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宝石級美少女の命を救ったら付き合うことになりました  作者: マムル
第三章・後編

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◆第141話◆ 『宝石級美少女の優しさに呑まれる』


「――ぅ」


 まず感じたのは、なにかに揺さぶられている感覚。それは不規則に、不安定に、誰かが自分を支えている。そのことを理解した途端、ゆっくりと瞼が上に持ち上がっていった。滲んだ視界に、赤が混じった雪色が映る。


「ほし、みや?」


「っ」


 拙い声で名を呼べば、目の前の少女――星宮はピクリと僅かに肩を揺らした。そして、肩越しに安堵の吐息が聞こえてくる。


「よかった、朝比奈さん。目が覚めたんですね」


「えっと、まぁ、そうみたい......私、生きてたのね」


 後ろを振り返った星宮が、おぶられる朝比奈に優しく微笑みかけた。まさかと思い、その笑顔を見た後、朝比奈は首を回して周囲を確認。そこには、見覚えのある田んぼや、辺りを照らす街灯、近所の明かりが目に映る。思わず、朝比奈は息を詰まらせた。


「......あんた、あいつから、北条くんから逃げられたの?」


「逃げましたよ。命からがら、です」


「......すご。どう、やったの」


 北条から逃げたという事実に朝比奈は目を見開くが、星宮は辛そうに顔を俯かせた。あの怪物北条の魔の手から逃れられたというのに、何故暗い表情になるのか。


「逃げられたのは私のおかげじゃないですよ。前島さんが来てくれなきゃ、今頃私もただではすんでなかったと思います。まぁ、今でも十分酷い気しますけど」


「前島......誰?」


「私のちょっと前のバイトの先輩です。――誰も巻き込まないって、決めてたんですけどね」


 北条という怪物に目をつけられている星宮は、彼からの被害者を増やさないためにも、誰にも頼らず一人で抱え込む選択を取っていたが、結局は愛利の力を借りてしまった。一人で抱え込むことがよくないことは、星宮もよく理解している。誰かに話せば、解決に近づくかもしれないということも分かっている。それでも、誰かを巻き込みたくないという気持ちが勝って、言い出せなかった。


「これじゃ、中学生のときと同じです」


「......あんた、一人で何言ってんの」


 だから、こうしてまた悲劇は再来してるのだろう。星宮は、どのような選択を取ればよかったのか、未だ分からない。どんな選択を取ろうと、結局は皆を巻き込んでしまっているのだろうか。


「私のせいで、また......」


 それから、二人に沈黙が訪れる。会話することがないのではなく、純粋にふたりとも傷だらけで疲れているのだ。星宮は考え事を始め、朝比奈は星宮におぶられながら視線を下に向け続けていた。


 最初にこの沈黙を破ったのは朝比奈。


「――あの、えっと、星宮」


 一人で頭を悩ませていると、不意に朝比奈から声をかけられた。一人の世界にのめり込んでいた星宮は、朝比奈からの呼びかけにハッと目を覚ます。再び後ろを振り返れば、どこかもじもじとした様子の朝比奈が星宮を見ている。


「私、ずっとあんたに謝りたかったことがあるの。まぁ、何の話かは言わなくても分かると思うけど」


「えっと......今ですか?」


「ええ」


 朝比奈らしからぬ、真面目な口調。タイミングと口にしたが、今のタイミングもだいぶおかしな気もする。だが、いちいち口を突っ込むのも野暮な気がしたので、星宮は朝比奈の言葉に耳を傾け、口を閉じた。


「何から、話せば......そうね......」


 喋り方がぎこちない朝比奈は、本題に入るまで少し時間がかかった。それだけ、星宮との関係に思うところがあったのだろう。消え入りそうな声から始まり、少しずつ朝比奈が本題に入っていく。


「まぁ、なんていうか......私、バカなのよ。イライラしたら我慢できんくて直ぐ八つ当たりしちゃうし、それにめっちゃ口車に乗せられやすいっていうか......まぁ、とにかくバカ」


「――」


「だからさ、あんたが北条くんに告られたとき、何も考えずにあんたを友達と追い詰めた。今思えば、マジで最低なことしたって反省してる。ほんと、ごめん」


「――」


「それで、私が北条くんの仲間? っていえばいいのか分かんないけど、私が北条くんと手を組みだしたとき、あんたの彼氏の天馬庵に復讐するよう、私は北条くんに頼んでしまったの。そしたら、北条くんは親を殺した」


「――っ」


「謝っても、許されないことをしたってのは分かる。許してなんて言わない。でも、謝らせて。聞きたくもないかもしれないけど、ごめん。ほんと、ごめんなさい」


「――」


「あとは、あんたをボロ家に誘い込んだときとか――」


「もういいです。やめてください、朝比奈さん」


 どんどん声のトーンが低くなって、震えていく。気づけば、朝比奈は涙を溢していた。よく分からない感情が心の器からいっぱいになって溢れてくる。取り返しのつかない今になってから、朝比奈は自分の犯した罪に気づいたのだ。口に出せば出すほど朝比奈は胸が苦しくなって、でもそれ以上に星宮は苦しい思いをしていたと思うと、もう本当に死にたくなりそうだった。


「ごめんっ、今まで本当に、ごめん。私、ずっと最低なことしてた。ほんと、最悪なの」


「――」


「私のせいで、ずっと辛かった、でしょ。ごめん。もっと、早く気付けばよかった。ごめん。ごめん」


 文字通り、大泣きだった。朝比奈が大泣きしているところなんて誰も想像がつかないだろうが、今は子供のように表情を歪めて泣きじゃくっていた。服の袖で拭っても拭っても、拭いきれない。星宮の首筋にも、ぽつぽつと涙が溢れてくる。


