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先導していたルゥフはやがて村の裏手にある巨石群の前で止まった。
「ニンゲン様の寝床はこちらになります」
「ほ、ほぉ、ここが……」
ルゥフが寝床として案内したのは巨石にあけられた大穴だった。それはまるで適切な土木機器を使ってくりぬかれたような穴で、高さ奥行きともに1メートルほどはあった。他にも地面には寝床らしく柔らかな草が敷かれており穴の両脇には目隠しのつもりか低木が植えられている。しかし逆に言えばそれだけしかなかった。
(ここを寝床にするのか……ちょっと厳しいな……)
巨石にあけられた穴は1メートル四方ほど。小人たちならまだしも成人男性である私には明らかに手狭だった。確かにいろいろと手は込んでいるようで、そこいらに寝っ転がるよりははるかに居住性がありそうではある。しかし現代社会に慣れ切った私にはやはりワイルドすぎる寝床だ。
だが文句を言っても仕方がないだろう。正直彼らにこれ以上のものを求めるのは酷と言うものだ。問題は出るだろうがそれはおいおい解決していけばいいだろう。
「……うん。まぁ悪くはないかな」
「わぁっ!ありがとうございます!」
社交辞令的な感想ではあったがルゥフはそれに気づかず褒められたことに満面の笑みを帰す。そしてルゥフは言葉を続けた。
「あ、それとですね、お疲れのところ申し訳ないのですが続けて『実生みの間』のご説明をさせていただきます」
「『実生みの間』?」
「はい。文字通り、御使い様が『実生み』を行うための間です。すぐそこですのでご覧になってもらった方が早いですね」
そう言ってルゥフはまたぽてぽてと歩き始めた。
(『実生み』……あぁ、そういうことか……)
彼らの言う『実』が何かはもう理解している。ということはつまりはそういうことだろう。そう思いながら案内された先はまさに想像した通りの場所だった。
「こちらが『実生みの間』になります。時折巡回の者が来ますが、それ以外は基本誰も立ち入らない場所なのでご自由にお使いください」
「それはどうも……」
そこは寝床から数メートル離れたところだった。ほぼ垂直に切り立った岩面に軽く掘り返されてくぼんだ地面。その両脇にはさっきの寝床と同じように目隠し用の低木が植えられている。まさにトイレにするにはちょうどいい場所だった。
(予想通り『実』を、うんこをする場所だな。やっぱり彼らにとってうんこは貴重品らしい。そしてそのうんこを出す存在が『御使い様』ってわけか。なんかちょっとした神話みたいだな)
神話や民話にはこのような『恵みを与えてくれる存在』をもてなしてその地にとどめようとする物語が数多くある。いくつかの祭りはその際に行われた歓待の儀式が由来というのもよく聞く話だ。小人たちの行為はまさにそんなもてなしだった。
そう考えると彼らの行動に共感できる気がした。科学が発展した現代でも神頼みくらいなら普通に行う。どこまで信じているかはともかくちょっとした迷信めいた行事だって数多く残っているし、場合によっては参加だってする。小人たちはそんな私たちよりもちょっと熱心な信仰家というわけだ。その信仰対象が自分と自分のうんこというのが少々特殊ではあるが。
(ともかくそういうことなら私がここで『出すもの』を出している限りは悪い関係にはならなさそうだな)
ようやく彼ら小人たちとのかかわりあい方に一つの目途が立った。そしてそれに安堵したからか、急に下半身にぶるりとした寒気が走った。それはトイレの気配だった。ただし大きい方ではなくて小さい方の。
(これは……ナイスタイミング、なのか?……そう言えばこいつらは小のほうはどう扱うんだろうか?)
大きい方なら物理的に回収できるが小さい方はそうもいかない。果たして彼らはどうするのだろう?少し考えてみたが、私はすぐに実際にやってみたほうが早いことに気付いた。
「……あー、ルゥフさん。ちょっと、軽くここ使ってみたいけどいいかな?」
「お、おおっ!どうぞどうぞ!御使い様のみ心のままに!」
「い、いや、そこまで期待されても困るんだけど……それに、そっちが望むものじゃないかもしれないし……」
「いえいえ。そんなことは気にせずに、どうぞご自由になさってください!それでは私は少し離れておりますので、お済みになりましたらまたお呼びください!」
「あ、ちょっ……」
ルゥフはそう言うとさっさと岩陰へと隠れてしまった。気にしなくてもいいと言っていたが去り際のあの顔は明らかに『果実』を期待しているものだった。その期待に応えられるかはわからないが尿意があるのは事実だ。私はもうどうにでもなれと思いながらチャックを降ろした。そして少し下腹部に力を込めれば出るべきものがそこから出てきた。
出されたそれは岩壁を伝って下に落ち、地面にしみこむ。当然形あるものは残っていない。果たして彼らはこれで満足するのだろうか。どうなるかはわからないが、チャックを上げて近くにいるはずのルゥフを呼んでみる。
「えっと……ルゥフさん!終わったんだけど、居るのかな!?」
「は、はい!こちらに!」
呼ぶとルゥフはすぐに岩陰から出てきた。出てきた彼女は少し興奮しているようでやや呼吸が荒い。それは別に異性のトイレに対しての性的な興奮とかではなく、もっと即物的なものだろう。そしてその予想通りルゥフはおずおずと尋ねてきた。
「えっと、その、ニンゲン様。早速で申し訳ないのですが、検めさせてもらってもよろしいでしょうか?」
検める。何をかは言わなくともわかる。正直いやかどうかで言えば非常にいやなのだが、彼らとの今後を考えると無理に止めるのもはばかられる。
「……好きにしてくれていいよ」
「あ、ありがとうございます!」
そう言うとルゥフは待機させていたのか数人の兵士をすぐに呼びつけて『実生みの間』に、つまりはトイレに急行させた。そして1分としないうちにそこから歓喜の声が聞こえてきた。
「おぉっ!『匂う泥』だ!『匂う泥』があったぞ!」
「さすがは御使い様だ!早速これほどの恵みを……!」
「おぉい!早く人を呼べ!回収だ!」
(これは、小の方も需要はあるみたいだな……)
騒ぐ小人たちを横目に分析を行う。どうやら彼らはおしっこがしみ込んだ土を『匂う泥』と呼んでいるらしい。
(……いや。そういえば確か河原でうんこを掘り返してた時も『匂う泥』って言ってたな。こいつらはそれほど大と小の区別をしていないのか?……まぁともかく満足してもらえたなら何よりだ)
どうやら小の方でも価値があるらしい。これでこの村での私の地位はある程度保証されたようなものだ。ちょっとしたもやもやとした気持ちは税金か何かだと思えばいいだろう。
安心すると今度はお腹が減ってきた。思えば食事は明け方に果実を少しかじったくらいだ。
「ふぅ。あー、ルゥフさん。すまないけど何か食べるものはあるかな?」
「あ、そうですね。そちらの方もすぐにご用意いたします。寝床の方で少々お待ちくださいませ」
「OK。それじゃあそっちに行ってますね」
いろいろと思うところはあるが私はもう無理に考えないことにした。彼らには彼らの文化があるし何より一時的な関係だ。シンプルに実利だけを追いかけよう。
私はそう心に決めて与えられた寝床の方に向かうのであった。