◆第138話◆ 『対最恐無謀応戦(6)』
「うッ......!」
強烈な拳を顔面に受けた愛利は大きくバランスを失い、遅れてやってくる激痛とともに北条を見失った。だが、痛みに悶えている場合ではない。直ぐに体勢を立て直し、臨戦態勢に戻る。脳がぐらぐらして視界がブレるが、早く北条を視界に入れ戻さなくては――、
「後ろだよ、バーカ」
「っ!」
言葉通り後ろから聞こえた悪魔の一声。瞬間、愛利は反射で回し蹴りを放った。狙いは感。聞こえた声だけを頼りに、全力の蹴りを御見舞する。
「もしかして疲れてきた? 動きが鈍くなってるぞ?」
「ヤバっ」
しかし放った蹴りは、北条に容易く”片手”でキャッチされてしまった。愛利にとって最大の攻撃手段を封じられ、焦りが表情に滲み出てしまう。急いで体を捻って足を戻そうとするが、そう簡単に離してくれるほど北条は甘くない。
「――嘘っ!」
突如、愛利が感じたのは浮遊感。ついていた片足が地面から離れ、体ごと北条に持ち上げられたのだ。体を捩って逃げようとするも、力がうまく入らない。
「よいしょっと」
「がっ!?」
持ち上げられた愛利は、そのまま怪力に投げ飛ばされ、顔面から地面に着地させられた。ぜぇはぁ息を吐きながら再び立ち上がるも、休む間もなく北条が目の前に迫っている。
「一度攻撃が入ったら、あとは叩き込むだけだぜ。どんだけ強いやつでも、一度バランス崩したら直ぐには対応できんからな」
「マジ、ウザすぎっ! 死ね!」
形勢は逆転し、今度は愛利が防戦一方となる。北条の攻撃も一つ一つの攻撃が致命傷となり得るので侮れない。いくら愛利の方が強いとはいえ、北条との力量がそれほど大きく離れているというわけではないのだ。
「あぁもう! アタシに近づくな!」
「ちっ」
攻撃と攻撃の間の隙。最早隙と表現していいのか分からない程の刹那に、愛利の蹴りが炸裂する。放たれた神業は北条の顎を打ち抜き、後方に吹っ飛ばしてみせた。
吹っ飛ばしたはいいが、空中で体に捻りをかけ、余裕を見せつけるかのように足から着地してみせる北条。愛利の感じた手応えとしてはだいぶ良いのが入った。しかし北条は表情すら歪んでいない。また、二人の視線がぶつかり合う。
「はぁ......マジ疲れんだけど。アンタの不死身かなんか?」
「それは俺のセリフだぞ? そんな割り箸みたいな腕でなんで俺の拳防げんだよ」
「はっ。アンタ女顔で選ぶタイプでしょ。人を見た目で判断すんな、ドクズ野郎」
「あーはいはい。ドクズ野郎ですよ、どうも」
愛利に煽られるも、手をひらひらさせながら半笑いで受け入れた北条。お互いまだまだ余裕といった雰囲気を醸し出しているが、それは虚勢であり、しっかりとダメージは蓄積されている。愛利は北条から喰らった顔面の攻撃をまだ引きずっていて、今にも倒れそうなほどの目眩に蝕まれている。北条も愛利から喰らった攻撃に全身を痛め、少し体を動かすだけでも激痛が走っていた。
それでもお互いが膝を折らないのは、負けられない理由があるから。愛利は、星宮のため。北条もまた、星宮のため。
(次あの拳まともに喰らったら、さすがにキツイ......うわどうしよ。頭痛すぎて頭まわんねー)
愛利に焦りが生まれる。技量では勝っているのだが、愛利目線で北条の体力はまだ底が見えていない。ここで下手に攻撃を入れたとしても、強引にカウンターをされたら愛利の負けだ。
(まぁでも、とりあえずアタシから仕掛けるのは分が悪い――っ?)
