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◆第1話◆ 『宝石級美少女の命を救いました』


「......あの女子、大丈夫か?」


 宝石級美少女が死にかけていたのは、とある秋の日だった。


 冷えた風が枯れた木々を揺らす、少し肌寒いくらいの涼しい日。そんな日に彼、天馬庵(てんまいおり)はのらりくらりと普段通りに学校に向かっていた。


 サンサンと輝く太陽が辺りを明るく照らしていて、平穏な一日が庵を歓迎しているようにも見える。しかし人生は何が起きるか分からない。いくら平和そうな朝を迎えようとも、突然その平和は幕を閉じることがあるのだから。


「......」


 視線の先、一人の女子生徒の後ろ姿が視界に入っていた。


 庵の通う学校の制服を着ているので、同じ学校の女子だろう。その女子は手に参考書のような物を抱えていて、その本の内容に釘付けになっているように見える。


 あの女子のしていることを簡単に言えば『ながら歩き』だろう。視線は手に持つ本に固定されたままで、一向に前を確認する気配がない。


(......踏み切りに気づいてんのか?)


 ながら歩きをする女子の進行方向の先には踏み切りがあった。


 ランプを点滅させながら警告音がけたたましく鳴り響いているので、線路の先を見てみると、もうじきこの踏み切りを通過しようとする電車が見つかる。

 

(......っ。なんでこの音に気づかないだ、あいつ。鼓膜ついてるのかよ)


 耳を塞ぎたくなるほどの大音量の警告音なのに、何故か女子の歩みは止まらない。


 吸い寄せられるように女子は踏み切りへと近づいていき、みるみる危険な領域に足を踏み込もうとする。飛んで火に入る夏の虫とはこういうことを言うのだろうか。


 あと女子と踏み切りまでの距離が十メートルも切ろうとしたとき、庵は更に有り得てはならない事実に気づいてしまう。


(いや、おいおいちょっと待てよ。は......? 遮断機は? マジで言ってんの?)


 なんとその踏み切りは警告音が鳴っているのにも関わらず遮断機が下りていなかったのだ。故障しているのかは分からないがタイミングが最悪すぎる。


 このままでは、あの女子が電車に轢かれてしまう。傍から見たら自殺だ。

 

「ちょ、ちょっと。そこの君」


 見ず知らずの女子に話しかけるのは抵抗があったが、なんとかナンパおじさんみたいな台詞が一言絞り出る。


 しかしその声は空しくも、けたたましく鳴り響く警告音に掻き消された。もともと響かず張りのない声だという自覚はあったのだが、こんなところで弊害を喰らうとは。

 

(ヤバい......電車もうすぐ来るし、あの女子ももうすぐ踏み切りを越えるぞ。何やってんだよ、あの女子ぃ)


 電車が来るタイミングと女子の歩くスピードはあまりにも絶妙で、このままあの女子が歩き続ければ電車と衝突してしまうことが確信に変わる。


 ずっと鳴り響く警告音が決断を急かしているかのようにも聞こえ、どう行動すればいいかと葛藤した。


 前を歩く女子は未だに踏み切りの存在に気づこうとしない。電車はもうすぐそこまで迫ってきていて、もう残されたタイムリミットは僅かだ。


「......」


 そして、ついに女子は踏み切りに足を一歩踏み入れた。その姿を見た庵は頭の中で考えていたことが全て吹っ飛んでしまう。


 足に力が入り、勝手に体が動いていた。


「――ッ。バカっ!!」


「えっ?」


 地を強く蹴り、叫びながら、庵は目の前の女子の背中を強く横に押した。押された彼女は目を丸くして、抱えていた参考書を落としながら地面に体を打ちつける。


 庵も女子の背中を押したあとにバランスが崩れてしまい、女子の隣にぶっ倒れてしまった。踏み切り側に倒れなかったのは不幸中の幸いと言えるだろう。


 どさんと二人が倒れてすぐ、轟音を放つ電車が踏み切りを通りすぎていった。


「あっ、ぶなかったぁ......」

 

 すぐに体を起こしたあと、通り過ぎていく電車を見て一息つく。


 心臓は未だにばくばくと大きく音を立てているが、視線の先には五体満足で横たわる女子の姿がある。若干砂ぼこりで制服が汚れてしまっているようだが命が最優先だ。


「っ痛ってぇ......あっ、君大丈夫だった?」


 女子との会話経験が少なすぎる庵はどこか片言で女子に話しかける。起き上がった女子と目が合った。

 

「大丈夫......あ、ありがとうございます。あ、そのっ。すみませんっ」

 

「お、おう」

 

