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宝石級美少女の命を救ったら付き合うことになりました  作者: マムル
第三章・後編

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◆第164話◆ 『宝石級美少女は名前を呼んでほしいそうです』


 日もそろそろ暮れ始めてきた頃、庵は再び星宮の病室に訪れていた。


「あ、お邪魔します......」


 女子の部屋に入るのはやはり緊張するが、俺彼氏だし?のマインドでどうにか自分を奮い立たせ。ドアの前に立つ。スライド式のドアを少しずつ開くと、ぽかんとした表情で、不審者のように部屋に入ってくる庵を見つめる星宮が居た。


「あの......そんなに畏まらなくても別に大丈夫ですよ」


「はい、すみません」


 星宮が苦笑いしているので、あれこれと考えたことは杞憂に終わった。庵は若干の気持ちの昂ぶりを感じながら、ベッドの近くにあった椅子に腰を掛ける。


「何か用ですか?」


「特に用があって来たわけではないけど、ちょっと身の周りのことが落ち着いてきたからさ。なんとなく星宮のとこに来たんだけど......ウザかった?」


「ウザいなんて思うわけないじゃないですか......ちょうど暇でしたし、大丈夫です」


 星宮が呆れたように「大丈夫」と言ってくれて、庵は少しホっとする。そんな星宮の手には、横向きにスマホが握られていて――、


「youtube見てんの?」


 さりげなく星宮のスマホを覗くと、女性がメイクをしている動画が流れていた。動画を見る星宮の姿は珍しく、庵は少し感慨深いものを感じる。星宮はデート中、基本スマホをいじらないので、こうしてyoutubeなどのアプリを開いているのが珍しいのだ。


「はい。でも美容系の動画なので、天馬くんが見ても分かんないと思いますよ」


「そっか。星宮もyoutubeとか見るんだな」


「見ますよ。天馬くんは私を何だと思ってるんですか......」


「いや、今まで星宮があんまスマホ構ってるとこ見たことなかったからさ。なんか新鮮なんだよ」


「んー、確かにそうですね。私、基本自分の家でしかスマホ構わないかもしれないです」


 尚、庵は四六時中スマホをいじっているので、スマホのない生活は生きていけない。星宮と居る時はスマホの使用は控えようと努力をしているが。


「――もう日が暮れてきましたね」


「え、あぁ、そうだな」


 動画を見終えたのか中断したのか、スマホの電源を切った星宮が庵に視線を向ける。


「実は私、今日の朝から何も食べてなくてちょっとお腹空いてるんですよね。いろいろありましたから」


「あ、俺もだ。忙しすぎて気づかんかった」


 朝から大騒動に身を投じていた二人には、食事をする暇なんて一切なかった。というよりも、食事のことなんか考えている暇がなかった。今ようやく星宮に言われて、急にお腹が減ってきた感覚に襲われる。


「今から下の階にあるコンビニに行って何か買いに行くつもりだったんですけど、天馬くんも来ますか?」


「え、勿論。てかこの病院コンビニあんの?」


「あるみたいですよ。秋ちゃんがさっき私の部屋に来たとき、おにぎり持ってましたから」


 どうやら時間的に夜ご飯を買いに行くらしく、付き添いを提案される庵。即答で返し、庵はスマホがポケットにあることを確認する。財布は家に置いてきたので電子決済するしかない。


「それじゃあ行きますか」


 ベッドから足をおろした星宮が松葉杖に手を伸ばそうとする。その前に庵が松葉杖を取ってあげて、星宮に手渡した。そうすると、にこりと星宮が微笑んで「ありがとうございます」と言ってくれる。


「ん、と」


「大丈夫か?」


「大丈夫です。松葉杖もだいぶ慣れてきました」


 そうして、星宮のペースに合わせながらゆっくりと下の階に移動する。他愛もない会話をしながら二人で歩く時間は、どこか懐かしいものを感じて、失っていた時間を取り戻しているように思えられた。



***



 ――コンビニ内にて。


(ヤバい。久しぶりに星宮と”普通”に喋るとめちゃくちゃ楽しい。こんなほのぼのとした空気2ヶ月ぶりとかだろ......)


