◆第102話◆ 『宝石級美少女の復讐』
――翌日。体育の授業にて。
「はぁ、こんなの目で追えるわけない。コハもうちょっと手加減して」
「そんなこと言われても......これでもだいぶ打ちやすい球を返してるつもりですよ」
今日は卓球の授業。誰と対戦するのも自由なので、星宮はもちろん秋を選んだ。ただ、そこまで運動が得意でない秋と、得意である星宮では良い試合ができない。
目をこすりながらラケットを台に放り投げ、肩をすくめる秋。どうやら星宮との実力差を前に、やる気が削がれてしまったらしい。オタク趣味以外に関することは飽きやすいのだ。
「秋ちゃん卓球苦手なんですか」
「苦手っていうか、そもそも卓球しないから分からない。というか運動嫌い」
「......私はスポーツ楽しいと思いますけどね」
こればっかりは価値観の違いなのでしょうがない。
「はぁ。早く家帰って昨日のアニメの続き見たい。今すごい良いとこなのに」
「前も同じようなこと言ってましたよね......ちなみに昨日は何時に寝たんですか」
「寝てない。余裕でオール。いぇい」
「いぇいじゃないです」
普通の人ならオールと聞いて驚くだろう。星宮だって最初は驚いていた。しかし、秋はオールすることがほぼ常態化している人間。本人曰くショートスリーパーらしいので、授業中に睡眠を取れば問題ないらしい。健康面についてはだいぶ心配だが、この生活を数年続けてきているらしいので、今更星宮が何を言おうと無駄なのだ。星宮が今まで脳内でメモしてきたデータによれば、秋は平均週5でオールしている計算になる。
「......夜ふかしは体に悪いですよ。肌にも悪いし、体の疲れが抜けないしで悪いこと尽くしです」
「私肌全然きれいだと思うんだけど。触る?」
「え。――触ります」
ふいに秋が顔を近づけてきた。星宮に脳裏に一瞬のためらいが走るが、一瞬だけだ。星宮は真面目な顔つきで秋の両頬を優しく掴む。心の中の星宮は少し口角が上がっていた。
「......いつまで触ってるの」
「あ、ごめんなさい。つい......もちもちで」
可愛くてと言おうとした星宮だが、今は肌の話なので関係のないことを言うのはやめておいた。言ったとしても、そっけない反応をされそうではあるが。
「ま、肌の話するならコハの方がきれいそうだけど。触っていい?」
「別いいですよー」
秋の手が星宮に迫る。
「っ。ちょっと、痛いですっ」
「ごめん、わざと」
加減を感じられない力加減で星宮の片頬をむにっと引っ張った秋。直ぐに離してはくれたが、にやついた秋の表情が目の前に。まんまとやられた星宮は、若干涙目になりながら仕返しをしようとする。
「何するんですか秋ちゃんっ。やられたらやりかえしますよっ」
「わー、こわーい」
棒読みであからさまにおちょくってる秋。星宮はどうしたものかと手を伸ばす。とりあえず秋の頬を引っ張ってみようとするが――、
「――む。こらお前らー、サボってないで試合しろ」
タイミング悪く体育教師に見つかってしまい、星宮はビクンと肩を跳ねさせた。先生にあまり怒られたことのない星宮は、先生耐性がない。ましてや男の厳つい体育の先生なので、一瞬にして星宮の背筋が凍りつく。すぐさま秋に伸ばしかけていた手を戻した。
「っ!? ご、ごめんなさいっ」
とっさに謝れば、体育教師は「気をつけろよ―」とだけ言い残し、どこかへと去っていった。星宮は深く息を吐きながら、胸を撫で下ろす。久しぶりにとてもヒヤヒヤした。
「はっ。コハ驚きすぎ。先生がそんなに怖い?」
「うるさいです......早く卓球しますよ、秋ちゃん。またあの先生に見つかったらまずいです」
「まだ休憩したい」
「ダメです。早くラケット持ってください」
やれやれといった感じで腰を上げ、台のある場所まで戻る秋。星宮も水筒で水分補給してから、秋が待つ台まで移動する。ただ、その途中で目についたものがあって――、
「あれは......」
視線の先、朝比奈と北条のペアが卓球をしていた。北条は爽やかな笑みを浮かべ、朝比奈は難しそうな顔をしている。気になったので、星宮は会話の盗み聞きを始めた。
「あぁもう腹立つ。球飛びすぎなんだけど! 私の使ってる球だけ絶対壊れてる。挙動がありえないしっ!」
「はは、どんまい朝比奈さん」
「笑わないでよ北条くんっ。てか、もうちょっと手加減して。私こういうの苦手なんだから」
藍色のツインテールを揺らしながらプンスカと腹を立てているのは朝比奈。さっき秋と同じような会話をしていたのを思い出し、星宮は苦笑する。そして、見た感じだと朝比奈は秋よりも卓球が苦手そうだった。やり方がどうこうより、ラケットの持ち方がそもそも間違っているのだ。
(北条くん、朝比奈さんに教えてあげたらいいのに......二人って付き合ってるんですよね)
北条は普通に卓球ができているので、基礎は分かっているはずだ。なら、朝比奈の間違いも分かっているはず。理由は分からないが、見て見ぬ振りをしているのか。
「......あ、これってもしかしてチャンスですか」
