◆第13話◆ 『宝石級美少女は眩しすぎます』
――ピンポーン。軽快な音を立てて、家にチャイムの音が響いた。
「あら、誰かしら」
「やめろ母さん! 俺が出る」
皿洗いを中断した青美が玄関へ向かおうとするので、庵は青美の進行方向に立ち阻み、動きを封じた。その奇行に青美は目を丸くする。
重なるピンチに庵の寝起きの頭はパンク寸前。青美が家に居ることに気づいた後、すぐに家のチャイムが鳴ってしまうとは。十中八九、星宮が家に来たのだろう。
「どうしたの庵。もしかして庵のお友達でも来たの?」
「あ、ああ。そうそう。多分 暁が来たんだよ。だから母さんは引っ込んでてくれ」
母さんの言ってることは当たらずとも遠からず。天馬家に訪れたのは庵の彼女だ。
「だったらそんなに慌てることないじゃない。何でそんなに慌てる必要があるのよ。何か疚しいことでも隠してるの?」
「んなわけないから。ただ、暁と母さんを会わせたくないんだよ」
「なんでなのよ。別に挨拶くらいしたっていいじゃない」
「ダメなものはダメだ」
死闘の末、ようやく青美は「頑固な子ねぇ」と言って渋々シンクへと戻っていた。その様子に庵は胸を撫で下ろしてから、壁にかかっている時計を確認する。
「九時五十五分って......もうこんな時間だったのかよ」
どうやら約束の時間ギリギリまで眠っていたようだった。自分のだらしなさに溜め息をついて、玄関まで足を運ぶ。とはいっても今の庵は寝癖まみれのパジャマ姿のままだ。見苦しいにも程がある。
この状態のため、とりあえず星宮に一言言わないといけない。
「......星宮か?」
「あ、はい。そうです」
扉越しに見えるシルエット。やはり家に来ていたのは星宮だったようだ。
「ごめんけどちょっと待ってて。俺まだパジャマなんだよ」
「あぁ、分かりました。全然大丈夫です」
「サンキュ」
星宮を外に待たせるのは申し訳ないが、庵も星宮と対面するにはそれなりの身だしなみくらい整えたい。許可を貰ってすぐに庵は自室へとダッシュした。
「今日は家に星宮を入れるのは無理だな......」
私服に着替えながら呟く。青美という『彼女探知機』が家に存在する以上、星宮を自室に招き入れるのはあまりにもリスクが大きい。
青美に星宮の存在がバレたら庵は質問攻めをくらうのは間違いないし、星宮も青美に何されるか分からない。面倒事を嫌う庵にとって、青美には絶対に星宮の存在をバラすわけにはいかないのだ。
***
それなりに身だしなみが整ったところで、星宮が待つ玄関の扉を開く。扉の先には、目が眩んでしまうほどの宝石級美少女が立っていた。
「おはようございます。天馬くん」
「おはよう」
会って早々、庵は視線のやり場に困った。その理由は星宮が着ていた私服にある。
灰色のシンプルな色のスカートに、オフショルダーと呼ばれる肩部分が開いている白のトップス。その肩から肌色の小さなトートバッグをかけていた。
星宮は何を着ても似合いそうではあるが、これは反則だった。庵は初めて星宮の私服を見たわけだが、ファッションを知らない庵の目が見ても星宮は綺麗だった。星宮という素材を活かした素晴らしい衣服。好きではないといっても、流石にこんな綺麗な女子が目の前に居れば照れてしまう。
「......」
「どうしたんですか天馬くん。いきなりボーッとして」
「ああいや、別に何でもない。ちょっと外が眩しくてさ」
「......? そんなに眩しいですか?」
「眩しいよ」
正確には星宮が眩しいのだが、流石に会って早々話す内容ではない。星宮は若干困り顔で納得したようだが、果たして彼女は自身の容姿の眩しさに気づいているのだろうか。
(って、俺は何眩しがってんだよ)
心の中で気持ちを切り替える。庵は星宮に『今日は家に入れられない』と話さないといけない。家まで来てもらっていて申し訳ないが、青美が居る以上ダメだ。
「あーっと、ごめんけど星宮、今日は母さんか家に居るから、ちょっと家はダメなんだ」
「あぁ、お母さん。分かりました、全然大丈夫ですよ」
手を合わせて謝れば、星宮はにこやかに微笑んで許してくれた。その天使のような笑顔に心の底から感謝する。
「先に無茶を言ったのは私です。私こそ、昨日の夜に突然無茶を言ってごめんなさい」
「いやいや全然無茶じゃないよ。オッケーしたのは俺なんだし、謝らないでくれ」
お互いに謝り合うことで両者に心の余裕が生まれる。二人とも謝ることになったのがどこかおかしかったのか、星宮がくすりと笑った。
「それじゃあ、お相子ということにしましょ。天馬くん」
「それもそうだな。んじゃお相子ってことで」
乾いた笑い声を出す。そして笑いながら庵は思う。家が無理になった以上、話し合いもすることができない。これから星宮と何を話せばいいのだろう。
「はは......」
「......」
笑いも過ぎ去り、訪れたのは沈黙。心の余裕が一気に消える。庵が一番不安に思っていた事態が現実となってしまった。心配事の九割は起こらないという説を呪いたくなる。
ぷつんと途絶えた会話の後に続く、気まずい沈黙が二人を包んだ。
「......」
会話がなくなり、星宮も居心地悪そうにもじもじとしだした。
「......あーっと、今日はどうする?」
「あ。そ、そうですね。今日はもう解散という形でもいいですよ。話し合いくらい別日でもいいので」
「そっか......」
適当に話題を振るも、展開されるのはぎこちなさすぎる会話。昨日の一件で距離が縮まったとは思ったが、やはり二人はまだお互いの距離感を理解しきれていなかったようだ。
カップルなら沈黙でも気まずくないというが、庵は穴があったら入りたいくらいのレベルで気まずかった。星宮にも気まずい思いをさせていると思えば、更に死にたくなる。
「......今日は良い天気だな」
「え。そ、そうですね」
この流れの中で最悪の話題を振ってしまったことに後悔した。天気の話題を振る彼氏など、トーク力が無いと思われても仕方ない。
またもや会話が途切れて、苦笑いのまま庵は硬直する。星宮と視線を合わすことはもうできなかった。
(あー......死にたい)
やっぱり喋り方は一貫性があった方がいいという結論に至ったので、星宮の喋り方が少しずつ変化するという予定を無くします。