 夜ご飯をどれにするか悩んでいる星宮を横目に、庵は久々の星宮との時間にどっぷりと浸っていた。やっぱり星宮と居ると安心するし、会話の広げ方も上手いし、そして何より宝石級に可愛い。


(こういう何気ない時間いいよなぁ。なんか、いつも通りの日常って感じで良い。まあ、病院のコンビニで買い物ってのはいつも通りではないかもしれんけど)


 腕を組みながら一人で頷いていると、それに気づいた星宮が不思議そうに首を傾げている。果たして、星宮もこの時間を楽しいと思ってくれているのだろうか。


「天馬くん」


「あ、はい」


「スパゲッティかサンドイッチで悩んでるんですけど、どっちが良いと思います?」


「えー、俺的にはスパゲッティかな。サンドイッチって夜ご飯って感じしないし」


「それもそうですねー。じゃあ、スパゲッティにします」


 庵の助言通り、星宮は商品棚からミートスパゲッティを選んだので、庵が代わりに持ち、レジへ持っていく。ちなみに庵はカップ焼きそばを選んだ。体には悪そうだが、作るのに手間がかからないので何気にいつもお世話になっている。


「それチンするところあったっけ?」


「私の部屋にはないですけど、レンジならこの一階に置いてあるみたいです。便利ですよね」


「へー、なるほどな。なら良かった」


「ポットも同じとこに置いてあるって聞いたので、買ったら一緒に作りにいきましょ」


「お、おう」


 星宮は無意識的に言っているのだろうが、庵は今の会話がどこか新婚夫婦のようなものに感じらられて、少し恥ずかしくなってきた。まだお互いに高1の16歳なので、結婚なんて先の長い話だが。


「あ、そういえば天馬くん。ちょっとお願いしたいことあるんですけど、いいですか?」


「ん?」


 レジを待っている最中、星宮が再び庵に話しかけてきた。


「今日は、あと少し警察の人と話をしたら帰らないといけないんですけど、私の親はまだ来てないので......その、天馬くんのお父さんに私を家まで送ってもらうことはできませんか? その、足があれなので......」


 申し訳無さそうに、庵の父である恭次に送迎をお願いする星宮。勿論、断る理由など一つもない。


「あー全然いいよ。星宮に夜道歩かせるわけにもいかないしな。あとで父さんに聞いとく」


「ありがとうございますっ。あ、あと、えっと......」


「あと?」


「......いえ、やっぱり何でもないです」


「いやその言い方で何でもなくはないだろ。なんだよ、気になるな」


「いえ、本当になんでもないですっ」


 珍しく歯切れの悪い星宮。今の口ぶりで何もないことはないだろうが、探ろうとすると何故か少し怒った様子で強めに否定されたので、渋々庵は引き下がる。庵をモヤモヤさせるとは、星宮にしては珍しい。


「ま、星宮がいいならいいけど」


 深くは考えないことにして諦める。女性心理は難しいので、余計な詮索はタブーだ。



***



 それぞれが買ったものを温めてから、再び病室に戻った二人。ベッド横の机に2人分の夜ご飯を置いて、行儀良く「いただきます」をする。


「ふーふー。――ん。久しぶりに食べると美味しいですね」


「久しぶりってことは前も食べたことあるのか? そのスパゲッティ」


「何回かありますよ。私、コンビニで買ったもので食事済ませること多いので」


「え」


 さりげなく口にされた衝撃の事実に、庵は唖然とした。庵の焼きそばを食べる手が止まるのを見て、星宮が少し恥ずかしそうに顔を俯かせる。


「しょうがないんですっ。だって私、自炊ができないんですよ。包丁持つのとか、手が切れそうで怖いじゃないですか。あと、時間かかりますし」


「まぁ分かるけども......でもなんか意外だな。勝手にめっちゃ料理上手そうなイメージあったから」


「え、私そんなイメージ持たれてたんですか? 多分、人並み以下に下手っぴですよ?」


 庵の中の星宮像は完璧に等しいので、意外な抜け目があると必要以上に驚いてしまう。星宮は庵に料理ができると思われていたことを知り、少し悲しそうに、スパゲッティをプラスチックのフォークで巻いていた。