 まだ状況の把握がしっかりと出来ていないのか、その女子は視線をうろうろとさせ、どこか気まずそうにする。ただ、庵の方はその女子の顔を見て何かが引っ掛かっていた。


 雪色のさらりとしたセミロングヘアに、くりっと大きいマリンブルー色の瞳。簡単に言ってしまえばその女子は宝石級美少女であり、確か同学年の筈で――、


「......あれ、もしかして星宮?」


「え。あ、はい。そうですけど......」


 そう。この宝石級美少女の名前は星宮琥珀(ほしみやこはく)だ。


 庵とは別のクラスではあるが、クラスの垣根を越えて宝石級美少女と持て囃される有名人である。庵もその宝石級美少女の噂はちょくちょく聞いていたが実際に会話をするのは今日が初めてだった。


 いや、普段から女子と会話をしないので初めてなのは当たり前なのだが。


 こうして間近で星宮の顔を見た庵は、あまりにも整った顔立ちに目を丸くした。シミ一つない色白な肌や、乱れを知らなそうなサラサラの髪の毛、透き通るような綺麗な瞳、華奢な肢体、などなど。もうすべてが整っている。


 そんな宝石級美少女である女子がこんなところで死にかけているなんて思いもしなかった。

 

「ケガはないか? おもいっきり押しちゃったけど」


「あっ、はい。お、おかげさまで」


「ならよかった」


 念のために無事を確認しておいたが、やはり大丈夫そうな様子。


 地面に転がっている参考書を拾い上げて、まだ呆然とする星宮にそれを手渡した。内容をちらりと見てみたが、とても難しそうな英語の長文読解の問題がずらりと並んでいて、そんなのを読みながら歩いていた星宮に素直に感心してしまう。


 もちろんながら歩きをしていたことは感心できないのだが。


「本当俺が押さなかったら危うく大事故になってたぞ。ながら歩きは良くないからこれからは気をつけてくれ」


「っ。本当に、ありがとうございました」


「どういたしまして。じゃあ俺は学校行くから」


 ここであんまり長居して星宮と一緒にいるところが誰かに見られれば、同じ学校の生徒に何かしらあらぬ疑いをかけられる可能性がある。


 星宮と仲が良いのなら話は別だが、庵は別にそういう関係でもなんでもない。というか関係すらない。誰かにこの様子を見られてしまう前に星宮と早く離れるべきだろう。


「あっ、あの。私と同じ一年生ですよね。名前聞いてもいいですか?」


 学校への歩みを再開すると後ろから星宮に話しかけられた。やっぱり名前を知られていなかったことに庵は少しだけガッカリする。

 

「別に教えてもいいけど、聞いてどうするんだ?」


「どうするかは分かりませんけど、一応聞いておきたくて」


「そっか、なるほど。俺の名前は天馬庵だ。よろしく」


「天馬くん......はい。ありがとうございます」


 さらっと星宮に名前を呼ばれたが、庵は一切表情や心を乱すことなく「ああ。じゃあな」とだけ伝えた。


 普通の男子生徒なら、こんな宝石級美少女に一回でも名前を呼ばれようものなら飛びはねて喜ぶだろう。だが庵は名前を呼ばれたところでそこまで大した感情は抱かない。所詮、もうこれっきり関わることのない女子だと割り切っているからだ。


 庵は自分でも男として冷めた性格をしていると自覚はしているが、別にそういう感情を抱かないのだから仕方がない。

 

(はぁ。柄にもないことしたな、俺)


 宝石級美少女の命を救ってしまった陰キャ、庵。


 このことを庵は学校で言いふらすつもりはないし、星宮も自分の不注意を救われた話などをわざわざ言いふらすことなんてしないだろう。


 普段通りの朝は迎えられなかったが陰ながら学校のために大切な美少女を守ることができた。誰からも誉められることはないだろうが、それでいい。


 もう星宮と話す機会はないと、このときの庵は勝手に決めつけていた。

 

この小説のために時間を割いて読んでくださった方々、本当にありがとうございます。こちらの小説は焦れったく甘酸っぱい恋の物語......だと思いますか? どうせヒロインと主人公が段々仲良くなって最終的にいちゃつく物語だろと思った方々。話の大筋はそうかもしれませんが、これはあらすじ通り壮絶な恋の物語です。これから高い頻度で更新するつもりですのでよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] すごい出会い方…いいですねぇ!そしていおりくん、かっこいい…!
2022/12/30 17:27 退会済み
管理
[気になる点] 宝石級美少女というワート気になる、でもまるで読者もう慣れるのような説明しますそしてスートリー進む。 ヒロインなぜ本に集中すぎ、踏み切りを気をつけないの説明はないのままこのシーンを終わ…
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