◆第158話◆ 『アンカー』
更新だいぶ空きましたね、すみません。それと今回は諸事情でキャライラストありません。
――物置部屋で庵たちが北条と対峙している頃、マンションの外でも争いは勃発していた。
「いやいやいや、ちょっと待ってよっ。あなた誰!?」
「口を慎め。私は今、すごく腹が立ってる」
BB弾を放つ銃を片手に構え、甘音に両手を上げさせる女――小岩井秋。秋の存在を今まで知らなかった甘音は、初対面の人間におもちゃの銃を向けられて酷く困惑していた。
「なんでそこのクズ女が寝てるのか答えてもらおう」
甘音の後ろで血を流しながら気絶している朝比奈を指差し、平坦な声で問いかける秋。お目当ての女がぶっ倒れていても秋はブレなかった。
「え、えっと、それって朝比奈ちゃんのこと......かな?」
「そう」
「朝比奈ちゃんなら......」
甘音は仕方なく、朝比奈の身に何が起きたのかを、声を強張らせながら、なるべく簡潔に説明する。特別長くもない簡素な説明を、秋は疑いの視線を向けながら黙って聞いていた。
「――というわけだから、ワタシは朝比奈ちゃんに何も悪いことしてないよっ。文句を言うなら、ホージョーくんに言って!」
「......ふーん」
一通りの説明を聞き、秋は意味深な吐息をつく。甘音の今の説明は、自分は悪くなくて全部北条が悪いといったもの。実際甘音は朝比奈に対して何もしていないのだが、何も証拠を出せない以上、秋からしたら自己保身に走っているようにしか見えない。
「えっと、あなたは朝比奈ちゃんの友達か何かかな? なら怒る気持ちも分かるんだけど、ちょっと今は抑えてほしいの。だって、今ここでワタシを追い詰めたって何にもならないよ」
甘音は”朝比奈を傷つけたことに対して秋が怒っている”と思っている。だから、必死に自身の潔白の証明と説得を試みようとするのだが、甘音の目論見は外れていた。
「いや友達なわけないでしょ。誰がこんなクソ女と友達になるの」
「えっ? あ、あれ?」
「そいつは私の『あっきー役の声優のサインが入ったアクリルキーホルダー』を盗んだ泥棒。キーホルダーを返してほしかったら、しばらく学校に登校するなとか抜かしてきたキチガイだから」
秋は朝比奈に大切なグッズを盗まれ、仕方なく家に引きこもる泣き寝入り生活を強いられていた。しかしそのグッズが手元に戻った今、秋は復讐心に身を燃やし、怒りの銃口を向ける。向ける相手が誰であろうと、この気持ちは抑えられない。
「――なんだっけ、甘音だっけ。私知ってる。朝比奈の仲間でしょ」
秋は知っている。他人に興味がなくとも、自分に危害を与えてくるような人間の存在と情報はしっかりと把握済みだった。
「な、仲間っていうか、ともだ――」
「そう」
カチャリと、不穏な音が鳴り響く。秋の細まった視線がこれ以上の会話を拒む意思を表し、トリガーを引く手に力が籠もった。
「――オタクは怒らせると怖いよ」
***
北条の血走る瞳が、庵たちを――否、星宮だけを見ていた。
逃げ場のない物置部屋。北条の異様なオーラに圧倒され、頭を抱えながら縮こまるみのり。また現れた恐怖の存在に戦慄し、硬直しながら目を見開く星宮。唯一、庵だけが冷静に状況を飲み込んで、星宮を守るべく堂々と立ち上がっていた。
「北条......っ。警察ももうすぐ来るし、星宮ももうこれ以上お前に従う気はないぞ。これ以上はもうやめとけって!」
「――」
「もう、いいだろ北条っ!」
どのみち、北条の詰みは確定している。ここまでの騒ぎになって、彼がこの後何事も無かったかのように日常を過ごすことは不可能だ。証人も沢山居るので、今後彼を追い詰めていくのは簡単な話。
だが、だからこそ後がなくなった北条が何をしでかすのか分からない。ある意味、今が星宮にとって一番危険な瞬間だ。
「――そうだな。こりゃ、詰みだ。甘音はもう使い物にならねーし、暁はまだピンピンしてやがるし、俺ももう全身ボロボロで疲れた」
北条がゆっくりと歩き出す。一歩、一歩と星宮を庇う庵に歩み寄り、声のトーンを落としていった。
「もう星宮への復讐は腐る程にした。理想の形とは多少違う形になったが、それでも今までを振り返って考えてみれば、十分満足のいく結果だったんだよ。正直言って、今の俺に悔いはない。俺の勝ちで、お前の負けだ」
「――」
「でもな――最後の最後に一矢報われるのは気に入らねぇ」
北条が顔を上げ、ニヤリと嗤う。その瞬間、後ろから不意打ちを仕掛けようと狙っていた暁と、首だけ後ろを振り向いた北条との視線が交わった。
「なっ!?」
「暁っ!」
腕を掴まれた暁が体ごと物置部屋に引っ張られる。全身の制御を失った暁は、北条の未だ健在の怪力にされるがまま、そのまま中に投げ飛ばされた。よってその先に居た庵と暁が衝突してしまう。庵もバランスを崩し、暁に押し倒される形になってしまった。
