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宝石級美少女の命を救ったら付き合うことになりました  作者: マムル
第三章・後編

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◆第129話◆ 『狂気・凶器』


 庵が意識を失った瞬間まで、時は戻る。


 何故、急に庵がその場にぶっ倒れてしまったのか。その真相を知るのは、直前まで庵と会話をしていた星宮のみ。硬い音だけが響き、庵の声が公園から消えた瞬間、何が起こったのか。


「きゃぁぁぁぁ!」


 ”あの”続き。まず、らしくもない星宮の悲鳴が、夜の公園に響き渡った。普段からあまり声量の大きくない星宮の叫び声なんて、滅多に聞けることはないだろう。


 叫んだあと、星宮がおろおろと一歩ずつ眼の前のぶっ倒れた庵から距離を取っていく――否、庵の背後に佇む人物から距離を取っていた。先程の叫びの理由は庵がぶっ倒れたことについても勿論あるが、理由はそれだけじゃなかった。


「ちょっと北条くん、やりすぎでしょこれ。真面目に死んだりとかしたら笑えないんだけど」


「加減はしてるし、たぶん息もしてるだろ。というか、今は天馬を気遣ってやる余裕がなかったから手荒な真似になったのは仕方ない」


 庵の背後に立つ二人の男女の影。一人は、今庵を襲った凶器と思われる太い木の棒を手にし、悪びれもせず薄ら笑いを浮かべている。もう一人の方は、そんな狂気的な男の様子を見て、だいぶ焦っているようだ。


「たぶん息もしてるって......北条くん、人をなんだと思ってんの」


「人は人だと思ってるが? 朝比奈、お前俺のやり方に文句でもあるのか?」


「......ないわよ」


 苦言を呈する女――朝比奈に対し、対する男――北条は威圧的な態度を見せて、朝比奈を黙らせた。恐怖で震える星宮を他所に行われていたやり取りだが、ついに北条の視線が星宮を向く。それに合わせて、曇った朝比奈の瞳も、星宮を映した。


「よぉ星宮。こんな夜遅くに、こんなとこでコソコソと何してたんだよ」


「ぁ......い、いやっ。な、んで」


 投げかけられた、北条からの言葉。それだけで、星宮の心は恐怖に染まり上がっていく。なんでここに北条と朝比奈が居るかなんて、そんな思考すらできない。頭は真っ白になって、北条との会話なんて到底できそうにない。意味もなく一歩ずつ震えながら後ずさって、声ならぬ声が漏れてしまう。


「――逃げるなよ」


「ぅあ!」


 逃げる星宮に対し、一気に詰め寄った北条が星宮の腕を乱暴に掴んだ。あまりに乱暴に掴むので、星宮の着ていたカーディガンが悲鳴を上げる。涙さえ浮かぶ星宮の目と、狂気に満ちて爛々とする北条の目が合った。


「は、離してくだっ、い、いやっ!」


「逃げるな。俺の質問に答えろよ星宮。こんな夜中に、元カレとコソコソ密会して何の話をしてたのかって聞いてんだよ!」


「い。いやですっ、いやっ!」


「ちっ」


 焦りと恐怖で最早北条の言葉は耳に届いていない星宮。手や足をジタバタとさせるが、北条の怪力には到底星宮では抗えない。会話が成立せず、苛立った様子を見せた北条が大きく舌打ちをした。北条の空いた片方の腕に力が込められる。


 ――何も手を出さず、ただその様子を傍観していただけの朝比奈が目を見張ったのはこの瞬間だ。


「ちょ、ちょっと北条くん!? それはさすがにダメだって!!!」


「黙ってろ」


 朝比奈の叫びが聞こえた瞬間だ。星宮の視界が一変した。鋭い衝撃を頭部に感じ、視界がグワンと揺らいで、体のバランスを崩し、冷たい地面に体ごと叩きつけられる。遅れて、今までに感じたことのないような激痛がやってきて、星宮はその場にうずくまった。


