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◆第10話◆ 『宝石級美少女とお食事しました』


 カフェ店内。なんやかんや言い合いはあったが、結局二人は来店することになった。二人は窓際の木製の席に座る。外に置かれた観賞用植物がよく見える良い位置だ。


「御注文をお伺いします」


「ガトーショコラを二つください。それと......天馬くん飲み物どうする? 私はオレンジジュースにします」


「俺は飲み物はいいよ」


「うん分かった。それじゃあオレンジュース一つでお願いします」


 注文をメモした店員は静かにその場から立ち去っていった。音も無く立ち去っていく姿はやはりプロなのだと思わされる。店内にかかっている上品なミュージックも相まって、庵は非常に居たたまれない気持ちになった。

 

「ここのガトーショコラすごく美味しいんですよね。当たり前だけど、市販で売ってる物よりもすごく味に深みがあるんです」


「へぇ......そうなんだ」


 珍しくにこにことした様子の星宮。しかし庵の方は異常なまでのプレッシャーに押し潰されそうになっていた。


(まだ付き合ってるってことはこれ、ただのデートじゃねーか)

 

 しれっと男女でカフェにいるが傍から見たらデート以外の何でもない。別に付き合っているのだからおかしな光景ではないのだが、てっきり交際関係は断たれたと思っていた庵からしたら中々に心苦しい状況。


 庵の嫌われているという予測は外れていたのだろうか。


「......なぁ星宮」


「はい?」


「星宮は俺のこと、嫌いじゃなかったの?」


 単刀直入。時計の長針がカチカチと音を立てる。


「何言ってるんですか。嫌いなわけないでしょう。嫌いだったらこんなところに誘わないですよ」


 少なくとも星宮は庵を嫌いには思っていないようだった。直感的なものであるが、言い方的に星宮が嘘をついている気はしなかった。恋愛感情とまではいかなくとも、少なくとも庵は友達としては見られているのだろう。


「そっか......あと、勿論俺に対する恋愛感情的なものは......?」


「それは、その......前も言いましたけど少しもありません。失礼な言い方ですけどごめんなさい」


「いやいいよ。俺も同じだし」


 あまりにもカップルとは思えない会話をする二人。恋愛感情の有無を確認するのはカップルとして当然のことなのだが、二人が確認したのはお互いに恋愛が無いということ。


「てっきり振られたと思ってた」


「まさか。確かに恋愛感情は無いとしても、天馬くんという命の恩人のお願いです。そう簡単に振るわけないですよ」


「なるほど......俺の考えすぎだったのか......?」


 色々と星宮の行動や言動から推測して、星宮が庵に対してあまり好意を向けていないと読んでいたが、こうして再び話してみればその考えが捻れてくる。星宮は庵に対して『恋愛感情』は無いが『一定の好意』はあるという風に。


 宝石級美少女と話して気づかない内に浮かれてしまい、庵の都合の良いように考えてしまっているという可能性は捨てきれないが、元々感情の起伏がそこまで大きくない庵に限ってその可能性は低いだろう。今の庵は星宮と冷静に話せている。


 しかし、やはり不安は拭いきれないので冷静な今こそ念を押しておく。


「まぁ......その、変なことを言うけど、俺のことが嫌いになったり、好きな人とかができたりしたら遠慮なく俺との交際を無しにしてくれてもいいからな」


「......」


「あ、ごめん。失礼なこと言ったよな。本当ごめん」


 失礼な言葉だったが、星宮は「ふふっ」と笑った。そして庵の心臓が凍る。初めて星宮は庵との会話の中で笑ってくれた。それだけでも嬉しいことなのに、そのスマイルは極上級に宝石級だった。


「天馬くんは優しいですね。そんなに心配しなくても、そんな浮気みたいな真似はしないですよ」


「あ、ああ。そっか」


「それに、私は天馬くんに対する恋愛感情は無いですけど、すごく天馬くんのことは信頼してるんです。多分、今私が知っている人の中で誰よりも」


「はは。お世辞をありがとう」


 知っている人の中で誰よりも、なんて中々に大胆なことを言う星宮。星宮のような宝石級美少女なら友達も沢山いるのだろうに、出会って数日の庵が一番信じれるなんてあまりにも信じ難い話だ。


「お世辞なんかじゃないですよ。――もう少し前なら、こんなことは言わなかったです」


「え? なんて?」


 後半の言葉の声量が小さく庵は聞き取れなかった。聞き返そうとするも、タイミング良く二人の目の前に店員が現れる。


「お待たせしました。ガトーショコラ二つとオレンジジュースです」


 テーブルにかちゃりと音を立てて二つの皿とグラスが置かれた。皿の上には焦げ茶色のガトーショコラが乗せられている。皿にはガトーショコラだけでなく、横に生クリームとブルーベリーも添えられていて、すごく○ンスタ映えしそうな洒落た盛り付けだ。

