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宝石級美少女の命を救ったら付き合うことになりました  作者: マムル
第三章・後編

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◆第167話・幕間◆ 『北条康弘』

 第三章最終話です。

 ここまで見てくださった読者の皆様、本当にありがとうございました。


 ワタシは、甘音アヤ。

 幼い時に難病を患い、治療法も見つからず、人よりも少ない命であることを昔から知らされていた。


「――かはっ。うぐッ。うっ、おえぇっ」


 突然の発作に怯え、苦しみに耐える毎日。

 幼稚園生だった頃のワタシは、何故突然体が苦しくなるのか理解できず、それが自分だけに起きる現象と知り、とにかく生きるということが怖かった。


「――はぁっ、はぁっ、う、うぐっ」


 生きたくない。死にたい。

 幼稚園生の頃からそんなことを思い続ける毎日は、どれだけ苦痛だったか。


「――はぁー、はぁー、ん、ぐっ」


 でも、そんな地獄の毎日にも希望の光が差した。

 生きる希望を失っていたワタシに、生きる意味を――生への執着を教えてくれた人がいる。


「――はぁー、はぁー」


 彼と出会って、心を動かされてから、自然と発作の回数も症状の酷さも緩和された気がする。

 泣くことが減って、笑うことが増えた気もした。


「――う、ぐぐっ」


 いつからだろう、彼なしでは生きていけなくなったのは。

 彼の存在は、ワタシにとっての生命線。


 彼なしでは、生きていけない。



「――何してるの、ホージョーくん」



 洗面所にぶちまけられた真っ赤な血。

 苦しそうに表情を歪める自分を鏡で見てから、ワタシはキッチンに向かった。



***



 扉を叩く音が耳に届く。来客だろうか、それともまた警察か。視線をボーッと上に向かせたまま、北条は何も返事を返さなかった。


「――入るよ」


 数秒後、何者かが無許可で扉を開き、中に入ってくる。聞き馴染みのある、透き通った声。黒羽暁くろばねあきらだった。


「なんだ、普通に居るじゃん。返事ぐらいしろよ」


「今はそんな気分じゃねーんだよ。さっさと失せろ」


「失せろ?」


 目も合わせようとしない北条の態度に、暁の表情が強張る。


「あぁ、失せろ。てか、お前と話すことは別に何もないだろ」


「はぁ。僕的には、同じ部活で約1年、それなりに仲良くしてきた友達っていう認識なんだけど。康弘的には違った? 友達なら、こんな大事おおごとが起きれば用がなくても会いに行くだろ」


「生憎と、お前と友達になった覚えはないな」


「.......そっか」


 心底興味なさそうに、冷たくあしらう北条。暁の目に映る彼の姿は、確かに、以前の友人としての姿の面影は消えていた。分かっていたことだけれど、暁は衝撃に呑まれ、次の言葉がなかなか出せない。


「――」


 心の整理は未だにつかない。今、こうしてこの場に立っていることすら、夢なんじゃないかと感じる。だから――、


「――お前は、誰だよ」


「あ?」


「あ?じゃない。お前は誰だって聞いたんだ。僕の知ってる北条康弘ほうじょうやすひろは、こんなやつじゃない。もっと、明るくて、優しくて、いきいきとしてただろ......!」


 違う。

 あまりにも、違いすぎる。

 暁の知る北条と、今の北条が、乖離しすぎている。

 まるで、別人と話しているかのような感覚だ。そして本当に別人であるならば、暁はどれだけ安堵できただろうか。


「お前が今まで見てきた俺が、偽物なんだよ。今が本物だ」


「......最初から、僕をずっと騙してたってこと?」


「俺からわざわざ騙すつもりはねーよ。お前が勝手に騙されてただけだ」


 ずっと、北条は”良い奴”だと思っていた。文武両道、知勇兼備。誰しもの憧れの存在であり、暁も少なからず尊敬の念を抱いていた。だからこそ、こんな形で裏切られるのがショックだった。


