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◆第100話◆ 『宝石級美少女の過去』


 それは、約十年前の話。私がまだ幼稚園生で、体も心も幼いとき。たくさんのお友達がいて、みんなでワイワイと遊んでいたことを今でも覚えている。お歌を歌ったり、工作したり、絵を描いたり、先生と一緒に楽しいことをいっぱいして、とても充実した幼稚園生活を送っていた。


 私が楽しいんだから、みんなも楽しいのだと、幼いころの私は勝手にそう思い込んでいた。でも、それは大きな間違いで、その間違いが悲しい事態を引き起こすことになってしまうなんて、そのときの私は微塵も想像できていなかったと思う。


 これは、幼い頃の私と、一人の男の子の話。


「――エメラルドくん。何してるの」


 話しかけたのは、黙々とおりがみを折っている新開黄緑しんかいエメラルドくん。明るい短な茶髪をしている、いつもむっすりとしている男の子。私が話しかけても、エメラルドくんは返事をしてくれない。それを不満に思い、つい体に触れてしまう。


「ねーえ、みんなお歌歌ってるよ。エメラルドくんも、きて」


 腕を引っ張り、みんなの場所まで引っ張ろうとする。でも、折り紙の邪魔をされたエメラルドくんが怒って、私の手を振り払った。


「やめてよっ」


「なんでなのっ」


 エメラルドくんがなんでみんなところに来ないのか理解できず、私も熱くなってしまう。みんなと一緒に居たほうが絶対楽しいのに、なんでわざわざ一人で居るのか分からない。それに、エメラルドくんはさっきから一度も私に目を合わせてくれなかった。


「......俺は、折り紙のほうが楽しい」


 ぽつりと、そう溢す。やっぱりエメラルドくんの言うことが理解できない私は、首を傾げて、大きな声でこう言った。


「変なの」


「っ!」


 何の悪意もない、ただ思ったことを口にしただけの、短くてシンプルな一言。それが、一体どれだけエメラルドくんの心を抉っていたのか、当時の私はちっとも理解できていなかった。



***



 ――エメラルドくんは、生まれつき体が弱かった。みんなが平然とこなせる事を、エメラルドくんは倍の時間と体力を使ってこなす。いつだって大変そうに、汗だくになりながら、みんなに食らいつこうとしていた。しかし、強い意志があったとしても、それに体が追いついてくれるわけではない。現実は無情なのだ。


 今日だって、また辛そうに、私たちに食らいつこうとする。


「はぁっ。はぁっ」


 この日は、近々控える運動会の練習――主に、かけっこの練習を行っていた。まばゆい光を放つ太陽がグラウンドを強く照らしていて、突き刺さるような暑さが私たちを襲う。でも、このくらいの暑さで音を上げてしまうほど、私たちは弱くない。


「――やった。一位!」


 四人で一斉にスタートして、一番だったのは私。無邪気に両手でバンザイをして、全力で喜びの感情を体で表現する。とても暑くて喉も乾いたけれど、一位を取ったことに対する達成感の方が大きくて、辛いことなんか全部忘れてしまった。


「琥珀ちゃんすごいね。もしかして、運動会でも一位を取っちゃうのかな?」


「うんっ。頑張るっ」


 先生が私のことを褒めてくれて、とても嬉しかった。そんな自分が誇らしくて、満たされていて、この頃の私はとても自信に満ちあふれていたと思う。――だから、自分に自信がのない人が、自分のことをどう思っているのかなんてちっとも分からなかった。


「――エメラルドくん!」


 私の元を離れ、血相を変えて走り出す先生。後ろを振り返れば、グラウンドに倒れ込むエメラルドくんの姿があった。目の良い私は、遠くからもエメラルドくんが苦しそうにしているのがよく分かる。全身汗だくで、顔も真っ赤になっていて、だいぶ辛そう。みんなは大丈夫なのに、エメラルドくんだけは大丈夫じゃなかった。


(なんでエメラルドくんは、これくらいで疲れちゃうの)


 先生に担がれるエメラルドくんを見て、私は疑問に思う。エメラルドくんの体が弱いということは先生から聞かされていたけれど、私はエメラルドくんの体についてイマイチ理解ができていなくて、勝手にみんなと同じだと思いこんでしまっていた。


