◆第169話◆ 『宝石級美少女はカラオケに行きたくないようです』
天馬庵(備考:音痴。音程を外し、リズムをつかめない典型的な音痴。カラオケは中学生の頃、何度か暁に誘われて行ったことがあるが、暁の友人らしき人物からあまりの酷さに苦笑いされて二度と行かないと決意した)
星宮琥珀(備考:人前で歌うのが苦手。そもそも彼女はカラオケ未経験であり、音楽というジャンルにあまり興味がない。そして人前で歌を歌うということに、過剰なまでの抵抗感を抱いている。中学生の頃の合唱祭では、自分の歌声が隣の人に聞かれるのが恥ずかしくて、口パクで逃げたこともある)
と、お互いそれぞれの理由を抱え、カラオケには強い抵抗感を感じていた。そんな2人に対し、愛利によるカラオケの誘い。庵と琥珀は顔を見合わせて、行きたくないという思いをテレパシーで共感し合った。
――無論、きっぱり断ったのだが。
(正直、カラオケに行くメリットはあるんだよな。歌うのは嫌でも、琥珀の歌は普通に聞いてみたい。琥珀の歌ってるとことか、なかなか想像つかんからな。え、どんな歌い方するんだろ。ヤバい、めっちゃ気になってきた)
「......どうしたんですか庵くん。難しい顔してますけど」
(でも、俺は歌いたくない。俺が歌ったら絶対愛利にバカにされて、琥珀にドン引きされる。悪夢の再来じゃねーか。男子ならまだしも、女子に引かれるのは終わってる)
カラオケに行きたくないという思いは残りつつ、今更、真逆の選択肢が脳内に微かな灯火を宿していた。それは、混在するメリットとデメリットによるもの。
カラオケに行くメリットは、シンプルに琥珀の歌が聞けるということ。琥珀の鈴の音のような声から発せられる歌を、是非とも聞いてみたいものだ。それに、琥珀がどんな歌を歌うかも気になる。
デメリットは、庵の音痴がバレてしまうということ。これに関してはプライドの問題ではあるが、シンプルに恥を晒したくない。それに加え、以前、カラオケは女子が蛙化を起こしやすいという記事をネットで見たことがある。つまり、音痴な庵はカラオケで琥珀に蛙化される可能性があるかもしれないのだ。
「いや、うーん......カラオケかぁ......」
だが、よくよく考え、このチャンスを逃す代償の方が大きいことに庵は気づく。何故なら、これから先、庵から琥珀に『カラオケに行こう』などと誘うのは天地がひっくり返ってもありえないことなので、今ここで逃げたら二度と琥珀の歌が聞けないかもしれない。
――ならばどうするか。行くのか、行かないのか。
(――っ!!!)
瞬間、庵の脳内に電流が走る。ひらめいた。ひらめいてしまった。
(カラオケって確か、絶対に歌わないといけないなんてルールはないよな。2人で行くカラオケならまだしも、今は3人。琥珀と愛利の2人が歌って、俺は”聞く専”に走ればいいのでは!?)
”聞く専”。
それは、歌っている人を聞く専門で参加するという楽しみ方。カラオケに誘われたはいいけど、自信がなかったり、人前で歌うのは恥ずかしいという人が選ぶルートであり、別にマナー違反でもなく珍しくもない参加方法である。
(聞く専なら、俺は歌わなくていいし、琥珀の歌も聞ける。なんなら琥珀の音楽の趣味も分かって最高じゃん! 一石二鳥ってまさにこのことだな)
拳を握りしめ、庵は我ながら自分のひらめきにニヤけてしまう。
愛利のことはしれっと頭から消し、完全に琥珀目当てになった庵。対策も練れたので、もう庵の取る選択肢は一つ。
「やっぱみんなでカラオケ行こう! せっかく愛利が提案してくれたしな!」
「えぇっ!? なんで急に私を裏切るんですか。さっき庵くんも行きたくないって言ってたのに!」
突如、意見を変えた庵に、琥珀が目を丸くする。そしてすごく文句を言いたげな顔で庵に近づき、声を大きくしていた。
「言ってない!」
「言ってましたよ!」
琥珀には申し訳ないが、策ができた以上、庵に”行かない”という選択肢は消えてしまった。琥珀が隣であわあわとしているのを横目に、庵は愛利に親指を立てる。行こうぜという合図だ。
「さっすが庵先輩っ! 珍しくノリ良いじゃん!」
「当たり前だろ。琥珀も、勿論来るよな」
「わ、私歌うのとかほんとににが――」
「よしっ! じゃあさっさと行こ! 庵先輩! 琥珀ちゃん!」
萌え袖で頭を抱える琥珀。その目の前で、庵と愛利が拳を天井に突き上げる。そうして半強制的に、3人はカラオケに行くことになった。
***
――夜道を歩き、たどり着いたカラオケ店。
道中、琥珀の憂鬱な気持ちがだいぶ表情に表れていて、少しかわいそうに思えてしまった。口数も少なく、話しかけても会話のキャッチボールを全然続けてくれない。だが、それでも着いてきてくれた。無理して着いてきてもらっているので、せめて琥珀にカラオケを楽しんでもらえるよう、精一杯の努力はしようと意気込む。
(というか、琥珀はなんでカラオケが嫌なんだ......?)