「ふざけんなよ」


 気づけば、暁は北条の胸ぐらを掴んでいた。しかし、それでも北条は動じない。


「星宮さんを傷つけるためだけに、そんな馬鹿な真似を続けてきたのか?」


「うっせーな。手放せよ」


「答えろ、康弘」


「――」


 無理にでも暁は北条と視線を合わせにいく。だがそれでも、虚ろな瞳の北条と目が合うことはなかった。


「......お前のせいで、庵や星宮さんがどれだけ迷惑したと思ってんだ」


「そりゃ死ぬほど迷惑しただろ。俺は本気で追い詰めにいったからな。お前じゃ想像がつかないほどに、あいつらは苦しんだと思うぞ」


「っ! おまっ」


 開き直りのような舐め腐った回答。暁は衝動的に拳に力を込め、無意識のうちにそれを北条に向けようとしていた。


「......くそ」


「よかったな。今お前がそのまま殴ってきたら、ナースコール押されて面倒くさいことなってたぞ」


 ギリギリのところで暁は溢れ出る感情を抑え、北条から手を放した。固く握っていた拳も、一度冷静になりゆっくりと解いていく。そして深く深呼吸をした。


「――」


 これで、ようやく暁も認めた。認めざるを得なかった。暁の知る北条は過去の人物で、もう存在しないのだと。ここに居るのは北条の皮を被った怪物。最低最悪の、クズだと。



「――絶交だ、康弘。二度と僕に顔を見せないで」



 短く告げられた、過去の友からの言葉。北条はその言葉に、僅かにでも感情が揺れ動くことはなかった。



***



「ここかっ! あのクソゴミカスチリ野郎っ!」


 色々とミックスされたとてつもない暴言と共に、ノックもなく病室の扉が開け放たれる。さすがの北条も、失礼極まりない来客者に、ちらりとだけ視線を向けた。


「あぁ、いたいた。相変わらずいやらしい目つきしてんね。ほら、アタシがお参りに来てあげたけど、歓迎の言葉はないの? 負け犬のクソ野郎」


「うっせーな金髪女。目障りだし耳障りだ、失せろ」


「はー、それがあんたの歓迎の言葉ですか。どんな教育受けて育ったんですかね。もしかしてアタシ以下なんじゃないですかー?」


「ペラペラとよく動く口だな。誰もお前を歓迎しちゃいねーよ」


 ここが病院ということを忘れているのか、または常識が欠如しているのか。前島愛利まえじまあいりは2、3部屋先の病室にまで届きそうな声量を北条にぶつける。それでも、北条は興味なさそうに愛利から視線を逸らしていた。


「――ふぅん。ああ、そう。アタシにそういう態度取るんだ」


 そう小さく溢すと、愛利は大股で北条の居るベッドまで歩き出す。


「ちょっとは反省の色見せてんのかなって期待してたけど、やっぱ予想通りっつーか、ダメだこりゃって感じ」


「――ぅ」


 何の躊躇もなく、北条の首根っこを掴んだ愛利。手加減のない握力で首を掴まれ、北条から呻き声が漏れる。


 愛利は、僅かに期待をしていた。北条が自分の犯した罪の重さに気づき、自責の念に狩られていることを。以前の愛利ならそんな期待は微塵もするはずもなかったが、庵と琥珀の一件から、愛利は考え方を少し改めた。


 愛利が裁くのは、改善の余地のない”正真正銘のクズ”。それだけにアタシだけの正義が振りかざされる。


「ねぇ、後悔はないの? 庵先輩と琥珀ちゃんをあれだけ苦しませて」


「またそれか。――ねぇよ。俺は、俺の目的のためにあいつらを追い詰めた。逆に、あんだけ盛大にやらかしといて、今更後悔するとかアホすぎんだろ」


「......へぇ、そう」


 答えは、先程暁に答えたものと然程変わらない。予想通りの舐め腐った回答を受け取り、愛利は一度冷静になって、僅かに俯いた。一瞬、北条の首を掴む愛利の力が緩む。


「――くたばれクソ野郎」


 ドスの効いた声が響いた瞬間、愛利は北条の顔面に回し蹴りを喰らわせた。鈍い音が室内に響き、そして静寂が訪れる。その間、北条は声を発しなかった。


「あーあ、痛ぇな。昨日今日と、俺は何回蹴られてんだよ」


「口閉じとけ害虫男。今から、もっと回数増やしてやるから」


「そういえばお前。俺がナイフでぶっ刺したってのに、なんでそんなピンピンしてんだよ」


「あんたみたいなゴミクズじゃ、アタシに傷一つつけられるはずないでしょ? しょうもないこと聞かないでくれる?」


「あー、そうかそうか」


 ベッドに大の字になり、天井を見上げる北条。愛利はそんな彼の姿に軽蔑の眼差しを送り、もう一度首根っこを掴んだ。そうすると、何の苦労もなく首が持ち上がる。あまりの抵抗の無さに、愛利は歯ぎしりした。