 だから――だから、エメラルドくんを不思議に思ってしまう。仕方のないことなのに、不思議に思ってしまう。


「――こっち、見るなよ」


 見つめているのがバレてしまい、エメラルドくんは顔をしかめる。憎悪のこもった視線を私に向けたあと、そのままどこかへと先生に連れて行かれた。


「やっぱり、変なの」


 雪色の髪の毛をいじりながら、前にも言ったことを口にする。その頃から、私はこの疑問を払拭したいと思いだした。



***



 昼食を食べ終わり、お片付けを始める。お母さんが用意してくれた袋に容器を戻して、あっという間にお片付けは終了。それに気づいた先生が「よくできたね。えらいね」と褒めてくれる。


 その傍ら、まだ黙々と昼食を食べ続ける男の子がいた。考えるより先に足が動き、私はその男の子の傍まで近寄ってしまう。とても嫌そうな表情を向けられてしまった。でも、そんなこと、気にならない。


「なんでまだ食べてるの。みんなもうお片付けしてるよ」


「......」


「ねーえ。なんで、なんで」


「......」


 今思えば、とても鬱陶しいことをしていたのだと理解できる。でも、今は今。昔は昔。好奇心旺盛な私は、止まらなくなった蛇口のように湧き出てくる疑問を抑えることができず、人の気持ちを無視して聞いてしまう。今、エメラルドくんが舌打ちをした。


「俺が食べるのが遅いの。見ればわかるだろ」


「え? なんで遅いの?」


「......あー、知らない知らない」


 質問には答えてくれたけど、詳しくは答えてはくれない。なぜ詳しく答えてくれないのか。その答えに関しては単純。エメラルドくん自身も答えを知りたくないからだ。


 ――他のみんなより劣っているという答えを。


「俺まだご飯食べてるから、みんなのとこ戻って」


「ねーえ、なんで食べるの遅いの?」


「っ。だから、知らないって言ってるだろ。早く戻れよ」


 語気を強め、イライラとした様子を隠さないエメラルドくん。それでも私は、エメラルドくんの傍から離れない。


「こーたーえーてーよー」


「うるさいっ」


 瞬間、エメラルドくんが私のお腹辺りを手で押した。衝撃に耐えられなかった私はバランスを崩し、その場に尻餅をつく。ジーンとお尻に痛みが広がった。


「――こらっ、エメラルドくん何してるの!」


 この騒ぎに気づいた先生が、私のもとに駆け寄ってきた。先生は私を優しく抱き上げると、ぽかんとするエメラルドくんに鋭い視線を向ける。


「そんなことしたら琥珀ちゃんが怪我しちゃうでしょ! 人を押しちゃだめって先生前教えたよね。危ないことはしちゃだめなんですよ」


「え......いや......」


「ほら、早く琥珀ちゃんにごめんなさいして、お弁当を食べてしまいましょう。エメラルドくんは良い子だから、ちゃんとごめんなさいが言えるよね」


「......」


 先生からの、できて当たり前という圧にエメラルドくんは表情を曇らせる。そして顔をうつむかせ、ぽつりと私と先生にしか聞こえないくらいの声量で言葉をこぼした。


「ごめんな、さい」


 ひどく強張った声だった。



***



『なんで走れないの? みんな走ってるよ』


 ――運動ができない様子を見ると、私はエメラルドくんに問いかける。そのたびに嫌な顔をされる。


『なんでみんなと同じことしないの? おかしいよ』


 ――みんなと距離を取っている様子を見ると、私はエメラルドくんに問いかける。そのたびに嫌な顔をされる。


『なんで食べるの遅いの? みんなもうごちそうさましたよ』


 ――食べるのが遅いのを見かけると、私はエメラルドくんに問いかける。そのたびに嫌な顔をされる。


『ねえ、なんで、なんで』


 尽きない疑問。普通の人とは違うエメラルドくんが、幼い頃はとても不思議に見えて、つい好奇心に促されるまま質問してしまう。なにかあるたびにエメラルドくんに近寄り、答えてもらえなかったら肩を揺らし、しぶとく粘着する。


 どれだけ私という存在がエメラルドくんにとってストレスだったんだろう。エメラルドくんには何回も嫌な顔をされた。しかし、誰にだって堪忍袋はある。エメラルドくんのイライラが堪忍袋に収まりきらなくなったとき、私はようやく気付かされる。エメラルドくんが、私のことをどう思っているのかを。