「その......料理ができない女の子とか、幻滅しますか?」


「なわけないだろ。むしろギャップ萌え感じられて嬉しい」


 恐る恐る聞いてきた星宮だが、庵の真面目な顔つきでの返しに目を丸くした。そして宝石級の笑みを表情に宿し、くすりと笑う。


「ふふっ。天馬くんは優しいですねー」


「俺は真面目に言ったつもりなんだけどな」


 ギャップ萌えというのは本気で感じていたのだが、どうやら星宮は庵の冗談か励ましだと解釈したらしい。だが、星宮が笑顔になってくれたので最早どうだったいいだろう。



「――いおりくんは、料理とかするんですか?」


「俺は......って、え?」



 質問されて反射的に答えかけるが、その前に庵の脳が思考停止する。しれっと何気ない会話の中に投じられた星宮の言葉は庵の心を鷲掴みにして、食事をする手が止まってしまった。心臓の鼓動が早まるのを感じながら、無意識に顔を上げてしまう。


「今......あっ」


「なんですかっ」


「え、いや.......」


 顔を上げた先には、頬を赤らめる星宮がジッと庵の方を見ていて、思わず視線がぶつかってしまった。星宮も自分の顔が赤くなっているのを自覚していたらしく、すぐに両手で顔を隠してしまう。


「そんなに驚かないでくださいっ。別に、天馬庵くんを、庵くんって呼んだだけです」


「いや、急に下の名前になったからさ、ちょっとびっくりした。過剰に反応してごめん」


「むう......」


 下の名前で初めて呼ばれ、庵も嬉しいやら恥ずかしいやらで少し挙動不審になってしまう。星宮は恥ずかしそうに横を向いて、一本だけすくった麺を口にしていた。


「――庵くんは、まだ私のこと”星宮”って呼ぶんですか?」


「え、あ、あぁー......」


 また庵くんと呼び、消え入りそうな声で問いかけてくる星宮。会話の流れが完全に星宮のペースに持っていかれ、庵は情けなくも謎のうめき声しか出せない。


「私は別にいいですけど、天馬くん...じゃなくて庵くん、今日私に通話かけてきたとき、私のこと”琥珀”って呼びたいって言ってたじゃないですか。だから、私も勇気出して庵くんって呼んだんですよ」


「あ、あぁ、あれな! えっと、言ったけど、まだ心の準備が......」


 今日の朝、庵が星宮に通話をかけたとき、庵は確かに星宮のことを”琥珀”と呼びたいと伝えている。あの言葉は紛れもなく本心だったし、今更取り消すつもりはないが、急にその話が持ち出されるとは思いもしなかった。


「あれだけ私に、かっこいいこと沢山言ってくれたじゃないですか」


「――」


「私は、全然言えますよ。庵くん、って」


 全然言える割には、声が震えていて、弱々しい。


 庵はごくりとツバを飲み込んだ。目の前に居る宝石級に可愛い女の子が、自分のためにここまでしてくれて、平常心を保っていられるはずがない。とてつもない幸福感と高揚感を感じながら、でもそれをあまり表に出さないよう自分を抑制して、呼吸を整えた。


「じゃ、じゃあ......」


 せっかく恋人しての階段を上がるために、手を差し伸べてくれた星宮。その優しさを無下にするわけにはいかない。階段を上がる時は一緒だ。



「――琥珀こはく


「......はい」



 少し上ずった声で、そう彼女の名前を呼んでみた。それに対し、星宮は――否、琥珀は少し恥ずかしそうに頷いて――、


「なんか、少しむず痒いです」


「ぐっ.......心臓が痛い。琥珀呼び、慣れるまで絶対時間かかるわ」


「ふふっ。私もですよ、庵くん」


「あヤバい死ぬ」


 宝石級美少女に下の名前で呼ばれて、そして呼べて、こんなに幸せなことが許されていいのだろうか。今思えば、あれだけ様々な試練を乗り越えたのだから、神様も少しは微笑んでくれたのだろう。ありがとう、神様。


「もうこの話はもうおしまいですっ。早く食べないと、庵くんの焼きそば冷めちゃいますよ」


「お、おう。そうだな」


 琥珀がパンっと手を叩いて、この絶妙な空気に区切りを付ける。でも、庵の呼び方はしっかりと”庵くん”で、心臓の鼓動がなかなか収まらない。琥珀に勧められるがまま残りの焼きそばを口にかきこむも、脳内が興奮状態すぎて味は何も覚えていなかった。


(あー.......今だけ時間止まらんかな)


 恋愛感情ゼロから始まった交際関係は、もうすぐ半年を迎えようとしてようやく、下の名前で呼び会える関係に成長したのであった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] くっそ久しぶりのイチャイチャたまらないです!最高です!ありがとうございます! [一言] 体調に気を付けてください!次も楽しみにしています!
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