「聞いたわ。あんたのせいで、琥珀ちゃんが今回の事に限らず、ずっと苦しんでたってね。あんた、どれだけ琥珀ちゃんを不幸にさせたの?」


「――」


「あんたのせいで、琥珀ちゃんの大切な人生が奪われた。返せよ。琥珀ちゃんの幸せを、返せよ――ッ!」


 感情が乗ると同時に、愛利の手に力がこもる。これほど強く首を締められれば、人は呼吸をすることができない。苦しみからか、生理的なものか、北条から掠れた声が漏れる。それでも北条が抵抗してくることはなかった。


「死ね......カス」


 愛利はこのまま窒息させてやろうか、とまで頭に選択肢が浮かぶ。

 だが、その決断をする前に――、


「きゃああっ。な、何してるんですかっ!?」


 後ろから聞こえた悲鳴。愛利が後ろを振りかえると、閉じたはずの病室の扉がいつの間にか開いていた。そこには見知らぬ看護師が顔を青くして腰を抜かしている。殺人現場にでも見えたのだろう。


「け、警察っ。警察の方、誰かっ!」


「ちょ、まっ。くそっ。なんで看護師が入ってくんだよ」


 さすがにこのままではまずいと判断して、愛利が北条から手を放す。自由になった北条は悔しそうな愛利を見てほくそ笑み――、


「げほっ。かっ......ほら、早く失せろよ。それとも、お前も一緒に俺と豚箱に行くか?」


「うっせー黙れ。あとで覚えとけよ。続きは、また今度してあげるから」


 北条の皮肉に精一杯の軽蔑の視線を込めて返し、愛利は背を向けた。そして、看護師が警察を連れて戻って来る前に、颯爽と姿を消す。


「ったく。騒がしいやつだな。もっと早くナースコール押しときゃよかった」


 この部屋に看護師がきたカラクリは、北条がナースコールを押しただけ。さっきの愛利の目は、割と”本気”の目をしていたので、あと少しでも看護師が来るのが遅れていたら、本当に大事になりかねないところだった。


「まぁ、本当にヤバくなったとて、どうとでもできるけどな」


 強がりのようだが彼の言葉に嘘はない。北条はあくびをしながら、乱れたベッドを雑に元の位置に戻していく。愛利の蹴りで、枕も遠くへ飛んでいってしまった。


「幸せを返せ、ねぇ」


 ベッドにばたんと倒れる北条。仰向けになりながら頭の後ろに腕を回し、先程の愛利の言葉を反芻する。何度も何度も頭の中で反芻し、目を細めた。



「なら、俺の幸せも返してくれよ」




***

 


 コンコンと、控えめなノックの音が北条の耳に届く。暁から数えて、これで3人目の来客者。北条はスマホをポケットに仕舞い、扉に視線を向けた。


「入ってきていいぞ」


「......」


 扉を開けて中に入ってきたのは、朝比奈美結あさひなみゆ。全身包帯だらけの痛々しい姿で、僅かに体を縮こませながら現れた。そんな朝比奈の姿を見て、北条は目を細める。


 朝比奈に関しては先程までの二人とは違い、北条がLINEを使って呼び出している。


「来たけど......私に何の用?」


「何の用って、俺とお前は用しかねぇだろ。あんだけ良くしてやったのに突然裏切られて、本当ビックリだぜ。裏切るにしても、もっとタイミングがあっただろ」


「......そうね。でも、最終的に私たちはあんたに勝ったわ」


「ハハッ。言うねぇ。ま、そうだな。お前らの勝ちだ。おめでとうおめでとう」


 小馬鹿にするような笑いを含み、わざとらしく拍手を贈る。無論、そんなものを貰ったところで朝比奈の心は微々たりとも動かない。


 仲間から敵へと変わった男。そしてその男は、自分のせいで負けた。複雑な気持ちではあるが、今思えばこれで正解だったのだと確信している。


「ま、とりあえずそこの椅子にでも座れよ」


「――」


 朝比奈的には長話はしたくないのだが、断れる雰囲気でもないので、言われるがまま椅子に腰を下ろす。


「でも、お前だけはどのみち勝ってたぜ? お前が俺を裏切らなかったら、勝ってたのは確実に俺だったからな」


「確かに、そうかもしれないわね。でも、私があなたの味方をして勝ったとしても、それは北条くんの勝利であって、私の勝利ではないでしょ。あのまま星宮があんたの思うままに壊されて、私はそのあとどうしろっていうの?」