 

「わぁ美味しそう。食べてみて天馬くん」


「......分かった」


 促されるがままフォークを手に取り、ガトーショコラを削って一口分を口に入れる。ガトーショコラのほろ苦さと甘さが、上に乗った粉砂糖と中和されて、なんとも上品な味だった。これは確かに美味しい。


「めちゃくちゃ美味いな。市販のしか食べたことなかったから感動したかも」


「でしょ? 私、ここのガトーショコラがすごくお気に入りなんです。だからいつか誰かに教えてあげたいなーって思ってたんですよ」


 そう言って星宮も自身の皿に手を付ける。一口食べて、満足そうに頬を綻ばせた。ふにゃりとした可愛い笑顔。余程このガトーショコラが好きなのだろう。


 それはそうと庵は星宮の発言が少し気になった。「いつか誰かに教えてあげたいなーって思っていた」という言い方からして、初めて星宮は誰かを誘ってこのカフェに来たということだろうか。


「友達と来たりしないのか? このカフェ」


「......え? しないですよ、そんなこと」


「なんで?」


「私には友達と言える友達はいませんから」


 それを聞いて庵は眉を寄せた。『星宮に友達が居ない』なんてことはありえるのだろうか。勝手な偏見ではあるが、容姿が優れた人間はクラスカーストが高く、友達も多いイメージがある。その偏見からして、容姿がトップクラスに優れた星宮に友達が居ないなんておかしな話だった。


 だが、それはとてもプライベートな話であり、庵が踏み込んでいい話ではない。そもそも「友達と来たりしないのか」なんて質問も失礼だ。


「ごめん。変なこと聞いたな」


「気にしなくていいですよ。それにしても、いつ行ってもここのガトーショコラは美味しいです。これなら毎日でも食べれちゃいますねっ」


「ああ、本当だな。でも太らないようにしろよ」


「し、失礼なこと言いますね。ちゃんと体型管理はしてますから大丈夫です」


 冗談にしては失礼だったかもしれないと思う庵だったが、星宮は然程気にしなかったらしく、頬を赤らめる程度に照れていた。確かに星宮の体型は太りすぎず痩せすぎずであり、JKとして丁度いい体型と言えるだろう。


 そしにしても、と庵はふと思った。


(......なんか前よりも気まずさは感じないな)


 前回のお家デートでは何回も沈黙するし話は重くなるしで最悪だったが今日は違う。全く気まずくないというわけではないが、それなりに会話のキャッチボールは続いていた。


 お互いに少しずつ歩み寄れているということなのだろうか。それともしばらく二人は会わなかったので、お互いに気持ちが整理されて少し気楽になれているのだろうか。


 どちらにせよこれは良い変化と言えるだろう。


「ん。オレンジジュースも美味しいです」


「そっか。星宮は美味しそうに食べるな」


「そう......ですか? 美味しいものは美味しいので......でも、あんまり見られると少し恥ずかしいです」


「あ、変な目で見たわけじゃないから。ごめんごめん」


 星宮は一口何か口にする度に頬を綻ばせる。こんなに笑顔になっているのを見ていると、何故か庵は少しだけ嬉しくなった。それは安心感だ。


 星宮はこういう笑顔をちゃんと見せてくれるんだなという、安心感。


「うん。美味しい」

 

 口に入れれば上品なほろ苦い味わい。一人で食べたら大した感想は抱かないのだろうが、二人で食べるからこそ更に感情豊かになれるのだろう。


「天馬くんも美味しそうに食べますね」


「ん、そうか?」


「はい。ちょっとだけ口角上がってましたよ」


「マジか。無意識だった」


「ここのガトーショコラは美味しいですからね」


 満足そうに微笑む星宮に釣られて庵も少しだけ笑顔を浮かべる。無理して笑ったわけじゃない。自然と溢れ出た笑みだった。


(......楽しい、な)


 いつの間に湧き出ていた一つの感情。それはとても単純なもの。でも、本当に今の庵は満たされていた。色の無い庵の人生にカラフルな絵の具が塗られた気分だった。


 星宮と居るのは最初は気まずいし億劫だったが、今は違う。一緒に居て悪くないなと思う。会って数日の関係なのに、さっきまで億劫だったのに、ここまで考えが一気に捻れるなんて。


 窓から夕日の光が差してきて、雪色の髪が幻想的に照らされていた。

見ての通り、これはまだいちゃついてるとは言わないです(?)

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― 新着の感想 ―
[一言] 色の無い庵の人生にカラフルな絵の具が塗られた気分だった すごくいい表現ですね…これだけでいおりくん、恋に落ちたのがわかります…!
2022/12/30 17:48 退会済み
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