尚、庵は聞く専に走る気満々なので、特に深いことは考えずに店内まで到着していた。
「DAMとJOYSOUND、どっちにする? アタシはDAM派だけど」
「ごめん専門用語俺分からん」
「私も......」
「いや常識でしょ。――ま、じゃあDAMでお願いしまーす。あ、あとフリータイムで!」
カラオケの常連であろう愛利に全部丸投げして、庵と琥珀はボーッとその様子を眺めていた。それと、まったく関係のないことだが、琥珀の服装がパーカーから外行きのオシャレなものに変わってしまったので、庵は少しショックを感じている。
「部屋151番ね。あ、あとジュース飲み放題アイス食べ放題だから。じゃ、行こっ」
「おけおけ。じゃ行くか琥珀」
「......はい」
さすが常連なのか、番号だけで部屋がどこなのか愛利には分かるらしく、迷いのない足取りで通路を進んでいく。その後ろを、庵と琥珀が並んで追いかけていた。
「――ねーねー、琥珀ちゃんの好きな曲教えてよ」
「私ですか?」
首だけ後ろを振り返った愛利が琥珀に質問を投げかける。それは庵も知りたかったことだ。庵は、琥珀が答える前に答えを想像してみる。
(――琥珀の好きな音楽と想像つかんけど、無難にマ○ロニえんぴつとかあ○みょんとかかなぁ。まぁ、俺みたいにボカロとかアニソンはないだろうけど)
まず、庵は琥珀と音楽の話をしたことがない。庵は曲は割と聞くほうだが、オタク趣味がバレたくなかったので、自分からは音楽の話題を振らないようにしていた。琥珀も、音楽の話題を振ってきたことは一度もない。
2人の視線が、一点に琥珀に集る。琥珀はうーんと難しそうな顔をしていて――、
「......強いて言うなら、YO○SOBIとか、です」
「え」
「え」
まさかの琥珀の答えに、庵と愛利は揃って同じ反応をする。思わずどちらも足が止まってしまい、琥珀は2人の予想外の反応に、少し驚いた様子で一歩後ずさっていた。
「え、えっ。な、なんですか。2人ともYO○SOBI知らないんですか?」
「い、いや知ってるというか知らない日本人居ないと思うんだけど。なんか、あまりにも王道過ぎるってか......琥珀ちゃんからその名前が出るのが意外っていうか.....」
「好きなアニメ聞かれてド○えもんって答えるくらいの、無難すぎて逆に珍しいチョイスだぞ。絶対俺が知らないような外国の曲言ってくるだろうなって、心のどこかで思ってた」
有名すぎて、逆にありえないだろうと勝手に頭から消えていた選択肢。それを琥珀は選んでしまい、2人から「マジか......」といった視線を喰らって、耳まで真っ赤になってしまう。琥珀的には、無難な答えを言えた感触があったのだが、逆にそれが仇となってしまった。
「私、あんまり音楽聞かないんですっ。だから有名なのしか知らないんですよ」
「だとしても琥珀ちゃんのYO○SOBIチョイスはギャップすごいわ。ねー、庵先輩」
「まあ、確かにな」
「そんなに言わなくても、よ、YO○SOBIすごく良い曲じゃないですかっ。もう......」
意外性はあるが、確かにギャップ萌えだ。また、庵は洋楽ヒップホップを聞く人種を必要以上に嫌う人間なので、琥珀がそうではなかったことが分かり、同時に嬉しさを感じていた。
「いや、でも確かにYO○SOBIは良い曲だからな。俺も何回か聞いたことあるし、曲の良さは分かってるつもりだぞ。だから別に琥珀がおかしいとかじゃ――」
「もう触れないでくださいっ! は、早く歩いてくださいっ!」
庵は少し過剰に反応してしまったなと反省し、琥珀を励まそうとフォローするが、顔を赤くした琥珀に背中を押され、遮られてしまった。
「琥珀ちゃんの意外な一面見つかったね」
「ぅ......怒りますよ」
