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ニルヴァーナを夢見て  作者: 赤畑斗式
2/21

1−2 無差別級デスマッチ

 佐々波(さざなみ)詩暮(しぐれ)は一人、気配を探りながら無人の商店街を歩いていた。不審な生物を見たと通報があった場所は近い。自然と傘を握る手に力が入る。

 ガサッ

 ビニールが擦れたような音が静寂を破った──すぐ先の路地裏だ。


 佐々波は手慣れた動きで息と足音を殺し、路地裏の入り口にピタリと張り付く。慎重に路地裏を覗き込むと......そこにいたのは一匹の子猫だった。ゴミ袋に囲まれて寝ている無垢な存在に珍しく呆気にとられた佐々波が、ふと地面に目を落とすと、表通りの街灯に照らされた自身の影が路地裏に伸びていた。

「ん? 何かしら」

 彼女の目を引いたのは、自身の頭の影の僅か先にポツンとできた丸い影。その影はみるみる大きくなり── 

「くっ!」

 佐々波は反射的に後ろに飛んだ。刹那、建物が瓦解したかのような爆音が前で響き渡った。手を地につき、後方に一回転して着地した佐々波が目にしたものは、今しがた彼女が立っていた場所にそびえ立つ筋肉隆々の猿のバケモノ、天魔だった。


 3mは優に超える怪物を堂々と見据え、佐々波はジャージの尻ポケットに手を突っ込んだ。そして気づく。

 無い。そこにあるはずの物が。──どうして?──涼しい顔をした彼女の頬に、初めて一粒の汗が垂れた。横のポケットを探る。無い。上着のポケットを探る。無い。

 戦うための道具をどこかに落としてしまったことを、敵の前で初めて気づく。その状況に冷静に対応するには、彼女は若過ぎた。そして、動揺は判断ミスを誘う。

 猿が投擲(とうてき)した八百屋の看板は、そのスピードと質量と運動方程式から導き出される値を考慮すれば、()()の彼女にとって避けなければならない物であった。しかし動揺が生んだコンマ1秒の判断の遅れは、看板が回避不可の距離まで来るには十分な時間であり、目前まで迫った物体を彼女は傘で防がざるを得ず──

「うぐっ」

 華奢な彼女の体は吹っ飛ばされた。ガシャンと真後ろのシャッターに盛大に叩きつけられ、そのまま崩れ落ちる。──立たなければ殺される。しかし身体は言うことを聞かない。

 なんとか顔だけ上げると、猿がゆっくりと近づいて来ているのが見えた。あの豪腕で叩き潰されれば、スプラッタ映画もびっくりの死体が完成しそうだ。──なんてこと考えている私は、もう終わりなのだろう。何とも死とは呆気ないものだ。

 

 突如、目の前に一人の少年が現れた。あの服装は以前に見覚えがある......どころか10分前に見たばかりのパーカーだった。

「あなたに何が出来るの不死原君! 早く逃げなさい!」

「お前が言ったんだろ、人生に意味を見出す努力をしろって!名前も知らない女を守って死ぬとか、これより人生に意味を持たせられる奴を見てみたいもんだ!」

 バカっぷりに頭を抱えたくなるが腕が動かない。彼の登場で冷えた頭で、佐々波は考えた。なぜ彼がここに来たのか、それは私に()()()を届けるため。では、この状況で生き残るための最善手は何か──彼が()()を使うことだ。

「ボールペンを使いなさい!」

「バカなこと言うなよ。あの猿とチャンバラしろって言うのか? これで奴の爪にイケてる絵を描いて慈悲を乞う方がまだマシだと思うぜ」

「違うわ! 緑色をノックして首に刺すの!」

 そう、これこそ佐々波が持っていた多色ボールペンの真の使い道。他の色をノックしてもただのペンにしかならないが、緑だけには特殊な液体が仕込まれている。

「前世の力を引き出せる薬よ......あなたの前世を私は知らないけど、それに賭けるしか無い」

「へえ、面白い。なら僕が使ったらどうなるか試してみよう」

 不死原はボールペンを高く掲げると、初めてにも関わらず躊躇なく首に突き刺した。ドクンドクンと液体が流れ込むのを感じる。

「なあ、ちなみに、新人(あらびと)が使ったらどうなるんだ?」

「拒否反応が出て死ぬと言われているわ」

「あらま、そりゃご愁傷様」

「っ!あなたまさか──」


 佐々波が言い終わる前に、彼は頭を抱え、もがき苦しみ始めた。目を閉じれば断末魔にしか聞こえない声を上げてのたうち回る。とんでもないことをしてしまったと、彼女は思った。──彼は新人(あらびと)だったのだ。最初から、私たちは詰んでいたのだ。

