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私の知っている世界なんて所詮は世界の一部でしかない。ドキュメンタリー系の番組を見ると、世界のどこかには自分の知らない文化や風習が当たり前のように存在しているということに毎度毎度驚かされる。「フロンティアなき時代」なんていう人もいるが、それでも世界にはまだまだ私の知らない世界が隠れているのだろう。
しかしそれにしたってこんな世界があるだなんて想像したことすらなかった。
「あぁ、素晴らしい……これが『形なき果実』の恵みか……!」
「これで村はまた発展するな!これから忙しくなるぞ!」
「これもまた『御使い様』のおかげじゃ。どうか今度の御使い様も、末永く村にいてほしいものじゃ……」
私から少し離れたところで村人たちが歓喜に沸いている。それ自体は特筆することではないのだが、問題は彼らのサイズであった。彼らの身長は大きいものでも60センチ前後。なんとここは小人たちの集落であった。
それだけでも大概にファンタジーであるが加えてもう一つ非現実的なことが先ほど起こった。それが彼らの村の中央に生えた若木である。それは高さ1メートル半くらいの若木で、種類こそわからないがそれでもおそらく特別変なところはない普通の木であった。問題はこれが今しがた一瞬でこれだけ成長したということだ。植物には詳しくないが樹木がこれほどの高さになるには数か月はかかるだろう。にもかかわらずこの若木は十数秒でこれほどまでの大きさに成長した。そしてその現象の根幹にあるものはおそらく……。
私は視線を木の根の方に移した。そこには一見すると干からびた泥のようなものがあった。私はその正体を知っていた。それは私の『うんこ』であった。どういう理屈かは知らないが、私のうんこがあの植物を一瞬にして成長させた。そして小人たちの話を総合するに、私のうんここそが彼らにとっての宝物、彼らの言葉を借りれば『形なき果実』と呼ばれるものであった。
この世界は私のうんこが宝物のように扱われている世界だった。
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信じがたい現象にあっけに取られていた私を引き戻したのは隣に座る小人の少女、ルゥフの声だった。
「いやぁ、素晴らしい儀式でしたね、ニンゲン様!これも御使い様であるニンゲン様あってのことですよ!」
ルゥフは屈託のない笑顔を向けて手放しに誉めてくる。それに対して私はぎこちなく口角を上げて
「あ、あぁ……そりゃどうも……」
としか返事ができなかった。
なにせ特別なことをしたという実感がないのだから仕方がない。さすがにこれだけのものを見せつけられたら彼らにとって、あるいはこの世界で私のうんこが何か特別な扱いを受けているということはわかる。しかし理解と納得は別物だ。いくら彼らが尊敬のまなざしを向けてこようとも、それに乗っかって、
『ははは!そうだ!私のうんこがお前たちに繁栄をもたらすのだ!』
と高らかに宣言できるほど私の常識は擦り減ってはいないのだ。
(だけどそう言ってもわかってもらえないんだろうな。これが彼らの文化なんだろうし。……仕方がない。最低限話を合わせてのギブアンドテイクってことでいくか)
個人的には受け入れがたい文化だが、だからと言ってここから逃げ出す選択肢はない。今の私は助け人を選んでいられるほど余裕があるわけではないのだ。
イベント続きでつい忘れそうになるが、未だ元の世界に返るための目途すら立っていない。そんな中で彼らは貴重な情報源になってくれることだろう。好意を利用しているみたいで少し気が引けるが背に腹は代えられない。
それに一方的な関係にはならないはずだ。おそらく私は『彼らが望むもの』を与えることができるだろう。……そっちはそっちで気が引けるのだが。
「まぁ仕方がないか……あー、ルゥフちゃんだっけ?ちょっといいかな?」
「あ、はい。いかがなされましたか、ニンゲン様?」
「ああ、ちょっと疲れてしまってね。もう少し楽にできるところがあれば連れていってほしいんだ。それとちょっとお腹が空いたんで何か食べるものがあったらうれしいんだけど……」
優しい口調に柔和な笑みを添えて尋ねてみる。私なりに考えた『村に友好的な御使い様』のポーズだ。我ながら気持ち悪いほどに白々しかったが、どうやらルゥフは特に気にもしなかったようだ。
「あぁ、そうですね。すみません、気が回らなくて。それでは用意した寝床に案内させていただきます。……カーフィル様!」
ルゥフの呼びかけに私を囲んでいた兵士の一人が反応し、無言で頷いたのち万事心得ているという風に周囲に指示を出す。数分後、再度こちらを向いて頷いて見せるとそれが合図だったのかルゥフがまた先導する形で私の前に立った。
「お待たせいたしました。準備が整いましたのでこちらへいらしてください」
「あ、ああ……」
私は先ほどと同じようにルゥフの後についていく。どうやらその寝床とやらは村の裏手にあるようだ。村の外周をぐるりと回っていく。その際、壁のようなものはないために私は村人たちからの熱い視線を浴びっぱなしだった。
「うわぁ、御使い様だぁ。今度の御使い様は大きいねぇ」
「あんなに大きいとあの御床じゃ狭いんじゃないか?」
「今度の御使い様はどれほど村にいてくださるのか……」
無遠慮に注目される様はまるでセレブスターか何かになったかのようだった。さすがに手を振ったりなどはしなかったが、気持ち背筋を伸ばして彼らの脇を抜けていった。