「琥珀ちゃんにならアタシ喜んで怒られるわ」
「......」
2人に散々に言われ、そしていじられてしまい、琥珀が若干不機嫌になってしまう。ただでさえ、無理やりカラオケについてきてもらってるのに、これでは琥珀が少し可哀想だ。
「......」
そう思った庵は、可哀想な彼女のために一肌脱ごうと考える。ここで庵が自分の好きな曲を口にし、オタク趣味全開な曲をチョイスをして愛利にバカにされれば、琥珀も少しは救われるだろう。多分。
「ち、ちなみに俺の好きな曲はリ○ロのOP曲の――」
「庵先輩の好きな曲は興味ないでーす。てかついたよ、部屋」
そうして、庵と琥珀はそれぞれ心に傷を負って、151番の部屋に到着する。真っ暗で小さな部屋が、カラオケ経験者とカラオケ聞く専希望とカラオケ未経験者を出迎えてくれた。
***
――カラオケ部屋室内。
愛利は羽織っていたコートをハンガーにかけ、直ぐにソファに座り、タブレットを手に取った。しかし、残された2人は扉近くでボーッと突っ立ていて。
「あの、電気付けないんですか?」
「んー、アタシは電気付けない派なんだよね。なんかカラオケ感なくなるからあんま明るいの好きじゃないの」
「......そういうものなんですか。暗すぎて、ちょっと怖いです」
琥珀は電気を付けたいようだが、カラオケ経験者の言葉に未経験者は逆らえず、電気は付けないことになった。少しそわそわした足取りで、琥珀も羽織っていたコートを愛利の隣にかける。
「あ、庵先輩暖房付けて。寒いわ」
「暖房? リモコンは?」
「そうじゃなくて、普通に壁に付いてるから。ほら、受話器の横の、そこ」
「そこって......あぁ、これか」
そうして、前から愛利、琥珀、庵の順でソファに座る。愛利は手慣れた手つきでタブレットを操作し、琥珀は慣れない環境からか少しもじもじとしていて、庵は余裕の表情をかまして座っていた。何故、庵が余裕をかましているかというと、聞く専に走る気満々であるからだ。
「――よしっ。んじゃ、誰から歌う? アタシからでもいいけど、先に庵先輩か琥珀ちゃんいっとく?」
誰が先に歌うか。その愛利に問いかけに、庵の脳内に”今だ”と指令が送られる。
「あっ、愛利。俺なんだけど――」
「ん。先、庵先輩いく? おっけー、じゃあタブレット――」
「いやそうじゃなくて、俺今日は”聞く専”にしとくわ。俺は2人が歌うの聞いとくから」
と、愛利の言葉に負けずにはっきりとそう言いきった。その瞬間、愛利は目をパチクリとさせ、琥珀も庵の方に視線を向ける。悪寒が走った。嫌な沈黙が走り、庵は硬直する。
「は?」
「は?」
「え?」
女性陣(琥珀含む)からの冷たい視線と言葉に、庵はそれ以上の言葉を発することができなかった。特に、琥珀からも冷たい視線を向けられるとは思わなくて、庵はようやくカラオケに来たことを後悔した。
最終章ということで、物語完結にむけて色々と準備を進めていくつもりです。
おそらく、高校二年生になった彼らの様子を少し描いた辺りで、物語は完結となるでしょう。
北条という物語において大きな存在が消えた今、もう2人に今まで以上の試練が訪れることはありません。
ですが、ここから先の展開を蛇足にするつもりはありません。
今までの章とは一味違う、最終章の肩書きににふさわしいストーリーを描いていく所存です。
それは、2人の関係の進展であったり、残された問題の解決であったり......です。主に2人の関係の進展をメインに描いていくつもりではありますが。
ではでは、物語は残りわずかではありますが、最後まで良い作品が作れるよう尽力をしますのでよろしくお願い致します(更新頻度がまばらなので、時間的にはわずかではないかもしれませんが)。