 朝比奈は一度ここで言葉を区切り、目を細めた。


「北条くん、星宮と一緒に死のうとしてたよね。北条くんが死んだ後、私はどうなるの。私は、一生あいつらに恨みを持たれて生きないといけないのよ。それが、分かってるの」


「なんだ、そんなことか。くだらねぇな」


「......私からしたら、くだらなくない」


 騒動が収まったあとから、北条が星宮と一緒に電車に轢かれて自殺しようとしていたと聞かされたとき、朝比奈はとてつもないショックを感じていた。最初から北条がそのつもりだったのだと考えると、自分が今まで北条に費やしてきた時間が本当に馬鹿らしく思えて、無意味に感じて、その場に崩れ落ちかけたほどだ。


 結局、北条は自分のことしか考えていなくて、朝比奈のことは最初から手駒としか考えていない。それが今、改めて再認識させられた。


「ギリギリだったけど、目が覚めて本当によかった。あのとき星宮の味方に寝返れなかったら、私は一生後悔してたでしょうね」


 朝比奈の挑発的な言葉を、北条が鼻で笑い飛ばす。


「はっ。あれだけ星宮を恨んでたくせにな。手のひらクルックルって言葉がお前にはお似合いだぜ? 朝比奈」


「星宮を恨むようになったのも、天馬庵をあたしが憎むようになったのも、全部北条くんが仕向けたことでしょ」


「......」


「あなたはずっと私の心を弄んでた。私はそのことに気づいて、目が覚めたの。だから、あなたに手のひらクルックルとか言われる筋合いはない」


 朝比奈の性格が歪み、星宮や庵と敵対し、いつの間にか間違えた道を歩むようになったのは、全て北条の差し金。今なら分かる。今まで、ずっと北条の操り人形として利用されてきたということが。


 朝比奈の確信めいた言葉に、北条は僅かに瞳孔を大きくした。


「そうか。気づいてたのか」


「今更、ね」


 それから数十秒、二人の間に沈黙が訪れる。朝比奈からしたら、かなり居心地の悪い沈黙だった。


「......ねぇ。用が無いんなら、私もう帰っていい? ......早く家に帰りたい」


「まあ、待てよ。用はある。ここからが本題だ」


「......手短にしてよ」


 呼び出された理由はどうやらまだあるらしい。帰るつもりでいた朝比奈は、椅子から僅かに腰を浮かしていたが、渋々ともう一度腰を下ろす。


「ちょっと、手出せ」


「手?」


「俺に向かって伸ばせ」


 唐突に奇妙なことを言い出す北条。意図は分からないが、朝比奈は深くは考えず、北条に向けて手を伸ばす。その瞬間、朝比奈の上半身は前へと大きく傾いた。


「ちょ、ぁっ」


 北条に引っ張られ、強引に胸元に抱き寄せられた朝比奈。咄嗟に体を起こして視線を見上げると、薄ら笑いを浮かべる北条と目が合って――、


「ヤらせろよ、朝比奈」


「は、はぁ?」


 あまりにも単刀直入。一瞬朝比奈の頭はフリーズするが、直ぐに意味を理解して背筋が凍えた。それに追い打ちをかけるかのように、北条の妖しい手つきが朝比奈の肩辺りを撫でる。


「ば、ばかなの? 絶対無理。早く放して」


「なんでだよ。俺のこと好きだったんだろ? 優しくしてやるから。な?」


「好きだったって、今は嫌いよ! 本当に、本当に無理っ! マジ、きもいって!」


「恥ずかしながら、俺童貞なんだよ。んで、近いうちに少年院送り。その前に卒業しときたくてさ。少年院じゃ寂しい思いするだろうし、最後の思い出づくりとして協力してくれ」


「尚更無理よっ! なんなの? バカなの? 私がいいよって言うと本気で思ってんの?」


「あー、じゃあ無理にでも言わせるつもりだ――と言ったら?」


「――っ」


 自業自得のくだらない理由で朝比奈を落とそうとする北条。このまま無理やりされるのではという恐怖を感じ、最悪プライドを捨てて大声で叫び、誰かに助けてもらおうという選択肢まで朝比奈は視野にいれる。


