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宝石級美少女の命を救ったら付き合うことになりました  作者: マムル
最終章・前編

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◆第179話◆ 『I know』


 反論しようと、とっさに口だけが開いた。でも、そこからは空気が漏れ出すだけで、何も言葉は出てこない。朝比奈の心はこんなにも琥珀の言葉を否定したくてざわついているのに、何も言い返せなかった。


「私には朝比奈さんの気持ちが分かります。逆を言えば、朝比奈さんも私の気持ちが分かるってことです」


「――」


「私がずっと北条くんに執着されてたこと。その辛さが朝比奈さんにも分かるから、今こうやって私にすごく罪悪感持ったり後悔をしてるんじゃないですか。――朝比奈さんも、同じなんですから」


「――っ」


 お互いの持つ共通点。そこから生まれた感情の辛さは、この二人だけが理解できること。言語化できないほどの辛く苦しい心の叫びも、言葉を交わさずに直感で分かりあえる。


 そんな簡単なことに、なんでもっと早く気づけなかったのだろうと、琥珀は小さく口元に笑みを含ませた。


「そうですよね」


 朝比奈が何故、ここまで苦しんでいるのか。琥珀にはよく分かる。

 琥珀が一体、どこまで苦しんでいたのか。朝比奈にはよく分かる。


 涙を拭って、呼吸を整えた。


「......とにかく、一度冷静になってください。これからのことは、ちゃんと近いうちに話しましょ」


 琥珀の言葉に押し黙っていた朝比奈。


 そんな彼女に、冷静になれと、またもや同じ言葉をかけられる。さっきは感情のままに琥珀を怒鳴りつけたが、今はその力が体に入らない。琥珀の言葉に、どこか納得がいっている自分がいるからだ。そんなの知ったことかと払いのけれないほどに、筋が通っている。


「朝比奈さんは、優しい人ですよ」


「っ。そういうの、やめてよっ!」


 琥珀が朝比奈の心を解そうと、本心から言葉を伝える。しかし地団駄を踏んで突っぱねられた。


「あんたは......あんたは被害者で、私はその加害者。どんな背景があっても、その事実は変わらないの。だからいくら綺麗事を言っても無駄よ」


「無駄じゃないですし、言ってることも違います。私も、朝比奈さんも、被害者であって加害者ですよ」


「っ。どこまで、あんたはお人好しなのよっ。私に被害者を名乗る権利なんて――っ」


「朝比奈さんは、加害者の濡れ衣を被せられた、被害者です」


「あぁもうっ!」


 形勢が変わり、今度は朝比奈が押されていく。このままでは埒が明かない気がして、朝比奈は今一度琥珀の眼の前に歩み寄り、胸元を掴んだ。ほぼ身長差のない二人は、同じ目線で激しく火花を散らした。


「いい? 星宮。私は、あんたを屋上に呼び出して集団でいじめたとき、何の罪悪感も抱かなかった。私は、私の指示で北条くんにあんたの彼氏のお母さんを殺させた。そしてあんたのお友達の小岩井も私が私の意思で放課後に襲って不登校を強いらせた」


「――っ」


 また――また朝比奈の口から、彼女が過去に犯した悪事について、今度は詳しく聞かされる。これにはさすがの琥珀も、頬を硬くした。


「こんな女を、あんたは未だに優しい人だの被害者だのふざけたこと抜かしてんのよ。いい加減、目を覚ましなさいよっ!」


 朝比奈は怖い。彼女の怒った声は、いつも琥珀の小鳥の心臓を震え上がらせる。今だって、逃げたくて逃げたくて仕方がないのだと思う。でも、負けたくないって思う自分がどこかにいるから、言い返す。


「ち、がいますっ。全部が全部、朝比奈さんが悪いわけじゃないですっ。嘘つくの、やめてください」


「は? 嘘。どこが?」


 朝比奈は、嘘をついている。琥珀はそう断言した。朝比奈が嘲笑うかのような態度で、そう思う根拠を求める。


「――だって朝比奈さんは、北条くんみたいに、人の命を軽く見たりしない。優しいところもあるし、あなたはまともな人なんですっ。朝比奈さんは、北条くんとは違う!」


「......は? 人の命を軽く見ない? 私のせいで、あんたの彼氏の親が死んだけど?」


「だから、それが嘘ですよ。――それは絶対、朝比奈さんのせいじゃない」


 そう琥珀が口にした瞬間、朝比奈が息を飲んだ。その確かな反応に、琥珀は確信を得る。庵の母親、青美が殺された背景に、朝比奈美結という女は何も関与していないということに。