「そんなに、思い詰めてたんですか......?」


 朝比奈の泣き声に、星宮は心を鷲掴みにされた。嘘偽りない朝比奈の謝罪の言葉は、閉ざされていた星宮と朝比奈を繋ぐ最後の扉を、ゆっくりと開く。かける言葉は、決まっていた。


「――天馬くんのことについては、私じゃなくて天馬くんに話してください。そのときは、私も一緒に行きます」


「うん。ごめん、ごめん、なさい」


 冷静に、星宮までもらい泣きしないよう気をつけて、口を開く。庵のことに関しては、本人不在では話の進めようがないので後回し。問題は、今まで朝比奈が星宮に対して行った”罪”だが。



「私にしてきたことは、もちろん、許しますよ。天馬くんにも言われたんですけど、私、とっても優しいんですから」


「――っ!」



 星宮は、朝比奈の今までの行いを許した。思い返せば、星宮に一生のトラウマにもなりかねない最低な事をし続けた朝比奈だが、それでも星宮は朝比奈を許した。朝比奈がまた、大きく目を見開いた。


「ありが、とう。でも、許して、いいの?」


「いいんです。信じて、ますから」


 そう星宮が言うと、また朝比奈の目尻から涙が溢れだす。星宮の優しさに心を絆され、もう胸がいっぱいだ。もう、プライドなんてない。みっともなく泣き続けて、星宮の優しさに呑まれ続けた。


「もう、いつまで泣いてるんですか」


「そう、ね。ごめん。ほんと、ごめん」


「別に謝らなくていいですよ。とにかく、今は北条くんから離れた場所に......とりあえず私の家に行きますか」


「......うん」


 素直に相槌を打つ朝比奈に、星宮は「ふふっ」と宝石級の笑みを浮かべていた。



***



 それから数分後。


「――まぁ、そういう感じで、別にあんたの彼氏は甘音アヤなんかに浮気してないから」


「そう、だったんですか。やっぱり、甘音さん含めて全部北条くんが仕組んだものだったってことですか」


「そういうこと。悪いのは、全部あの男のせいよ」


 朝比奈からの情報共有のおかげで、星宮の庵に対する浮気疑惑が完全に晴れた。それを聞いた瞬間、星宮は心の器に乗っていた重りが取れるような感覚がして、一気に脱力感に襲われた。こんなに安心したのは、いつぶりだろうか。


「......よかった、です。そうですよね。天馬くんは、浮気するような人じゃないはずです。少しでも疑った私、最低じゃないですか」


「仕方ないでしょ。北条はあんたが弱るタイミングとか全部計算して、甘音アヤを動かしてるから。あんたが彼氏を疑うのも無理ないって」

 

「なるほど、です」


 そうして庵の浮気疑惑が晴れたのはいいが、ここでふと星宮は気づく。突然動きの止まった星宮に、朝比奈が首を傾げた。


「え、というか朝比奈さんは私と天馬くんが付き合ってるって知ってるんですか?」


「は? 知ってるに決まってるじゃん......ってそっか、あんたたち交際関係隠してるんだっけ」


 庵と星宮の交際関係を前提に話が進んでいたが、よくよく考えればおかしな話だ。庵と星宮の交際関係を知るのはあきらと愛利、庵父、あとはバイト先の店長くらい。


 朝比奈が知っているのは、何故――そう思うが、聞くまでもなく直ぐに結論は出る。気づけばいちいち確認を取る必要もないので、星宮は少し顔を赤らめてまた歩みを再開した。


「私と天馬くんのこと、誰にも言いふらさないでくださいよ。天馬くんと交際関係は秘密にするってルールを決めてるんですから」


「へー。ルールとか決めてるのね。いかにも未成年カップルって感じ」


「......バカにしてるんですか?」


「してないわよ。まぁ、いいんじゃないの」


 涙を引っ込め、ちょっと調子を取り戻した朝比奈は、体がぼろぼろながらも少し星宮との会話を楽しんでいる。対する星宮は少し不満げな様子だが、別に嫌な気持ちではなかった。


「あと星宮。もう、おんぶいい」


「何言ってるんですか。朝比奈さん、私よりボロボロですよ。そんな人を歩かせられません」


「あんただってボロボロでしょ......ほんと、お人好し」


 未だ朝比奈をおぶったまま歩き続ける。不安定な足取りでゆっくり進むその姿は、朝比奈も見てて心が痛む。しかし星宮の言う通り、朝比奈の体がボロボロなのも事実。星宮の助けなしで一人で歩く自信は、正直今の朝比奈にはなかった。


「大丈夫です。このまま、私が安全なところまで――」


 そう、朝比奈を安心させる言葉をかけようとしたときだ。何者かが星宮たちの進行方向を遮った。



「やっほー。なんか大変そうだね、星宮ちゃん、朝比奈ちゃん! いつの間に二人は仲良くなったのかな?」



 腰まで届く黄色のポニーテールを揺らし、クリリとした瞳を輝かせながら二人の前に現れた一人の女。その正体が誰かを理解した瞬間、星宮と朝比奈に衝撃が走る。ちっ、と朝比奈が大きく舌打ちをした。


「甘音アヤ......!」


初心に帰ったサブタイ(平和な回は基本的に『宝石級美少女〜』から始めるつもりですが)。

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