頭回らないながらもそう結論付けようとした瞬間、愛利は妙な気配を背後に感じた。瞬間、愛利の思考が止まる。まさかと思い、北条の警戒もしつつ後ろを振り返った。
「――なんで、前島さんが」
意識を取り戻した星宮が、掠れた声で愛利の名を呼んでいたのだ。
***
上半身だけ起こし、まだ完全には目が覚めていない様子の星宮。雪色の髪が血に染まった彼女は、かなり満身創痍な様子。羽織っていたカーディガンはもう使い物にならないほどにボロボロ。肌には擦り傷が沢山ついていて、首には青いアザができている。
見るに絶えない状態ではあるが、少なからず愛利は安堵してしまった。死んでいない確証はなかったので、これで完全に星宮の安否が証明されたのだ。
「――なんで、前島さんが」
しかし、そんな星宮に再び魔の手が迫ろうとしていた――、
「起きたかよ、星宮!!」
愛利から視線を外した北条が、誰よりも早く動き、星宮に直進した。その距離は約5メートルほどだろうか。拳を構える北条の視線が、無防備で何もできない星宮を捉える。
「この、クソクソクソドクズ野郎!!!」
「ちっ!」
すんでのところで愛利が北条の進行方向に割って入り、華麗な回し蹴りを放った。さすがの北条も攻めの姿勢を崩し、愛利の攻撃を最小限に防ぐよう防御する。愛利は一度深呼吸し、背後の星宮の無事を確認した。どうやら最悪の事態は免れたようだ。
「油断も隙もないんだから、ほんとクソ。マジであいつ人の心ないでしょ」
どういう神経をしてたら既にボロボロの女の子に何の迷いもなく拳を叩き込めようとできるのか。人の心がないというより、最早北条は人ではないのかもしれない。まるで未知の怪物と戦ってるような気分に、逆に怒りが薄れてきそうだ。
「ま、前島さん。あの、人は」
「ちょっと喋らんで琥珀ちゃん。あいつがヤバいのは分かってるし、琥珀ちゃんが混乱してるのはよく分かる」
震えた声で星宮が何かを言おうとするが、愛利は冷たい声でそれを遮った。今はグダグダ星宮と会話をしている場合でもない。次、北条がまた星宮を襲ったら愛利は守り切れるのか、それすら怪しいのだ。
「あぁもう、アタシに体力がもうちょっとあれば......」
そんなこと嘆いていても仕方がないのだが、嘆かずにはいられない。こんなに許せないと思った男を倒せれないなんて、そんなの愛利にとって一生の恥であり後悔となる。愛利が全力を出し切るためには、星宮の存在は邪魔。星宮という”守らなければならない存在”が消えてくれれば、愛利はもっと善戦できるだろう。
なら、どうする――、
「琥珀ちゃん!」
「は、はいっ」
「ここから全力で逃げて! それで警察署! 公衆電話でもいいわ! おっけー?」
星宮の怪我の状態など一切合切を無視した、とんでもない要求。立ち上がれるのかすら怪しい状態に見えるのに、愛利はそれを理解したうえで星宮に話しかけたのだ。
「え、えっと......は、はいっ」
当然、愛利の指示に星宮は困惑した表情をする。しかし、愛利の有無の言わせない口調に星宮は何も反論できなかった。少なくとも、ここで愛利の足枷になり続けるよりはマシだろう。
星宮にはまだ、役割がある。そのために愛利は最後の力を振り絞るのだ。
「俺が星宮を逃がすとでも?」
「琥珀ちゃんはあんたのモノでもアタシのモノでのないから。勘違いせんで」
今日、何度目だろうか。北条と愛利の視線がバチバチと絡まり合い、お互いを威嚇し合う。星宮が目覚めたことにより愛利が一時不利となるが、同時に星宮奪還の目標に一歩近づいた。あとは星宮をどう戦線離脱させるか。
「道はアタシが作るから、琥珀ちゃん」
しかし、愛利にはまだ計算外のことがあった。
それは、先程の星宮と同じく意識を失い、酷い重症を負った朝比奈美結の存在。そして、その朝比奈を見捨てることのできない星宮の問題だ。
あけましておめでとうございます