「なんで......なんで根拠もなしに、そんなことペラペラ口にできるのよ」


 事実として、朝比奈は庵の母親の殺害に何も関与していない。実際は、庵への復讐をしたくてその願いを北条に託した結果、彼が勝手に庵の母親を殺害してしまったのだ。庵の母親を殺害したのは、朝比奈の意思ではなく、間違いなく北条の意思。朝比奈は庵の母親を殺害する適当な理由付けに利用されただけなのである。


「なんでって」


 その他の悪事も、許されないことをしたとはいえ、すべて北条の責任の比率が重いものだと確信している。琥珀は、朝比奈の気持ちが分かるから信じていた。



「だって、朝比奈さんが本当にそんなひどいことをする悪い人だったら、今こうして私に泣きついてくるわけないじゃないですか」


「――っ」



 朝比奈が、拳を握りしめる。何かが、決壊していた。今まで抱え込んでいたものが溢れかえり、津波のように押し寄せて胸の中で暴れまわった。していたはずの覚悟がほどかれ、訳のわからない感情にそそのかされる。


 その場に立っていられなくなって、がくりと琥珀の前で膝を折った。


「......なんでっ、なんでよっ! なんで、私に逃げ道を作ろうとするのっ! せっかく、せっかく楽になれるって、そう思ってあんたに話したのにっ。なんで私を許そうと、するのよっ!」


 覚悟を決めて、今ここで決着をつけようとしたのに。絶対に自分が正しいと思って、問い詰めていたのに。いつの間にか、揺れている自分がいた。


「やめて......やめてよぉっ!」


 今、眼の前にいる琥珀が怖い。言い返せない自分が気持ち悪い。何もできない自分が恥ずかしい。さっきまで確かな信念を持ってここに立ってたはずなのに、どうして今泣きじゃくってるんだろう。なんで、なんで。


「他の人は、分かりません」


「......っ」


「でも、私だけは、朝比奈さんを許してあげられます。今まで私にしてきたひどいことは、全部水に流してあげます」


「そんな、都合の良い話......っ!」


「ありますよ。私と朝比奈さんだから、あるんですよ」


 私と、朝比奈だから。

 そんな琥珀の言葉に、朝比奈は何も言い返せれなかった。


「あなたが本当にすごい悪い人だったら私も許せなかった。でも、そうじゃなかったんです。あなたも、私と同じ被害者だった」


「......ぅ、あ」


「情状酌量の余地があるからとかじゃなくて。私は、私のエゴで、朝比奈さんを許したいんです」


 琥珀の言葉は優しい。一つ一つが傷口に染みてしまう。

 だから、だからそんな真剣な目を向けないでほしい。自分は加害者だと、そう思わせてほしい。許したいなんて言わないでほしい。傷口が痛いから。


「もうっ、もうっ......なん、でよ」


 ずっと罪悪感を抱いていた女に、違う角度からまた心を揺さぶられて、感情はもうぐちゃぐちゃ。

 自分の目的が何なのか、それすらも分からなくなってきた。


 でも、それでも抵抗したくて、朝比奈は最後の力を振り絞る。


「わたっ、しはどうしようもないバカなのっ! あんたがそうやって私を許してくれても、また私は同じようなことをしちゃうかもしれないっ。だから、けじめを、つけたいの」


「――」


「あんたの、言ってることは分かる。私のことが分かるってもの、納得した。でも、それとこれとは別。あんたに......あんたに許されちゃったら、私は、私は......」


 声は弱々しく震えていた。

 それに反し、今の朝比奈の言葉には分厚い想いが乗っかている。上っ面だけじゃない、本当の気持ち。そのすべてが剥き出しになっている。


 琥珀は、それが嬉しかった。

 やっぱり信じてよかったと、そう思えた。


 だから、朝比奈の気持ちを裏切る。


「私だけは、朝比奈さんを許しちゃいます。もう決定です」


「......あぅ」


 朝比奈の願いは虚しく、宝石級の微笑みと共に、あっけなくも拒絶された。

 恐怖か、絶望か、怒りか、虚無か、朝比奈の紫色の瞳が複雑に揺らめく。きっと、プラスの感情ではないことは確かだ。この裏切りがどれだけ朝比奈の心を傷つけたか、それは分からない。