 地獄で彼に詫びを入れることを決意した彼女は、ありえない光景を目にした。うめき声を上げ続ける不死原の黒い髪が、根元から次第に白くなっていっているのだ。10秒も経たず髪は真っ白になり、彼は動かなくなった。そして暫くの静寂の後、不死原は()()()()()()

「あなた、大丈夫なの?!」

「・・・」

 佐々波に背を向けたまま、不死原は答えなかった。明らかに様子がおかしい。体に力が入ってないのか、ふらふら体を揺らしている。何より、言葉にすることは難しいが、彼に漂う空気そのものが、先ほどまでとは一変していた。

 猿がラーメンの看板をぶん投げた。佐々波から見ても明らかな、直撃コースだ。「危ない」と叫ぶ間に着弾しそうなスピードで飛んでくるそれは、ガンッという音がしたと思うと不死原の前で突如ベクトルを変え、商店街のアーケードに突き刺さった。彼が、看板を右足で蹴り飛ばしたのだ。呆然とする佐々波には目もくれず、不死原は猿に向かって走り出した──

「グオオオオ!」

 猿が雄叫びとともに薙ぎ払うように太い腕をふるう。不死原は跳躍して易々かわすと、そのまま腕を踏み台に飛び上がり、3m以上の高さにある猿の顔をつかみ膝蹴りをくらわした。鈍い音が響き、猿がうめき声を上げ仰反(のけぞ)る。

 ──強すぎる。佐々波は目の前の光景が信じられなかった。不死原の最後の質問は、間違いなく彼が新人(あらびと)であることを示唆するものだった。しかし彼は死なないばかりか、圧倒的な戦闘能力を手にして猿と戦っている。

 彼の力は何なのだろう。そうえいば、彼「転生できない」と言っていた。──彼が転生できないのは、転生を()()()()多くしており、回数制限のようなものに引っかかってるせいではないか。それなら彼の強さも説明できる。(もっと)もこれは彼が自分を新人(あらびと)だと思っていること矛盾しているわけだが。


「ギャアアアア!」

 度重なる不死原の打撃に、猿は既に満身創痍だった。手負いの獣ほど怖いものはないという言葉を実証しようとするかのように、猿は最後の力を振り絞り、風を切る右ストレートを放つ。が、不死原は難無くその腕を掴むと一本背負いの要領で猿を持ち上げ、叩き落とした。耳をつんざく地響きと断末魔が響き渡る。猿は二度と動かなかった。その横にいるのは、先ほどベンチで会話をした人物とは似ても似つかない、虚ろな目で(たたず)む白髪の少年。


「不死原君の中にいる、あなたは何者なの」

 その問いに不死原が初めて佐々波の方を振り向き、そして、彼は驚いた顔をして呟いた。

「お前、は......」

 ゆっくりと彼が近づいてくる。手をきつく握りしめているのが見えた。無表情な彼の顔からはその心情は読み取れない。が、佐々波は不死原から伝わってくる()()感情を痛いほどに感じた。それは──おぞましい敵意

 佐々波は体に鞭を打って立ち上がり、傘を前に突き出して言った。

「止まりなさい。傘の先端より近づいたら敵とみなすわ」

 不死原は一瞬ニヤッと笑ったかと思うと、佐々波が次に気づいたときには、既に(ふところ)の中、目と鼻の先まで来ていた。その間わずか0.1秒。彼女には彼が瞬間移動したかのように見えただろう。

「あなただって、プライバシーを守らないじゃないの」

 佐々波は死の覚悟をして静かに目をつぶった。──しかし、いくら待っても体が貫かれることはない。ドサッという音の後にゆっくりと目を開けると、目の前で不死原が血を吐いて倒れていた。その髪は、黒かった。


「......仮を作ったままなんて許さないわ。死ぬんじゃ無いわよ、不死原君」 

 佐々波は不死原を担ぎ上げると、足を引きずりながら商店街を後にした──

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