「そんなこと、するなら――っ」


 いやらしい手つきが腰辺りまで達しようとしたとき、朝比奈は覚悟を決める。大きく息を吸い込んで、恥なんかは全て捨て、全力で助けを――、


「――なーんてな」


「は?」


 急に朝比奈から手を放した北条。喉元まで叫び声が出かかっていた朝比奈は、思わぬ相手の行動に、咳き込んでしまう。


「お前なんかとセ――するわけないだろ。お前とヤッたって、後々虚しくなるだけだ」


「......だったら、何の冗談だったのよ」


「ちょっとお前が生意気だったから、少しからかっただけだぞ」


「......」


 本当に無理やりされるかと思って、今でも恐怖で心臓がバクバクとしている。もし本当にされていたら、一生のトラウマになることは間違いなかっただろう。だというのに、全く悪びれもせずふざけた笑みを浮かべる目の前の男を見て、朝比奈は心の底からこう思った。


 ――北条康弘という男は、正真正銘のクズなのだと。


「――もう、帰る」


「待てよ。もうちょい話そうぜ」


「無理」


「あーあー、怒らせちゃったか」


 朝比奈は立ち上がり、一刻も早く北条を視界から消すため、直ぐに背を向けた。引き止められるも、朝比奈は聞く耳をもう持たない。


「――じゃあ、俺から朝比奈に、最後の言葉を」


「――」


「寝返ったとしても、お前が俺と共犯者だった事実は消えない。お前のせいで、天馬の母親は死んだことを忘れるな」


「――――――――死ねよ」


 そして、朝比奈は一度も振り返ることなく、北条の前から姿を消した。


「はは。あいつに暴言吐かれるとか、初めてだな」


 朝比奈はかなり昔から北条に強い好意を寄せていたが、今に至ってはもう、好意なんてものは欠片も残っていない。それは北条も同じで、朝比奈にどう思われて、何を言われようとどうでもよかった。所詮、朝比奈という存在は北条にとって手駒に過ぎなかったのだから。


「――あ」


 直ぐに、朝比奈のことは頭から消える。それと同時に、北条はとある”やらなければいけないこと”を思い出した。


「朝比奈はともかく......絶対、怒ってるよな”あいつ”。LINEで送っても、ブロックされてるかもな」



***



 ―――――――――――。


 ――――――――――――――。


 ―――――――――――――――――。

 

「お疲れ、北条」


「は?」


 不意に鼓膜に届いた、聞き覚えのある声。北条は体をぐるりと後ろに回し、その声の正体を確かめた。


「......天馬か」


「そんなうざそうな顔しなくても、俺もお前と二人きりの空間で結構地獄にいる気分味わってるよ。お互い、おんなじ気持ちだから心配すんな」


「はっ。いつからお前は、俺にそんなフランクに話しかけるようになったんだよ」


 当たり前のようにこの場に存在する庵はさておき、北条は一度辺りを見渡した。だが、見渡しても景色は一切変わることはなかった。何故なら、今北条が立っている場所も、庵が居る場所も、全部、真っ白な世界だったから。


「......おいおい。こんなのファンタジーの世界でしか聞いたことないぞ」


 常識的に考えてありえない空間であるが、不思議と北条はこの空間にそこまで疑問を持たなかった。


「まぁ、時間もそんな無いし、手短に会話を終わらせよう。北条」


「俺とお前で、何の話をすんだよ。今回の反省会でもする気か?」


「そんなのしねぇよ......最後以外、俺ほとんど見せ場なかっただろ」


「はっ、お前はずっと女に踊らされたり護られたりしてたもんな」


「ぐさぁ!? くそっ......反論できねぇ」


 北条の的確な指摘は、庵にクリティカルヒット。情けない自分の姿を思い出し、胸を抑えながら、苦しそうに悶えている。


「で、でも、俺は一番守りたいもの......星宮を護れた」


「それは最悪の事態を防げただけで、別に護れてねぇだろ。俺、言ったよな? 結果だけみればお前の勝ちだけど、全体的に見れば俺の勝ちなんだよ」


「くっ.....じゃあ北条、終わり良ければ全て良しって知ってるか?」


「知ってる。知ったうえで言うが、別に終わりも大してよくねぇだろ」


「お前からしたらな。でも、俺からしたらにっくきみんなの敵の北条を最後の最後でぶっ倒して、個人的には”良し”って感じなんだよ」


「お前が都合の良い解釈の仕方をしているだけだろ」


 都合の良い解釈。確かに、庵たちが北条から受けた被害は絶大で、いくら最後の最後でなんとか北条を止められたとはいえ、沢山の爪痕が残った結末を手放しに”良し”とは喜べないかもしれない。だが、それは”良し”とは言えないだけで、この結末は庵からしたら”悪く”はなかった。