 でも、それに気づいたときには、もう手遅れで――、



***



 いつもどおりの日だった。みんなで外に出て、お歌を歌って、積み木で遊んだりして。そんななんでもない日に、事件は起きた。


「痛いっ。痛いよっ」


 その日、私は頭を抑えながら涙を流していた。その後ろには硬い積み木を手に握りしめるエメラルドくん。そう、私はその積み木で頭を殴られたのだ。硬すぎるそれは、幼い頃の私に耐えられるほどの衝撃じゃなくて、なかなか引いてくれない鋭い痛みに苦しまされた。


「お前、いっつもうるさいんだよっ! 俺が何してようと、別にいいだろっ!」


「うあああんっ」


「かけっこができないのは、俺の体がおかしいからっていっぱい言ったのに、なんでお前はわからないんだよっ。毎日毎日っ。本当に、めちゃくちゃムカムカするんだよ!」


「うっ。うあああんっ」


 顔を赤くし、エメラルドくんも半泣きになっている。それだけ今まで溜め込んでいたものが大きかったのか、エメラルドくんの放つ言葉にはすごく感情がこもっていた。でも、泣いている私はエメラルドくんの言葉なんか一切耳に入っていなくて、直ぐにその場から逃げ出してしまう。


「先生っ。エメラルドくんに積み木で殴られたっ」


「えっ!?」


 私は涙声になりながら先生に報告する。頭を押さえる私を見た途端、先生は血相を変える。目を丸くし、泣き続ける私を胸に抱き寄せた。


「大丈夫なの!? 琥珀ちゃんっ」


「痛いっ。痛いっ」


「っ。待っててね、今、看護の先生呼ぶから!」


 私の頭を撫でながら、先生はポケットから職員用の携帯を取り出す。


「――先生。パンダ組に、保冷剤を持ってきてください。......はい、ちょっと喧嘩があったみたいで、頭を怪我した子が......はい、よろしくお願いします」


 電話を終えた先生は、携帯を仕舞う。そして、目をギロリとさせた。その視線が向かう先はエメラルドくん。


「いや、お、俺は悪くないし。悪いのは、いっつも馬鹿にしてくる、あいつの方だし」


 先生から鋭い視線を向けられて、声が震えている。先生はもちろん、二人の間に何があったのかなんて知らない。子供同士の間に起きたことなんて大したことではないと勝手に決めつけているのだろう。だからこそ、最初に手を出してしまったエメラルドくんが不利になってしまう。


 過程は見られず、結果だけを見られる。幼いエメラルドくんはいつもそうだった。体が弱いということをなかなか周囲に理解してもらえず、いつも困難ばかり突きつけられて――、


「エメラルドくんっ! あなた、なんてことしたの!!!」


 そうして、エメラルドくんの心は幼いうちに、荒んでいった。



***



 この事件から数日、エメラルドくんは特別支援学級に移されることになった。理由は私を積み木で殴ったことも関連するが、もともとエメラルドくんは体が弱かったため、ずっと前から移動されることは検討されていたらしい。でも、本人が嫌がっていたため、特別支援学級への移動は長いこと見送りになっていたようだった。しかし、この騒動が決定打となってしまい、本人の意志に関係なくエメラルドくんは特別指導学級へと連れていかれくことに。今思えば、本当に理不尽な話だったと思う。


 エメラルドくんが私たちの教室から去った日から、私はエメラルドくんと一切の会話を交わさなくなった。だけど、たまにどこかですれ違うと、決まってエメラルドくんは私に殺意のこもっていそうな視線を向ける。それが次第に怖くなりだした私は、エメラルドくんと目が合えば、気づくと逃げ出すようになっていた。


「......あー、超ムカつく。地獄に堕ちちゃえばいいのに」


 私がエメラルドくんに負わせた傷は大きい。だけど、エメラルドくんと話す機会はもう訪れず、そのまま私は幼稚園卒業を迎えてしまった。


 


 



ついに第100話となりました。もう物語も折り返しを迎えた辺りだと思います。マイペースに執筆活動を続けていく予定ですが、面白い作品をお届けできるよう頑張りますので、これからもよろしくお願いいたします。


※読者様からの意見を受け取り、第95話の内容を修正しました。物語が大きく変わるほどの修正ではないですので、ご理解のほどよろしくお願いいたします

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― 新着の感想 ―
[一言] 体が弱い子だったり、精神などに課題のある人への子供の当たり方って、ひどいものがありますよね…僕も支援級に行きかけた人間ですが、そんな僕でも支援級の人たちへの目線が悪かっただろうな、と気にして…
2023/05/30 06:45 退会済み
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