着く算段だ。今のところ異常は無し。二人の緊張感がみるみる大きくなっていく。


「......このままっ」


 ついに二人は階段を降りきることに成功。残すは玄関までの少ない道のりだ。青美が現れる気配もしないので、庵にも心の余裕が生まれる。


(いけるっ。いけるぞっ)


 心の中でフラグ発言を大量に放つ庵。余裕が生まれると、人間は油断をしやすくなってしまう。今の庵はまさにその状態だった。


 気持ちが早まり、深く辺りを確認せずに星宮に合図を送る。


「ここまでくれば、もう――」


 最後の最後までフラグ発言をして、そしてようやくフラグは回収された。


(!?)

(えっ)


 突然二人の耳に聞こえたのは水の流れる音だ。音が聞こえたのは庵のすぐ横にある扉から。その扉はトイレだった。トイレの流れる音が、トイレから聞こえたのだ。つまり――、


(ヤバいヤバいヤバいっ。なんで母さんがトイレにっ)


 青美がトイレに居るのは全くの想定外。しかもトイレの流れる音が聞こえたということは、もうすぐ青美がトイレの扉を開けて出てくるということだ。


 流石に青美がトイレから出てくる前に星宮を玄関から出させることは不可能。靴を履いている間に見つかってしまう。つまりどこかへ星宮は一時避難をしなければならない。


「ふんふーん」


 聞こえる青美の鼻歌。トイレの扉ががちゃりと音を立てた。


 ここから出てくるのは敵。この天馬家マッケンジー脱出大作戦においての最大の敵だ。この敵に見つかれば全ての作戦が水の泡。庵は歯ぎしりをする。最早、背に腹は代えられなかった。


「っ。ごめん星宮っ」


「えっ? 天馬く――きゃっ!?」


 庵は星宮の脇に手を回して強引にその華奢な体を抱える。小さく叫び声を上げた星宮を抱えたまま、庵はトイレの反対側にある扉のドアノブに手をかけた。


「っ」


 扉を開き、庵は星宮と共に部屋の中に入る。入ったのは天馬家の物置部屋だった。そして直ぐに扉を閉める。バランスを崩した星宮が床にある新聞紙の山に尻餅をついた。


 庵は物置部屋の壁に、息を吐きながらもたれ掛かる。


「ふぅ......」


 扉越しに青美がトイレから出ていく音が聞こえる。足音も段々と遠ざかり、どうやら最悪の事態は免れたようだった。


 天馬家マッケンジー脱出大作戦。一瞬危うい事態となったが、なんとか無事に終えられそうな様子。安堵の溜め息を吐いて、庵は星宮に苦笑いを浮かべる。


「危なかったな、星宮。もう少しで――」


 そこで庵の開いた口は止まる。睨み付けるような星宮の視線に気圧されたことが理由だった。顔を赤くした星宮が、若干瞳を潤ませながら言葉を放つ。


「一体どこ触ってるんですかっ。最低です。酷いです天馬くん」


 天馬庵と星宮琥珀の交際ルールその一、過激なスキンシップは禁止。仕方ない状況とはいえ、庵は星宮の脇を無断で触ってしまった。女子側からしたら許しがたい行為だろう。


 その事を今更気がついた庵はその場で土下座した。どうやら天馬家マッケンジー脱出大作戦は別の方向で失敗したようだった。



次回から第1章の詰めに入っていこうかな、と

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