「そうかもしれないな。でも、少なくともバッドエンドではないだろ」


「何がバッドエンドだよ。このゲーム厨が」


「うるせぇな。俺も骨折したし、星宮もめちゃくちゃ怪我してたし、朝比奈なんか全身ほぼ包帯でぐるぐるだけどな――でも、みんな生きてるし、今は安心してるんだよ」


「へぇ、そうなのか。そんなボロボロで安心するか? 普通」


「安心してるに決まってるだろ。――お前が、やっと詰んでくれたおかげでな」


 真顔の庵から放たれる皮肉に、北条の眉がぴくりと跳ねた。さっきからずっと感じている不快感が一層濃くなり、目の前の男が途端に憎く見えてくる。


「なんだ天馬。お前は、俺を煽るためだけに話がしたいのか?」


「......そうだぞって言ったら?」


「言わなくても、分かるだろ」


 庵の目の前で、北条が力強く拳を握りしめる。


「怖いからその手しまえよ。こんな変な世界居るけれど、別に今の俺、なんかバフがかかってるとかじゃないからな。普通にボコされる」


「あぁ、じゃあ遠慮なくボコしてやるよ」


「あっ、ちょちょっ、待てって。今から本題入るから」


 北条が歩み寄りだし、身の危険を感じた庵が慌てて話題を変えようとする。危うく、この世界でも庵がボコボコにされるところだ。


「俺が北条に聞きたいことは一つ」


「なんだ」


「本当に、星宮への復讐は必要だったのか? っていうのが聞きたい」


 分かりやすく、簡潔で、まるで今までの人生について問いかけるような質問に、北条は表情を強張らせた。ただ、答えは分かりきっているので、最早口にすることすらバカバカしい。


「愚問だ。星宮への復讐に、俺は人生のほとんどをかけてきた。今更考え直すようなことは何もない。星宮への復讐は、俺の人生の全てだ」


「いや星宮恨まれすぎだろ......」


「当たり前だ」


 返された返答は、一切のブレがない、一つの太い信念からくるもの。胸を張って言えるのは立派なことであるが、その答えは庵が求めていたものではない。それに、今の答え方は少し質問的にも間違っている。


「まぁ、お前がよっぽど星宮を恨んでいるのは別に俺も知ってたんだけどさ。俺が聞きたいのは、その復讐が必要だったかってとこ」


「は? そんなの無論――」


「まぁ聞けよ。北条お前さ、仮に星宮に復讐をしなかった世界線を考えてみろよ。お前はイケメンだし、勉強もできるし、スポーツもできる。普通に暮らしていれば、人並み以上の人生が歩めたと俺は思うぞ」


 庵の口から出る”if”の話。それは北条からしたら、鼻で笑い飛ばすようなくだらない夢物語だった。だから、深く溜め息をつき、つまらなそうな表情を浮かべる。


「お前は何も分かってないな。今の俺の強靭な肉体も、頭脳も、人脈も、全部星宮への復讐のために作りあげたものだ。星宮への復讐を端から考えていなかったら、俺は今頃、お前みたいなヒョロヒョロのガリガリだぜ」


「俺を例えに使ってくんなよ。――まぁでも、言いたいことは分かった。お前の話をまるまる信じるなら、確かに、お前はどのみち良い道には進めなかったのかもな」


「納得が早いじゃねぇか。そうだ。結局、全ての元凶は星宮。あいつが俺の心を壊さなかったら、俺はこうはならなかったな。全ては、星宮が悪い」


「星宮が元凶ね。なるほどな。よく分かったよ。そりゃあ、俺がお前の立場でも、同じような未来を辿ってたかもな」


 北条の話を聞き、一切の反論をすることなく、頷いて耳を傾けていた庵。あれだけ星宮を否定するようなことばかり言って、庵の態度が全く変わらないことが、北条は少し不気味に思えてしまった。


「......なんだ。俺の言ってること、否定しねぇのかよ」


「否定してほしいのか?」


「ダルい返しだな。少なくとも、嫌な顔の一つはするだろ」


「まぁ、正直なところはお前をぶん殴ってやりたいけど、多分返り討ちにあうからやめてるだけ」


 くだらない理由に、所詮”天馬”か、と北条は再び溜め息をつく。呆れているところ、庵はゆっくりと足を動かし、北条に迫ってきた。北条は少しだけ警戒をし、目を細める。


「俺は、お前に感謝してるぞ、北条。お前が居なかったら、俺は星宮と付き合えなかったし、好感度も上がらなかった。出会いのきっかけは踏み切りで命助けたことだったけど、お前が影に潜んでいなかったら、そこから何の進展もなかっただろうしな」