「あッ......っ」


 先程とは違い、星宮は叫んだりはしなかった。でも、星宮を襲った衝撃はヒシヒシと苦痛を与え、その場から動けなくなる。そして、それを成した人物――北条は、悪びれもせず、うずくまる星宮を見下ろし、冷徹な視線を向けた。


「......マジで、バカでしょ、北条くん」


 今起きたことを間近で見させられた朝比奈は、北条に対して本気で引いていた。だが、それもそのはずだ。


 ――先程、庵の意識を刈り取った凶器の木の棒が、星宮に対してまで振るわれたのだから。



***



 体が熱い。特に殴られた頭が熱い。こんな痛み感じるのは初めてだから、どうしていいか分からない。呼吸がおかしくなって、頭がおかしくなって、その場をのたうち回りたいくらいだ。こんな痛み、涙が堪えられるわけなくて、視界は曇った窓ガラスみたいに悪くなって、ポツポツと何度も涙が溢れていた。


「うぐ......」


 一向に引かない痛み。また殴られるのではという恐怖。最早、このまま殺されるのではとさえ思えてくる。どうせなら、さっきの庵みたいに意識ごと吹っ飛ばしてほしかった。そうしたらこんな地獄を味合わなくてすんだのに。どうして、ここまでついていないのだろうか。


「ちょっと、あんた......星宮。大丈夫、なの?」


「......っ」


 あんまりな仕打ちに、敵であるはずの朝比奈が星宮に駆け寄り心配してきた。しかし、それどころではない星宮は、痛みに堪えるのに必死で反応することができない。

 

「え、これ......ちょ、ちょっと北条くん! 星宮、頭から血出てるけど!? これどうすんのよ!」


 星宮はうずくまっていて気づけなかったが、どうやら星宮は出血しているらしい。声のトーンが変わった朝比奈が、北条にヘルプを求める。だが、勿論というべきか、北条の冷徹な視線は依然として変わらなかった。


「頭から血出たくらいで騒ぐなよ。ていうか朝比奈、お前は俺の味方のはずだろ。何星宮の心配なんかしてんだ」


「は? 今敵味方とか関係ないでしょ。これで傷口にバイキンとか入って大変なことになったら、北条くんどう責任取るつもりなのよ!」


「知らねぇよ」


「知らないって......」


 北条のあまりの無責任さに、朝比奈は苦い表情をする。彼と会話するのは無駄と感じた朝比奈は、早々に会話を切り上げ、未だ苦しむ星宮に視線を戻した。何か自分にできることはないか考え、ハッとした朝比奈はダウンのポケットに手を突っ込む。


「ちょっと星宮。これ、私のハンカチ貸してあげるから、これで......」


「はぁっ......はぁっ......」


 星宮のためにハンカチを取り出した朝比奈だが、そんな朝比奈の好意を受けられないほど、今の星宮は状態が悪い。少しでも体を動かすことさえ憚られるくらい、辛いのだ。軽く息を飲んだ朝比奈の手が、プルプルと震える。


「わかった、わよ」


 何かを諦めたような顔をし、朝比奈は自分のハンカチを星宮の傷口に代わりに優しく押さえつけた。昔、朝比奈が星宮のことをイジメていた頃を思えば、本当に信じられないような光景だ。ただ、今星宮を助けてあげられるのは、例え敵だとしても、朝比奈しか居ない。


「へぇ、優しいな朝比奈。お前、星宮のこと嫌いじゃなかったのか?」


「うっさいっ。今、それどころじゃないでしょ。あんたのせいで、星宮が......」


「は。お前も変わったな。あんだけ星宮のことを死ぬほど恨んでた頃のお前が恋しいよ」


「っ。北条くんさ、ちょっと時と場合考えてよっ。頭から血流してる人いたら、嫌いなやつだとしても、誰だって心配するでしょ!」


 北条と言い合いをしながら、不器用ながらも星宮を労ろうとする朝比奈。そんな二人のやり取りを他所に、ようやく星宮の痛みが落ち着いてきていた。呼吸は未だ荒いが、涙も止まって、先程よりはよっぽどマシ。グラグラする頭はまだ健在だが、とりあえず体を少し起こす。


