◆第11話◆ 『宝石級美少女に怒られました』
夕日が二人を幻想的に照らす。帰宅部の庵は基本的に夕暮れを見る機会なんてないので、久々に見る夕日に妙な感慨を抱いた。
カフェを出た入り口前。オレンジ色の光に照らされる星宮も夕日に負けず劣らず綺麗だ。
「今日は天馬くんに喜んでもらえてよかったです」
「本当美味しいガトーショコラだったよ。こんなとこにこんな店があるなんて初めて知った」
「ふふっ。そうだよね。共感してくれる人が出来て嬉しいです」
本当に嬉しそうに頬を緩ませる星宮。今日の一件で庵と星宮の距離はグッと縮まったのか、自然と会話の中に笑顔がよく含まれるようになっていた。
「でも......申し訳ないな。お金払ってもらって」
「それについては本当に気にしないでください。キーホルダーを取ってもらったお礼という理由も勿論含まれていますけど、私はただ天馬くんにこのお店を知ってもらいたかったんです」
「......そうなのか」
庵は星宮を困らせた罪を償うため、汚いドロの中に手を突っ込んでキーホルダーを救出したのだが、まさかその事に対するお礼を受けるとは思わなかった。
複雑な心境ではあるが、星宮の言う『このお店を知ってもらいたかった』という言葉は本音のようにみえるので、今更遠慮するような発言をするのは失礼だろう。
「今日は俺も久しぶりに楽しかったよ。ありがとな、星宮」
「楽しかったのはお相子ですよ。こちらこそありがとう、です」
星宮に楽しかったと言われてドキリと庵の心臓は跳ねる。楽しかったと思っていたのは自分だけじゃなかったという安心感。最初の庵は緊張して落ち着きがなかったが、今は二人きりの状況を苦とは思わなかった。
「あ、そうだ天馬くん。今度またここに来ましょ。次は違うケーキも食べてみたいですっ」
「えっ」
しれっとそんな提案をする星宮に庵は目を丸くした。つまりこれは、今度またデートをしましょと誘われたようなもの。そのことを理解して、つい庵は顔を赤く染めてしまう。
「嫌......ですか?」
少し間を開けたら星宮に心配そうな顔をされてしまった。庵は慌てて手をブンブンと振る。
「いや全然嫌じゃないよ。むしろ嬉しい......けど、本当に俺なんかとカフェ行って星宮が楽しめるかなーって思ってさ」
最後の部分は自信を失ったように、声量も小さくなった。
元々自分が陰キャという自覚がある庵は自分に自信が無い。星宮がいくら楽しかったと言ってくれても、もしかしたら無理して言ってるのではと勘ぐってしまう。
ひねくれた考えだが、最近は星宮と関わることが増えて、この考えがもっとひねくれだしていたのだ。
「そんなことないですよ。私はちゃんと楽しめてるし、天馬くんはもうちょっと自分に自信を持った方がいいと思います」
「自信って言ってもなぁ......実際俺陰キャだし」
「そういうことをいちいち言うのはダサいですよ」
「うぇ?」
急な星宮のキツいお言葉に、庵は思わず変な声を出す。星宮は少し頬を膨らませて、少々ご立腹のようだった。
「恋愛感情が無いとはいえ私たちは付き合っているんです。それなのにパートナーが自分のことを『いんきゃ』とか卑下するのは見てて嫌です。私は天馬くんに堂々としてもらいたいです」
「お、おう。なるほど......」
パートナーには堂々としてもらいたい。
それを聞いて庵は確かになと思った。逆の立場になって考えて、星宮がずっと『私といて楽しいの?』『私陰キャだよ?』みたいな発言をされたら確かに嫌だ。
謙遜をし過ぎるのは時に害となる。常に自信無さそうにしていれば星宮を心配させてしまうだろう。
「あっ。ご、ごめんなさい。急に失礼なこと言ってしまって......そのっ、ごめんなさい」
冷静になった星宮が繰り返し謝る。星宮が謝る必要は微塵もないのにだ。
「謝らないで星宮。謝るのは俺の方だよ。自分を否定するようなことばかり言ってごめんな」
天馬庵という男は確かに陰キャだ。でも、星宮はそれを知った上で庵と対話をして、同じ時間を共にしている。今になって自分を卑下するなど何を今更といった感じだ。
庵と星宮という人間の価値は、比べれば絶対に釣り合わない。でも星宮はそのことに不満を持っていない。交際だって星宮は続ける選択肢を取ってくれた。
あとは庵が星宮を受け入れるだけなのに何を躊躇うのだ。
「俺、もっと自分に自信が持てるよう頑張るよ。なんか星宮の言葉聞いたらやる気出てきた」
そう庵が言うと、星宮は少し驚いたような顔をした。でもすぐに微笑みを浮かべる。
「はい。期待してます」
***
二人が夕暮れの中、お互いの体を寄せ合いながら帰る、なんて甘酸っぱいイベントは勿論発生しない。発生しないというよりも、お互いにまだ未熟なので発生するわけがなかった。
そもそも庵と星宮が付き合っているという事実は二人だけの秘密なので、自ら関係を周知するような行為はこれからもしないだろう。そのような状態で果たして二人の関係はどこまで発展できるのだろうか。
「ただいま」
自宅に着いた庵はぽつりとそう言う。両親は共働きで、いつも帰ってくるのは夜八時くらいなのでまだ家には居ないはず。いつも通り庵の声が空しく家に響いたと思ったときだ。
「お帰りー庵ー」
「え? 母さん?」
リビングから聞こえた声。紛れもなく庵の母、青美の声だった。庵は真っ直ぐにリビングに向かい、ソファにどかりと座りながらテレビを見る青美の姿を見つける。
「今日は早いな。どうしたんだよ」
「今日は早く仕事が終わったのよ。子供がそんなこと気にしないの」
「別にそのくらい気にしてもいいだろ」
これくらいは家族との他愛もない会話の範疇だろう。庵も高校生なので、この歳であまり子供と舐められるのは気に障る。
「それで庵、こんな時間までどこをほっつき歩いていたのよ。あんた帰宅部でしょ」
「ちょっと友達とカフェに行ってた」
別に嘘はついていない。変に適当なこと言ってボロを出すよりも、真実を混ぜて話した方がボロは出にくい。たまにとてつもなく鋭いとこを突く青美なので油断ならないのだ。
「カフェぇ? あんたが? どういう風の吹き回しよ」
「カフェに行くことくらい今時の高校生じゃ別に珍しくも何もないだろ。友達に誘われたんだよ」
「ふーん......友達って誰のこと?」
「言う必要が無いから言わん」
さすがにここで星宮の名前を出すわけがない。庵は自然な感じで回答を拒めたはずだが、何故か青美は意味深な目を向けてくる。
「女?」
「違う」
正解。青美、やはり恐るべし。
しかし庵が即答したことで諦めたのか、青美はこれ以上この話題に対して言及することはなかった。
些細な変化ですけど、星宮の口調が「○○だよ」など少し距離感の縮んだ喋り方もするように変化していってます