「......気持ち悪ぃやつだな。そんなの結果論だろ」


「はは。まぁ、かもな。でも、お前のおかげで俺と星宮の関係が進んだのは事実だ。そこだけは、感謝してるよ」


 急に庵から感謝され、北条はとてつもない不快感を感じた。北条が狙ってやったことで庵が感謝するのなら分かるが、自分が行った行動が意図せぬうちに好きでもない男の幸福に繋がるのは、なんとも不愉快。北条は怒りに目を見開き、庵の肩に掴みかかった。


「腹立つやつだなぁ、天馬。殺すぞ」


「俺はお前を否定しない。俺以外のみんなはお前を否定するだろうけど、俺だけは否定しないでやるよ」


「っ。お前は、何様のつもりで――っ!!」


 北条は激情に身を燃やし、庵に拳をぶつけた。しかし、返ってきたのは驚くくらいの手応えの無さ。まるで空気を殴ったかのような感覚だ。


「は?」


 気づけば、庵が視界から消えている。首を捻って辺りを見渡しても、もうどこにも誰も居ない。辺り一面、ただ真っ白な世界のみが広がっている。


「なんだよ、これ――」


 ふと、体から力が抜けて、北条はその場に崩れた。

 そして、プツリと何の前触れなく北条の意識が途切れ――、






***







 ―――――――――夢、か。


 今度連れて行かれたのは真っ暗な世界――ではなく、夜になり、電気の消された自身の病室だった。思い返せば、昨日今日と疲労が溜まりすぎて、いつの間にかベッドでうとうとしていたのが記憶に残っている。


「――くそみたいな夢を見たな」


 今でも鮮明に残る、夢の記憶。思い返すだけで、背筋が冷たくなってくる。魂だけがあの世界にいき、そこで庵と会話をしていたのではとも思わされるようなリアリティがあの夢にはあったのだ。


「はぁ。俺も、相当疲れてるんだろうな」


 北条からしたら、さっきの夢は相当趣味の悪い夢だ。今すぐにでも忘れ去りたいが、目覚めたときから鳴り止まない心臓の鼓動が、なかなか現実に引き戻してくれない。


「ははっ。夢で天馬に慰められるとか、俺だせぇ」


 なんとか気持ちを切り替えようとと、北条は重たい瞼をこすり、起き上がろうとする。そういえばまだ歯磨きもしてないし、夜食も取っていない。そして何より、トイレに行きたかった。




 ――だがしかし、日常生活として行われるそれら全ての行動は、この先二度と叶うことはなかった。




「――さよなら」


「は?」


 女の声が聞こえた瞬間だった。北条はとてつもない衝撃に、起き上がろうとした体が再びベッドに叩きつけられる。わけがわからず、咄嗟に『誰だ』と叫ぼうとした。だが、できなかった。


「あっ、がが。あ―――あっ!?」


 声ならぬ北条の掠れた絶叫が、響き渡る。何故か、声が思うように出ない。そして、今までに感じたことのないような高温の熱が――否、違う。人間が耐えられる、といった範囲を明らかにオーバーした激痛が、突然北条を支配していた。


「うあっ、あっ、あ――ぁっ、あ――あっ!!!」


 とにかく痛みを消したくて、無意識に伸びた手が、痛みの中心――喉辺りを触ろうとした。すると、そこには冷たい感触と、温かいドロリとした感触があって。


「あ、あ―――あぅ」


 包丁だ。包丁が喉にぶっ刺さっている。どうりで声が出ないわけだし、信じられないくらい痛むはずだ。傷ついてはいけない血管が切れ、間違いなく致命傷だということがよく分かる。そしてドロリとした感触は自分の血で間違いないだろう。


「が、ぃあ――ああっ」


 包丁が、喉から引き抜かれる。刃物が体に刺さったら、絶対に引き抜いてはいけないというのは有名な話。だが、引き抜こうが引き抜かまいが、喉という大事な血管が走っている部分を刺されてしまった以上、最早生存率なんて変わらない。


 ――間違いなく、あと数分もしないうちに死んでしまう。


「あっ、あ――っ」


 死ぬ。死ぬ。間違いなく、死ぬ。

 死ぬ間際には走馬灯が見れるというが、そんなのは嘘だ。

 見えるのは、真っ黒な視界に僅かに赤が足された地獄の世界。


(待て。待て待て待て。俺の復讐は――っ、

 星宮への復讐は、まだ終わってな――)