「ありがとう、ございます。朝比奈さん」


「っ。星宮。大丈夫、なの」


「それはちょっと、大丈夫じゃないかもしれません」


 精一杯愛想笑いを浮かべようとする星宮だが、首あたりに滲む汗と、綺麗な雪色の髪に付着した赤色の血を見れば、何も大丈夫でないことがよく分かる。朝比奈はハンカチを星宮に渡すようなことはせず、そのまま自分が押さえ続けた。


「......えっと、朝比奈さん、ハンカチは......貸してくれるなら、私が自分で持ちます」


「そういうのいい。私がやるから。別に気にしないで」


 星宮の申し出を一秒の隙もなく断った朝比奈。その真面目な朝比奈の視線を受けて、星宮は目を見張った。そして朝比奈から視線を逸らし、切ない声で、小さく呟いた。


「......やっぱり、朝比奈さんは優しいんですね」


「......そういうのも、やめて。私はあんたの敵なんだから」


 ポロリと溢れた星宮の言葉は、紛れもない星宮の本音だった。廃屋に騙されて朝比奈に連れていかれたとき、朝比奈の評価は再び地の底に落ちたが、やっぱり違った。今の朝比奈の優しさは本物だと、今なら分かる。これが、紛れもない朝比奈の姿。最初から、そうだったのだ。イジメを受けたときも、ただ気の強くてプライドの高い、北条に踊らされてただけの、哀れな女だった。


 北条側にさえ染まらなかったら、彼女とは本当に仲良くできたのだろう。


「二人で仲良さそうにしてるとこ悪いが、ちょっと場所変えるぞ。公園は目立つ」


 不意に、水を差すかのような悪魔の声が二人に投げかけられた。それにいち早く反応したのは朝比奈。藍色のツインテールを大きく揺らし、一瞬で北条に視線を向けた。


「何言ってんの北条くん。今、星宮が動けるわけないでしょ」


「うるせぇよ。お前、本当にどっちの味方だ。星宮につくなら、お前も天馬と星宮みたいにぶん殴ってやろうか?」


「......」


 イライラとした北条の言葉に、朝比奈は反論ができない。さっきから星宮を労っているとはいえ、朝比奈が星宮の敵であることは未だ変わらないのだ。過度に星宮を助けるような真似をしたら、今度は朝比奈の立場が危うくなる。朝比奈は悔しそうにため息をつきながら、北条に視線を向け直した。


「分かったわよ。でも、あそこで伸びてる天馬庵はどうすんの」


「ほっとけ。そのうち起きるだろ」


「......」


 もう何を言ってもダメだと悟った朝比奈は、星宮に言葉をかけてからハンカチを手渡した。そうして、星宮がゆっくりと立ち上がる。立ち上がった瞬間、ぐらりと星宮がふらついたので、朝比奈が直ぐにその体を支えた。


「......少し、歩くわよ」


「......はい」


 先に釘を刺しておくが、何も状況は変わっていない。優しさを見せる朝比奈は敵のままだし、北条は木の棒を振り回す程に頭がイカれている。こんな状況で、スマホすら手元にない星宮が手ぶらで何ができるというのか。それに、北条の苛立った様子からして、もうこれ以上、朝比奈の優しさは期待しないほうがいい。



「さて星宮。人目のつかないところで、ゆっくり俺と話そうぜ」


 太い木の棒を肩に担ぎ、気味悪く星宮に笑いかける。狂気が凶器を持つなんて、鬼に金棒という言葉がお似合いだ。もうここ最近何回訪れたかすら分からないピンチの再来に、星宮はマリンブルー色の瞳を絶望の色に曇らせる。


 そうして三人は、気絶したままの庵を残して、公園から離れていった。

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