 でも、これでいいって琥珀は確信している。


「あと、私とっても優しいんですから。だから庵くんにも、星宮は遠慮しすぎってよく言われてます。あ、でも遠慮と優しいは、ちょっと意味合いが違うかもしれませんね」


「――ばか。ばかっ。何言ってんの。そんなの、優しさじゃない。あんたがしようとしてることは、大馬鹿のすることよ」


 琥珀の言葉を飲み込んだ朝比奈は、少しずつ声量を上げ、やるせない思いに地面を削る。

 朝比奈の言っていることは確かに正論なのだが、それを遥かに上回る暴論が、逃げ道を塞いでしまう。琥珀だからこそできる、”優しさ”の強みだ。


 そして、それは朝比奈にもある強み。


「そうかもしれません。でも、それでいいんです。”優しい朝比奈さん”には、これが一番効きそうですしね」


 空気を緩和させるために少し琥珀がはにかむ。そして、膝を折る朝比奈に手を伸ばし、ゆっくりと立ち上がらせた。また、二人は見つめ合う。お互い、目元が真っ赤で、それがどこか琥珀には可笑しく思えた。


「許すのは私だけです。他の人に自分のことを打ち明けるのも、謝るのも、あとは朝比奈さんの自由です。私はこれ以上、朝比奈さんに責任は求めません」


「――ぁ」


「でも、他の誰かにもどうしても謝りたいなら、そのときは私が手伝ってあげます。絶対、一人じゃ大変ですからね」


「――」


 朝比奈は自分に大きく責任があると勘違いしているから、きっと他のみんなには下手に話してしまう。だからそのときは琥珀が居てあげないといけない。朝比奈を守ってあげないといけない。北条に森に連れ込まれたときに助けてもらった恩返しもしたいから。


 そんな心優しい琥珀の提案に、また朝比奈は表情を崩した。


「あんたは、どこまで......」


 ただ許されるだけじゃなく、それからのことまで手を差し伸べられる。

 そこまでの選択肢を提示されて、明確に気持ちが傾いている自分がいることを朝比奈は認める。さっきまでのどうしようもない罪悪感は、琥珀の優しさに絆されてしまった。


「私は、どうしたら」


 もう、朝比奈は琥珀に断罪してもらえない。これから歩む道は、自分で選ばなくてはならない。でも、進むべき道は、今示された。


「そろそろ、都合の良い話があってもいいじゃないですか」


「......」


「私たち、やっと辛かったことから解放されたんですから、そろそろ幸せになりましょ。ね」


「幸せ、って」


 朝比奈が、深く、息を吐いた。肩は震えていた。


「私なんかが幸せになっていいはずないわ」


「なっていいですよ。私が、許してあげますっ」


 ずっと朝比奈は暗い面持ちだから、琥珀が持ち前の可愛さで笑いかける。その笑みは女子でさえ思わず見惚れてしまうほどだ。しかし、今の朝比奈にはあまり効果がなかったけれど。


「......あんた、ほんとに後悔するよ」


「しないって、信じてます」


「あんたが何を言っても、私は......」


「――」


「私、は」


 体から、力が抜ける。

 言い返そうなんて、もう思わない。思えれない。

 こんなにも、自分のことを分かって、理解してもらえて。


「だから朝比奈さんも、私のこと信じてください」


 認めたくないけど、嬉しくて仕方なかった。


「......」


「――」


「そんなの、ずるい」


 ぽつりと一言こぼし、朝比奈は倒れ込むように琥珀の胸で泣いた。琥珀はそんな小さな少女を優しく抱きしめて「私たち、頑張りましたね」と労いの言葉をかけたのであった。


今回の話は前々から絶対やりたかった展開の一つでした。無事、物語の中に組み込むことができて満足しています。

ちなみにですが、個人的に朝比奈は女性キャラで星宮の次に好きなキャラです。

書いてて楽しい。

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― 新着の感想 ―
朝比奈今までわりと嫌いだったけど最近の話で結構好きになった。すごく好きな回だった。
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