 もがく。

 何故。何故。何故何故何故。

 やり残したことはまだたくさんある。ここで終わるわけにはいかない。ここで終わってしまったら、今までの全てが無意味になってしまう。


 喉元を抑えながら、みっともなくベッドで暴れまわり、最終的にはバタリと転げ落ちた。落ちた先、そこには誰かの足がある。


(待って、待ってくれ。おかしいだろ。なんで、俺がこうなる。苦しむべきは、星宮だろう、が)


 どれだけ手で喉を抑えても、出血が止まらない。これはもうダメだ。そんな思考がチラチラとよぎり、北条は使えない目を見開く。


(星宮。星宮。星宮。ほし、みや)


 声は出ない。体を動かす力も、もう無い。いつの間にか、痛みも薄れている。いや、痛みが薄れて感じるのは意識が遠のいているからだ。


(ほし、みや)


 死にかけだというのに、最後の最後に思い浮かべるのは星宮の姿。しかし時間が経つにつれ、それさえも朧げに霞んでいく。そして、ゆっくり、ゆっくりと命の灯火が小さくなっていく。


「――あ、あぁ――ぁ」



 ―――、


 ――――――、


 ―――――――――、


 ――――――――――――、


 ―――――――――――――――――――――、


 ―――――――――――――――――――――――――――。



「――ごめんなんて、言わないよ」


 

 北条康弘は、何者かの手によって刺殺された。それが、北条という男の最期だった。





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 以上、これにて第三章完結です。第三章だけで一年半の連載、まずはお疲れ様でした。いやぁ、長かった。第三章の結末など、いろいろ触れていきたいところですが、まずは前置きから入っていこうと思います。


 名乗るのは久しぶりですね、作者のマムルです。改めまして『宝石級美少女の命を救ったら付き合うことになりました』第三章、これにて完結です。連載期間は1年半で、物語の時間的には一ヶ月ほどしか進んでおりません。いやぁ、なかなか冬が終わらない。でも、作者の私は夏より冬の方が好きですね。暑いのが嫌いなので(寒いのも嫌いですが)。ですが、物語として描くならやっぱり夏のほうがTHE青春って感じで好みではありますね。


 と、前置きはここらへんにしておきます。

 第三章ですが、執筆を始めた段階から想定していた構成が、実はかなり変わっています。大まかな部分は想定通りですが、かなり迂回して最終話に至ったというか、似ているようで全く違う別のルートを通ったというか......とにかく、かなり紆余曲折とありました。ですが、最終的には自分が納得のいくものができて満足しています。


 さて、では最初に語っておきましょう。第三章の結末についてです。

 ラスボス的存在の北条くん、死にました。

 第一章から登場して2年弱。ずっと星宮(それ以外も)に極悪非道なことを働いてきた彼ですが、ようやく、よーやく天罰を下されました。にしても、後味の悪い感じになりましたね。でも、私的にはこの結末が彼にはお似合いだと思います。

 彼の死についてはこの先の物語で触れていくのでここではあまり触れませんが、とにかく、もう彼の出番は終わりです。北条が無理すぎて、解決するまでしばらく読むのをやめるといった感想を過去にもらったことがあります。ついに解決しましたよ! 一年かかりましたが。


 そしておそらく今回の一番の被害者である星宮さん。第三章では本当に散々な目にしか合っていませんが、今回も耐えきってくれました。個人的には物語終盤のメンヘラ星宮(略してヘラ宮)がお気に入りです。お疲れ星宮。


 主人公の庵に関しては、今回はあまり出番がありませんでしたね。結構ヘマばっかかましてて、正直呆れられていたと思います。でも最後は活躍してくれたので良しとしましょう。


 さてさて、あとがきもだいぶ長くなったのでそろそろ締めとします。

 

 黒幕はお亡くなりになりましたが、さすがにあれで完結というわけにはいかないので、物語はもう少しだけ続けます。私的には後少しだけ後日譚と第三章の後処理をして完結、でもいいのかなとは思っているのですが、ここから先、どうするかはまだ未定です。とりあえず、まだ物語は続くのでご安心ください。

 

 第三章はまったくラブコメができなかった分、ここから先のしばらくは、今まで溜めていたものを一気に開放していきます。かなり大掛かりな溜めがあったからこそ感じられるカタルシス。乞うご期待ください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 北条死んじゃったのか。めちゃくちゃ苦しんでから死んでほしかったけどまあこいつにとっては幸せなのか? でも星宮とかのメンタルにダメージ与えそう [一言] 更新ありがとうございます!イチャイチ…
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