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◆第14話◆ 『一歩踏み出した勇気』


「うぐぅぅぅ......」


「ど、どうしたんですか天馬くん」


 突然呻き声を出す庵。気まずさに耐えられなくなってしまい限界を迎えたことによって、声が漏れてしまったようだ。星宮が慌てた様子で心配してくれるが、今はその星宮を見ることすら息苦しい。


「っ。はぁ......はぁ......」


 胸に手を当てて悶える体に冷静を促す。ゆっくりとゆっくりと呼吸を整えて、作り笑いを浮かべた。思考がうまくまとまらず、何を喋ればいいか分からない。


「はは、ははは。急に変な声出してごめん。今日はもう解散しよっか」

(あー......死にたい)


「あ......はい。そう......ですね」


 同じく気まずそうに笑みを浮かべる星宮。宝石級美少女に気まずい思いをさせてしまったと感じた庵は、申し訳なさで胸がいっぱいになる。


「その......せっかく来てくれたのにごめんな」


「いえっ。全然大丈夫です」

 

 手をぱたぱたと振る星宮。冷たい風が二人の間を過ぎ去っていった。まるで二人の重たい会話を嘲笑うかのような、冷えた風だった。


「あ。それじゃあ私は帰ります......またね天馬くん」


「あ、ああ。また」


「うん」


 作り笑いを浮かべてお別れの挨拶をする。

 

 最後の最後までぎこちない会話をした二人。もう少し何とか会話を続けれなかったのかと後悔するが時すでに遅し。星宮は庵に背を向けて、天馬家の敷地から出ようとしていて――、


「――きゃっ」


 突然、小さな悲鳴が聞こえた。


 家の中へ戻ろうとしていた庵が後ろを振り返れば、そこには地面に倒れて手をつく星宮の姿があった。星宮の持っていたトートバッグが無造作に転がってしまっている。星宮は痛そうに目を瞑って、顔を歪めていた。


「っ。大丈夫か! 星宮っ」


 考えるよりも先に体が動く。庵はすぐさま星宮に駆け寄り、隣に屈んで状態を確認した。


「血が......っ」


 色白な星宮の素足は、擦りむいてしまったのか砂ぼこりと血が付着していた。かなり痛々しく怪我をしていて、無視できるほどの傷じゃないことが察せられる。


 息を荒げた星宮がゆっくりと腰を上げた。思わず星宮に触れかけてしまって、すぐに手を引っ込める。


「ごめんなさいっ。ちょっと、何かに躓いて......」


「何かって......あっ」


 視線を横にずらせば、中身の飛び出た観葉植物の鉢が転がっていた。星宮はこの鉢に足をぶつけて転んでしまったのだろう。こんなところに鉢を置いたのは青美以外にありえない。頭の中に浮かぶ青美を庵は強く恨んだ。


 思わぬアクシデントが起きたが、幸いにも庵の家が今目の前にある。慌てずに冷静な対処をするべきだ。


「とりあえず星宮、歩けるか? 俺の家に救急箱があるからそれで手当てしよう」


「そんなことしなくても全然大丈夫......大した傷じゃないから天馬くんはもう家に戻っていいよ」


「大した傷じゃないわけないだろ。それに、俺がそんな薄情なことするわけがあるか。とにかく俺の部屋来い」


「えっ。は、はい......」


 怪我をした彼女を無視して自室に戻るなんて真似、例え相手が彼女でなくともやっていい行為ではない。庵ははっきりとした口調で、無茶苦茶なことを言う星宮を黙らせた。


「それで星宮、歩けそうか?」


「多分......大丈夫、です」


「......」


 本人はそう言うものの、一歩ずつ歩く星宮の姿はどこかおぼつかない。やはり片足を大きく擦りむいているのが原因なのだろう。よろよろとした歩き方に、また転んでしまわないかという不安が芽生える。


 漫画での知識だが、彼氏はこういう状況のときお姫様抱っこなどをして彼女を助けていた。しかし、庵にそんなことをする勇気はない。でも一切の手助け無しで星宮を自室まで連れ込ませるのは、あまりにも薄情だ。


 だから――、


「えっ」


 星宮が驚いた声を上げる。それもそのはず、庵が無言で星宮の手を握ったからだ。触っていいかと許可を取らなかったのは、恥ずかしいから、というあまりにも情けない理由だ。


 庵の手に包まれる華奢な星宮の手。異性の手というものは思った以上に柔らかく、強く握れば壊れてしまいそうだ。ひんやりとした手だか、星宮の熱は確かに庵に伝わる。


 時間がゆっくりと動き始めたかのような錯覚に庵は襲われた。甘酸っぱい空気を全身に感じて、視線を星宮に合わせることができない。


 それでも、もう少し勇気を振り絞って言葉を放つ。


「その......また転んだらいけないからさ。勝手に触ってごめん」


「あっ。全然大丈夫です。......助かります」


 お互いに顔を赤くして、それっきり会話は途絶える。でも二人の手はしっかりと繋がれたままだ。


 何気に星宮と庵のスキンシップはこれが初めてだった。付き合ってるくせに二人は一度もお互いの肌に触れたことがない。ただ触れる機会がなかっただけなのかもしれないが、それでも二人の関係には、スキンシップという行為にまでは至らない大きな壁が存在していたのだ。


(落ち着け......俺)

 

 ドキドキする心臓を抑える。繋いだ手を離されたらどうしようと心配していたがいらない心配だった。呼吸が詰まるほどの緊張感に支配されるが、それは隣の星宮も同じのはずだ。


 初めての異性との触れあい。お互いに冷静が保てるわけがないだろう。


「......」

 

 ちらりと隣を見れば頬を赤くして俯く星宮の顔が見える。その表情は、単に恥ずかしがっているだけなのか、または嫌がっているのか、どう捉えようか庵は邪推してしまう。


 星宮が庵を交際相手として見てくれていると言うことは信じている。しかし、恋愛感情が無い関係で、どこまでの行為を二人がしていいかは不明瞭だ。だからこそこのスキンシップは不安になる。


 様々な感情が混ざりあって爆発しそうになるが、それでも今は星宮を信じることにした。きっと星宮が嫌がっていない、と。


「......天馬くん」


「なんだ?」


「その......ありがとう、ございます」


「......ああ」


 天馬庵と星宮琥珀の、お互いに恋愛感情が無く、ぎこちない交際関係。その二人の関係は少しずつ少しずつ濃いものへと染まっていく。焦れったく、ゆっくりと。

お互いにまだ壁はありますけど、少しずつ心の距離は縮んでいきます。二人の関係が深まりきるまで、どうか温かい目で見守ってあげてください

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