ふと星宮は閃いた。今、朝比奈に話しかけるチャンスなのでは、と。ここでうまいように卓球のやり方を教えてあげれれば、朝比奈と少しは仲良くできるかもしれない。余計なおせっかいかもしれないけど、やらずに後悔するより、やって後悔したほうがマシだ。
「......言ってみますか」
朝比奈に心を開かせて、良好な関係に捻じ曲げてしまうことが、星宮の朝比奈に対する『復讐』。これは、その第一歩だ。
「ふぅ」
軽く深呼吸。朝比奈を恐れるな。大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせて、歩み寄る。
「あの、朝比奈さん」
緊張で思うように声が出ず、語尾は消え入りそうだった。しかし目的の相手には届いたようで、朝比奈と北条の視線が同時に突き刺さる。胸がどきりとするが、ここで屈してしまったらダメだ。話しかけてしまった以上、もう引き返せない。
もともと曇っていた朝比奈の表情がさらに曇る。
「なに。なんの用」
「その、ラケットの持ち方間違ってますよ......っていうのを伝えたくて」
「は?」
返ってきた言葉は「は?」というたった一文字。こうなる予想はしていた星宮だが、だからといってこの先かける言葉は何も考えていない。嫌そうな朝比奈の視線が突き刺さり、さっきまでは意気込んでいた心も縮こまってしまった。
(は?ってなんですか、は?って。やっぱり、無理ですっ)
朝比奈の圧に負け、撤退の二文字が頭にちらつきだした。しかし、思わぬ救いの手が星宮に伸ばされる。
「――え? そうなんだ星宮さん! それなら、朝比奈さんにラケットの持ち方を教えてあげてくれないかな」
「え?」
救いの手を伸ばしたのは北条。百点満点スマイルとともに、最高のアシストをしてくれた。星宮はうつむきかけていた顔を上げ、表情を明るくさせる。
だが、勝手に話を進められた朝比奈の表情は明るくない。
「ちょっと北条くん! 勝手なこと言わないでよ! なんで私がこいつなんかに教わらなきゃなんないの! 絶対イヤ!」
「別いいじゃない。星宮さんだって、勇気を出して朝比奈さんに話しかけてくれたんだ。俺はその勇気を尊重したいよ」
「やだやだ無理無理絶対イヤ! 北条くん教えてよ!」
「それはちょっと無理かなぁ、ごめんね朝比奈さん」
目の前で躊躇なくボロクソ言ってくれるので、星宮は苦笑いを隠せない。嫌われているのは分かっていたが、まさかここまでとは。しかし、ここまで北条がアシストをしてくれたのだから後は押すだけだ。
「朝比奈さん、ラケットの持ち方はですね」
「っ」
星宮が朝比奈の直ぐ隣まで近づく。そのまま強引に星宮は説明は始めた。星宮は心臓ドキドキだが、これも復讐の一環。朝比奈の引きつった表情と、北条の嬉しそうな表情。朝比奈はしぶしぶとラケットを手にする。
「えっと、まずは私の真似を......」
「嫌ぁ......」
最終的に折れたのは朝比奈の方。嫌そうながらも、星宮が教えてる最中は意外と素直だった。
***
「わざわざありがとう星宮さん。俺の代わりに教えてくれて」
「いえ、そんな大したことは......してないつもりです」
ラケットの持ち方と、ついで球の打ち方も教えた星宮。若干青白い顔をする朝比奈は、さっき星宮に教わったばかりのラケットの持ち方をしている。
「じゃあ朝比奈さん、俺ともう一回勝負しようか」
「......別にいいけど」
北条の誘いにしぶしぶといった様子で乗る朝比奈。せっかくなので星宮も観戦をさせてもらうことにする。球を手に取った朝比奈が、はぁと一つ溜め息をついた。
「じゃ、いくよ」
最初にサーブを打つのは朝比奈。さっき星宮に教わったとおりの角度で球をラケットに当て、北条のエリアまでバウンドさせる。とりあえずのスタートラインは越えれた。あとは焦らずラリーを続けていくだけだ。
「――あっ」
北条の短な声。朝比奈から放たれた球を返し損ね、落としてしまった。おそらくわざと朝比奈のために負けてあげたのだろうが、そこにツッコミをするほど星宮は空気が読めない人間ではない。変わらず無表情な朝比奈に向かって、満面の笑みを浮かべる。
「すごいじゃないですか、朝比奈さんっ。勝てたじゃないですかっ。とても上手でしたよ!」
「......」
転がっていった球を拾って戻ってきた北条も、同じく爽やかな笑み浮かべる。
「いやぁ、完敗だよ朝比奈さん。良いカウンターだったね」
「......」
必要以上に褒められまくり、少し頬を赤くさせる朝比奈。ラケットを台の上に置いて、星宮と北条に背を向けてしまう。ぽつりと、小さな声が溢れた。
「......あんたたち、うるさい」
あからさまな照れ隠しの言葉。可愛いところを見せた朝比奈に、星宮はクスリと隠さずに笑ってしまう。やっぱり朝比奈だって普通の女子なのだ。北条も「ちょっと褒め過ぎちゃったか」と笑いながらこっそり漏らしている。
斯くして、星宮の復讐は思わぬ形で大きな進展を見せた。
(忘れ去られた秋)
近いうちに登場人物もう一人だけ増えます。完全に忘れてました。本当にすみません