「ちょ、あッっ、ご、ごめん、庵っ!」
「っ、はやくどけてくれ!」
「うッ、まって、足”やった”かも」
庵に覆いかぶさったまま、苦痛に表情を歪ませる暁。 どうやら足を捻ったか何かで負傷したようだ。心配する暇もなく庵は暁を強引に押しのけ、立ち上がる。しかし、もう”遅かった”。
「天馬くんっ!」
「――地獄に行くときは、道連れだぜ?」
庇っていたはずの星宮が居ない。視線を上げれば、いつの間にか、北条が星宮を抱きかかえている。今の一瞬で星宮を奪われてしまったのだ。怯えた星宮の滲んだ瞳が、呆然とする庵を映す。みのりも思わず、その場から立ち上がっていた。
「星宮ッ!」
「星宮さんっ!」
庵とみのりの叫びも虚しく、物置部屋から北条と星宮が颯爽と姿を消していく。考えるよりも先に体が動き、庵は暁もみのりもほったらかして、消えた星宮を追って物置部屋を出た。また星宮を守れなかった悔しさを噛み締め、再び全力を絞り出す。
「――待てッ、北条っ!」
星宮を攫い、北条が外へと逃げていく。せっかくみのりが応急処置してくれたというのに、追いかける道には星宮の血痕がぽつぽつとできている。幸か不幸か、そのおかげで北条を追いやすくなっていたが。
「逃が、すかよっ!!」
やはり北条も疲れているのか、星宮を抱えての逃走は少し辛そうに見えた。マンションの外を出た辺りで庵は追いつき、北条の背中を引っ張ろうとする。
だが――、
「甘音ッ!」
「はーいっ!」
北条が甘音の名を呼んだ瞬間、庵は横頬にチクリとした痛みと衝撃を感じ、体勢がふらついた。
「いッ!?」
咄嗟に何かが飛んできた方向を振り向けば、すぐ近くに甘音が立っていた。ぺろりと舌を出しながら、BB弾の銃を構えて庵を狙っている。銃口が太陽の反射でキラリと不気味に光っていた。
「天馬くんは、ここで待機だよ〜」
「あ、あっ、私の銃返せっ! それは推しのグッズのやつで、買うのにとても苦労したやつ。今通販で買ったら普通に当時の数倍の値段はつくし、もしかしたらもう売られてないかもしれない。しかもそれ、特別仕様でボタンのオンオフで銃発射時に特殊なサウンドが――(ry)」
甘音の隣には、みのりによく似た女子――秋が、甘音から銃を取り返そうと腰辺りにしがみついてる。庵からしたらまるで状況が飲み込めないが、とにかく今は甘音の相手をしている場合ではない。
「もうっ、君ちょっとうるさいっ。ワタシと北条くんの邪魔しないで」
すぐ側できゃーきゃーと騒ぐ秋にうんざりした甘音が、銃口を秋に向けた。至近距離で銃を向けられ。さすがの秋も口をチャックする。それに満足し、再び庵に銃口を向け直そうとしたとき、甘音は背後に気配を感じた。
「――邪魔なのはどっちよっ!」
「え?――きゃっ」
後ろから何者かに襲われ、甘音は大きくバランスを崩した。それを成した者は甘音から銃を取り上げ、手際よく首を地面に押さえつける。優しく拭いた風が、紫色のストレートヘアを静かに揺らした。
「あ、朝比奈っ! 助かるっ!」
目覚めた朝比奈が、最高のタイミングで甘音を止めてくれた。朝比奈が甘音を拘束しながら顔を上げ、庵に視線を合わせる。ついさっき、星宮との通話で庵に勇気を与えてくれたときのような、力強い視線だった。
「早く、星宮を助けに行って! 私はこの女押さえとくから!」
「ああっ! ありがとうっ、まじで助かる!」
庵が再び北条を追って駆け出す。今のどさくさで北条は庵の視界から姿を消したが、星宮の残した血の跡が道を教えてくれる。もう、逃さない。そう心に決めて、走る。
そんな庵の背中を見て、朝比奈は無意識の内に震えた声を絞り出していた。
「絶対、なんとかしなさいよっ! ”天馬くん”!」
「っ、あぁ! 任せろ!」
一人、無我夢中で星宮を追い、走りまくる。体の不調も、興奮状態の今では何も不都合を起こさなかった。信号は無視して、人にぶつかっても無視して、何があっても前だけを見て、ただひたすらに北条を――星宮を追いかける。
これは、みんなが繋いでくれたバトン。愛利が、暁が、みのりが――朝比奈が、みんなが居てくれなければ、庵は今バトンを握れていなかった。誰一人欠けていてはダメだった。今庵が握るバトンは、みんなの全てが詰まった、アンカーへと託されるもの。このみんなの想いを裏切るわけにはいかない。
絶望の連鎖を断ち切るために、決着をつけにいく。星宮は北条のモノではなく、庵のモノであると証明するために。
そして再び、あの場所へとたどり着いていた――。
次回、決着。おそらく長い量の文章になりますが、第一章から第三章まで続いた北条を軸にした物語、どうかその最後を見届けてやってください。




