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宝石級美少女の命を救ったら付き合うことになりました  作者: マムル
第三章・後編

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◆第137話◆ 『対最恐無謀応戦(5)』


 ――前島愛利。


 彼女は幼い頃から空手を習い、現在はもう辞めているが黒帯を獲得するまでに至った、体術にそれなりの理解がある女である。愛利の放つ高速の蹴りは、正確かつ重く、まともに喰らった相手は大体が一撃で戦意を喪失させるほどのもの。加減を知らない愛利は、道場の仲間によく恐れられ、指導者にも手合わせを渋られるほどの存在だった。


「――ふぅ」


「ちっ、やるなお前」


 自分が最強とは思わないが、愛利は同年代であれば誰にも負けないという自負がある。それは、相手が男だろうと女だろうとだ。しかし愛利は通信制高校に通う身なので、毎日喧嘩三昧しているというわけではない。何故、愛利にこれほどまでの自信が湧き出てくるかといえば、それは愛利の性分だ。


「『アタシだけの正義』がアタシにはあるの」


「あ?」


 『アタシだけの正義』。曲がったことが許せず、納得がいくまで地獄の果てまで追い詰める。それが愛利が幼い頃から一度も揺るぐことのなかった、”絶対”の理念。


「でも、その『アタシだけの正義』は本当に正しいのかって最近疑問に思うことがあったの。アタシの中で絶対だと思ってたことが、初めてグラついた」


「へぇ。アタシだけの正義、ね」


「今までアタシが色んな人に振りかざした正義は間違ってたんじゃないかって思うと、めっちゃ怖くなったわ。アタシが正しいと思ってやってたことは全部間違ってたんじゃないかって。アタシが振るった暴力は、アタシが勝手に一人で盛り上がっただけの結果じゃないかって」


 庵と星宮のせいで、一度も揺らぐことのなかった『アタシのだけの正義』が、揺らぐどころか崩れかけた。いくらポジティブな愛利でも、今までの16年間の生き方を否定されれば心にモヤがかかる。だから今日の今日まで、『アタシだけの正義』についてらしくもなく考えに考え続けた。


 そして今、愛利の葛藤が終わる。この揺らいだ気持ちに整理がついたのは、まさしく今だ。


「でも、違った。やっぱり『アタシだけの正義』は正しかった」


 愛利が地を蹴る。一瞬の思考すら許さない、まるで光のような初速の速さ。北条は反応しきれず、一瞬フリーズしてしまう。そんな大きな隙を、愛利は見逃さない。


「感謝してあげる、ドクズ野郎。アタシに、そう思わせてくれて」


「うごぉッ!?」


 視覚外から放たれる、強烈な回し蹴り。どこをどのように当てれば一番ダメージが大きいか、それを理解している愛利は北条に最大のダメージを与えることができる。脇腹に思い切り喰らった北条は、汚い悲鳴を溢しながらぐらりとよろけた。


「あんたみたいな分かりやすいドクズと出会えなかったら、もっと悩んでたかも。これで何の躊躇なく、アンタを地獄に堕とせるわ」


「......はは、超ウザイな」


 愛利の攻撃をまともに喰らいながらも、脇腹を抑えながらニヤニヤと嗤うほどに済んでいる北条。そんな最恐に対し、愛利の殺意もどんどんと高まっていく。揺らいでいた気持ちが無くなった今、ただ北条を『アタシだけの正義』のもと罰するための冷徹なマシンと化す。もう愛利の心にモヤはかからない。


 ボルテージが上がった愛利は、完全に北条を超えた力を持った。



***



「――くっそ。なんでそんな細いのに、カンガルーみたいな蹴り出せんだよ」


「口臭いんだよ、話しかけんなっ!」


 蜂のように視界の悪い林を駆け回り、一撃一撃が致命傷になり得る蹴りを絶え間なく浴びせ続ける愛利。カウンターすら許されない隙のない攻撃に、北条は防戦一方となる。だが、愛利の強烈な蹴りを全て防ぎ切るのは不可能。避けきれない一撃が何度か北条に蓄積されていき、ダメージを少しずつ負わされていく。


「まずったなぁ。お前、ほんと何なんだよ」


 少しずつ息が乱れていく北条。蹴りを喰らった箇所は、掠り傷どころでは済んでいない痛みが広がっている。しかし、北条が防ぎきれないほどの強烈な蹴りを短時間に大量に浴びせ続けた愛利も、少なからず疲労していた。一度お互いに距離を取り、視線をぶつけ合いながら呼吸を整える。


「丈夫過ぎてウケる。なんでまだ立てんの」


「はぁ......はぁ......」


 普通ならとっくの昔に気を失っていてもおかしくない攻撃を浴びているのだが、未だハッキリと意識を保つ北条。見た目の厳つさ通り、やはり一筋縄ではいかないようだ。しかし、北条がだいぶ消耗しているのは一目瞭然。まだ余裕のある愛利は、馬鹿にした鼻笑いをする。


「まぁでも、どーやらアタシの方が一枚 上手(うわて)みたいね。ドクズ野郎」


「はは。そう、みたいだな。あとお前の話し方、超ウゼェ」


「それなー。アンタの話し方も超うぜー」


 北条には愛利と戦う前に、星宮と朝比奈を相手にしていたハンデがある。だがそれがなかったとしても愛利に及ばない。でもそれは純粋な戦闘力でぶつかりあった話だ。


「めんどくせーな、ほんと。なんなんだよ、この女は......」


 相当愛利を嫌がってるようで、髪を乱暴に掻きむしりながら空を仰ぐ。それを見て愛利は内心でほくそ笑んだ。ざまぁみろといったところだ。


 しかし北条が顔を正面に戻したとき、先程の疲弊した表情はもう消えていた。


「――はぁ。穏便に済ますとか、もうどうでもいいか。目標変更だ」


「っ?」


 ふと、北条の放つオーラが変わる。何か不気味なモノを感じた愛利は、直ぐさま地を蹴って北条に直進する。何かをされる前に、先制攻撃だ。愛利の蹴りが、北条の顔面を狙う。


「ちょ、は?」


 しかし愛利の蹴りは空を切った。そして愛利の視界に映る北条の背中。今回は避けられたのではなく、間合いから逃げられた。困惑する愛利だが、直ぐに北条の”狙い”に気づく。


「っ、あのドクズ!」


 北条の向かう先は、気絶する星宮だった。おそらく、動けない星宮を脅しに利用するつもりなのだろう。北条という男はどこまで性根が腐っているのか。しかし星宮を脅しに利用されたら愛利に打てる手はなくなる。


 そうはさせないと、愛利も北条を追いかけた。蹴りを外したせいでタイムロスはあったが、まだ間に合うはずだ。


「――て、思わせて」


「!?」


 何故か、走る北条が急停止した。予想外の行動に、北条への警戒を解いていた愛利は反応が遅れる。その瞬間、嫌な予感が背筋に冷たく伝わっていった。こちらも急停止し、急いで臨戦態勢に戻ろうとするが――、


「ストラーイク!」


 振り返った北条から放たれる重たい拳が、愛利の顔面を打ち抜いていた。

 

今年最後の更新です。来年には完結します

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